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【読書の学校】ブックトークフェスティバル2019

「3人の完璧な本(1)」 辻山良雄×堀部篤史×黒田義隆 司会進行・北村知之

2019年10月14日、梅田 蔦屋書店で行われた「ブックトークフェスティバル2019」の模様をお送りいたします。各回2時間の3部制、これを1日でやりきった大型イベントです。本連載では、イベント当日の様子をお届けしています。

前回に引き続き、Title・辻山さん、誠光社・堀部さん、ON READING・黒田さんをゲストに、梅田 蔦屋書店・北村さんが「完璧な本」をテーマにお話を伺います。どうぞお楽しみください!

前回はこちら

辻山さんの完璧な本

北村:事前に「完璧な本」をテーマに3名の方に選書をお願いしました。むちゃぶりですみません(笑)。それを順に紹介していただきます。辻山さんと黒田さんが選んでいただいた本のリストはこちらです。

辻山:堀部さんのリストはないんですか(笑)。

北村:堀部さんのリストは、後で発表させていただきます。

辻山:完璧な本といわれましたが、そんな本はないんですよね。完成度が高いとか、そういう観点で選んできました。『夜の木』(タムラ堂、シャーム/バーイー/ウルヴェーティ 作 青木恵都 訳)は、皆さんご存じの方も多いと思うんですけど、インドのタラブックスというところでつくられた本です。


※画像は7刷のもの

タラブックスは南インドで自分の工房を持っていて、本にもよるんですけども、紙から全部手すきで作られています。ほとんどすべての工程が手作業で美しい。そういう本づくりをする出版社です。ハンドメイドだから、封を開けて匂いを嗅ぐと、あんまり日本じゃ嗅いだことがないような匂いがするんです。たぶん紙の中にインドの香辛料のようなものまでが含まれていて、だから、パッケージとしてのこの本と、インドという土地に根差した神話的な内容が高い次元で交わっていて、本自体として一つの完結したメッセージになっている。完璧に近い本だと思います。

北村:これは何刷のやつ?

辻山:これは7刷です。刷りによって、表紙の絵が変わるんですね。今、8刷まで出てるんですけど、8刷もたぶんもう出版社にはないので。次の刷を待たないと、手に入らない。

編注:8刷は版元品切中。重版(9刷)が進行中だが、コロナ禍の影響で、インドでの製作の目途が立っていないとのこと。

次の『火の鳥』(朝日新聞出版、手塚治虫 著)は、実は最近読みました。


C)手塚プロダクション

読むきっかけになったのが、映画監督の市川崑が火の鳥の「黎明編」を映画化していて、それを見たんですがこれがもうすごいトンデモ映画でして(笑)。市川崑も自分の映画としてはあんまり認めたくないという。これはこれで面白かったんで、みんな観てほしいですけど(笑)。

手塚治虫の『火の鳥』は、「黎明編」の古事記の時代から、西暦3404年にはじまる「未来編」までの壮大な物語です。ここに持ってきたのは朝日新聞出版のもので、出版社により微妙に掲載内容が違うのですが、この版だと11巻+別巻で出ています。過去と未来が交互に語られ、たとえば過去だと「古事記の時代」→「ヤマトタケルの時代」→「奈良時代」というように、巻を追うごとに現在に近づいてきて、各巻は独立した話ですが、登場人物が少しずつリンクしている。未来の話も、巻数が進むにつれ現代に近づきます。最後、これはなにかで読んだ話ですけど、手塚先生が亡くなるときに最後の一筆を入れて完結するんだという壮大な野望があったらしいんですが、それはそうならなかったようです。

なんで『火の鳥』を持ってきたかというと、完璧とはちょっと違うんですけども、今言ったように何千年というスパンのことが書かれていて、とにかく世の中のあらゆることを記述しつくそうとするパッションが、全巻通して読むとすごく伝わってくるんです。まあどの巻も結果としては大体一緒で、「人間ってほんとろくでもないよね」っていうことが書かれているのですが(笑)。各巻はそれぞれストーリーとして完結しているので単巻でも読めるんですけど、結局は人間のエゴがどんどん宇宙を狂わせていくという話になります。

話のテーマである「完璧な本」を目指そうとすると、『火の鳥』のようにすべてを書き尽くそうとする態度をとるか、後に出しますけどミニマルなものにだんだん近づいていくというか、そのようにならざるをえない。文章だと、詩や短歌に代表されるようなミニマルな表現にいったほうが、より滑らかな球体に近づいていくというか、「完璧な」感じにはなると思います。でも『火の鳥』はきれいにまとめたいということは横に置いて、取りあえずこの世界にあるものを全部書きつくしたいという方向性に挑戦した、日本ではあまりないスケールの大きさだと思います。同じ意味でガルシア=マルケスの『百年の孤独』とどちらにするかちょっと迷ったんですけど、この本はどこかで語りたかったので持ってきました。

あと1冊、『原民喜童話集』(イニュニック、原民喜 +蜂飼耳/竹原陽子/須藤岳史/田中美穂/外間隆史 著)です。

原民喜は、『夏の花』という原爆が投下された後の広島を描いた小説が有名なんですけども、この童話集や、これが出る前に、サウダージ・ブックスという出版レーベルをやってる浅野卓夫さんが、瀬戸内人という出版社から、『幼年画』という本を出しています。文章に透明感があって、この童話集も「ちょっと透明過ぎるけど大丈夫か」みたいなところもあるんですけど(笑)、「鈴がチリンチリンと鳴りました。」「羽子は「モシ モシ」と呼びかけました」というような、素朴なことばだけで作られた3ページぐらいの童話で、余計なことばを混ぜてしまえばだいなしになってしまうような壊せない世界なんです。いま多くの人が望んでいるようなオチや毒はないし、そんなものは必要ないと思ったのでしょう。こうした純粋な美しい世界を、文章だけでつくれるんだなという驚きがあります。本当にいい文章です。

北村:『幼年画』の装丁は、画家のnakabanさんで、Titleのロゴを手掛けていますし、辻山さんとnakabanさんの共著で、『ことばの生まれる景色』という本も出版されています。

辻山:私が一冊の本を選び、その本に対してnakabanさんが絵を描いて、私がまたエッセイを書くというちょっとややこしい本です。40篇収録されています。そのnakabanさんが最近出した『ランベルマイユコーヒー店』、あの本も完璧に近いなと思います。1つの歌の小さな世界が、その小ささゆえに完結して壊せないっていう感じがするんですよね。

北村:オクノ修さんというシンガー・ソングライターの曲を、nakabanさんが絵本にされた本ですね。オクノ修さんは、京都の六曜社という喫茶店のマスターでもあります。

堀部:オクノさんの曲だけど、nakabanさんのものになっている。修さんも好きにしたらいいって話ですからね。もうそれだけ独立してる。コピーライトがないみたいな感じでね。オクノ修さんは、さっき言ってた、影響を受けたコミュニティーの1つ、僕の先輩っていうか、そういう価値観を持ってる人ですね。

北村:堀部さんのお店では、ランベルマイユブレンドというコーヒー豆を販売されてますよね。

堀部:はい。そのオクノさんが焙煎した豆ですね。

黒田さんの完璧な本

黒田:完璧な本ってすごく難しいなって思ったんですけど、本になっている意味があるというか、本としてまとめられていて、その本としての完成度が高いというのを基準に、家の本棚に並んでいるものから選んでみました。

この『絵草紙 うろつき夜太』(国書刊行会、柴田錬三郎 横尾忠則 著は、70年代に『週刊プレイボーイ』で柴田(錬三郎)さんと横尾(忠則)さんが連載したものをまとめた本です。

この本は、いきさつも面白くて、最初、横尾さんに挿絵を描かないかって依頼がきて、それが白黒での依頼だったんですけど、横尾さんは大変そうだからやりたくないと思ってたらしくて、(どうせ無理だろうから)カラーならいいよって断る名目で言ったら、じゃあカラーでお願いしますって言われて、それでやらざるを得なくなったっていう。結局、1年ぐらい高輪プリンスホテルに2人で缶詰めになって執筆したそうです。装丁も全部横尾さんが手掛けているので、めちゃくちゃ凝ってて、全部フルカラーで組版も複雑。連載時も柴田さんの文章が来てから横尾さんが絵を描いてると間に合わないって言って、先に横尾さんが絵を描いちゃったりして、それに影響されて柴田さんが文章を書くこともあったそうです。まぁ、ほんとに贅沢な本というか、今ではこういうつくり方はできないだろうなって思いますね。

堀部:文庫版は全然違いますよね。だから単行本で見ないと意味がないし、メタフィクションみたいになってくるんですよね。

黒田:そうなんです。途中で2人の打ち合わせの絵が出てきたりとか、連載が間に合わなかったときの、ごめんなさいみたいな文章がいきなり出てきたりとか。時代小説なんですけど、ストーリー自体もぶっ飛んでて、ジョン・レノンが出てきたりとか。文字もいきなり緑でいきなり赤とか、レイアウトを見ても、これを当時、今みたいにデータ入稿じゃない時代につくっていたと思うと、ものすごい熱量だなと思います。

堀部:究極のアートブックみたいなところもありますよね。

黒田:次の『はな子のいる風景 イメージを(ひっ)くりかえす』(武蔵野市立吉祥寺美術館、AHA! [Archive for Human Activities/人類の営みのためのアーカイブ] 企画編集)は、井の頭自然文化園にいたゾウのはな子が2016年に亡くなるんですけど、はな子が写っている69年間の写真を一般公募して、それを時系列で編集したものなんです。

写真の下に飼育日記も書かれていて、交わることがなかった様々な人々の記憶で、はな子の一生を浮かび上がらせているんですね。さらに、写真を提出した方々のそのときの思い出を綴った別冊も付いていて、こちらは、はな子を媒体にして人々の記憶を立ち上がらせているんです。これはやっぱり、本ならではの表現方法・編集方法だと思うし、こういうプロジェクト系の本は大好物ですね。

辻山:この本は、すごく凝ってますよね。写真を1枚1枚めくれるようになってて、めくると、例えば同じ位置で違うときに撮った写真とか、子どもの頃とか出てきたりして、その人のアーカイブにもなっています。1冊なんだけど、そのなかにすごく長い時間が封じ込められてる。

黒田:写真が持つ記録とか記憶というメディアの特性、それをほんとに上手に理解して本としてまとめた1冊だなと思いました。

最後の『See You Tomorrow』(ELVIS PRESS、宮崎信恵 作)は、STOMACHACHE.として姉妹でイラストレーターをしているお姉さんの方、宮崎信恵さんが、自身の個展の際に作品として1冊だけ制作した絵本です。

彼女はクライアントワーク以外に、ずっとこういって創作をしている人で、もう創ること=生きることみたいな人なんですね。そういう創作の力をすごく感じる本で。これ、絵本といっても詩みたいな言葉が並んでるんですけど、それこそ、宮沢賢治とかに通じるような世界観を持っていて。もう、見せてもらったときに本当に感動してしまって。これはどうにかして世に出したい、多くの人に知ってもらいたいと思って、再編集したり新たに描き直して、僕らのレーベル「ELVIS PRESS」から出版しました。ぜひ見てみてください。

次回へ続きます。

辻山 良雄(つじやま よしお)
1972年兵庫県生まれ。書店「リブロ」勤務を経て、2016年1月、東京・荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店「Title」をオープン。新聞や雑誌などでの書評、カフェや美術館のブックセレクションも手掛ける。著書に「本屋、はじめました」(苦楽堂)、「365日のほん」(河出書房新社)、画家nakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

堀部 篤史(ほりべ あつし)
1977年、京都市生まれ。河原町丸太町路地裏の書店「誠光社」店主。経営の傍ら、執筆、編集、小規模出版やイベント企画等を手がける。著書に『街を変える小さな店』(京阪神エルマガジン社)ほか。 

黒田 義隆(くろだ よしたか)
1982年生まれ。愛知県出身。BOOKSHOP & GALLERY「ON READING」店主。パブリッシングレーベル「ELVIS PRESS」代表。2006年に「YEBISU ART LABO FOR BOOKS」を名古屋市にオープン。2011年に同市内に移転、「ON READING」としてリニューアルオープン。

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