神は低みに立つ(1)
神奈川県大和市の日本語支援教室「エステレージャ☆ハッピー教室」で、南米出身の子どもたちを中心に学習支援をしている篠原弘美先生を訪ねたのは2020年だった(第7回)。翌年私は、『東京クルド』(日向史有監督/2021年) というドキュメンタリーで、難民申請を却下された「仮放免」の若者たちの窮状を知る。『牛久』というドキュメンタリー(トーマス・アッシュ監督/2022年)や、名古屋入管でのスリランカ出身のウィシュマさんの死亡事件によって、入管内の非人道的な状況は知っていたが、入管収容の外で、「仮放免」の人々がどんな日常を生き、どのように苦しんでいるのかについて、目を開かされた映画だった。2024年春、私は『朝日新聞』から「現場思考」という記事への同行取材の打診と、取材先の相談をされたとき、「東京クルド」の主人公2人のうちの一人、オザンの今を訪ねたい、と埼玉県蕨市でのインタビューを提案した。
このころには、すでにクルドの人々に対する悪意ある動画を撮って編集・発信するユーチューバーや配信者が現れており、全国の人々に、クルド人は犯罪者である、というようなヘイトを振りまいていた。オザンは「すれ違いざまに死ねと言われることもある」と近況を語り、静かに広がっていく憎しみに戦慄した。この時の記事がYahoo!ニュースでも配信されると、数か月にわたり移民排斥派の人々からのXへの書き込みが断続的に続いた。この狂気めいたクルド敵視にどうやって対抗していったらいいのだろう。迷いながらも、必要なのは知識をつけることだと思い、クルドの人々に対する偏見や誤解、トルコ本国でのクルド人差別のことなどを引き続き調べていった。2025年1月の埼玉県戸田市議会議員選挙では、
朝日の記事の取材時には、川口市で日本語支援教室を開くNPO「在日クルド人と共に」代表の温井立央さんの話も伺った。やがて同じ川口市に「メタノイア」という団体もあることを知った。ここもまたクルドの子どもたちの日本語や学習支援をするところのようだったが、聞きなれない名前が印象に残った。クラウドファンディングの呼びかけ文には「みんなでつくる、いっしょに生きる。「いつもあいてる」日本語教室」「難民移民のルーツをもつ子どもたちに、いつでも行ける!教室を届けたい」とキャッチコピーがあった。代表の山田拓路さんは、私と同世代、弟と同年生まれだ。SNSでクルドについて発信すると、中傷や非難が飛んでくるようなしんどい状況のなかで、山田さんはクラファンの呼びかけなどを積極的に行っていた。そのエネルギーや信念は何に基づいているのだろう。2026年4月、川口市内の教室で、メタノイアという名前にこめた思いや教室を開くに至った経緯を伺った。
ひっそりと活動する日本語教室
約束の時間の15時に、あらかじめ聞いていた住所のビルに着き、教室のドアの前に立った。ドアには表札も何もかかっていない。本当にここで大丈夫だろうか。少し緊張しながらノックをすると、山田さんが開けてくれた。
「やっぱり動画撮るヘイターが来るんです。盗撮する人がいっぱい歩いているので、教室名は出せないですね。そのうちばれちゃうと思うんですけど、今のところ1年半くらい、ここでやっています。」
何か悪いことをしているわけではない。夕方の日本語教室は月謝や寄付などで行い、
勝手に川口にクルドの人々を撮りにくる人たちがたくさんいる。もしも歩いていて、突然自分のことを動画に撮り始める他人がいたら、きわめて失礼な人間だと誰でも思うだろう。何をしてる、やめろ、と気色ばんで抗議する人も多いだろう。ヘイターは突然カメラを向け、そのように抗議するクルドの人々を撮り、いかにも「怖そうな」クルド人動画を作り上げる。放課後、家に戻ってから遊びに出ているだけのクルド人の子どもの後ろ姿を撮り、「学校に行かない子が多く、昼からぶらぶらしている」とキャプションを付ける。100円ショップで盗難していた、と女児の姿を勝手に撮ってネットにアップする。子どもだって油断してはいけない、こいつらは犯罪者だ。そういった一方的なクルド人像が作り上げられていく。こうしたケースの実態については、池尾伸一『仮放免の子どもたち―― 「日本人ファースト」の標的』(講談社、2026年)で丁寧に取材、反証されている。
教室は12帖ほどだろうか。まだ子どもたちは来ていない。
「もともと、ここから少し離れたところで、個人ボランティアの方が日本語教室をやっていたんです。その方と出会って、一緒にやらせてくださいと始めたのが2022年。2年くらいしてこちらに独立のような形で移りました。」
メタノイア自体は、2021年に足立区竹の塚で外国人児童への日本語教室という形で始まっている。竹の塚は中国人児童が多い。川口の教室は当初クルドの子が多かったが、最近は中国やネパールの子もいる。
「資金的にも盤石ではないので、助成金がもらえる年は教室を広げられるけど、それがなくなるとちょっと縮小します。今年またもらえたので、ちょっと広げようかなと思っているところです。その辺は流動的なんですけど、助成金に頼らない寄付とか、用意できるお金だけで、夕方のクラスはやろうってことで、ずっとやっています。長い子は 2年3年来てくれてるという感じです。30人いるかいないかぐらいですね。」
大人のクラスは不定期で、日本語試験の対策講座に合わせて開いたり、1、2歳の子向けのクラスがあるときもあったという。
「いろいろ試しながらです。置かれた状況がどんどん変わってきているので、その時々で皆さんのニーズに応じたものを。最近は強制送還のケースも増えてきているので、自主的に帰国準備を始める家庭もあります。そういう人たちが辞めたりして、中学生は減りました。」
従来は、難民認定申請中は送還が停止されていたのだが、2023年の入管法改正により、3回目以降の申請は停止措置がとられないことになった。そして、2025年5月に法務省が「国民の安全・安心のための不法滞在者ゼロプラン」を発表すると、難民申請3回目以降の人々の強制送還が始まった。不法滞在は犯罪者で、それを減らすのは結構じゃないか、と思っている人も多いだろうが、難民条約などの国際法に照らせば、難民申請中の人を生命や自由が脅かされるおそれのある国へ強制送還することは本来許されない。国内法と国際法がかち合っているわけだ。かち合ったとき、国際法を守っていきましょう、というのが先進国の流れであり、国際的には「非正規滞在者」という言葉が推奨されている。「不法滞在」という糾弾のもとに、トルコ語がほとんど話せない日本育ちのクルドの子どもたちが、親と引き離されたり、トルコに戻らざるをえないケースが出てきている。メタノイアでも、これまで高校進学を前にトルコに帰った子たちがいる。
「そのうちの1人は、もう一度日本で挑戦したいと。やはりトルコに帰っても何もないんですね。1年ぐらい経って気づくというか、身に染みてわかるというか、あっちの方が日本よりもっと可能性がない。社会も厳しい。もともと差別されていた民族なので、生活を立てるということがイメージしづらいようで。友達もこっちにいっぱいいるし、どうやったら日本に帰れるかっていうのを今、模索しているみたいです。高校に留学ビザで帰ってこれないかとか、私立の高校ならありうるかもしれないとか。」
そもそも、クルド語もトルコ語もほとんど理解しないまま、日本語を母語として育った子どもたちが高校からトルコに戻っても、手厚いトルコ語指導や勉強支援体制がなければ、ハンデを抱えて行き詰まるのは目に見えている。まさに子どもたちは人生を大きく翻弄される渦中にある。
トルコにおけるクルド人迫害
「日本で差別してる人たちはね、よく日本には差別などないみたいなことを言うわけなんですね。その人たちの目には差別と映ってないみたいなことが(ある)。日本には今確実にクルドの人への差別があるし、トルコにも同じようにきっとあって、それを国は認めないかもしれないですね。トルコ人は(差別があることを)認めないけど、クルド人にしてみたらやっぱりあるみたいなもの感じると、みんな生きづらいって思うんでしょうね。」
ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)の2024年8月の報告によれば、クルドの結婚式の歌や踊りを「テロリスト・プロパガンダ」として扱うなど、トルコ政府によるクルド文化表現への取り締まりが行われているという。また、2024年のアメリカ国務省の「人権状況に関する国別報告書:トルコ」の中でも、クルド語の書籍を持っているとテロ組織メンバーの容疑をかけられる、政府批判を行うと「テロ関連罪」で起訴される、クルド系メディアは特に標的になりやすいといった指摘がされている。そのほか、クルド系住民の多い南東部の監獄で拷問が横行しているという指摘や、クルド系政治家は当選しても罪状をつけられて議員の地位を追われるケースが多いことも、過去の「トルコ人権報告書」に挙げられている。
エルドアン政権が「侮辱罪」を設けて政権への批判を封じ込め、反対派の弁護士や学者を数多く投獄するなど非常に独裁色が強いことは、日本ではあまり知られていない。その非民主的な実態は、大統領の政敵が簡単に逮捕されたり、当選したのに選挙をやり直しさせられたりすることにも表れている。非民主的な社会において差別の対象であるということは、簡単に暴力や迫害にさらされるということである。
「政府から逮捕状がずっと出っぱなしの人たちがいるみたいで。強制送還で帰って逮捕されたら裁かれて刑を受けるみたいな状態で。テロの準備行為みたいなそういう理由ですね。」
再びアメリカ国務省の報告書(2024年)に目を通せば、「武装テロリスト組織の一員であるとして訴追された被告187人のうち、64パーセントがジャーナリストであった」「海外に出た個人に対して、政府が国際刑事警察機構のレッドノーティス(注:国際逮捕状制度)を利用し、その際乏しい証拠に基づいてテロとの関係を主張していた」という報告もある。トルコにおいて、政府に批判的な態度をとれば「テロ関連罪」で逮捕されることは珍しいことではない、ということがうかがえる。
ただし、2025年、トルコ政府と断続的に戦闘が続いてきたPKK(クルド労働者党)は解散している。
「和解状態になったので、それによって逮捕状を取り下げられたケースもあるらしいのですが。ただ、日本国内から検索すると、IPアドレスから、日本からアクセスしていることや、この名前の人が自分の逮捕状があるかどうか検索していることが全部トルコ政府にばれるらしいんです。だからむやみに調べられないらしくて。国内だとごまかせるらしいんですが、日本からやると難しいと。それでみんな安全に帰れるかどうか確かめることもできないし、パスポートも切れてるからトルコ大使館に行かなきゃいけないけど、その場で拘束されたらどうするのとか話していますね。」
山田さんのXのコメント欄にはしょっちゅうアンチコメントが付いている。
「在留資格が無いから帰らされるだけやんか?」
「差別のない世界→不可能」
「どうして?共生しなくちゃいけないの?」
「このNPO支えてるのも日本人の税金なのに 日本人ファースト! と言うと差別だ! と言われる矛盾」
「NPOは大概怪しいですね」
「ガンみたいな利権系まだまだあるんだよなあ」
トルコの内情を知らないために、クルド人として生きることの危険さが想像できない。トルコ政府による「テロリスト容疑」に疑問も抱かない。トルコは「親日国」であることも関係し、「難民申請」はほとんど通らない。そもそも日本の難民認定率は2%未満と非常に低い(「令和7年における難民認定者数等について」)。申請が通らなかった人々はそのまま「不法滞在者」として犯罪者扱いされていく。
(つづく)



