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【読書の学校】ブックトークフェスティバル2019

「福嶋聡のはじめての一冊」福嶋聡×徳永圭子×田口幹人 司会進行・三砂慶明

2019年10月14日、梅田 蔦屋書店で行われた「ブックトークフェスティバル2019」の模様をお送りいたします。各回2時間の3部制、これを1日でやりきった大型イベントです。当日の順番とは異なりますが、まずは「はじめての1冊」からスタートしております。

今回は福嶋さんの「はじめての1冊」、どうぞお楽しみください!

前回はこちらから。

福嶋:これ、問いかけがちょっと難しくて、「はじめての一冊」っていうんで、僕自身の非常に個人的な話なのか、あるいは読者に向けての話なのか。ですから、両方ともちょっとずつ選んでみたんです。

個人的には、これはあちこちで言ってるんですけど、僕はアルベール・カミュの『シーシュポスの神話』(新潮社、清水徹 訳)という本を高校時代に読んで衝撃を受けたというか、それまで読んできた本の中で最も鮮烈な冒頭で、これほど覚えてる冒頭はないぐらいです。


福嶋:「真に重大な哲学上の問題はひとつしかない、自殺ということだ。人生が生きるに値するか否かを判断する、これが哲学の根本問題に答えることなのである」と。確かにそのとおりだと思ってですね。そのころいろんなことをやってても、らせん階段のようにまた同じところに戻ってきたなという感じがあって、ほんとにこれで前に進んでるんだろうかと考えてました。この『シーシュポスの神話』はギリシアの神話ですけども、山頂に大きな岩を運んだら、その瞬間に岩が落ちてしまうと。こういう人生は意味があるんだろうかということに対して、神ははっきり「ある」と言うわけです。それにすごく僕は力づけられた気がしました。それで「私のベスト〇冊」という質問には、いつもこれを出してるんです。




福嶋:逆にわりと最近読んで、これ若い頃読んでたら良かったなと思ったのが、福田恆存(ふくだ つねあり)の『人間・この劇的なるもの』(新潮社)です。


福嶋:ずっと気になってたんですけども、いつか読もうと思ってる本って意外と読まないんですよね。福田恆存は、シェイクスピアのほぼ全作品を訳した演劇の人で、演出もされてますし、劇団も持っていらっしゃいました。役者は、当然その芝居がどうなるかっていうことを最後まで知っとかなきゃ芝居なんかできない。セリフは全部覚えてる。ただそのセリフを言う時には、そのセリフが初めて頭に浮かんだかのように演じなければいけない。僕自身が芝居をやってましたから、それがすごく腑(ふ)に落ちて、「あ、そうか」と。その時その時に、やはり「今」は新鮮なんだということ。これはおそらくお芝居をやるということでもそうですし、人生を生きるということでもそうですし、また本屋の仕事でも実はそういうことがあるなと思います。もっと早く読んどきゃ良かったなとすごく思った作品なので選ばせていただきました。




福嶋:われわれ書店の人間を含め出版業界の人間、さらには政治家も含めて一般の社会の人たちは「本は読まなきゃいけない」ということをよく言うんですけども、「なぜ読まなきゃいけないか」ということはあんまり言わないというか、そこまで考えてないですよね。説明が全然されてない。読まなきゃいけないことは自明の理であって、とりあえず読まないやつはけしからんと、若者が活字離れしてるなんて非常にけしからんと、そのせいでわれわれ出版業界は潤わないんだと。

僕は、神戸新聞で月1回「ブックストアとまり木」というコーナーをもらってまして、読書週間が今月(10月)末にあるのと、去年から始まった「11月1日は本の日」に因んで、10月のテーマを「読書」にしたんです。その時に選んだ本の中の1冊がこの本です。僕は大澤真幸さんという社会学者が非常に好きなんです。頭も切れるし、勉強もしてるし、いろんなことも知ってるし、守備範囲が広い方です。この『考えるということ』(河出書房新社、大澤真幸 著)は不思議な本で、1年ぐらい前に河出ブックスで『思考術』(河出書房新社)が出ているんです。


三砂
:あの本の文庫化ですか。

福嶋:ええ。そうなんです。僕が大澤さんを好きなのは、割と思い切って一言でずばりと言うことなんです。「人間、考える時っていうのはたった2つの時しかないんだ」「一つは人と会話をしている時、もう一つは本を読んでいる時」。基本的に人間というのは、この2つの時以外考えないと、はっきり断言しています。そして、彼がいろんな本を読みながらどう考えたかということを書いています。本を読むことと考えることが同義だということは、本を読みましょうということにつながるんじゃないかなと思います。




福嶋:一方で、これはショーペンハウアーという、ある意味では非常にひねくれた、懐疑的な性格の哲学者による本で、『読書について』(岩波書店、ショウペンハウエル 著 斎藤忍随 訳)


福嶋:彼は読書なんてとんでもないって言うんです。つまり読書は人の頭で考えてもらうことだと。本なんか読まずに自分で考えろと言うんですけども、そう言いながら彼は本を書いてるわけですから、ある意味では逆説的かなという気がして。こういう読書についての本もありますよということを、少しアピールしたいと思って選びました。




福嶋:で、やはり今の時代、AIですね、人工知能。大澤さんが考える機会をなくしちゃいけないと言うのは、まさに今は考える機会をなくしていい、そういう時代に入りつつあることの反映とも思います。つまり人間の頭よりもAIが賢くなるので、AIに全て任せてAIの出す答えに従って生きていけばいい。これはおそらくジョージ・オーウェルの書いた『1984年』よりも恐ろしい世界じゃないかなとに思います。

『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社)の著者・新井紀子さんは、数学を使ってできてるコンピューターの限界、いわばコンピューターが進化してできたAIの限界を非常によく分かっていらっしゃる。


福嶋:「東ロボくん」と呼ぶAIに東大を受けさせるんです。東大の問題を解かせるわけなんです。果たして東大に受かるかどうか、そういうプロジェクトを彼女はやったんです。ただ、それはAIを進化させて東大に受からせるためではなくて、つまりAIが苦手なのは何かということを知るためにやった。それで結局AIっていうのは、いわゆる旧七帝大にはまだ受かってないんです。早稲田、慶応も無理でした。しかし、他の私立大学には受かってるらしいです。ですから、むしろばかにはできないんですけども。

AIは何が苦手かというと、やっぱり意味。意味を取る問題は、AIはなかなかうまくできない。例えば定義から実例を選ぶ問題とか、そういう問題はうまくいかない。そこまでだと話は割と平和なんですけども、問題は、人間もまたその辺が駄目になってきていると。シンギュラリティって言葉がありますけども、2045年にAIは完全に人間の能力を超えるという、カーツワイルさんらが言ってる概念です。実はそれはAIがどんどん進化してそうなるんじゃなくて、人間のほうがAIに合わせて退化していってるんじゃないかという感じがするんですね。

彼女はこの続編で『AIに負けない子どもを育てる』という本を出していて、そこで教育に関してかなり突っ込んだ議論をしてます。今の教育は読解、つまり教科書をちゃんと理解してるかどうかを検証していないと。中学を卒業しても、中学の教科書をきちんと理解した人は、実は半分もいない。RST、リーディングスキルテストっていうんですけども、それを実際に人間に受けさせたとき、これは子どもたちだけじゃなくて大人のビジネスマンたちに受けさせても同じですが、意味を取る問題は非常に苦手になってるという結果が出るわけなんです。やはりそこに人間のある種の退化がある。そうした中で、意味を取る能力を高める方法として、本を読むことくらいしか浮かんでこない。

ただ、新井さんの場合は数学者ということもあって、現代国語の教材が文学ばっかりになってるのはおかしいと言っています。つまり、説明文であったり、あるいはもっと言うと契約書を取り上げるべきだと。例えば、この間僕はPayPayのアプリを入れました。その時に「次の契約書を読んで同意してください」ってダーッと出てきますが、誰も最後まで読んでない。これは仕方がない部分はあるんですが、それ以上にきちんと契約書を読んで意味を取れてるかどうか。そういう読解力を付ける授業をしなさいということを強く主張されています。

ですから、むしろ理科とか社会の教科書を使って国語の先生が教えればいいというようなことも言われてます。夏目漱石の『こころ』に代表されるような日本の近代文学ばっかりやってて、それで国語だと言ってるけど、実はもっと実用的な読解力こそを育てるべきではないか。いずれにしても、そういうことも含めてやはり本を読んで文章の意味を取ることは、それだけ大事なんだということをもっともっと訴えていきたいなという意味で、この新井さんの本をご紹介したいと思ったわけです。

第5回へ続きます。

福嶋聡(ジュンク堂書店)
1959年、兵庫県生。1981年、京都大学文学部哲学科卒。1982年2月、(株)ジュンク堂書店入社。サンパル店(神戸)6年、京都店10年の勤務ののち、1997年11月仙台店店長。2000年3月より池袋本店副店長。2007年3月より大阪本店店長。現在、2009年7月にオープンした難波店店長。1975年から1987年まで、劇団神戸にて俳優、演出家として活動。1988年から2000年まで、神戸市高等学校演劇研究会秋期コンクールの講師を勤める。日本出版学会会員。著書に「書店人のしごと」(1991年 三一書房)「書店人のこころ」(1997年 三一書房)「劇場としての書店」(2002年 新評論)「希望の書店論」(2007年人文書院)「紙の本は、滅びない」(2014年 ポプラ社)「書店と民主主義」(2016年人文書院)「書物の時間」(2017年けやき出版)、「フェイクと憎悪」(共著 2018年)大月書店など多数。

徳永圭子(丸善博多店)
1974年生まれ。書店員。現在丸善博多店勤務。本屋大賞、地域イベントのブックオカなどの本のイベントに実行委員として携わる。

田口幹人(リーディングスタイル)
1973年、岩手県生まれ。盛岡の第一書店に就職後、5年半の勤務を経て、実家のまりや書店を継ぐ。店を閉じ、2005年にさわや書店に再就職。独自の店づくりと情報発信によって、さわや書店フェザン店から全国的なヒット作を多く送り出す。2019年さわや書店を退社。現在は㈱大阪屋栗田(現楽天ブックスネットワーク)に勤務。地域の中にいかに本を根づかせるかをテーマに、中学校や自治体と連携した読書教育や、本に関するイベントの企画、図書館と書店の協働などを積極的に行う。著書に『まちの本屋 血を継ぎ、知を編み、血を耕す』、編著書に『もういちど、本屋へようこそ』がある。

 

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