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連載:『悪は存在しない』の地平から『急に具合が悪くなる』の奇跡へ

第3回 現代の社会で生きる「しんどさ」と時間性の問題

2026年6月19日(金)より全国公開されている濱口竜介監督の最新作『急に具合が悪くなる』。
本作の物語全体を導く重要な着想源であり、劇中演劇の参照元ともなっているのが、人類学者・松嶋健氏の著書『プシコ ナウティカ:イタリア精神医療の人類学』(世界思想社)です。
第79回カンヌ国際映画祭での〈最優秀女優賞〉受賞の興奮も冷めやらぬなか、前作『悪は存在しない』の上映が行われた「旅する大学」真庭企画にて実現した、二人の対談を全5回にわたってお届けします。


【編集部注】
連載第3回は、濱口監督の前作と新作を貫く共通テーマである現代社会の「しんどさ」に迫る。長い会議(ミーティング)シーンが持つ意味から、近代システムの時間に対する制作の論理と倫理、そして時差ボケの身体、オンラインによる身体不在の共時性、メディアの有名性がもつ構造的病理まで。お互いの思考がシンクロし、白熱していく対談の中盤。

なぜ私たちは「しんどい」のだろうか

松嶋:『急に具合が悪くなる』のカンヌでのワールドプレミアの直後のインタビューで、濱口監督が今回の作品とその前の『悪は存在しない』に共通するテーマは何ですかと聞かれたのに対し、「しんどさ」だと答えられていました。

それが先ほど濱口さんがおっしゃった、悪いものが渦巻いている中で感じる「なんかしんどい」「やってられない」みたいなことかと思います。『悪は存在しない』の中で立ち位置として一番近いのは、グランピング施設建設のために東京からやってきた芸能事務所プレイモードの高橋と黛。あの二人、絶妙ですよね。なんか、「ああ、こういう人、いるいる」という感じで。しかも住民説明会の最初は嫌な感じなんだけれども、住民とのやりとりをずっと観ているうちに、だんだんあの二人も決して悪い人ではないというふうに見えてくる。

©2023 NEOPA / Fictive

濱口:はい。

松嶋:そして、二度目に水挽町にやってくる車中での二人の会話、あそこも私大好きなんですが、二人のあいだで一見とりとめのない話がくり広げられる。でもそのうち観ている私たちにも、二人のしんどさが少しずつわかってくる。あの二人のように仕事を辞めたり転職したりした人、あるいは辞めたいと思っている人は、たぶん皆さんのなかにも結構いるのではないかと思います。おそらく、巧のような立ち位置の人はそんなにいなくて、私たちの多くは高橋さんと黛さんぐらいの位置ではないかと思います。そのしんどさが実にリアルな感じで表現されています。

濱口:しんどさの話に引きつけて自分の経歴をちょっと話しますと、基本的には映画をずっとやってきてはいるんですけれども、2018年に初めて商業映画(『寝ても覚めても』)を撮って、その時年齢的には40歳なんです。それまでどうしていた?みたいなことを問われることもあります。それなりに苦労してはいましたが、一方でそれなりに楽しく映画を撮っていた。いわゆるインディペンデントな領域で映画を撮っていたわけです。じゃあ、しんどさというのはどういうことかと言うと、おそらく『ドライブ・マイ・カー』以降、もちろんあの映画を評価いただいたということはすごくありがたいと思っているんですが、ただあそこで大学卒業後初めて「ちゃんと社会に巻き込まれた」っていうことだと思うんですよね。それまでけっこう社会と切り離されてずっとやっていたのが、こんなスピードで世の中って進んでるんですか!みたいな気持ちになった。そして、有無を言わせずシステマティックに物事が進んでいくっていうことを体験した時に、根本的なしんどさというものが自分にも襲ってきた。それは自分だけではない。自分が関わっている仕事にも、たくさんの人がずいぶんあいだに介在していて、そういう人たちのしんどさでもあるだろうなということを思ったりしました。

そうしたしんどさについて考えると、おそらく深く関係していると思うのですが、さっき松嶋さんが言ってくださった会議の話があります。会議について松嶋さんは『プシコ ナウティカ』のなかで、直接的な会話の重要性ということを書かれている。例えば国会と町内会では議論できることがぜんぜん違う。町内会では20人とか50人くらいで話すところを、国会議員の場合500人近くが集まって話している。しかもそれぞれの議員の後ろには投票した国民が控えている。それに対して町内会では直接的にいろんなことについて話すことができる。何だったら暮らしにまつわるもろもろについて話すことができる。顔の見えるかたちで、松嶋さん、濱口、そして松村さんといった感じで、お互いの顔を認識して、この人はこういうこと言う人だよね、みたいな雰囲気の中でやることができるものだと思うんです。でも、国会議員が500人近くいた時に、いまだに顔を覚えていない人がどれほど多いことか。話されている内容もすごくシステマティックになってしまう。それに対して直接に対話するということは、だんだんと人間になっていくプロセスでもある。今回観ていて、高橋とか黛という人が、会議を通してだんだん二人の人間性が見えるようになっていく、特に高橋と黛のリアクションの違いがだんだん見えてきて、最初は「プレイモードの人」という一緒くたの存在だったのが、だんだんと個々の人として分かれてくる。一方でさっきおっしゃってくれたように、社長やコンサルはああいう場に絶対に来ない。絶対に来ないし、おそらくどうも長谷川とか堀口という名前はついているようだが、あくまで「社長」や「コンサルタント」という存在であることに留まる。そうじゃないと、彼らはこのプロジェクトをシステマティックに通すことができない。そういう状況が描かれているのだなということを、今回『プシコ ナウティカ』を新幹線で読み直しながら来たので、あらためてすごく思いました。

人間の時間、自然の時間

松嶋:しかも、『悪は存在しない』のなかのグランピングの話でいうと、助成金の書類がいついつまでだから着工はいつまでにしなくてはいけない、という具合に書類上、手続き上の問題によって人がなすことの時間や締切が決まっているわけです。それと対照的だと思うのは、巧が娘の花ちゃんを迎えに行くのを忘れることです。これは、単に巧がうっかりしているということではない。それは彼が異なる時間を生きているということだと思います。つまり、人間の世界は表向きには時計の時間で測れることになっていて、実際それで多くの物事が動いているわけですが、それに対して森の中の世界というのは、木の時間や水の時間あるいはおかわさびの時間とか鹿や鷹の時間、といったように、いろいろな生き物の異なる時間が多層的に折り重なっている。そこにはさらに地質学的な時間というのもあります。森というのは複数かつ多層的な時間の場所です。すると、その中にいると時間の経ち方がまったく異なるので、時計で示されるような何時何分という時間は忘れてしまう、そういうことだと思うんです。

このことはとても重要で、おそらく、今の社会の中で働くときのしんどさの根っこの一つがここにあると思います。どういうことか言うと、物事の「成り行き」(これは本当にいい言葉だと思います)という、生きた「時」、生きたプロセスによって区切られるのではなく、「いついつにイベントなり決算なりがあるから、いついつまでにこれを始めねばならず、そのためには書類の申請をこの日までにやりましょう」という具合に、未来からふりかえって逆算するかたちで今日やることが決まっている場合が今の社会ではほとんどではないでしょうか。私も原稿の締切とかなかなか守れないのですけれども(笑)、その締切というのは多くの場合、助成金の関係で〇月末までに刊行しなくてはならないため、締切は△月末とします。という具合に、未来を先取りするかたちで決められています。しかし、ものを書くということも、様々なことがらの「成り行き」によって成り立っているので、書く人の「意思」だけで何とかなるわけではありません。時計で測れる「人間の時間」とは違う流れの中にあると思うのです。締切を守らないというのは、人間の世界のルールや規範からすると「悪」ですが、人間もその一部である自然のほうから見ると「悪は存在しない」ように思います。別に誰かのせいにしようというわけではありませんが、こういうことがわかっている編集者は、締切の催促のメールを送るだけで済ますかわりに、書き手をとりまくもろもろの流れをケアし調整するのだと思います。

自分のからだの声を聴く

濱口:(笑)それは本当に映画制作の段階ともつながる話でして、「このスケジュールでは撮りきれないから、撮りたいものを撮るならここを圧縮しましょう」とか、「これをもうやめましょう」とか、「なかったことにしましょう」みたいなことになっていくんですけれど、私が本当に思っていることは、そういう時はスケジュールのほうが間違っているのだと。「スケジュールを延ばすのであれば、予算が足りません」というのであれば、それは予算のほうが間違っている。(会場笑)本当はそこで何かやろうとしているものを一番大事にするなら、きっとそうなるのだと思うんです。

松嶋:いや、ほんとに。

濱口:時間についてもうちょっとだけ言うと、「人間のからだってこうできてないよ」っていう類のしんどさで、最近感じていることが三つぐらいあってそのうち二つが時間に関することなんです。

国際映画祭から呼んでいただくことがあります。それは本当にありがたいことではあるんですが、ただ「時差」というものを味わう。これは飛行機というテクノロジーが開発されるまでは決して人類が体験しなかったことです。たとえば、着いた日にちゃんと夜寝て朝から活動ができる、運良くそういうサイクルに入れるときもある。ただその時にも感じるのは、腸が全然対応してない。胃腸、内臓っていうのが全然元々のリズムの中で活動をしていて、だから例えば形式上6時間ちゃんと寝れて朝7時8時に目覚めましたって言っても、その日1日が慢性的に眠かったりするわけです。これが調整されるまで、結局一週間ぐらいかかる、というのが実際で、この一週間ぐらいはやっぱりすごく作業が滞ったり、無理してやってる感じがつきまとうのも、先に言った「しんどさ」を構成しています。この「時差」というのは、きっと人類が、あるいはからだが想定してないことと思います。それが一つめ。

もう一つは、オンライン会議が映画の中でもありましたけど、「空間を伴わない共時性」。今まで共時的ということは基本的には空間を共にしていることとセットだったはずなんですけど、オンラインというものが発達したおかげでというか、発達したせいでというか、そうではない時空間の体験の仕方が生まれている。古くは電話ですが、視覚的にも共有されることで、その共時性はググッと高まった。そのことによって何が起きるかっていうと、世界中と簡単につながれるようになった。そうすると、時差があるわけなので、世界のどこかで必ず誰かが働いているんですよ。そうした世界のどこかで働いている時間というものに、こちらが本来だったら働かない時間へと巻き込まれるようになる。これは逆もあって、つまりどこかで必ずプライベートな時間が、働く時間にどんどんどんどん浸食されていくのを感じたりしています。

三つ目は、時間はあまり関係ないですけど、「有名性」です。簡単に言うと、有名な人はみんなが知っているが、でもこの有名な人はみんなのことを知らない。この非対称が、これもまたきっと人間のからだがあんまり極端なかたちでは想定していなかったことだろうっていう気がしています。もともとマスメディアとかの発展によって「有名性」みたいなものがおそらく人類が想定しないレベルに達してしまった。その最も極端なものは、マイケル・ジャクソンとかダイアナ妃だったと思うのですが、権威主義が資本というかたちで分散されることで、より資本主義として拡大しているように、現代のSNSの発展は、本来はひとのからだが想定していないようなレベルの「有名性」を量産している気がしています。百万人に知られている人が、十万人いるような世界です。時間とは関係ないといいましたが、結局この非対称は「有名人」にとっては、その対応を不可能にして、コミュニケーションを即断的で非人間的なものにしてしまう傾向を持っていると思います。

そういうからだに合っていないことっていうのが、今ものすごく、多くの人に降りかかっているような気がしています。誰もその正しい対応の仕方を知らない。先ほどの話を聞いていて、「旅する大学」の中で「今ここにあるものから始めよう」という話をされていたのを思い出しました。持っていないものに関してそれに執着しないということ、あくまで今持っているものから始める、というお話をされていて、それはとても興味深く感じたんですけど、先に言ったような「しんどさ」を体験して、自分が今持っているものというのはこのからだであり、このからだの限界を超えて何かを続けていくっていうことはおそらくできないのではないか、ということを考えたりしています。

こういう感覚が言葉になってきたのはごく最近なんですけど、でもそれが『悪は存在しない』や『急に具合が悪くなる』にもすごく反映されている気がします。

第4回へ続く


映画『悪は存在しない

[2023年/106分]©2023 NEOPA / Fictive
監督・脚本 濱口竜介
音楽:石橋英子/撮影:北川喜雄/録音・整音:松野泉/美術:布部雅人/照明:秋山恵二郎
出演:大美賀均、西川玲、小坂竜士、渋谷采郁、菊池葉月、三浦博之、鳥井雄人、山村崇子ほか
第80回ヴェネチア国際映画祭 銀獅子賞(審査員大賞)受賞


映画『急に具合が悪くなる

[2026年/196分]©2026 Cinéfrance Studios - Arte France Cinéma - Office Shirous - Bitters End - Heimatfilm - Tarantula - Gapbusters - Same Player - Soudain JPN Partners
監督・脚本:濱口竜介
音楽:サミュエル・アンドレイエフ/撮影:アラン・ギシャウア/録音:ピエール・メルタンス/サウンドエディター:ポール・エイマンス/ミキサー:トマ・ゴデール/美術:ミラ・プレリ
出演:ヴィルジニー・エフィラ、岡本多緒、長塚京三、黒崎煌代
第79回カンヌ国際映画祭最優秀女優賞受賞 


書籍『プシコ ナウティカ:イタリア精神医療の人類学

[2014年/484ページ]©2014 sekaishisosha
著者:松嶋健
出版社:世界思想社
定価:6,380円(税込)
「はじめに&序章冒頭」無料試し読みはこちら
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松嶋さんによる『急に具合が悪くなる』映画評はこちら

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著者略歴

  1. 濱口 竜介(はまぐち・りゅうすけ)

    1978年生まれ。2008年、東京藝術大学大学院映像研究科の修了制作『PASSION』が国内外の映画祭で高い評価を得る。その後2015年、317分の長編映画『ハッピーアワー』は、ロカルノ国際映画祭ほか各地の映画祭で主要賞を受賞。2021年、『偶然と想像』でベルリン国際映画祭銀熊賞(審査員グランプリ)、2021年、『ドライブ・マイ・カー』では第74回カンヌ国際映画祭脚本賞など4冠、第94回アカデミー賞国際長編映画賞を受賞。2023年、『悪は存在しない』は、第80回ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞(審査員グランプリ)を受賞。2026年、『急に具合が悪くなる』は、第79回カンヌ国際映画祭最優秀女優賞を受賞。
    おもな著書に『他なる映画と1/2』(インスクリプト)『演出をさがして』(三宅唱、三浦哲哉と共著/フィルムアート社)など。

  2. 松嶋 健(まつしま・たけし)

    京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。博士(人間・環境学)。専門は人類学。広島大学大学院人間社会科学研究科教授。
    おもな著書に『文化人類学の思考法』(世界思想社、2019、共著)、『トラウマを生きる』『トラウマを共有する』(京都大学学術出版会、2018、2019、共編著)、『精神医療・心のケアを問い直す』(遠見書房、2025、共著)、『サブスタンスの人類学』(ナカニシヤ出版、2023、共著)、『世界の手触り』(ナカニシヤ出版、2015、共著)など。

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