「本屋の系譜」北田博充(二子玉川 蔦屋家電)×北村知之(梅田 蔦屋書店) 司会進行・三砂慶明(梅田 蔦屋書店)
三砂:本日は梅田 蔦屋書店にお集りいただき、誠にありがとうございます。大阪の梅田 蔦屋書店で、「読書の学校」(2018年8月~)という選書フェアを担当している三砂慶明と申します。手探りではじめた「読書の学校」が、無事に1周年を迎えることができました。何か1周年記念に面白いことができないかと、同僚であり、「読書の学校」を一緒にやっている北村さんと相談して、反響が大きかった「これからの書店と愛する本」(2019/3/30開催・『ユリイカ2019年6月臨時増刊号 総特集=書店の未来』に収録)の第2弾「【読書の学校】ブックトークフェスティバル2019」を10月14日(祝日)午後1時から午後9時まで(第一部「あなたのための本」、第二部「はじめての一冊」、第三部「完璧な本」)無事開催できることになりました。
北村:本当にすごいメンツが集まりましたね。今回は、すでに語り尽された感のある「本屋」の話ではなくて、「本」そのものに焦点をあてた企画で、いったいどんな選書が集まるのか、個人的にも無茶苦茶楽しみです。北田さん企画の「あなたのための本」、三砂さん企画の「はじめての一冊」、ぼくが企画した「完璧な本」。フェスみたいに一日会場を貸し切ってやるのも、楽しみです。
三砂:今日は、その前夜祭として、ブックトークフェスティバルの実行委員の北田博充さんをお招きして、これまでに書かれた「書店員の本」を中心に、どんな本があって書店員の世界がどう移り変わってきたのかを、全3回で伺います。
毎回最後に、書店員として働いてきた中で、いま読むべき書店員の教科書5冊を紹介していただきます。あわせてよろしくお願いいたします。司会進行は三砂が担当させていただきますね。では、まず簡単に自己紹介からお願い致します。
北村:改めまして、北村知之と申します。1980年生まれです。蔦屋書店には昨年入社しまして、今は梅田 蔦屋書店で文学担当をしています。それまでに4店舗の書店経験があり、ナショナルチェーンを振り出しに、いわゆる駅前にある町の書店、創業100年の老舗書店、カフェを併設・雑貨併売の複合型のセレクトショップで働いてきました。前職では、本屋の棚作りをテーマにした本棚編集のワークショップ、今回のブックトークフェスティバルのような同業者を招いてのブックトークイベント、出版社や書店、古書店に出店してもらうブックマーケットなどを企画、開催してきました。ぼくたちの世代は出版不況後に業界に入ったので、どうすれば本が売れるのか、読書の面白さを知ってもらえるのか、ずっと試行錯誤してきたと思います。あと、共著ですが、『冬の本』(夏葉社)、『神戸の古本力』(みずのわ出版)という著作があります。
北田:北田博充と申します。1984年生まれです。今、二子玉川 蔦屋家電で本のコンシェルジュをしております。新卒で取次の大阪屋に入社して、その後、大阪屋の100%子会社のリーディングスタイルという、本と雑貨とカフェの複合店舗の立ち上げをして店長を務めていました。その後退職して蔦屋書店を運営するCCCに入社しました。
あと2016年にリーディングスタイルを辞めたタイミングで「書肆汽水域」という出版社を立ち上げ、『これからの本屋』と『落としもの』という本を刊行しました。2019年10月に多田尋子さんという作家の小説集を復刊する予定です。自分が売りたいものを自分で作って自分で売るという活動をやっています。
三砂:ありがとうございます。北村さんには、「読書の学校」のプレ企画だった選書フェア「読者から読者へ」(2017年6月~)にも参加していただきました。私自身、梅田 蔦屋書店で働くまで、書店の経験はなかったので、お二人のお話が伺えるのを楽しみにしていました。どうぞよろしくお願い致します。
書店員の本の歴史
三砂:今回、お話を伺うために北村さんと私とで書店員の本の歴史をたどろうと、100年前から国立国会図書館に収蔵されているデータを洗い出してみました。
北村:書店員の本を出版年度別にエクセルにまとめてリストアップしました。同年にでている関連書籍もつけて、同時代の状況が浮かび上がるようにしてみました。
三砂:このリスト自体がもはや読物ですね。北村さんの資料をもとに、書店員の本を概観すると、まず中身は、おおまかにいって二つのパターンにわかれていました。その本流は思想についてです。書店員の哲学や思想が開陳されていく本と、少ないけれども、書店員の技術について書かれた本。
また、時間軸で書店員の本を調べていくと、チェーン系の書店が成熟し、職業書店員の誕生とともに、書店員の本が産まれていくのがわかりました。その筆頭が、今回のゲストの一人、ジュンク堂書店の福嶋聡さんで、チェーン系列の書店員の本が1990年代に花ひらき、そのカウンターなのか、生き方として書店を選んだ人や、独立系書店員の本も並走して産まれています。この辺からお話を伺っていきましょうか。
北田:たしかに北村さんのリストを拝見すると、1995年から2005年にかけて、松浦弥太郎の『最低で最高の本屋』(集英社)など独立系書店主が書いた本がいくつか出ていますね。一方で、2015年以降に独立系書店主が書いた本が一気に増えているような気がします。面白いのは、出版不況とか書店が減っている状況下で、逆に独立系書店が増えている点ですね。
北村:2015年には、今回のイベントにも登壇いただく元さわや書店、現リーディングスタイルの田口幹人さんの『まちの本屋』(ポプラ社)や、ウィー東城店の佐藤友則さんの『これからの本屋さんを目指して』(明日香出版社・非売品)、ジュンク堂書店から独立して、那覇で市場の古本屋ウララを開業した、宇田智子さんの『本屋になりたい:この島の本を売る』(ちくまプリマー新書)が出版されています。
町の本屋が減少して、無書店地域が広がっている現状において、盛岡、広島の庄原市、沖縄の那覇と、あらためて地域に根差した書店のあり方をテーマに書かれている点で共通しています。
三砂:2015年にかたまってるのも不思議ですよね。
北村:そうなんですよ。2015年には、北田さんが携わっている『まだまだ知らない夢の本屋ガイド』(朝日出版社)や、その翌年には、前述の書肆汽水域の『これからの本屋』を刊行されていますね。この年に北田さんが、なぜこの本を作ったのかぜひ伺いたいですね。
同じ15年には、福岡の本のイベント・ブックオカで、書店・取次・出版社が業界が抱える問題の根底を話し合った座談会がおこなわれ、翌年に『本屋がなくなったら、困るじゃないか : 11時間ぐびぐび会議』(西日本新聞社)として書籍化されています。出版流通の制度疲労が限界に近づく中で、書店や出版の存在意義にシンプルに立ち還ることで、現状を打開しようとするような内容です。
北田:2015年以降は苦楽堂さんとか夏葉社さんとか、俗に一人出版社と呼ばれるところが本屋の本を出しています。一人出版社というものの概念ができてきたことと、独立系本屋の本が増え始めたこととの間にも、なにか相関関係がありそうですね。
北村:一人出版社が増えて、そこをフォローするような独立系の小さい本屋さんが増えて、そことそこをつなぐためのいわゆる小取次というのが増えてきた、みたいな背景があるんじゃないですかね。2009年創業で、一人出版社の代表的な存在の夏葉社も、初期の援護者は、京都の善行堂という古書店だったり、神戸の海文堂という既存の老舗書店だったと思います。2015年あたりから、個人経営のセレクトショップ型の書店が増えて、一様に小規模出版社の書籍をメインの商材として扱うようになっていきます。ただし、そういった書店にとって、いわゆる大取次と口座を開くのはかなり難しいので、有効な仕入れのルートとして、子どもの文化普及協会や、ツバメ出版流通、トランスビューなど、規模に即した対応が可能な中小取次が取り上げられ始めたのかなと。
北田:そうですね。出版流通もすごく多様化してる。
三砂:あと、北村さんに伺いたいのが、職業書店員と生き方としての書店員の違いについてです。
北村:職業書店員は、言わばプロフェッショナルの書籍の販売員でしょうか。あらためて言うことでもないですが、書籍・雑誌を商材として扱う小売業の店主、店員です。薬屋さんや文房具屋さんと同じです。大切なのは何をもってプロフェッショナルとするかで、職業書店員として必要な能力は、突き詰めると、立地や客層、流行に即した商品構成と、仕入れと返品を調整した売上と在庫の管理ができるかですね。それに付随して、仕入れや陳列、接客などのテクニックがあります。一店舗であれ、一ジャンルであれ、自分の持ち場での売り上げを最大化することが仕事です。
生き方としての本屋というのは、職業選択というよりは、生き方のスタイルとして本屋を選ぶ感じでしょうか。商品選びの基準も違うように思います。また、内沼晋太郎さんが言われ続けている、本や本屋を定義できないものとして、その可能性を広げていく考え方があります。出版流通に乗っているものだけが本ではない、出版流通に乗っているものを扱っている店や人だけが本屋ではない、ということですね。雑貨店やカフェや美容室が本を扱ったり、また週末だけオープンする本屋や、数人で本屋をシェアしながら運営する形態など、正業ではなく、副業や複業として本を売るのも、生き方としての本屋の一つだと思います。では、非チェーンの独立系書店が全て、そうかというとそれも違う。職業選択、生業として、個人で書店を商っているかたもいますね。Titleの辻山さんや、大和郡山のとほんの砂川さんの店作りを拝見すると、プロの職業書店員としての経験値の高さを非常に感じます。
三砂:職業書店員の最初の本が恐らく海地さん(海地信・元旭屋書店)。そこから湯浅さん(湯浅俊彦・元旭屋書店)であったり、福嶋さん(福嶋聡・ジュンク堂書店)の本がでてくる。それぞれの書店チェーンのたたき上げのエースがその経験を世に問うという形が、書店員の本の第一世代であり、そのこと自体が書店のブランドを形作っていったのではないかとも思います。ジュンク堂には福嶋さんがいる、旭屋には湯浅さんがいる、みたいな。
北田:あと、田口さん(田口久美子・ジュンク堂書店)かな。
三砂:生き方としての書店員の本というと、早川義夫さんとか松浦弥太郎さんですか?
北村:いや、早川義夫さんの早川書店は、前者ですね。早川さんの『ぼくは本屋のおやじさん』(ちくま文庫)には、職業書店員として学ぶことがとてもたくさん書かれています。確かに、松浦さんの古書店COWBOOKSの存在は大きかったと思います。ただ古書店はもともと基本的には個人経営なので、職業選択と生き方の選択がほぼ等しい。古書の業界では2000年代前半くらいから、若い世代が独自のセレクトで個性的なお店を開業する流れがありました。女性店主が増えて、それまで雑本とされてきた絵本や女性実用書に、新しい視点で価値を与えたり。そのころから、「一箱古本市」という、素人が段ボールひと箱をお店に見立てて、屋号を考えたり値付けをしたりして自分の蔵書を販売する、本屋ごっこが流行します。振り返ってみると、現在のいわゆる独立系といわれるセレクトショップブームの始まりはここだと思いますね。当時は、新刊書店の業界では独立開業や新規参入はほぼ皆無でしたが、現在ではさきほど言ったように、業態の多様化や創意工夫によって、不可能ではなくなっています。扱う商材も新刊、古書問わず、そもそも本ではなくてもいい。大切なのは自分がなりたいスタイルを表現できるかどうか。
三砂:この辺りの系譜も整理すると、時代の背景が浮かび上がってきたりして、面白そうですね。この辺は宿題にしておきますか。
北村:宿題 (笑)。
三砂:書店員の経験の長い二人に伺ってみたいなと思っていたのが、尊敬する人についてです。 率直に伺いますが、いますか?
北田:尊敬しているのはリブロの野上由人さんですかね。あとは、オリオンパピルスで店長をされていた小宮健太郎さんの棚がとても好きで、いつも参考にしていました。小宮さんは今年の7月に独立されて、武蔵境で「おへそ書房」というお店をされています。小宮さんはあまりメディアには出ないタイプの方ですね。
北村:ぼくはお店では、熊本の長崎書店と、書店ではないですが初台のfuzkueですね。尊敬しているというのとは少し違いますが、Titleの辻山良雄さん、誠光社の堀部篤史さん、元ガケ書房で、現ホホホ座の山下賢二さんでしょうか。彼らが、いま何を考えて書店をされているのかは、常に気になっています。
三砂:取材をそもそも受けなかったり、個人名を出さなかったりする書店自体の方針もあるとは思いますが、メディアで取り上げられる人とそうでない人の違いって何なんでしょう? 知られざる名店が多すぎる気がしてもったいないというか。
北田:なんなんですか(笑)。
北村:なんなんですかね(笑)。
北田:性格の問題じゃないですかね。出たがりかどうかの問題(笑)。
北村:メディアに出るかどうかみたいなところもあるといえばあると思います。でも結局わりと版元から聞いたりするじゃないですか。あそこのあの人、めちゃすごい、みたいな。そういうのが精製されていくから、やっぱり仕事自体が優れている。
北田:それと、きっとなにか一芸に秀でているんでしょうね。
三砂:一芸ですか。たとえばどういうことなんでしょうか?
北田:他の書店員に負けない「なにか」をお持ちなんだと思います。たとえば、久禮さん(久禮亮太・Pebbles Books)だったらスリップの技法に優れているとか、花田さん(花田菜々子・HMV&BOOKS)だったら発想の着眼点が面白いとか。でも、そういう方々も何らかのルーツをたどっているわけですもんね。
北村:本屋の系譜というか血統みたいなものは本棚を見てると感じますよね。
三砂:ちょっと脱線して、本屋の系譜について思いつきをしゃべってもいいですか(笑)
北村:どうぞ(笑)
三砂:『出版人に聞く2 盛岡さわや書店奮戦記』(論創社)を読んでたときに、伊藤清彦さんは書原の血脈だったんだと気がついて、猛烈に興奮しました。
北田:たしか書原と山下書店とあゆみブックスは親戚みたいなもんですよね?
三砂:本書によれば、伊藤さんは山下書店からさわや書店に行かれるんですが、元々、書原は山下書店から分かれていて、一般書店を山下書店が、専門店を書原がやられていたそうです。で、そこを無理やりつないでいくと、書原の故・上村卓夫さんにつながっていく。
北田:なるほど、そうなんですね。
三砂:上村さんの『書店ほどたのしい商売はない』(日本エディタースクール出版部)にも書かれてますが、「書店の生命線とは仕入れと配置」で、その代表例がおそらく書原が爆発的に売った『校正記号の使い方』(日本エディタースクール出版)です。
累計1万部。この数字に一番おどろいたのは出版社でしょうね。初刷3000部なのに、書原から500部の注文が届く。書原は、本の中身と値段から考えてこの本の可能性を最大限引き出し、レジ前を活用して、ビジネスパーソン向けにビジネス文書として仕掛けていく。で、その根拠が、書原の代名詞でもある「スリップ」なんですよね。だから、勘とか、思いつきではなく、きちんと理由付けして、本の可能性を広げていく。
この直系が、書原の森原幹雄さん。『出版幻想論』(太田出版)の藤脇邦夫さんが、80年代に関東圏で書店営業をした者で名前を知らないものはいないとまで書いていて、『出版アナザーサイド』(本の雑誌社)にも詳しく書かれていますが、目利きと仕掛けのセンスが常人ではなかったそうです。桜沢エリカや岡崎京子のデビュー作からいち早く目をつけたり、都市伝説の本が流行る前から仕掛けていた。
こういうことを知ると、失礼を承知で、どうしても伊藤清彦さんの仕事と重ねて読んでみたくなってしまう。伊藤さんは山下書店の町田店時代に、誰も注目しなかった『41歳寿命説』(情報出版センター)を仕掛けて成功してるんですよね。『出版人に聞く2 盛岡さわや書店奮戦記』がいい本なだけに残念なのは、プロセスが書かれてないんですよね。伊藤さんが山下書店時代に『Dr.ヘリオットのおかしな体験』を一万冊売ったり、さわや書店で仕掛けて全国的なブームをつくりあげた『天国の本屋』『永遠の0』と一つの書店とは思えないぐらいの大ヒットをつくってこられた人であるのは間違いないんですが、欲をいえば本人に書いてもらいたかった。
北田:そうですよね。
三砂:で、この書原の血脈が、今回のゲストでもある田口幹人さんや長江貴士さんにも受け継がれているのではないかと妄想してしまう。
北田:ルーツをたどっていくのは面白いですね。
三砂:脱線して良かった(笑)。ただ気になるのは、長江さんが『書店員X』(中公新書ラクレ)で、10年ほど働かれていた川崎の書店で仕事を何も教わらなかったと書かれていることです。「その状況は、さわや書店に入社してからもあまり変わらなかった。僕はさわや書店でも、売り場づくりのやり方をほとんど教わることはなかった。(中略)時折課題が与えられることはあったが、それはある種の指針のようなもので、具体的なやり方というのとは違った。」
でも、田口さんや長江さんの仕事を勉強していると、勝手な妄想ですが、書原の血脈を受け継いでいる気がする。でもその一方で、受け継がれていない書店の仕事や技術って、たくさんあるような気がしています。ジュンク堂書店の福嶋聡さんの仕事も引き継ぐ人がいるのかは気になりますし、元・ジュンク堂(現・大阪高裁内ブックセンター)の岡村正純さんの歴史の棚はその後どうなっていくのか。歴史書懇話会が岡村さんの仕事を『人文書担当者のための日本史概説』(非売品)にまとめてくれたのは救いでしたが、やはり、あそこまで優れた人の仕事が一代で終るのはもったいないと思います。
北村:で、書店員の教科書ですか(笑)
三砂:あ、司会するのを忘れてた(笑)。ありがとうございます。
梅田 蔦屋書店(人文コンシェルジュ)三砂慶明氏が選ぶ「書店員の教科書」5冊
三砂:では、私の教科書を紹介します。大分悩んだのですが、自宅の本棚からもってきた5冊は、『シェイクスピア・アンド・カンパニイ書店』(河出書房新社、シルヴィア・ビーチ 著 中山末喜 訳、版元品切中)、『ブックストア―ニューヨークで最も愛された書店』(晶文社、リン・ティルマン 著 宮家 あゆみ 訳、版元品切中)、『まちの本屋』(ポプラ社、田口幹人 著)、『なぜ本屋に行くとアイデアが生まれるのか』(祥伝社、嶋浩一郎 著)、『希望の書店論』(人文書院、福嶋聡 著)です。
北田:最初に言っときますけど『まちの本屋』は僕が選んだんですよ(笑)。
三砂:申し訳ありませんが、こればっかりは譲ってください(笑)。私は本が好きでこの業界に入ったので、やっぱり本として面白さと、少し先の未来を考えさせてくれる本を選びました。この5冊に共通しているのは、目指すべき境地というか、理想が描かれていると思っています。
北村:『シェイクスピア・アンド・カンパニイ書店』は、いい本ですよね。
三砂:『シェイクスピア・アンド・カンパニイ書店』は、本屋の本としても最初期にでていて、初版の発行日が1974年と大分早いんですよね。この時代に本屋の本とか、類書はほとんど出てないので、当時の売行きが気になりますが、書店主のシルビア・ビーチとシェイクスピア・アンド・カンパニイ書店の名前を不朽にしたのは、間違いなく1922年に彼女がたった一つの書店でありながら、20世紀最大の古典の一つ、ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』を発行したことでしょうね。732頁の削除なしの完全無欠版。最近の書店は原点回帰なのか、出版機能を兼ね備えた本屋も増えていますが、潤沢な資金なんて全然ないのに、ジョイス一家四人の生活を支えながら、イギリスやアメリカで発行禁止処分を受けていて、出版はほとんど絶望的といわれていた『ユリシーズ』出版をなしとげたくだりは、読みながら泣いてしまいました。
北村:わりにすぐ泣くよね。
三砂:はずかしながら、本当に涙もろい(笑)。1頁につき平均1個から6個まで誤植があったみたいですが、購読予約者に届けるために密輸までしてる(笑)。その密輸担当が、ヘミングウェイだったとか、もはや、ここまでくると伝説ですよね。
北田:いい本ですよね。
三砂:『ブックストア』は、ニューヨークで最も愛された書店として、ポール・オースターやソンタグ、ウディ・アレンなど個性あふれる作家たちが、最高の本屋と言っていたお店です。
今はない本屋なんですけど、「ザ・ウォール」と呼ばれる大きな書棚にシェイクスピアから現代の作家まで、古今東西の作品を可能な限り網羅している。作家たちは、新刊が発売すると「ザ・ウォール」に自分の本が並んでいるか、そわそわしている(笑)。最近の書店は、ランキングが主流ですが、そこに本がないと文学ではない、と言い切る本屋の見識には憧れます。これが書店側からだけではなく、著者や読者からもそう思ってもらえていた、というのは書店の一つの到達点ではないかと思いました。
北村:でも、やはり本屋はなくなったらダメでしょ。
三砂:大丈夫、『まちの本屋』があります。
北田:ぼくが選んだ本……。
三砂:『まちの本屋』が、今までの書店の本と決定的に違うのは、プロセスと動機を言語化しているところ。タイトルは、「まちの本屋」ですが、この本はビジネス書としても非常にクオリティが高い。自分の家の本屋をつぶしてしまったという田口さんの自責の念が、健全な経営を実現するための企画を、本屋の中で終わらせず、町にまで拡張していくスケールの大きさは、はっきり言って、書店員とは思えない。きっと見てる風景が全然違うんだろうな、という気がします。
北田:とても広い視野をお持ちですよね。ぼくは二子玉川でコンシェルジュ研修をする際に、推薦図書として『まちの本屋』を読むことを薦めています。
三砂:もう1ついいなと思ったのは、表現として「耕す」という言葉です。紀伊國屋書店の二代目社長・松原始も『三つの出会い』(日本経済新聞社)で「書店経営は商業ではなく、農業だ」と語っていますが、田口さんご自身のご実家が農地を持っていることもあって、単なる比喩じゃないんですよね。
北村:なるほど。
三砂:嶋浩一郎さんの『なぜ本屋に行くとアイデアが生まれるのか』も、よく読み返します。
読み返す度発見があって、この本の良いところをうまく言えないのですが、忘れられないのは、リアルな本屋があるべき理由を「人間はすべての欲望を言語化できていない」からと明言してるんですよね。グーグルの検索が「知りたかったことを知る」ことだとすれば、「知らないことを知る」ために本屋がある、というソクラテスの「無知の知」を地で行く指摘も読んでいて励まされます。
北村:いい本ですよね。
三砂:最後は、福嶋聡さんの『希望の書店論』です。
北村さんが久禮さんの『スリップの技法』(苦楽堂)が頭の中の仕事を言語化してくれたとおっしゃってましたが、私にとっては、まさしくそれがこの本で繰り返し読みました。
「書店という「場」が、書き手、作り手、売り手、買い手が集まる「広場」として、そこに集まったすべての人を巻き込んだ「創発的な場」であることを、ぼくらは目指したい」という言葉には、本当に同意します。これ、常連のお客様にもよく言われてて、三砂くんがやりたいことって、そういうことだよね、と。この本を読み直したときに、はっきりと言語化できるようになりました。
北村:パズルのピースがはまったんだ(笑)
三砂:この企画の出発点ですね。「ライヴァル書店たちが「競争」しながら「協奏」する、そしてそうした書店が集積することで、より巨大な「書店空間」を形成して読者の期待に応える、そんなスケールの大きな「野望」を、ぼくたちは抱かねばならないのではないだろうか。」これ本当、名文だと思います。
PART2へ続きます!
10月14日(月・祝日)午後1時から開催
【読書の学校】ブックトークフェスティバル2019
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