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進化生物学者がイヌと暮らして学んだこと

イヌの起源

 イヌはオオカミである。と言うのは、生物の種としてみたとき、イヌとオオカミは別種には分類されず、亜種レベルの違いでしかないからだ。タイリクオオカミの学名はCanis lupusで、イヌ(イエイヌ)の学名は、Canis lupus familiarisなのだ。

 イヌ科の動物には、オオカミのほかに、ジャッカル、コヨーテ、ディンゴなどがいる。これらのどれかがイヌの祖先だという説もあったが、遺伝子の大規模な研究の結果、そうではなくて、イヌの祖先はオオカミであることがわかった。

オオカミ研究所入る
オオカミ研究所(オーストリア)

イヌの品種

 イヌには実にさまざまな品種がある。日本では、日本に固有の柴犬も多いが、トイプードル、シーズー、フレンチブルドッグ、ダックスフント、シュナウザーなどなど、小型犬が多い。ラブラドール、ゴールデンレトリーバーなど、大型犬もいる。我が家のイヌたちが毎朝通っている代々木公園にも、実にさまざまなイヌがやってくる。

 どんなイヌを見ても、みなイヌだとはわかるのだが、犬種ごとの違いは大きい。中でも小型犬から大型犬まで、大きさがすごく違う。小型犬の代表のチワワの体重は、1.5キロから3キロぐらいだそうだが、超大型犬のロットワイラーは50キロ、セントバーナードやイングリッシュ・マスチフにいたっては100キロまでにもなるという。うちのスタンダード・プードルのキクマルは、最盛期で25キロだった。現在5歳のコギクは、25.9キロだから、先のような超大型犬の半分から4分の1ということか。

 この大きさの違いは、イヌという対象を飼い主がどう認識しているかに、重大な影響を及ぼす。小型犬の飼い主は、イヌとは自分たちの足もとで動いている小さな生き物だと思っている。しかし、私は、自分が立ったままで手を頭におけるぐらいの動物がイヌだという認識なのだ。あまり小さいと、イヌだという気がしない。

 そして、イヌの顔つき、風貌も実にさまざまである。鼻づらのとんがった子、鼻ぺちゃの子、足の長い子、短い子。耳の立った子、垂れ耳の子。そこで、イヌのシルエットは千差万別となる。そこが、ネコとは大違いなのだ。

 もちろん、ネコにも品種がさまざまある。ほっそりした短毛のシャムネコと、ふわふわした長毛のペルシャネコのシルエットは違う。それでも、ネコはやっぱりネコなのだ。それが、置き物や飾り物、ブローチなどの装飾品その他、造形的なイメージで選ぶ物に対する、イヌとネコの違いに現われているのではないかと思う。ネコのそういったイメージは、自分の飼っているネコが何ネコであれ、「ネコ」のイメージで選べるのだが、イヌは違う。私のイヌはスタンダード・プードルなので、チワワや柴犬の置き物やブローチは、それがどんなに可愛いデザインであっても、私の物として選べないのである。

 プードルの場合、たいていのそういう飾り物のシルエットは、トイプードルである。それはそれで可愛いのだが、私は欲しいと思わない。まさにスタンダード・プードルのシルエットの物があったときには、本当に嬉しくなってしまう。

 さて、こんなにもたくさんあるイヌの品種のほとんどは、19世紀以降のヨーロッパで産出された。19世紀の半ばに、犬種の育種クラブが作られ、犬種ごとの標準が定められ、それぞれの純血種を育成するために、繁殖隔離が行われるようになったのである。ある犬種に属するイヌだという、いわゆる血統書を得るには、母親も父親も両方が、その犬種に属するというお墨付きが必要になった。こうして今では、400以上もの犬種がいて、それぞれの純血種に固有の遺伝子が、比較的よく保たれている。

 ダックスフントの長い胴と短い足、コーギーの短い足、ブルドッグの短い鼻づらなどなど、特定の犬種に固有の形態を作り出し、それらを維持するためには、ずいぶんと厳格な繁殖管理がなされてきた。その結果、それぞれの犬種ごとに特有な、またはある犬種にだけ頻度が高く出現するような、遺伝的疾患が350以上も知られている。いろいろなタイプのガン、心臓病、てんかん発作、視力の異常など、どの犬種も、その純血タイプを維持するために、いわば無理をしてきた「ツケ」を背負っているのである。

イヌの起源と家畜化

 最近の遺伝子の研究によると1)、おもにヨーロッパで産出されてきた犬種はみな、一つの祖先に行き着くようだ。それらと少し違うのが、サルーキとアフガンハウンドである。その次に違うのが、シベリアンハスキーとアラスカンマラミュート、その次がバセンジー、そしてさらに違うのが、チャウチャウ、秋田、シバなのである。

 この結果は、イヌの祖先がオオカミから分かれたあと、まず、中国や日本などの東アジアのイヌの系統と、それ以外の系統とが分かれたことを示している。そして、次にバセンジーに代表されるアフリカの系統が分かれた。そして、シベリア、アラスカ系が分かれ、中東系がヨーロッパ系と分かれ、今に至る、ということになる。

 しかし、このおおもとの、オオカミからイヌになる初めのところはどういう関係だったのだろうか? そもそも、いつからイヌになったのだろう? このあたりは、まだまだ謎が多いようだ。

 家畜化したイヌだということがはっきり認められている最古の骨は、ドイツのボン=オーバーカッセル遺跡から出土したものだ。1万4700年前という年代推定である。イヌだと主張されている、もっと古い骨は、中近東やシベリアからも出ているのだが、オオカミとの形態的な区別がそれほど明瞭ではないので、イヌだとは認められていない。だから、ドイツの骨が、今のところ最古のイヌの化石である。

 最近は、数万年くらい前までの化石で、保存状態がよいものであれば、化石からDNAを抽出して配列を調べることができるようになった。古代DNAの研究である。そのような技術を駆使して、およそ7000年前や、およそ4700年前のイヌの骨などからDNAを抽出し、現代の世界中のいろいろな犬種と比較した研究がある2)

 この研究は、これまでに行われたイヌの起源をめぐる研究の中では、もっとも精密で網羅的なものだろう。それによると、世界のイヌは、大きく5つのグループに分けられる。東南アジア、インド、中東、アフリカ、そしてヨーロッパだ。この結果は、先に紹介した研究とよく合致しているので、おそらくこれは正しいのだろう。

 こうして見ると、柴犬や秋田、チャウチャウなどは、ヨーロッパ系の犬種とはかなり遠いことがわかる。縄文犬というのも知られているが、ずっと以前からの東アジアの犬種に違いない。

 およそ7000年前のドイツの化石(HXH)、およそ5000年前のアイルランドの化石(NGD)、そして、およそ4700年前のドイツの化石(CTC)のDNAを比較したところ、HXHとNGDは、ヨーロッパ系のイヌのクラスターの中にはいった。しかし、CTCには、アフガニスタン系の要素とオオカミの要素が少し含まれていた。そして、HXHもCTCも、現在まで続くヨーロッパ系のイヌたちと多くの遺伝子を共有していた。

 これらをまとめると、7000年前の後期旧石器時代のヨーロッパにはすでに、今のヨーロッパ系のイヌの祖先系統と思われるイヌがいた。しかし、4700年前、つまり、旧石器時代の終わりごろ、中東・東南アジア系のイヌが入ってきて交雑した。このころのヨーロッパには、東の方から、縄目状模様の土器を持つ文化のヤムナヤ人と呼ばれる人々が入ってきていた。だから、その人たちが連れてきたイヌが、もともとヨーロッパにいたイヌと交雑したのだと考えられる。

 では、イヌの起源はどこなのか? 今のところ、中近東、中央アジア、東アジアの3ヶ所が候補地としてあがっているが、この研究での結論は、東アジアが起源である。そして、オオカミから家畜化した年代は、およそ4万年から2万年前。

人類の進化

 直立して2本足で歩く「人類」という生物は、およそ600万年前にアフリカで進化し、その後もいろいろな種類が出てきた。その中で、およそ200万年前に、ホモ・エレクトスという種が出現し、初めてアフリカ大陸を出た。エレクトスが、アフリカのどこからどこを通って出ていったのかは定かでないが、ユーラシア大陸に広がった。北京の近くで発掘された北京原人や、ジャワ島で発掘されたジャワ原人などが、エレクトスだ。彼らは、最終的に全部が絶滅してしまった。

 その他にも謎のデニソワ人という集団もいたらしい。小指の骨が1本しか残っていないが、そのDNAを調べたところ、現代のホモ・サピエンスの遺伝子にも、その痕跡が残っている。しかし、彼らも今はいない。

 ユーラシア大陸に広がったエレクトスのうち、ドイツあたりで暮らしていた一部の集団に、ホモ・ハイデルベンゲンシスと呼ばれるものがある。60万年から50万年ほど前の集団だ。その一部から、ネアンデルタール人が進化してきたらしい。と言っても、出自の詳しいことはよくわからないのだが、ネアンデルタール人は、40万年ほど前から中近東やヨーロッパに広がっていた。

 さて、私たち自身であるホモ・サピエンスは、およそ30万年前にアフリカで進化した。そして、およそ10万年前から再びアフリカを出て、世界中に拡散したのである。そこで、中近東からヨーロッパに進出していったサピエンスは、それ以前からそこらに住んでいたネアンデルタール人と出会ったことになる。そして、サピエンスとネアンデルタールは実際に交配した。だから、私たちホモ・サピエンスの遺伝子には、ネアンデルタールの遺伝子が今でも数パーセントは含まれているのである。

 このネアンデルタール人たちは、およそ4万年から2万年前の間に絶滅してしまった。ヨーロッパの気候が寒冷化する中、サピエンスはどんどんヨーロッパ中に生息地を拡大していくのだが、ネアンデルタール人は南の方に撤退して人口が減少し、ついにはジブラルタルのほとりで絶滅する。

サピエンスの友

 この2種類の人類の運命を分けたのは、なんだったか? なぜサピエンスは残り、ネアンデルタールは絶滅したのか? いろいろな説があるが、その一つに、サピエンスはイヌを連れていたから、というのがある。確かに、イヌという助っ人がいるといないでは、厳しい狩猟採集生活がうまくいくかどうかは大違いだろう。イヌがいれば、人間にはわからない獲物の臭いを追い、小さな獲物をヤブから追い出したり、大きな獲物にかぶりついたりと、ずいぶん役に立ってくれるに違いない。イヌがサピエンスを救った、というのは、おもしろいシナリオではある。

 イヌの家畜化の起源が4万年から2万年前。ネアンデルタール人の絶滅もそのころ。しかし、イヌの起源が東アジアの方だとすると、それがヨーロッパまで行くのにどれくらい時間がかかるだろうか? 最古のイヌの化石は、先に紹介したドイツの1万4700年前の骨だ。それ以前からイヌはヨーロッパにいたに違いないので、2万年前にはもうサピエンスの一家の友だったかもしれない。そうなると、サピエンスの勝利にイヌが鍵だったかどうかは、ネアンデルタール人がいつ絶滅したのか、その時期が問題だ。4万年前というかなり古い時代だとすると、イヌの出る幕はない。2万年前に近いほど可能性が高くなるということか。

 ネアンデルタール人がいなくなったことに関係するかどうかはともかく、イヌはずっとサピエンスの友だった。4万年から2万年前の東アジアで、どんなことがきっかけで家畜化がなされたのか、また考えてみたい。「そんなことはどうでもいい」というような顔をして、当然という態度で、うちのイヌたちはソファの上で眠りこけているが。

1)G. Parker et al. (2004) Genetic structure of the purebred domestic dog. Science 304: 1160-1164.
2)R. Botigue et al. (2017) Ancient European dog genomes reveal continuity since the early Neolithic. Nature Communications 8: 16082.

 

豆柴
日本のイヌ(豆柴)

タンザニアのイヌ1
タンザニアのイヌ1

タンザニアのイヌ2
タンザニアのイヌ2

インド、エレファンタ島のイヌ
インド、エレファンタ島のイヌ

トルコのイヌ
トルコのイヌ


サルーキ(右)とコギク

シチリアのイヌ
シチリアのイヌ

ビションフリセ(ヨーロッパで作られた品種)
ビションフリセ(ヨーロッパで作られた品種)

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著者略歴

  1. 長谷川 眞理子

    総合研究大学院大学学長。専門は行動生態学、自然人類学。野生のチンパンジー、イギリスのダマジカ、野生ヒツジ、スリランカのクジャクなどの研究を行ってきた。現在は人間の進化と適応の研究を行なっている。著書に『クジャクの雄はなぜ美しい?』(紀伊国屋書店)、『進化とは何だろうか』(岩波ジュニア新書)、『ダーウィンの足跡を訪ねて』(集英社)、『科学の目 科学のこころ』(岩波新書)、『世界は美しくて不思議に満ちている ―「共感」から考えるヒトの進化』(青土社)など多数。

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