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ガクモンのめ

消えた生き物を追いかけ、消えゆく世界に手を伸ばす【小宮春平】

 若手研究者たちが、学問の「おもしろさ」を伝えるリレー連載、「ガクモンのめ」。
 第7回は、鳥取の水辺を中心に生態系の保全を行っている小宮春平さんです。
 今ある環境が急速に失われていく状況の中で、そこに生きる人々と協調しながら環境を守るには、どうすればいいのか。水草たちを守る小宮さんの闘いは、異国での怪魚釣りから始まります。

小宮春平さん (一般社団法人 鳥取県地域教育推進局 環境部)

生き物探しという趣味

 私は「捕まえたことがない生き物を探す」のが好きだ。どういう環境に棲んでいて、どんな生態をしているのか。そんな先人たちが蓄積してきた情報や経験を知識として自分の中に叩き込み、機転を利かせ、時に運にも頼りつつ、自分が知らない未知の冒険に挑むような面白さがある。それもあって20歳前後の頃は怪魚釣りに熱中していた。世界の果てまで行って、化け物のような巨大魚を追いかける。その過程や魚とのやり取りの中には冒険的な要素が多々あって、それはそれで楽しかった。しかしながら、私が怪魚釣りに足を踏み入れた頃には、既に先人たちがあらかたの巨大魚を釣り尽くし、本当に未知なる世界への冒険という要素はあまり残っていないように思えた。

オモ川(エチオピア)氾濫原のハイギョ

 そんな中私が辿り着いたのは、絶滅した生き物探しだった。最後の発見は何十年前だとか、生息地そのものがもう残っていないとか、そういう生き物。古い文献を頼りにさまよったり、現地の市場を巡ってみたり。何せもういなくなっているらしいのだから、行ってみなければ分からない。未知の面白さを追い求めるにはもってこいの分野だった。

消えた生き物が暮らす世界

 しかし、東南アジアからはてはアフリカまで、各地を何度も訪れ探してきたが、消えた生き物はまず見つかるものではない。いくつかは「最近まで食ってたよ」みたいな惜しいところまで手がかかったが、やはり居ないものはなかなか見つからない。

 とはいえ、海外では惨敗続きだったが、国内ではいくつかの発見をすることができた。例えばヒメモクズガニ。国内では有明海のみに生息する小さなカニを14年ぶりに見つけてしまった。また、旧友との縁で訪れた鳥取市では、偶然市内で絶滅していたジュンサイを見つけてしまった。「これはもしや水草が熱いのでは!?」と鳥取東部のため池を調べていると、鳥取県絶滅(2021年当時)のヤナギスブタや、西日本初の北方種エゾヤナギモ、国内2ヶ所を除いて絶滅したガシャモクなど、信じられない発見が相次いだ。


環境省レッドデータブック絶滅危惧IA類のガシャモク

 そんな生き物をいくつか見つけて気がついたが、消えたはずの生き物がいる場所はとんでもなく豊かな環境でもあった。例えば、アゲマキという貝がいる。マテガイを大きくしたような10㎝弱ぐらいの二枚貝で、焼いても蒸しても最高に旨い。魚介類の宝庫だった有明海でもかなりの人気食材で、かつては福岡県でも数百トンも水揚げされていたが、今は0。個体群が残っているのか分からない程に消えてしまった。その貝を福岡県の2ヶ所で見つけることができたのだが、どちらも凄い場所だ。1ヶ所は200mに80種を超える生物がひしめき合い、内20種は絶滅危惧種という凄まじい場所だった。そこには絶滅寸前のヤベガワモチという貝も棲んでいた。もう1ヶ所も近年消息不明のフタツトゲテッポウエビという幻のエビの確実な生息地に隣接していた。というか、フタツトゲテッポウエビの生息地を見つけたらアゲマキも出てきた。

 鳥取県の水草もそうだ。ガシャモクとエゾヤナギモは同じ池で見つかった。そこはミズニラやジュンサイなど絶滅危惧種だらけのとてつもない池だった。場所そのものが、かつての豊かな自然環境の欠片だと言っても良い。

昔は沢山いた

 なるほど。これが「昔は沢山いた」ということなのか。

 かつて、1980年代頃の有明海について書かれた本を読んだ時、私は海外の探検記を読んでいるような錯覚に陥った。私が知っている有明海とあまりに違ったからだ。無数の生き物であふれ、興味深い漁法や食文化に満ちている。こんな面白い世界がここにはあったのか。昔話も同じだ。タイラギの潜水漁師は1分間に100個獲らないと1人前と認められなかったそうだし、ガシャモクは刈り取って緑肥にしていたという。今は生きたタイラギなんて数年に1回見つかるかどうかだし、ガシャモクなんてそもそも残っていない。信じられない昔話だが、消えた生き物達がかつて生きていた場所には、昔話のような豊かさがあった。

 かつての豊饒の海では無限にタイラギが捕れていて、貝柱だけ取って、貝ひもは海に捨てていたらしい。

 貝ひも好きの私からしたら、ポン酢片手に海に飛び込みたいくらいの話である。有明海でタイラギが採れなくなった今では他県産や海外産の貝ひもが良い値段で売られている。そしてこの数年で、有明海の漁業を支えていたサルボウ(赤貝)が採れなくなった。今では、潮干狩りでも見向きもされなかったシオフキ貝までもが、サルボウの代わりとばかりにスーパーに並んでいる。

タイラギ。これでもまだ小さい

 生物多様性が豊かだった頃は、勿体なさなんて関係なしに利用できた。それだけ生き物が溢れていたらいなくなるとも思わないだろう。しかし、ひとたび生物多様性が劣化しはじめれば、これまで捕らなかったサイズや利用していなかった種まで捕りはじめる。とはいえ劣化の始まった環境ではもう余剰分なんて残ってないので、生物はドミノ倒しで居なくなっていく。有明海で聞いた昔話と私が知る有明海の違い。ようやく私は生物多様性の劣化という問題が引き起こしたものがなんだったのか、実感することができた。そしてもうひとつの事実に気付いた。今見ている世界が、これから昔話へ変わっていくのだ。

等身大の環境保全

 私が見える範囲だけでも、厳しい状況に陥っている環境は多い。福岡県のヤベガワモチ生息地は残り2ヶ所に減り、ヒシモドキ最後の生息地には鉱物油が流出して絶滅しかけた。鳥取のガシャモクはこの2年の間にほとんど消えてしまった。すべて数年内の出来事だ。2021年のG7では、2030年までに生物多様性の損失を食い止め、回復させるという目標が設定された。回復とまではいかなくても、最低限、生物多様性の損失を止めることが成し遂げられるとして、あと7年。このままでは、世の中が変わったとしても既に守るものなんて残っていませんでした、なんてことになりかねない。

 もう幾ばくも余裕はないが、惨状に気づけたことは幸いだった。鳥取市のジュンサイは池ごと撤去され再々絶滅してしまったが、それがきっかけで「ため池ローラー作戦」をかけ、ガシャモクを見つけることができた。ちなみにローラー作戦とは、「分からないなら全て行って調べてしまえ」という秘技である。ため池の水草を探すなら、鳥取東部のため池など、居そうな環境400ヶ所を全部巡って調べるというようなものだ。

 今何もしなければ、ガシャモクは昔話の中の存在になってしまうだろう。消えた生き物探しのような罪深いことをやってきた人間なのだから、せめて彼らが生きる世界を、変わりつつある世の中に繋ぐことくらいしないでどうするのだ。せめて自分ができる努力ぐらいしなければ、次世代の生物好きたちに見せる顔がない。

多くの絶滅危惧種の水草が残る鳥取県のため池

 私ができそうなこととして、手始めに久留米市の高良川で特定外来生物ブラジルチドメグサの防除に取り組んだ。ブラジルチドメグサは1㎝の断片を残せば瞬く間に大群落を形成するような厄介な外来種で、在来植物の圧迫のみならず、増え過ぎて物理的に農業用水路の機能を損ね、河川の排水を妨げる等の問題を起こしてしまう。特定外来生物なので生きたままの移動が禁止されていて、切れ藻から増える性質上、雑に駆除すると拡散させる恐れもある。しかも、高良川は管轄が国、県、市に跨っており、加えて外来植物は、オオクチバスやアライグマなどの外来動物に比べ、まだまだ注目がされていない問題だったため、対策も後ろ手に回っていた。

 だからといって放置するわけにもいかない。専門家に注意点を伺いつつ、久留米市環境保全課にも相談し、駆除に乗り出した。行政は実働には時間がかかっても、できることは最大限協力してくれた。道具の貸出に加えて、県管轄の場所でも川から引き上げれば処分してくれる。後はとにかく休日から仕事の休み時間まで費やしてこまめに訪れ、上流から河口まで1cmの切れ藻すらも見落とさず、1年がかりで駆除し続けた。すると驚くことに、本当に根絶できてしまった。もう3年くらい経つが、高良川でブラジルチドメグサは見かけていない。同時並行でSNSを通して積極的に発信し、そのうちメディアにも取り上げられるようになった。問題意識の高まりや先行事例、ノウハウの蓄積によって、今度は対策したくても動きにくかった行政もスムーズに対応できるようになった。今では市役所が直接対応してくれたり、管轄が違う場所でも円滑に対応できるようになった。加えて、地元の友人たちが協力してくれたことで、今では鳥取に主軸を置きながら福岡の活動を進められている。彼らの協力もあって、ブラジルチドメグサの駆除にとどまらず、去年絶滅しかけたヒシモドキの生息地を拡大させようという試みも始まった。駆除の時のノウハウや関係をフル活用し、とある水路では、ブラジルチドメグサが消え、ヒシモドキが揺蕩う昔話のような光景を見ることができるようになったのだ。

ブラジルチドメグサの防除作業

スキマを探す

 川という行政主体の場所では、外側から人々を繋ぐことで保全ができた。しかし、水田や里山など私有地が主体の場合は、農業者や地域集落など、より当事者の側に立った、内側からの視点が重要になった。ここでは鳥取県八頭町での取り組みを紹介したい。

 八頭町の中山間地域には希少な動植物が残っているものの、水田環境を維持してきた農村の高齢化や人口減少など人手不足が深刻だ。解決していかなければならない問題が多い中で、「これからは環境がトレンドですよ」と言ったところで、それは酷な話だ。だからこそ、八頭町に住み、農場で働き、当事者の視点から物事を見つめ直し、できることを探していった。

 例えば広大な水田を管理する農場に作業員として加わることで、町中の水田を網羅的に見ることをしてみた。あちこち回れば「この谷は冬の水管理を上手くやればサンショウウオが増えるな」みたいな場所も見つかる。実際に農作業に加わって分かった、迷惑にならない範囲と組み合わせれば、現状を変えずに環境を良くすることもできる。

 作業的なスキマで言えば、水田の排水路を生き物の拠り所として機能させることだって可能だ。水路の泥上げの時期や工夫次第でサンショウウオの生存率を押し上げることも可能だ。それをわざわざビオトープと呼ぶ必要はない。

ため池跡地のビオトープ化作業

 また、空間的なスキマも眠っている。きっかけとなった鳥取市のジュンサイ池のように、耕作放棄に伴い利用されなくなったため池は、防災のための撤去が進んでいる。撤去された後のため池の多くは役割を終え放置され、荒地になっていく。まさにスキマといえる場所だ。八頭町役場の仲介で区長の方に相談させていただき、ビオトープ化してみたところ、町内初記録になるハッチョウトンボを含む絶滅危惧種だらけの湿地になった。利水がなくなったため池跡地というスキマを活用することで、防災工事を阻害せず、地域にも行政にも負担をかけずに生物多様性を回復させた。

 一緒に作業しつつ「小宮くん、カメおるぞ!」「イシガメだ!私、めっちゃ好きなんすよこの子!」みたいにはしゃげば、農家さんだって面白がってくれたりもする。理解を示してくれそうな人にはもう一歩踏み込んで環境の話を伝えれば良い。進めているうちに、意識の変化や支援の広がりに繋がって、思いもよらない進展を見せることだってある。

 「なんか気づいたら地域全体が生物多様性保全にプラスな状態になっていた」という日も遠くはないのかもしれない。

おわりに

 消えた生き物を追いかけているうちに、実は消えてなかった生き物を消えないよう保全するようになっていたのは不思議なものだ。生き物探しを続けていたら、面白がってくれる友人たちが現れた。彼らは今も、知識も経験も中途半端な私を支えてくれている。保全だってそうだ。ブラジルチドメグサの時のように1人で抜き続けていたら、気付けば多くの方々が協力してくれるようになっていた。

 自分ができることを全力でやっていたら、そのうち驚くような進展が訪れる。無理に他人に押し付ける必要なんてない。私がやっていることなんて殆ど力技でしかないけれど、それがここまで広がって、下手すると地域社会に還元できるところまで手が届きかけている。まだまだ語り足りないところは多いけれど、自分ができる範囲で突っ走っていれば意外と何とかなってしまうこともある、そんなことが何となく伝わってくれれば有難い。 

 
《プロフィール》
小宮俊平(こみや・しゅんぺい)

1998年3月、福岡生まれ。父子家庭で育つが再婚と高校卒業を期に離縁、一時はホームレス状態に陥る。その後はフリーターをしながら、独学で生物を学び、ライフワークとして国内外の絶滅した生物の取材や保全活動に従事、やながわ有明海水族館設立等に関わった。2018年に早稲田大学人間環境科学科の社会人枠で入学するが、コロナ禍の困窮で卒業を断念。現在は福岡県レッドデータブック貝類分科委員、(一社)鳥取県地域教育推進局環境部、八頭町地域おこし協力隊等を務める。

 

《人生を変えた本》

『怪獣記』
(高野秀行、2007年、講談社)


「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをし、誰も書かない本を書く」という高野さんのモットーは、私が怪魚釣りから絶滅した生き物探しに踏み込むキッカケになった考え方でした。しかも高野さんの探しているものは基本的に見つからない。そこもまた、絶滅した生き物探しにリンクしていて面白い。釣りで止まらず、その先の世界へ踏み込めたのは、間違いなく高野さんの書籍のおかげです。『西南シルクロードは密林に消える』『謎の独立国家ソマリランド』など、高野さんの本は傑作揃いでどれが一番は決めがたいのですが、未知の生物を探して、しかも手に届きかけたというところも含めて、怪獣記は最も印象に残った作品でした。

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著者略歴

  1. 小宮 春平

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