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子どもたちに寄り添う現場で

「みんな平等」という不平等

 神奈川県大和市の公立中学校の先生、池田喬先生から講演依頼をもらったのは、2018年9月のことだった。池田先生はNPO法人教育支援グループEd.ベンチャーの活動に参加しており、このグループ主催の講演会で、原発労働者の話をしてもらえないか、ということだった。すでに、『原発労働者』(講談社現代新書、2015年)を出してから何年も経っていたため、過去の取材者のなかで、まだ現場で働いている方の追加取材をさせてもらうなど準備をして、2019年にお受けした。

 このときの打ち合わせで気になっていたことは、このEd.ベンチャーが誕生した大和市はインドシナ難民を受け入れてきた歴史があり、外国人児童生徒が多く、Ed.ベンチャーの活動の一つに、彼らの学習支援があるということだった。本の中でふれた外国人労働者の話や、労働者の人権問題を、教育に関わるEd.ベンチャーのメンバーそれぞれが、重要な問題としてとらえていることが伝わってきた。私もいつか、学習支援の現場にお邪魔させてもらえれば、という思いがあり、本連載を始めたことを機に取材を申し込んだ。

エステレージャ☆ハッピー教室

 2020年9月の土曜日、外国人児童のための学習支援、「エステレージャ☆ハッピー教室」の開室前に、この日の会場である南林間駅近くの小学校に向かった。Ed.ベンチャーの活動にも参加されている、教室の代表、篠原弘美先生にお話を伺った。

 

「この学習支援教室は、Ed.ベンチャーが設立された2007年の翌年から始まりました。市内の小学校を卒業して中学校へ進学する国際教室の子たちの勉強が心配だという先生の声を受けて、現役の教員、地域ボランティアの人などで活動が始まりました。大和市の南部の方は東南アジア出身の子が多くて、そちらには「すたんどばいみー」(後述)があるので、北部と中部の間にあたる、ここでやっています。地域的にこのあたりは南米からの人たちが多いんです。エステレージャという名前も、当時来ていたペルー出身の子たちがスペイン語で「星」にあたるエステレージャを教室の名前にしようといって決まったものです。」

 

 1980年代から大和市ではじまった国際教室は、外国人児童が多い地域の小学校に置かれており、日本語補習や教科学習の補習をしている。また国際教室担当の教師が普通の学級に来て指導することもあるという。外国人児童を支援し、日本人児童とつなぐような役割も担う教室だ。Ed.ベンチャーは、この国際教室担当の先生のための手引書を作成し、大和市内の学校に提供するといった活動も行っている。

 「南部の方は東南アジア出身の子が多く」というのは、上述のようにインドシナ難民を受け入れるための「難民定住促進センター」が1980年から1998年まで大和市にあったためだ。1975年から相次いで社会主義国化したベトナム、ラオス、カンボジアからは144万人が流出し、日本を含む海外に亡命した。当時の文化庁官僚であった大家重夫は「難民事業本部」の立ち上げや、事務所選定などにも関わった人物だったが、定住促進センターを国内に作るにあたって、遊休施設を探すも難航し、最終的にカトリックのカリタス・ジャパンの好意で敷地の一部を提供してもらい、大和と姫路の2か所に開設できた経緯を書き残している(ブログ 「難民問題に対する私的考察 インドシナ難民受け入れ事業の思い出(前編)」6ページ、「大家重夫の世情考察」)。当時の神奈川県知事・長洲一二は、前年まで横浜国立大学教授を務めていた学者でもあり、地方自治体として初めて国際課を設置、1977年には全国に先駆けて国際交流協会も設立している。

 篠原さんが挙げた「すたんどばいみー」は2001年に外国籍の当事者によって立ち上げられたグループだ。Ed.ベンチャーの清水睦美先生が90年代後半から外国籍生徒の学習支援教室に関わり、そこでベトナム人生徒グエン・タン・ティンに出会った。その彼が「すたんどばいみー」立ち上げの中心となった。      

 1990年代に入ると入管法改正によって、日系南米人が急増した。トヨタの工場労働者として豊田市保見団地などに集中して暮らしていることは知識として知っていたが、神奈川には大和市のほか、綾瀬市、愛川町、厚木市などにブラジル人やペルー人のコミュニティが出来ている。

 日系人と東南アジア系の子どもたちの一番の差は日本語のレベルだ。日系人が多い北部では日本語に困る児童は少ない。幼少期から家族の間で日本語が使われていたり、それが薄れていたとしても、日系人コミュニティは子どもたちへの日本語教育を重視していることが多いので、母国で日本語を学んでいる可能性が高い。篠原さんは言う。

 

「たまにわからないって子もきますが、日常会話はほぼ大丈夫。でも教科の言葉は難しくてわかってないことが多いかな。漢字は書けるけど意味をわかってない。算数の文章題とか、隣でついて教えてもらわないとわからない。漢字も部首と意味の組み合わせでできていて、日本人児童にとってはある程度予想がつくことも、彼らには難しいですね。」

 

 日常会話に難のない日系人の子たちにとっても、日本語をきちんとマスターして学習をしていくことは簡単なことではない。この日、ボランティアとして参加していた根岸さんは、日本女子大学の院生だ。国際教室の在り方などを研究しており、自身も中国出身の両親を持つ。自分の日本語を「普通」と思っていたが、大学院で論文の添削を受けるなかで、「親の曖昧な日本語を聞いて育っているため、相手に伝わりにくい文章になっている可能性がある」と指摘され、親の日本語レベルが自分に影響していることを認識したという。話して意味が通じることと、その言語を読む・書く・聴くの分野で使いこなせるということは異なる。日系人でも3世ともなれば、親である2世は現地生まれであり、そうなると母語はスペイン語やポルトガル語だ。母国で日本語を外国語として学んだ人も多い。さらに、そうした機会もなかった東南アジア系の子どもたちの学習の困難さは予想がつく。

日本語が不自由な親のサポートも

 ここの教室出身という高校生の女の子もボランティアとしてやってきた。
 時間になり、小学生高学年と低学年の日系人らしき姉妹が二人、それからお母さんと一緒に色の浅黒い高学年くらいの女の子が教室に入ってくる。

 

「あれ、リオンちゃん。先週どうしたの? あ、お母さん送ってきてくれて。」

「ちょっとこれ、わからない。」

 

 リオンちゃんのお母さんが篠原さんに渡したのは「国勢調査」だった。

 

「一緒に書く? 日本の国でどんな人が住んでいるかというの、書かないといけないんだけど。今やっちゃえば、お母さん。ここは世帯主。家の代表。わかる?」

 

 子どもたちの学習支援のみならず、日本語に不自由するお母さんたちが助けてもらえる場にもなっていた。篠原さんによれば、リオンちゃんのお母さんは学校からの手紙もわからないことが多く、ここに持ってくることが多いという。大和市の教育委員会には各国語に対応できる教育相談員がいるが、助けてもらえるのは通信簿の翻訳、面談時の通訳などに限られ、日常の手紙類までは翻訳されていないという。

 

「ここはお母さんの誕生日。ここはお母さんが結婚しているか。していた、ね。リオンちゃんの国籍は? 日本。今のところ何年住んでる?」

 

 生活に時間的余裕があれば、こうやってNPOや地域のボランティアなどに頼って意味を教えてもらえるだろうが、生活に追われるような状況であったら、配られた手紙の内容を把握しないまま放置してしまうこともあるかもしれない、と思う。リオンちゃん親子はドミニカの出身だった。

 

「“サンドル”大っきらい。これは二箱買おうと思ったの。一箱10個入ってる。」

 

 ボランティアの〇〇さんに大切そうに説明しているのは、「鬼滅の刃」の消しゴムだった。

 「サンドル」は「算数ドリル」のことだと、10秒ほどして理解した。リオンちゃんは勉強が苦手そうだ。お母さんが学校の先生に「宿題を増やして」と言った、と怒っている。

 

「お母さんは子どもに勉強してほしいからね。リオンちゃんがお母さんになったら子どもになんて言うかな。ほら、答え見ないでね。」

「ふふふ。」

「テストの時できないじゃない。先生が預かってあげる」

 

わかっていないところをあぶりだす

 もう一つのテーブルでは、ペルーからの日系人姉妹ヨシコちゃんとサナちゃんがそれぞれ漢字と算数の勉強をしている。篠原先生は漢字学習も意味が理解できているか確認しながらフォローする。

 

「劇団ってわかる?」

「劇をする集団」

「世界遺産は?」

「世界の遺産」

「遺産ってなに?」

「遺されたもの」

「ペルーの世界遺産は?」

「マチュピチュ」

「よく知ってるね。」

 

 清水睦美・児島明編著『外国人生徒のためのカリキュラム――学校文化の変革の可能性を探る』(嵯峨野書院、2006年)にも寄稿している篠原先生は、清水先生から聞いた「えん」と「まる」の例についても触れている。

 

 「日本人生徒は日常生活の中や親との会話で自然に「まる」と「えん」が同じものであることを親から学習することができる。日本人生徒は学校で教えてもらわなくてもわかっていることがたくさんある。ところが、外国人生徒の家庭では親との会話から日本語を自然に理解できるようにはなっていない。」
(篠原弘美「学校の中の国際教室――外国人生徒の変化を通して」清水睦美・児島明編著『外国人生徒のためのカリキュラム』)

 

 日本人話者にとって自明の言葉ほど、相手が知らずに困っていることに気づきにくい。篠原先生の逐一の質問攻めは、それをあぶりだすためのものなのだ。

 

「自分、チャレンジやってて、それで字が前よりこんなに上手くなった。」

 

 ヨシコちゃんは、リオンちゃんよりは勉強が好きなようだ。

 

「バスケ部の副部長やってる。何回もシュート決めてる。ダンクできるようになりたい。秋の“無限列車”の映画見に行きたいな。でもコロナだな。」

 

 こちらも「鬼滅の刃」に夢中の様子だ。

 サナちゃんも隣でチャレンジに取り組んでいる。

求められる学校とボランティア団体の連携

 神奈川には地域のボランティアによる日本語教室が2011年時点で190存在しており、学習面のみでなく「居場所」としての機能もあることが指摘されている(藤代将人・三澤直己「神奈川県県央地域における多文化共生の取り組みと課題――外国人支援組織間の協働・連携の可能性を探る」『異文化コミュニケーション研究』第23号、2011年)。藤代らはこの時点で「将来的にはこのような教室間の県内ネットワーク化が進み、さらには、小・中学校との連携も構築されていくことが望まれる」と述べているが、この10年で学校とこうしたボランティア団体との連携はどこまで進んでいるのだろうか。

 「パイプがないんですよね、そこもやらなきゃいけないんですよね」と篠原先生は語る。主に教科の補習を行う国際教室も、子どもたちが困っていることを漏らせるような場であってほしいと願うが、「先生によっては「授業中は勉強だけしなきゃ」ととらえる先生もいると思うんですよね。お勉強の場になっちゃってる」。大学院生の根岸さんも、国際教室を比較観察した経験から、「通常の授業のほうが子どもたちに影響を与えるなと感じています。外国籍の子どもたちもどこの学級に属しているかというのによって、日本語の伸びも、居やすさ、ということも変わってきます」と語る。クラス担任によって、クラスの雰囲気が決まるというのはよくわかる。一方、週に数時間という国際教室が「補習の一部」以上の働きをどれくらいできているのかは、はっきりとはわからない。

 中学校の教員だった篠原さんは1997年から8年間、国際教室担当を続けて担当した。そのことが、清水先生と知り合い、Ed.ベンチャーの活動に合流し、エステレージャ☆ハッピー教室を開くきっかけになった。しかし、通常、国際教室担当は1年で交代することが多いという。次々と多くの先生が、外国人児童生徒と身近に接する良い機会になるととらえるか、教師側の理解が浅いまま1年が終わってしまうととらえるか。篠原先生は後者のような気がしている。

 

「学校への要望は色々あります。Ed.ベンチャーでは外国人の子ども理解のための学習会を毎年開いたり、毎月外国人児童生徒の事例研究会などをやっているんですが、先生たちはなかなか来ないです。学校では表面上は、外国籍の子たちが困っていないととらえているのかな。」

 

 現場の先生たちに学外に出かけていく余裕がなかなかないだろうことは想像がつくが、エステレージャで篠原さんたちがキャッチしたことや、他の事例を学ぶことが現場の先生たちにあまり共有されていないことは、非常に勿体ないと感じた。

 篠原さんによれば、外国人児童の性質も変わってきたという。

 

「いじめはなくても、子どもたちのなかには生きづらさみたいなものを抱えてる子はいますね。自分が異質なものだとか、そういう意識。昔の方がそういうものを表に出す子が多かった。今は出てこないですね。すごくそれを感じてて。おとなしくなってるから、問題が表面に出てこないで、先生も見逃しちゃう。」

 

 篠原先生が市立福下田中学校に転任してきたころは、「外国人がたくさんいて大変な学校」と言われており、多くのトラブル、不登校、無気力、退学などの問題があがっていたという(篠原弘美「学校の中の国際教室」清水睦美・児島明編著『外国人生徒のためのカリキュラム』)。

 しかし、生徒たちの様子は変わってきているようだ。私には少し意外に感じた。生きづらさを抱える子が増える一方で、表向きはおとなしい「いい子」が増えている。それらは日本の子どもたちについては頷ける気がしていたが、同じ問題が外国籍の子どもたちにもあてはまるとは思っていなかったのだ。しかし、子どもはその国籍に関わりなく、自分をとりまく社会の空気を読みとりながら成長するということなのだろう。表向きのいじめはなくても、SNSでは排除やトラブルが起こる。表立っての非行は減ったとしても、子どもたちの心は健全に育っているのだろうか。

「みんな平等」という不平等

 先生の無理解の例として、篠原先生は小学校2年生の子の例をあげてくれた。

 

「冬休みの思い出を作文に書いた子がいたんです。けれど、「何月何日、何何をしました」「何月何日何何を買いました」という感じで提出したら、「これは1年生の作文でしょう」と担任に言われたそうです。そのうえ「先生は教えませんよ」と言われたと…。うちで根岸さんにフォローしてもらって作文の書き方を教えましたけど、教えてもらう場所がない子はどうなるのか。「みんな平等」になっちゃってるんですね。」

 

 「みんな平等」に対応することが、実は完全なる不平等であることに、担任の先生は気付いていない。最初から日本語にハンデがある外国籍の児童に対して適切な対応とはとても言えないだろう。

 この「平等」問題は、様々なところで散見する。最近では車いす利用の障害者である伊是名いぜな夏子さんがJRの駅での車いす対応の悪さを発信したところ、炎上し、今も彼女のもとに誹謗中傷が殺到している。彼女を非難するネット上のコメントを見ていると、「障害者だけ特別扱いしてもらえると思うのはわがまま」「現状のシステムに合わせて生きるべきで常識はずれ」といった論調のものが多い。最初から行動や選択に大きな制限を受けているマイノリティに対して、多数派に合わせるべきで特別扱いはできない、と言うことは、一見「誰にでも平等にすべき」という正論のような調子があるが、マイノリティに配慮した社会への変革を遅らせ、不平等を放置してしまう。教師が、誰にでも「授業で1回教える以外は教えません」といって放置することは、日本人児童と、日本語にハンデのある外国人児童との学習格差を大きく広げてしまう行為と言える。

 外国籍の児童だけではなく、ひとり親家庭の子、児童養護施設から通う子、発達障害やLGBT、ヤングケアラーと呼ばれる子たちなど、従来の「普通の子」の範疇から外れる子どもたちが社会的にも可視化されてきたいま、「平等とは何か」という問いは、教育に携わる者にとって非常に重要なテーマではないだろうか。生徒の同質性を前提にとらえられてきた「平等」の概念が、きちんとアップデートされていかなければ、教師はその対応如何でマイノリティの気持ちや尊厳を簡単に踏みにじることにもなってしまう。そのことを感覚的に気付ける先生もいれば、新しい知識や理念にもとづく「決まり」として上から提示されなければ気付けない先生もいるのではないか。

より多くの子どもたちをサポートするために

 篠原さんが「教えてもらう場所がない子はどうなるのか」と心配する背景には、エステレージャの活動だけでは、フォローできない子どもたちが多いことを知っているからだ。

 

「エステレージャでは、大々的な宣伝はせずに口コミで広まった範囲で活動しています。増えたら増えたでボランティアスタッフの確保が大変なんです。学校でも宣伝していません。市にいい助成金でもあれば、スタッフへの支払いがちゃんとできるんですが。」

 

 多くの子どもたちをフォローしたい。しかし、すべて無給のボランティアでは継続的な関わりは期待できない。結果、ごく限られた範囲の子どもたちとの関わりにとどまっている、ということを篠原先生は常に考えざるをえないのだろう。

 現在、外国人児童のための取り組みとして、浜松市内のいくつかの学校では「放課後学習支援教室」として宿題支援の場が設けられているようだ。浜松市では教育委員会と市の国際課とが連携しており、国際課が公益財団法人浜松国際交流協会(HICE)に委託するという形をとることで、民間ボランティアの活用が進んでいることがHICEの報告によってわかる(内山夕輝「外国人児童生徒のための放課後支援ボランティア養成」)。

 この点について、Ed.ベンチャーの中心におられる、日本女子大学教授の清水睦美先生にメールで伺ってみた。浜松市は主幹産業において外国人労働者に頼っている部分があり、外国人施策を前面に押し出せるということ、一方大和市は市政をそうした方向にもっていこうとすると政治的対立がもちこまれてしまう、という点を指摘されたうえで、大和市については、現状、学校すべてに退職教員らがコーディネーターとして関わる放課後の子ども支援の寺子屋があることを教えてくださった。

 

「それがうまく機能しているかといえば、それは「まだまだ」という感じはしますが、「インクルーシブ型」の社会を目指すのであれば、そうした考えもあるのではないかと考えております。自治体ごとに動きが異なってしまうのは、やはり政府の「移民政策をとることは考えていない」(2018年、安倍元首相)という言葉に代表されるような、外国人に資源分配をすることがそもそも考えられていないことに原因があると思います。」

 

 学校すべてに放課後寺子屋が置かれていることは、素晴らしい。そこには外国人児童がどの程度参加できているのだろうか。Ed.ベンチャーに参加する教員であり、最初に「原発労働」についての講演依頼の連絡をくださった池田喬先生(現在は大和市教育委員会に在籍)に伺ったところ、これまでの経験を振り返ってくださった。

 

「子どもたちの自主的な参加に任せると、外国籍の子の参加は少なかったと思います。寺子屋コーディネーターの外国籍生徒に対する課題意識の差が、外国籍児童生徒の参加にもつながっていたと思います。寺子屋のスタッフは放課後の前に、授業に入り学習支援もするのですが、そこで積極的に見てまわり、参加を促した学校は外国人生徒の継続的な参加が多かったです。」

 

 やはりここには、寺子屋コーディネーターによるきめこまやかな「目」が必要なのだろう。本来ならば教員にそのような「目」と余裕があることが望ましいが、個人によって大きな差があるのが現状だろう。池田先生も学校にいたころ「そこまでやる必要があるのか」という懐疑的な教員の意見も聞こえてきたという。池田先生は、国際教室担当者に行っている研修を、本来は市内の全教員に行うべき、と感じている。

 大和市の色々な教育現場で活躍するEd.ベンチャーに関わる先生方の熱意が、それぞれの場で広まっていくことを願いたい。ひいてはそれが、他の地域にも広がり、この社会の常識を少しずつ塗り替えていくのだと思う。多文化共生。言葉ばかりは社会に浸透してきたが、それは日本人が「平等とは何か」をもう一度見つめなおさなければならない大きな課題なのだと気づかされた取材になった。

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著者略歴

  1. 寺尾 紗穂

    シンガーソングライター・文筆家。ライブや映画・CM音楽制作、ノンフィクションやエッセイ、書評などの分野で活動。アルバムに『楕円の夢』『たよりないもののために』『わたしの好きなわらべうた』、著書に『彗星の孤独』(スタンド・ブックス)、『南洋と私』(中公文庫)、『原発労働者』(講談社現代新書)など。

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