「本屋として売る自信のない本」 辻山良雄×堀部篤史×黒田義隆 司会進行・北村知之
2019年10月14日、梅田 蔦屋書店で行われた「ブックトークフェスティバル2019」の模様をお送りいたします。各回2時間の3部制、これを1日でやりきった大型イベントです。本連載では、イベント当日の様子をお届けしています。
前回に引き続き、Title・辻山さん、誠光社・堀部さん、ON READING・黒田さんをゲストに、梅田 蔦屋書店・北村さんが「完璧な本」をテーマにお話を伺います。どうぞお楽しみください!
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本屋として売る自信のない本
北村:本屋として売る自信のない本、仕入れたが思うように売れなかった本とか、個人的に好きで、扱いたいと思っているが、自分の店では難しいんじゃないかと思っている本があれば、聞かせていただきたいなと思います。
黒田:そうですね……。思ったより売れなかったなって本は、もちろんあるんですけど、残ってどうしても困る本ってあんまりないんです。うちは、アートブックも扱ってるので、例えば1万円超えるような写真集で、これすごくいいんだけど、5冊仕入れるのきついなと悩むこともあります。ただ、そこは、やっぱりそのときの経営状況での判断になります。今なら余裕あるから仕入れちゃおうとか、今は我慢しようとか。でも大概、何年かしたら売れて無くなってるんですよね。あと、売れ残ってる本っていうのも棚づくりには非常に重要なんですよね。その本が棚にあるから文脈が成立することもあるし、あと、在庫がその店の歴史でもあって、その店らしさに繋がると思うので。
北村:一般書店より、もうちょっと長い目で見られてるということですね。基本的な流通のサイクルに乗った新刊書店をやっていると、やっぱりもう少し早くジャッジしていかないといけないので、これはあかんかったなと思うタイミングも、もっと早い。いまのお話しをうかがって、同じように時間をかければ、違う結果になったかもしれないなと思います。
堀部:仕入れたが思うように売れなかった本って、それは当然あるでしょう。職業上、全て完璧にっていうのはないんで、たくさん入れたけど思ったより売れなかったってのは当然あります。売るのに気後れする本っていうのは、あんまりわからない。どういうことなのか、質問の意味が分からない。要するにヘイト本みたいなこと?
北村:いや、そうじゃなくて、個人的に非常に好きでも、自分が思うようにはなかなか売るのが難しい本ということです。技術的な問題だったり、客層とか立地とかそういった、自分でコントロールしにくい条件もありますよね。
堀部:お客さんとそのお店ってコミュニティーなんです。でも企業や組織っていうのはコミュニティーを想定しにくいんです。より多くの客、結果万人を相手にするのが自己目的だから。特定のコミュニティーに向けて本を選ぶことが苦手なんです。
例えば梅田 蔦屋書店のような、いわゆる漢字の「蔦屋」書店の場合、ある程度スタイリッシュなライフスタイルの、中流あるいはそのちょっと上の人で、政治信条的にはどちらかといえばリベラルで、とかそういうマーケティングで店作りをしているでしょう、組織的に。そのマーケティングはそれなりに合致しますよね。置いてる本、内装、出店環境でフィルタリングしているんだから。でも、パーフェクトではないです。当然想定外のいろんな人が入り込んできたりしますよね、これだけ大きな店なんだから。北村さんの場合現場に立つ人間として、肌感覚でお客さんに触れているわけですよね。常連さんと会話したり、リアルな売れ行きを体感している。そこには会社のマーケティングとはずれがある。蔦屋らしくないけど、個人的に推したい本とか、個人の倫理観からはかけ離れたものだけど、問い合わせが多く、会社としてはフォローしなければならないものとか。だからそういう質問、というか職業上の悩みが生じてるんじゃないかな?
われわれ3人のやってる店って、もっともっと小さいし、意思決定に他人が関わることってほとんどない。多分、潜在的なお客さん層も含めて、1万人ぐらいをなんとなく想像しながら本を入れてる。だから、これ入れたいけど売れない、これ入れたくないけど扱わないといけないということじゃなくて、われわれ店主とお客さんの間のコミュニケーションの問題なんです。ウチはこういう本は置かない店ですとか。こういうお客さんが求めるなら置かないと駄目かなとか。その店の客層というコミュニティーと無言の会話を行っているわけ。だから「好きだけど売れない」というよりも、「この店に求められているかどうか」が問題になってくるんです。自分の意志に関わらず入ってくる本なんてないんだもん。配本システムがないから。
北村さんの立場に立って考えるとして、なかなか売れなさそうな本だけど、これ売りたいっていうときは、売れるように自分で努力しないといけない。当たり前だけど、それが小売店の仕事ですよね。仕入れたが思うように売れないっていうのは自分が理解してない本とか、どうしても頼まれて置くっていうパターン。それは絶対売れないですよね。それはやっぱり出るんですよね。ここに置いたらすごくはまるとか、この棚のこういうところにあえてこれを置きたいとか、そういうふうに本を理解できていないもの、自分がコントロールできないもの、もうどうしても頼まれて仕方なくここに置くしかないっていうものは、やっぱり伝わりますよね。だから、そういうものは絶対に売れ残ります。
例えば、知り合いの紹介でもうどうしても断れへんっていうの、多分ありますよね。もし、売れ残ったら、自分がそれを理解するまで勉強して、店の発信として推すのではなくても、適所に置くとかそういう消極的な努力で売っていくしかない。
あと「長い目で見る」っていうのは、われわれ買い取りでやってるから必然的にそうなる。短期的にっていうのは、返品ができる故に、常に新しいものを入れ替えていかないといけないっていう中でのジャッジだと思うんです。われわれ買い取ってる身だと、売れない本は備品として考えるんです。本棚で類書と並ぶことによって、ある1つのグループができる。そのグループで他の優先度の高い他の本が売れていく。それは売れない本が文脈を作る機能を果たしているからなんです。ようするに備品ですよね。それが2年に1冊売れればもう補充しないから十分役割を果たしています。返品ができるできないで、考え方はやっぱ違ってくるでしょうね。
北村:なるほど。ありがとうございます。辻山さん、いかがでしょう。
辻山:もう、まったく堀部さんの話のとおりです。売る自信のない本っていうのは、自分がその意味を分かってない本ですよね。だから置いても説得力がないんです。お客さんは店で本を見たときに、わかって置いたものと、なんかわからんけど取りあえず置いたものと、見た感じは同じように見えるかもしれないけど、何か違うような印象を持つと思います。とりあえず置いたものは、どこかふわっとして見える。ジャンルでいうと、うちで置いてないのは、例えばライトノベルとか学習参考書ですけど、ラノベは、わたしはまったくわからないんです。だから、いまこれが売れてますよって誰かに言われて、「じゃあ」とそのライトノベルを置いても、それを買うお客さんがそもそも来てないから売れないし。
やっぱり1冊の本が売れるのって、急に売れる訳ではなくて、その前にいろんな前振りがあります。新しい本が出たら、それと似たような本をこれまで何冊売っているっていうことがわかっていて、ある程度この店で売れる土壌が作られているからこの本は何冊だなと、そういうふうに決めていくわけですよね。いま世の中で売れてるんですよって言われたとしても、うちの店ではまあ売れないです。だから、Titleにそれを買うお客さんがいない本は売る自信はないし、初めからあんまり売ろうともしてないですね。
北村:自分がその本を理解できていて、売り方のコントロールができて、意図的に展開できる限りは売れるということでしょうか。かなり高価格だとかハイエンドであっても、それは売る自信があるということ?
辻山:当然売れる冊数は変わってくるでしょうが、買う人が想像できれば、売れる/売れないで言えば「売れる」でしょうね。売りたいなっていう本があれば、例えば書評で紹介したり、Twitterにもあげるし、お薦めを聞かれたらそれを出すとかっていうふうに重ねるうちに、うちに来るような人に手に取られていくようになる、そういうものだと思うんです。そういう細かなことを少しずつやっていけば、売れる数も増えていく。
辻山 良雄(つじやま よしお)
1972年兵庫県生まれ。書店「リブロ」勤務を経て、2016年1月、東京・荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店「Title」をオープン。新聞や雑誌などでの書評、カフェや美術館のブックセレクションも手掛ける。著書に「本屋、はじめました」(苦楽堂)、「365日のほん」(河出書房新社)、画家nakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。
堀部 篤史(ほりべ あつし)
1977年、京都市生まれ。河原町丸太町路地裏の書店「誠光社」店主。経営の傍ら、執筆、編集、小規模出版やイベント企画等を手がける。著書に『街を変える小さな店』(京阪神エルマガジン社)ほか。
黒田 義隆(くろだ よしたか)
1982年生まれ。愛知県出身。BOOKSHOP & GALLERY「ON READING」店主。パブリッシングレーベル「ELVIS PRESS」代表。2006年に「YEBISU ART LABO FOR BOOKS」を名古屋市にオープン。2011年に同市内に移転、「ON READING」としてリニューアルオープン。