「実際にあったお客さんからのご要望」磯上竜也×長江貴士×鎌田裕樹 司会進行・北田博充
2019年10月14日、梅田 蔦屋書店で行われた「ブックトークフェスティバル2019」の模様をお送りいたします。各回2時間の3部制、これを1日でやりきった大型イベントです。第5回までとメンバーを変えて、今回から3回に渡って「あなたのための本」をテーマにしたトークをお届けします。
今回は書店員3人の「実際にあったお客さんからのご要望」です、どうぞお楽しみください!
北田:二子玉川 蔦屋家電の北田です。私の用意したトークテーマは「あなたのための本」です。
前半は登壇者3名にこれまでのお仕事とこれからのお仕事についてお話を伺い、後半は会場の皆様から募ったご要望に応じて、本を選んでご紹介いただきます。会場の皆様は、お手元のQRコードを読み取っていただくと、匿名で質問をすることができます。登壇者3名に「こんな本を選んでほしい」という要望を自由にご投稿ください。登壇者3名が「あなたのための本」をこの場でお選びします。ご要望は恋愛の悩みや就職活動の悩みもありですし、「こんなミステリーが読んでみたい」というようなものでも構いません。
それでは、ゲスト3名をお招きします。磯上竜也さん、鎌田裕樹さん、長江貴士さんです。拍手でお迎えください。まずは、お一人ずつ自己紹介をお願いします。
磯上:(大阪の)本町(ほんまち)で「toi books」というお店をやっている磯上竜也と申します。以前は「心斎橋アセンス」という本屋に約7年勤めていました。そのアセンスが昨年の9月末に閉店し、今後どうしようかと考えているうちに、「スタンダードブックストア」の閉店、「天牛堺書店」の破産が立て続けに起こりました。次々に本屋が閉店していく中、自分がやれる選択肢の中で一番面白いと思ってもらえることはなんだろうと考えたときに、自分でお店をやってみようと思いました。そこから勢いに任せ2ヶ月ほどで準備をし、4月17日に「toi books」をオープンしました。今日はよろしくお願いします。
鎌田:京都の一乗寺にある恵文社一乗寺店で書店マネジャーをしております鎌田裕樹です。実は恵文社って開業してからもう45年ぐらい経ってまして、何度も世代交代を繰り返してきました。そのとき引っ張ってた人が独立して、そのひと回り下のスタッフが一からまた始めるというのが伝統としてあるようなんですが、僕は始めてからまだ5年ぐらいです。まだ何もできていないなという無力感もありつつ、ようやく分かってきたこともあるという状況です。どうぞよろしくお願いします。
長江:丸の内のKITTEという商業施設にある「マルノウチリーディングスタイル」の長江です。今は書店員なのかなんなのかよく分からないんですけど、フリーター時代も含めて15年ぐらい書店員を続けてきました。盛岡の「さわや書店」時代に「文庫X」という企画をやって、その余波でなんとか生き延びているという感じですね。今は店頭で本を薦める以外の活動もやっていて、今後もいろんな形で本と関わっていけたらいいかなと思っています。
北田:長江さんはご著書が2冊ありますよね。未読の方もいらっしゃると思うのでぜひこの場でご紹介いただければ。
長江:刊行したのは『書店員X』(中央公論新社)、『このままなんとなく、あとウン十年も生きるなんてマジ絶望』(秀和システム)の2冊です。この順番で刊行したんですが、アイデアとしては『マジ絶望』のほうが先だったんです。僕がまだ「文庫X」を始める前、入社して半年ぐらい経った頃に、上司から「俺が編集やりたいから、なにか本を書いてくれ」っていう訳の分からないことを言われまして。それで、『マジ絶望』の原型となるアイデアを出したんです。その話がまとまる前に「文庫X」をスタートさせまして、それで本を出すってなった時に、やっぱり「文庫X」について書いてほしい、っていうことになったんですよ。
北田:そういうことだったんですね。
長江:『書店員X』は「文庫X」という企画を自分自身で分析しながら、どうやって社会の中に取り込まれずに生きていくか、みたいなことを書いています。『マジ絶望』のほうは、なんかやりたいこともないし「つまんねえな」と思ってるけど、それでもなんとか生きていくにはどうすればいいか、みたいなことを書いたつもりですね。
北田:僕は書店員の立場としてどちらも面白く読んだんですけど、きっと書店員じゃなくても気付かされることがたくさんある本なんじゃないかな、と思いました。結構読者層が広いですよね。
長江:そうですね。あまり書店員向けに書いてるつもりはないですね。
北田:未読の方がいらっしゃったら、ぜひ今日お手に取ってみてください。それでは、そろそろ本題に入ります。今日は「本屋の話じゃなくて、本の話をする」というテーマなのですが、ほんの少し本屋の話も聞かせてください。普段、お客さんから本を選んでほしいって言われることは当然あると思うんですけど、どんな風に選んでいますか? 選ぶ時に気を付けていることがあればそれも教えてください。
磯上:いきなり「こういう本を」と言われてもなかなかお薦めしづらいので、コミュニケーションを重ねるようにしています。「普段どんな本を読まれるんですか」というような質問から入って、具体的な要望が出てきたら、そこを深く聞き出していく感じです。
なんとなく「面白い本ないですか?」って聞かれた場合も、一応お薦めすることはできるんですけど、その人に合った本かどうかは自信がないですね。なので、できる限り会話を重ねて、その中で探っていくことを心がけています。
長江:質問を繰り出して時間を稼ぐという手も。
北田:その間に考えるんですね。
磯上:「そうなんですね」と相槌を打ちながら、目線はずっと棚に向いている、みたいな(笑)
長江:頭をフル回転させるっていう。
磯上:そういう時間が出来れば欲しいので、ある程度会話をするようにしていますね。
北田:なるほど。基本はその場で答えるわけですよね。ちょっと考えて、また後日お知らせします、みたいな持ち越すパターンはないんですか?
鎌田:持ち越すとか絶対ないですよ。
磯上:許してもらえるんですか、そんなの。
北田:僕は結構ありますよ。ひと晩考えてから、これとこれはどうですか? ってお答えすること。お客さんが急いでない場合だけですけど。まぁ、基本はその場で会話を重ねてといった感じです。
磯上:そういえばつい最近、「これから新しいことを始めようとしている友達がいて、その人に本を贈ろうと思うんですけど、なにかお薦めないですか?」って言われて、3冊ほどお薦めしたんです。そしたら最後、お買い上げの際に、「実はそれ私なんです」って言われて(笑)
北田:他人事のように言っておきながら、本当は自分の事という。
ちなみに、その時買ってくださった本は?
磯上:結局、『レンタルなんもしない人のなんもしなかった話』(晶文社、レンタルなんもしない人 著)をご購入いただきました。『天才たちの日課 女性編』(フィルムアート社、メイソン・カリー 著 金原瑞人 石田文子 訳)とか、いろいろとお薦めはしたんですけど。最後はお客さんに選んでもらうのが一番なので。
長江:ふと思ったんですけど、関西のほうが直接聞くお客さんは多いのかな。これまで僕は神奈川と東京と盛岡で働いていたんですけど、神奈川と東京ではあまり聞かれなかったんですよね。やっぱり関西のほうがお客さんと店員の距離が近いのかなと思って。あとは、僕が聞きにくいって可能性もありますけど(笑)
北田:話し掛けやすいかどうかの問題ですね。鎌田さんはめちゃくちゃ話し掛けられてそう。
鎌田:お褒めの言葉もクレームも、全部僕にきますね。ありがたいんですけど。
長江:僕が問い合わせを受けて難しいと思うのは、入院してる人を元気づけたいとか、子どもに本を読ませたいとか、そういうのですね。言外に、やばい描写のない本を薦めてほしい、って希望が込められてるじゃないですか。普通、本を読んで、書いてあったことは覚えてるけど、書いてなかったことは覚えてないですよね。
北田:たしかに。書いてなかったことまでは覚えてない。
長江:そこが一番難しいなと思ってて。暴力シーンがないほうがいいよな、と思っても、ないかどうかの確信がないので、いつもビクビクしながら薦めてます。だから、無難なものを薦めてしまうこともありますね。
北田:ちなみに長江さんは、お客さんから問い合わせを受けるのは嬉しいですか、それとも苦手ですか?
長江:僕は本のタイトルが思い浮かべば、その本についていくらでも話せるんですよ。だけど、なんの本を読んだのかすぐに忘れてしまうんですね。たとえば、一週間前に自分が何を読んでいたかなんて覚えていなくて。だから、タイトルが出てくればいろいろと答えられるんですけど、タイトルが出てこないから困るんですよね。
北田:じゃあ、今日のイベントは苦労しそうですね(笑)
長江:なので今日はカンペを用意しておきました。
北田:それこそさっきの話みたいに、棚が目の前にあるといいんですけどね。鎌田さんはいかがですか?
鎌田:磯上さんに近いんですけど、まずは普段どんな本を読んでいて、どんな作家が好きかを聞くようにしています。最近読んで面白かった本を聞いて、そのつながりで「こんな本もありますよ」とお薦めすることはありますね。なにか具体的な引っ掛かりを見つけられるとお薦めしやすいんですけど、それを即興でやる能力には限界があるので。
長江:難しいですよね。
北田:結局、質問を重ねたり、話し込んだりする必要がある。
鎌田:そうですね、ちょっと仲良くなれたら、どんな本を選んでもある程度は納得してもらえそうな気がする。
長江:なるほど、何を薦めてもね。たしかにそれはある。
鎌田:ずるいんですけど(笑) それで、「感想をまた聞かせてくださいね」って言うと、また来てくださるし、そうやってコミュニケーションを重ねていくと棚に反映できたりもします。僕はお客さんから学ぶこともめちゃくちゃ多いですね。
北田:鎌田さんは今までに神戸と京都で勤められていましたよね。どちらのお店のお客さんでもいいんですけど、今までに印象的だった問い合わせとか、これは答えるのが難しかったなというような問い合わせって何かありましたか?
鎌田:僕と同い年くらいの可愛らしい感じの女性が涙目でレジに来て、「どうされましたか?」って聞くと、「失恋したんですけど、どうしたらいいですか」って。
磯上:それはすごい。
鎌田:「そういうときに読む本ありますか」じゃなくて「どうしたらいいですか」なんですよね。それで、「なにか本をお探しですか」って聞いたら、そうだと言うんです。さっき長江さんが仰ってたように、言外に恋愛関係の本は読めないだろうな、と。
長江:そうそう。きっとそうなんですよね。
鎌田:どうしようか悩んだんですけど、結局まど・みちおの詩集を。
長江:たしかに、小説じゃない方がいいですよね。
鎌田:同世代の男子の僕に、そういうこと言うのって結構ハードル高いんじゃないかと思ったんですけどね。その時から、失恋したときにいい本を紹介できるように考えるようになりました。ああいう時って、「どんな失恋だったの」とか聞けないですよね。
北田:泣いてるわけだし。そんな問い合わせはさすがに受けたことないですね。長江さんはなにかありますか?
長江:僕のエピソードではなく、他の書店員から聞いて面白いなと思ったのは、なにか本を選んでほしいと言われて、それが刑務所で服役している人に差し入れる本だったっていう。
磯上:それは経験ありますね。1万円で見繕ってくれ、なんでもいいから、みたいな。
北田:なんでもいいわけないですよね。
長江:プレッシャーがやばい。
第7回へ続きます。
1987年、大阪府生まれ。2018年9月に閉店した心斎橋アセンスで7年間務め、文芸をはじめ様々なジャンルを担当。2019年4月に大阪・本町のビルの一室に「toi books」を開店する。
1991年、千葉県生まれ。大学入学を機に京都に移り、学生時代から書店でアルバイトをする。その書店の新規店舗で店長を務め、2015年で退職。その後は、恵文社一乗寺店で書店部門のマネージャーを務める。
1983年、静岡県生まれ。大学中退後、神奈川県の書店で約10年勤務し、2015年に岩手県盛岡市のさわや書店に入社する。清水潔『殺人犯はそこにいる』の表紙をオリジナルのカバーで覆って販売した「文庫X」を企画。現在は出版取次会社に勤務。