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子どもたちに寄り添う現場で

お坊さんが開いた寺子屋

 前回まで紹介した「だんだん」のほかにも、子どもの支援に関わっている知りあいがいた。台東区の山谷にある浄土宗のお寺、光照院住職の吉水岳彦さんだ。吉水さんと出会ったのは9年ほど前になる。私が2010年から毎年秋に行ってきたビッグイシューを応援する音楽フェス「りんりんふぇす」の座談会では毎回司会を務めてくださっている。いつも吉水さんの穏やかな胸にしみる言葉によって、座談会が無事まとまっていく印象がある。

 このりんりんふぇすは2011年から青山のお寺、浄土宗の梅窓院で続けてきたが、ここをご紹介いただいたのも吉水さんだ。吉水さんには、稲葉剛さんを通して知り合った。稲葉さんは元NPOもやい理事長で、現つくろい東京ファンド代表理事。私が大学時代に山谷で出会った「放浪画家」の坂本久治さんが没した後、彼の絵を探すなかで知り合ったのだった。

 私より3歳年上の吉水さんは、大正大学や淑徳大学で教鞭をとるかたわら、2009年から浄土宗の若いお坊さんたちとともに「社会慈業委員会ひとさじの会」を作り、おもに山谷、上野、浅草周辺のおじさんたちに炊き出しやおにぎりを配る夜回りを続けてこられている。3・11後は被災地支援にも向かわれていた。

こども極楽堂
 稲葉さんや吉水さんに「りんりんふぇす実行委員会」に加わっていただき、毎年打ちあわせを何度も持った。そんな折にそれぞれの方たちの進行中の活動も知ることができるのだが、吉水さんが3年ほど前に、「こども極楽堂」という場所をお寺の裏に作ったことを教えてくださり、2年ほど前に一度ご案内いただいたことがある。そこはこども食堂や寺子屋として地域の子どもたちの居場所となるように、と考えられ改築された二階建てのスペースだった。

 その後どのように活動が展開されているかも含めて改めてお話を伺おうと、去年の12月、私が大学生のころ坂本さんに出会った玉姫公園からもほど近い光照院に向かった。

 

 「こども極楽堂はできて2年くらいになります。当初から続いているのは、NPO法人「台東区の子育てを支え合うネットワーク(たいとこネット)」がやっている無償学習支援、それからこども食堂があります。台東区は子どもの数が多いわけではないんですが、深刻な問題を抱えた子どもさんたちが多い印象があります。親に障害があって子育てができていないとか、親の要因で子育てがうまく進んでいないお宅が多くあります。」

 

 吉水さんによれば、このあたりの家賃は決して安くないという。祖父母の代から暮らしている家庭も多いようだ。ひとり親で実家に身を寄せ、親が亡くなったケースなどもあるのだろうか。

 昨今のコロナ騒動で、学校が休校の間、給食に代わる昼食代を支給するなど、各自治体によるひとり親への支援などもぽつぽつと見られ始めた。そのようなニュースがネットに出ると、ヤフーニュースのコメント欄には「昼食代も出せないなら子供産むな」「どうせ親はパチンコに使ってしまうんだろう」といった心ない言葉が並んでいた。こういうコメントを書く人たちは、だれもが、自分と同じように「ふつうに働ける」と考えているのだろう。だからこそ、するべきことを「怠けていて」「自分勝手である」人々を救う必要などない、という論理になってしまう。彼らにとっては、「男を見る目のなかったシングルマザー」の窮状も「自己責任」だ。当然ダブルワークで子どもをかまう暇もないといった彼女たちの実情を知ろうともしないだろうし、知ったところでこきおろすだけかもしれない。「ヤフコメなんて下らないし、精神的によくないから見ないほうがいいよ」という人もいるが、私は人が見ようとしないものや、重要なものを見ようとしない人びとの感情にも興味があるから、いつも熟読してしまう。

 

「そうした家庭の子どもたちがいる場所もほとんどないので、そういう子たちに学習機会や食べ物を提供しています。子どもたちは、夕方4時くらいから7時半まで勉強して帰ります。主に来るのは小中学生。なかには高校生になっても顔を出してくれる子もいます。ある種、避難所の役割も担っているかもしれない。子どもたちはみんなと遊びたいし、学校になじまない子もいますが、ここなら見てくれるからというので、NPOスタッフが一生懸命見てくれるので来ている子もいます。

NPOの子ども食堂は、もともとDV被害者も利用する場所を借りてやっていたんですが、ジレンマがあって。DV被害者の居場所は人に知られてはいけないけれど、子ども食堂は周知しなくてはいけない。それで一年くらいやっていたんですが、もう限界かなというときにお寺でやるようになって。火曜・木曜の週2回の無償学習支援のうち、第一火曜、第四木曜に子ども食堂もすることになりました。」

 

 吉水さんによれば、もう一ヶ所、無償学習支援で使用していた場があったが、避難経路が確保されておらず、また、精神障害のある親がNPOを逆恨みしたようなケースもあったため、スタッフや子どもたちの安全を考えて極楽堂のほうに移ってきたという。極楽堂はもともとは光照院の檀家さんの家だったが、老夫婦が亡くなり、遺言のなかに、お寺さんに使ってもらいたいとあり、娘さんたちも地域の子どもたちのためならと進んで提供してくれた家を、檀家や友人、台東区の援助も受けながら、改築したものだという。

 

「いま受験期なので、9時くらいまでいる子もいます。中学生は遅く来たりもするので。普段は遅くても8時半くらいですかね。」

 

 寺子屋と子ども食堂を兼ねた支援は、たんなる勉強の面倒、食事の用意では終わらない。こまやかなケアが必要な子にはとことん付き合う。それを中心に立って実現しているのが「たいとこネット」の代表石田真理子さんだという。本当は親と離れて育ったほうが望ましいケースでも、親に精神疾患がある場合、その病状を悪化させないために、という理由で子どもの保護が遅れるケースがある。石田さんは、果物の名前も、米のとぎ方もわからない中学生の子に、一人で生きていくための術を教えていく。他の子ともめることもあって遅い時間にやってくる子にもきちんと向き合う石田さんの姿勢を吉水さんはこう表現する。

 

「この人が倒れると活動はたちゆかなくなるというくらい重要な人です。教育委員会にも顔がつながっていますし、食事に困っている家庭にはお米を届けたりも。家庭のところまで踏み込んで入っていってこそできる支援ですね。そういう家の子がいると、食事のことから何から何まで母親のように面倒見てくれていますね。そう思うと、僕には片手間ではできなかったし、そういう人たちが集ってくれるということが意味あることだったなと思っています。」

 

 吉水さんも当初は、相談を受ける立場で関わったこともあるそうだ。けれど、その責任の大きさに気づき、場所を提供したり必要なものをそろえたり、という「場の支援」を中心にするというスタンスに移っていったという。

一時保護所・児童相談所の問題点
 それでも、子どもを守る輪のなかにいる吉水さんがさまざまなケースを見るなかで感じることは多い。

 

「家庭に居場所がない子たちが、意を決して警察に駆け込んだあと、最初に移される場所が一時保護所です。おれたちは命がけで親元から逃げて警察に行ったのに、刑務所みたいだったと聞きました。毎日走らされたり、まるで刑務所のようだったと。なんでこんな思いしなきゃいけないんだろう。自分が悪いことして拘置所みたいなとこ入れられてるのかなって思った。保護所の時代が一番くそだった。これらはみんな一時保護所に入れられた子たちの感想です。」

 

 一時保護所は児童相談所に併設されている施設だ。東京都福祉保健局HPの一時保護所の案内ページを見ると、「保護を必要とするお子さん(おおむね2歳以上18歳未満)を一時的にお預かりするところです。また、お子さんのこれからの養育にそなえて、生活状況の把握や生活指導なども行います」と説明されている。

 いまや、保護される子のほとんどが虐待などの問題がある家庭で育つ子どもたちだ。本来ならケアされるべき状態といえるが、「非行少年」が多かったころの名残なのか、スパルタで理不尽な罰則などが残っているようだ。記事投稿サイトのnoteに一時保護所時代の経験をつづっている人(「魔*呪」さん http://note.com/mazyudoll/n/n47d035b803cb)もおり、彼女によるとルールやペナルティの厳しさはあるものの、季節ごとの行事などもあり、「子どもがストレスを貯めないように工夫してくれています」とも記していた。それでも、友達を作って連絡先を交換してはいけないという規則に反したために、個室に隔離され、トイレにも思うように行けず、とうとうコップに用を足して捨てるしかなかったというひどい経験もつづられていた。子どもの人権が守られているとは言い難いケースだ。

 吉水さんの関わった子にも「監禁」は行われたという。

 

「こんなところいたくないってその子が言ったら、「ほんとに出たいなら暴れろ」って職員にいわれて、自傷行為のようなことをして、ようやく帰されるということになった。「証拠は?」って言われたら子どもを連れてくるしかないんですが、本人がかきむしったり、シャーペンで作った傷を見せてくれて。」

 

 傷ついた心、という言葉の使い方は安直になるかもしれない。けれど、もうこれ以上は無理だという精神状態で保護所にやってきた子どもに対して、あらたに心身にダメージを与えるようなことが、恐らくは慣例とか罰則の名のもとに行われている。「ほんとに出たいなら暴れろ」という職員の言葉自体に、規則でしか動けなくなっている大人の思考停止が反映されているとも言えるだろう。

 吉水さんが憤りを感じているのは、このことのみならず、児童相談所がこの子のケースについてきちんと「ケースカンファレンス」(ソーシャルワーカーや医師、支援者などが集まって行う検討会)をせずに親元に帰してしまったということだった。

 

「あってはいけないことですね。ただ表に出ないんですよ。児童相談所も職員によって、当たり外れがあります。ちゃんと見てくれる人と、そうでない人で。諦めちゃうくらい件数が多いんじゃないかと思います。環境的要因、システムの問題でもありますね。」

 

 たしかに、事件にもなっていないこんな話は新聞にも出ない。支援に関わる者たちだけが、その理不尽さにうちのめされる。吉水さんは石田さんとこのケースについて抗議をしたそうだが、世間に知られないままでは、内部の改革もなかなか進まないだろう。

 ただ、吉水さんが言うように、「児童相談所が悪い」「一時保護所がひどい」とまた聞きで非難することも、現場と乖離していく可能性がある。「システムの問題でもありますね」という指摘のもう少し細部まで、現場の声を通して考えてみることはできるだろうか。

 次回以降、今回は紹介しきれなかった、こども極楽堂で繰り広げられる幅広い活動にさらに触れながら、一方で表に出にくい「子どものSOS」の周辺の問題についても考えていきたい。

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著者略歴

  1. 寺尾 紗穂

    シンガーソングライター・文筆家。ライブや映画・CM音楽制作、ノンフィクションやエッセイ、書評などの分野で活動。アルバムに『楕円の夢』『たよりないもののために』『わたしの好きなわらべうた』、著書に『彗星の孤独』(スタンド・ブックス)、『南洋と私』(中公文庫)、『原発労働者』(講談社現代新書)など。

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