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【読書の学校】ブックトークフェスティバル2019

「本屋として特別な本」辻山良雄×堀部篤史×黒田義隆 司会進行・北村知之

2019年10月14日、梅田 蔦屋書店で行われた「ブックトークフェスティバル2019」の模様をお送りいたします。各回2時間の3部制、これを1日でやりきった大型イベントです。本連載では、イベント当日の様子をお届けしています。

前回に引き続き、Title・辻山さん、誠光社・堀部さん、ON READING・黒田さんをゲストに、梅田 蔦屋書店・北村さんが「完璧な本」をテーマにお話を伺います。どうぞお楽しみください!

前回はこちら

本屋として特別な本

北村:では、逆の質問です。書店主としての自分を語る上で、影響を受けた、また思い出深い本はありますか。

堀部:いや、あんまりないっすね(笑)。それは本とかじゃなくって、自分の周りにあるコミュニティーみたいなものの価値観が大きいです。私はずっと書店で勤めてきましたけど、その中で店主同士の付き合いみたいなのが結構あるんです。私は店主ではなくて雇われ店長だったんですけど、周りでレコード屋とか、喫茶店、カフェとか飲み屋をやってる店主たちと付き合ってると、拡大して次々チェーン店化してもっと売り上げを伸ばそうとか、人をたくさん雇って規模を拡大しようっていうよりも、そのお店のいい状態みたいなものを保つっていう、そういう美意識を中心に仕事をしている人が周りに多かったんです。それは京都ならではと言えるかどうかは分からない。京都にもいろんな価値観ありますし、いろんな例外もあります。ただ、私が恵文社っていうところにいる頃に付き合ってた人たちというのは、喫茶店主もそうだし、飲み屋のマスターもそうだけど、これぐらいがちょうどいいというのを知っている。自分の気にいらん客に来てもらってまでたくさんランチを出して儲けたいのではなく、毎日、店閉めた後に酒飲みに行って、知り合いの店にお金使えたらいいとか、そういう自分なりのスタンダードを重視するスタンスみたいなものに影響を受けたんです。一方で、私がいた恵文社は、どんどん大きくなっていってた。本来であれば大きくなるっていうのはビジネス的にうまくいってるということだし、それを続けていればよかったのかもしれないけど、自分が留めておきたかった範囲を超えてしまったんです。それに対して僕は非常にストレスを感じてたんですけど、そういうのって自分一人では言語化できなかったと思うんです。そういうときに拡大指向ではなく、働く自分の情緒や、商売のクオリティを重視する、彼らみたいなスタンスを持つには、独立するしかないし、独立するんだったらもっと大きなものを始めるのではなくて、それを持続できるあり方に設計し直そうと思ったわけです。だから店の二階に住んで、家賃も最小限で人も少数のバイトさん以外雇わずにやっています。取次っていう流通を通さずに、直接出版社と取引して、ちょっとでも利幅を上げる。それであれば、たくさん手を広げて人に来てもらわなくても、ある程度で成り立つ。そういう価値観を僕が持てたのは、周りのコミュニティーのおかげなんです。なにか本を読んで「これだ」って閃いたとか、この人に憧れてっていうんじゃなくて。外車でも乗って、店も何軒か持ってて、それがステイタスだと思うような、周りがそういう人らばっかりだったら、自分もそういうふうにしてたかもしれない。でも、還暦過ぎても自転車乗って飲みに行ってるような人ばっかりだし、そういう人の言ってることなんかに非常に共感しながらやってたのでこうなった。だから、本屋として影響を受けたというよりも、生き方として影響を受けてきた。だから、本屋っていう意識はあんまりないんです、僕には。例えば三月書房さんとか尊敬する店はあるんですけど、でも本屋としてセレクトがすごいからっていうんじゃなくって、業界に対する外からの目線であるとか、家族経営でやっていることとか、客層を限定しながら本棚をコントロールしているということとか。そういう部分、スタンスにこそ影響された。そこに憧れたっていうところはあります。

辻山:今のお話を聞いて思い出したんですけど、僕は昔、リブロの名古屋店にいたころに、黒田さんたちと「BOOKMARK NAGOYA」っていう本のイベントをはじめたんですね。黒田さんはそのときすでにON READINGの前身のYEBISU ART LAB FOR BOOKS という店を始めていました。あとはシマウマ書房さんという古本屋さんとか、個人でなにかをやっている人たちと、一緒にミーティングをするのですが、その中で勤め人は自分だけだったと思います。でもその中にいるのが自然で心地良くて、自分はなんで会社員をやっているのかなって、そのときからうっすら思っていました。なんとなくそういう伏線みたいなものが、そのときからあった。そのときにいた個人店の店主の振る舞いを見ていたのが、あとから考えると独立するにあたっては大きかったかなというふうに思います。

あと本の話で言えば、西村佳哲さんの『自分の仕事をつくる』という、晶文社から出て、今はちくま文庫になっている本がありますよね。あの本はもちろん内容もいいんですけど、単純にあのタイトルがすごく良い。自分の仕事って自分で作っていいんだと目からウロコでした。晶文社から単行本が出たのが、私がちょうど広島のパルコの店にいた2003年ぐらいなんですけど、かなり売った記憶があります。だから、会社の中にいたとしても、自分の仕事を会社という屋根の中でも立ち上げることだってできるし、それがだんだん物足りないと思うようになると、自分でやり始める人も出てきますよね。そういう働きかたっていま増えてると思うけど、そのさきがけだと思います。

黒田:僕も直接本に影響受けたということではなくて、もともと音楽が大好きで、アメリカのインディーレーベルをすごい追っかけてたんですけど、その人たちはすごくDIYで、自分でレーベルやって、自分で曲を出して、手売りで売るっていう、自分たちができることを自分たちでやるっていうスタイルをやってて、それにすごい影響を受けてると思います。僕が最初に本屋活動(当時は店舗を持たずイベントやカフェなどで出張販売をしてました)を開始したとき、2003年頃ですが、出版社で直接取引してくれるところも今よりもずっと少なかったし、ほんと大変でした。今はたくさん本屋の作り方みたいな本も出版されてたり、情報も出てますが、当時は全くノウハウもないので、とにかく1社ずつ聞いてみたり、海外のレーベルにつたない英語で直接メールしてみたりしました。それでなんとか取引先を開拓したり、HPの作り方とかも必死に勉強したりして、そういう自分たちでやれることを自分たちでやろうっていうスタイルは、インディーレーベルに影響を受けていると思います。

あと、雑誌がすごく好きで、『STUDIO VOICE』とか『リラックス』(現在休刊)とか『エスクァイア』などのカルチャー誌を貪るように読んでいました。雑誌の編集と本屋の棚の編集って近いと思うんですけど。全然違うジャンルのものを、ひとつの文脈に乗せて紹介するとか、本屋=メディアであるという意識とか、そういったものは雑誌で学んだと思います。

北村:確かに黒田さんが活動を始められた2003年ごろというのは、今ほど個人店も多くなかったですし、そのためのプラットフォーム、流通に関しても今ほどは整ってなかった。この数年で劇的に個人のお店でも本を仕入れやすい環境にはなってきていますよね。

先ほど、堀部さんがおっしゃった自分の情緒にかなうというお話しですが、それはお店に置く商品、そのセレクトの部分でも自分の情緒にかなうというのが一番の基準ですか。

堀部:いや、基準はそうじゃないです。そこはもちろん一番なんだけど、うちの店のことを理解してくれるコミュニティーと僕の間ぐらいの本を選ぶってことです。

辻山:以前、Titleで堀部さんと対談したときに、ちょうど綱引きの話になったんですよね。店の品揃えは、お客さんと店主が綱引きをしている、その間にあるんです。だから、どちらかが引っ張り過ぎるとよくない。

堀部:そうですね。いまは個人店なんで、その引く力がだいぶ強い。前はもうちょっと中規模だったんで、お客さんのほうに引っ張られてた。その力関係をコントロールするのがすごく大事なので。仕事における情緒っていうのは、扱う本の内容のことではなく、仕事と自分が近いかどうかということです。全部自分がコントロールして、やりたくないことや、店のスタンスとずれることを目前にしたときに断れるかどうかっていうこと。だから、僕は分業ができないんです。自分が理解できない仕事を続けることができない。20世紀のはじめに、フォードがフォーディズムというものを発明してから、仕事の全体像は失われつつあり、現在の資本主義はそれが基本になっています。でも、僕は全体像を取り戻したいわけです。そういう意味で、情緒と仕事が近いっていうのはあります。

例えばレイモンド・チャンドラーの小説では、私立探偵が主人公として登場します。フィリップ・マーロウは、警察に小突き回されてでも、義理を通してテリー・レノックスのことを守るわけですけど、それはたぶん、私立探偵という仕事が、その都市の中で唯一自分のプリンシプルで生きていける職業だからなんです。村上春樹『羊をめぐる冒険』の中で、主人公が向かいのビルで、なにやら事務仕事をしている人を見て、「何をしてるのか想像もつかない」っていうふうに言うんです。彼もある種マーロウのように行動する私立探偵型人間なんです。僕は彼らにシンパシーを感じる。だから、別に良し悪しの問題でも、それが偉いわけでもなくて、それしかできなかったんです、僕には。仕事の全体像を取り戻すために個人商店をやっている。だから店のセレクト内容と自分の情緒が直接関係があるかといえば、そういう意味ではないんです。

辻山:僕は個人書店をやってから、体感的に村上春樹がわかるようになりました。あの人もずっと個人で働いてきて。

堀部:作家になる前に経営していたジャズバーがそうですよね。

辻山:さっき堀部さんが仰った『羊をめぐる冒険』だと、誰か分からないやつに小突き回されたくないっていうせりふがあって。それは現在でも、国家や大企業といった大きな力が無意識にプレッシャーをかけ、個人の生きかたを制限しているところがあると思っています。個人で生きてる人にとってみたら、なんとかそこを耐えて、自分のプリンシプルでやっていきたいっていうのはあるんじゃないですかね。

北村:エルサレム賞の受賞スピーチの「壁と卵」の話を思い出しました。システムと個人なら、個人の側に立つという。

では、先ほど堀部さんにはすこし話していただきましたが、お店にとって置く本、置かない本のジャッジをどういった判断基準でされていますか。

辻山:明確になんらかのマニュアルや基準があるわけではないですけど、お客さんがいて、自分がいて、大体その中でいいなって思うような本が置かれていくわけです。もちろん本というのは、毎日300冊くらいは出版されているので、大型店だったら、そのほとんどが入ってきたりもしますけど、基本的にうちの店では自分で選んで仕入れています。じゃあなにを基準に選んでるんですかって聞かれれば、うちのお客さんに向けてって言うしかないですよね。

そうしたお客さんが想像できていれば、Twitterでこういう本が入りましたって言ったときに、あ、ここなんかいつも俺の好きそうな本ばっかり紹介してる、そういう感じで見てくれた別の人が来て、運が良ければリピーターになってくれるかもしれない。そういう繰り返しなんです。もちろんある程度幅を持たせないと、買ってもらえる本の種類が狭まってしまい売り上げは上がってこないけど、来た人にいいなって思わせるのって、その場の持つ空気が大事だと思うので、想像するお客さんの姿にあてはまらない本はあんまり入れてない。

じゃあ、それを言葉で、200文字で説明しろと言われても困るけど、たとえばみすず書房みたいな表紙の本は入れますかとか、まあそんな感じになりますね(笑)。

北村:白くてきれいなやつは入れます、みたいな(笑)。お客さんとお店の綱引きということを言われましたが、当初お店を立ち上げられたころに想定していたセレクトの基準が、お客さんからの引っ張りで変わったところはありますか。

辻山:実はあんまり変わっていないんです。もともとそんなに極端に尖ってるとか、そういう店ではないから。変わったとしたら、当初はちょっと文房具のような、本に関わるブックカバーや雑貨も少し入れてましたが、小さい店だし、本に特化したほうがいいということに気が付いたので、外しました。それに、初めは『るるぶ』や『地球の歩き方』も入れてたんですけど、あんまり買ってもらえないんですよね。だから、どんどん実用的なものよりは、嗜好品というか、より「本」らしい顔をした書籍のほうが増えていきましたね。

北村:黒田さんは、先ほど控室で、最近のお客さんの消費のサイクルが早くなった、それがちょっと苦しいという話をされていましたが、それこそもう13年もお店をされていて、いろいろな環境がだいぶ変わったと思います。その中で、お店を立ち上げられたころと現在と、置く置かない本の基準はどうですか。元のままなのか、変わられたのか。

黒田:そうですね。時代の変遷というよりも、多分個人的な意識の変化が大きいかもしれないんですけど、やっぱ当初は若かったのもあって、最初に作った店では、セレクトの基準がもっと自分寄りというか、本当に好きな本だけを並べていたんですね。でも移転してちょっと広くなってからは、もうちょっと街における本屋の役割みたいなのを意識しながらやってるっていう感じがありますね。

名古屋は大きい書店はいくつかるんですけど、僕らみたいな小さい個人書店ってそんなになくて、今も増えてないんですよね。京都もたくさんあるし、東京ももちろんたくさんあるんで、そういう地域であればお互いに専門性を高めて、うまく棲み分けもできると思うんですけど、名古屋でそこまで極端にやってしまうと、この場所で買えないものがどんどん増えてしまいます。大きい書店では置いてなかったり見つけにくいけど、あそこに行ったらあるだろうなっていうお客さんの期待にも応えたくて、そういう本はできるだけ置くようにしています。

あと、単純に自分の興味関心の幅がどんどん広がっているというのもあります。

北村:やはりパブリックな役割みたいなものを意識されるようになって?

黒田:うん。昔よりはだいぶそうなってますね。

辻山:大人になったんですね(笑)。

北村:ありがとうございます。書店のパブリックな役割というのは、僕もよく考えます。今回、いい本、悪い本はなんなのかというのを、皆さんに聞きたいと思ったきっかけとして、最近でも特に話題というか、問題になっているヘイト本のことがあります。正直、個人的にはあまり売りたくない本なんですが、世の中にはそれを求めて、それを面白いと思って読む方も実際にいるなかで、書店の店頭に立つ人間として、それをその自分の好みによって、その人がその本を買う機会を無くしていいのかということを、日々考え続けてて、なかなか答えが出ないんです。パブリックな役割としての書店を考えるとき、そういったものを置かないっていうほうが正しいのか。もしくは、出版流通の末端として、やっぱり買う機会をきっちり担保するほうが正しいのかっていう、悩みがあります。それもあって、今回こういった「完璧な本」というテーマでお話を伺っているわけです。

次回へ続きます。

辻山 良雄(つじやま よしお)
1972年兵庫県生まれ。書店「リブロ」勤務を経て、2016年1月、東京・荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店「Title」をオープン。新聞や雑誌などでの書評、カフェや美術館のブックセレクションも手掛ける。著書に「本屋、はじめました」(苦楽堂)、「365日のほん」(河出書房新社)、画家nakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

堀部 篤史(ほりべ あつし)
1977年、京都市生まれ。河原町丸太町路地裏の書店「誠光社」店主。経営の傍ら、執筆、編集、小規模出版やイベント企画等を手がける。著書に『街を変える小さな店』(京阪神エルマガジン社)ほか。 

黒田 義隆(くろだ よしたか)
1982年生まれ。愛知県出身。BOOKSHOP & GALLERY「ON READING」店主。パブリッシングレーベル「ELVIS PRESS」代表。2006年に「YEBISU ART LABO FOR BOOKS」を名古屋市にオープン。2011年に同市内に移転、「ON READING」としてリニューアルオープン。

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