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子どもたちに寄り添う現場で

神は低みに立つ(2)

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聖書を読んでかっこいいと思った

 外国人との共生なんてできないししたくない、という人々からの声を受けながら、NPO自体への誤解や非難も浴びながら、山田拓路さんはひたすら前進する。活動の根源にはどんな思いがあるのだろう。聞けば「メタノイア」は「悔い改め」という意味だという。山田さんの強い信念の根幹にはキリスト教との出会いがあった。

「関西学院の高等部2年か3年ぐらいで洗礼を受けて、みんなにめちゃ珍しいって言われたんです。だいたい親が教会に行ってたから、自分もなんとなくっていう若い人がほとんどだったんですけど。高校生ぐらいの時に、生きる指針みたいな何かを探してたんでしょうね。聖書を読んだときに、これはかっこいいって思ったのかな。教会で比較的温かく受け入れてもらえたという経験もあって。」

 当時の山田さんは漠然とした人生への不安や恐怖、自己嫌悪にさいなまれて悩んでいたという。聖書の言葉のどこに山田さんは惹かれたのだろうか。

「厳しい戒律・掟のようなものを並べ立てるのではなく、ただ「人を許しなさい、愛しなさい」とだけ言い続けてくれたことにすごく安心したのを覚えています。」

 例としてルカによる福音書7章36節からの「罪深い女を許す」という場面をあげてくれた。娼婦が涙を流し奉仕を行う姿に、イエスは「あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」と声をかけたというくだりだ。

「これまでにどれだけ「罪」を犯してきたとしても、心を改め、イエスの言葉を信じて生き方を変えれば、もう「安心して」生きていっていいという宣言は、力強く心に響いたように記憶しています。」

 親鸞の説いた「悪人正機」を思い出させるエピソードだが、世間から見放されかけた人間にも「安心」は与えられるのだ、というメッセージは、不安を抱えていた高校時代の山田さんに希望を与えた。

 大学時代は大阪の釜ヶ崎での支援活動にも参加、牧師が率いるフィリピンへのスタディーツアーのほか、広島、長崎、沖縄と日本各地でも学びを続けた。

「いろんな問題の根底は大抵つながってるんだなって。死刑制度とか原発問題とかそういうこともですけど、国家権力のような強きものにどれだけ人々の声が抑圧されているのか。」

 抑圧といえば、強い言葉に聞こえる。しかし、たとえば日本では戦争で戦った軍人には、一定の条件のもとに恩給という補償が出たが、空襲で家族を失ったりトラウマや障害を抱えた人々には何の補償もされてこなかった。最近、世田谷区で空襲の後遺症などが残る人などに一人3万円の見舞金が支給されることになったが、画期的、例外的な事例であり、国としての動きは今のところない。また、当時、日本の軍人として戦った朝鮮の人々も恩給の対象から外された。小さな声は常に見過ごされ、無視され、除外されやすい。そうした見過ごされている人たちへの視点は、今の山田さんの活動にもダイレクトにつながっているように思える。

 各地で見聞をひろめたのち、山田さんは名古屋の教会が運営するNPOに4年勤める。オーバーステイの子どもたちが通うフィリピン人学校で、日本語や体育の授業も担当した。その後、岐阜にフィリピン児童のための保育施設を開所する際、山田さんは中心となって動くことになったため、保育士の資格も取ったという。約100人のフィリピンの子どもたちと充実した日々を過ごすも、山田さんはさらにNPO運営について学ぼうと、カナダのトロント大学に1年間留学して、NPOのリーダー養成のためのコースを受講する。

「カナダのNPOは概念が広くて、病院と学校と教会もNPOなんですね。非営利っていうことで、企業以外全部NPOという感じなんです。(受講したのは)特にファンドレイズとか事業マネジメントをやっている人たちが受けるコースでした。なので、学生じゃなくて、僕と同じか上ぐらいの人たち 40、50代の人もいました。英語力も大してない状態だったので、授業を黙って聞いている移民の子どもたちの気持ちがよくわかりました。発言すると恥ずかしいとか、発音が変かなとか、単語がわかんなくて詰まったらどうしようとか、そういう心配が先に出てきちゃって、手を上げられないけど、先生は当ててくる。しゃべったらうなずいて聞いてくださるんですけど、こっちはもう汗だらだらかきながら頑張って。」

 このコースは週1回3時間の授業だったため、課題をこなしていく時間は取ることができた。英語に自信がないなか、それでも必要な学びの場に自らを追い込んで食らいついていく山田さんの向学心の大きさを感じるが、それ以上にトロントという土地で暮らす経験ができたことは大きかったという。

「LGBTQの人たちも活発に活動して、みんな普通に住んでいて、半数以上移民という感じの街でした。多様性がすごく祝福されているような空気があって。そういう理想を掲げた先に社会はどうなるんだろうっていうのを間近に見られたのは、とても良かったと思いますね。日本人が心配するように、移民が増えると社会が壊れるとか、治安が悪くなるとかってことは、実際には起きていないことをこの目で見て知っているから、強気で主張できますよね。日本に帰ってきたら、みんなの言うことが本当ではないってことがよくわかる。」

 トランプが再び政権の座について以後は、とりわけ動画視聴の広まりとともに、不安をあおり、多様性を否定する勢力が伸びた。その影響は日本やヨーロッパにも広がっているといえるだろう。移民が増えたら日本文化はなくなる、日本が壊れていく、そんなつぶやきを日々ネットで目にする。攻撃の矛先は移民だけではない。最近も、杉並区の区役所ギャラリーでLGBTQの展示を行い、レインボーフラッグなどを掲げたことについて、杉並区議の田中ゆうたろうが「活動家に乗っ取られた杉並区役所」と中傷コメントを出した。

 カナダでも、リベラルなトルドー首相が辞任し、現在はやや揺り戻しがあるというが、あらゆるマイノリティが共存できる町トロントで暮らした山田さんが得た感覚、そこから見えた希望は、簡単に揺らぐものではないだろう。

神は路上にいる

 山田さんはカナダに根付いていたキリスト教の言葉も紹介してくれた。

「「神は天上ではなく路上にいる」という考え方が浸透しているんです。キリスト教も宗派によっていろいろ違いが出てきてしまうわけですが、キリスト教神学ベースの考えでは、基本的には「イエスがどういう生き方をしたか」というところに立ち返るんですね。多分仏教もそうですよね。貧しい人がいれば食べ物を分け、命は無駄にしない、殺さない、慈悲の心。それがカナダにもあって、教会の困窮者支援とかフードバンクも活発だし、街中の広告もNPO関係のものがとても多くて、町全体がリベラルなものに包まれているという感じを受けました。」

 神は路上にいる。この言葉から私が思い出すのは、高3の時美術史の授業で見せてもらったカラヴァッジョの描くキリストや聖人たちの姿だ。汚い場末の店に現れるキリストが描かれ、涙を流すマグダラのマリアはカラヴァッジョの知り合いの娼婦がモデルになっていた。聖母マリアのもとにひざまずく老農夫の足裏は泥で汚れている。カラヴァッジョは荒くれ者として知られており、殺人を犯して逃亡生活も送った異色の画家だ。彼の自画像は醜くゆがんでいる。そのような人生を送った彼だからこそ、一庶民としての視点、その底辺から見えた景色、その中に見たキリスト像があり、薄汚れた町の日常風景のなかにキリストを描くことができた。私のなかで、悪人正機とカラヴァッジョ、そして「神は路上にいる」という言葉は自然とつながる。山田さんも釜ヶ崎で活動したころに出会った神父さんからこんな言葉を聞いている。

「メタノイアという言葉をくださった神父さんでもあるんですが、その方が言っていたのが「神は低みに立つ」ということでした。世の中で低く、小さくされた人たちのところに神はいるのであって、祭壇とか高い天の上にいるのではないということを教えてもらって、僕としては衝撃だったんですよね。関西学院もそうだったんですが、教会の立派な綺麗な建物でお祈りして荘厳なオルガンの音を聞いて、というのがキリスト教のイメージ。それが逆であると。イエスは路上で物乞いをしているのだって言われて。」

 実際に、トロントには物乞いのようなイエス像が路上に置かれており、キリスト教が世界に広まったのはこういう思想に立脚しているからだ、と合点がいったという。みすぼらしい物乞いがイエスであるかもしれない。それは誰も見下されてはならないし、見捨てられてはならないということでもある。すべての人のなかに神は宿りうるという思想は、一見イエスを唯一絶対とするキリスト教イメージと相反する。しかし、宗教の始まりに目を向けるとき、そこにある思想はシンプルで普遍的であり、あらゆる宗教が根底でつながる可能性を示唆しているのかもしれない。

 メタノイアとは「悔い改め」「ものの見方が180度変わる回心」を意味する。関西学院の卒業生として答えたインタビューの中で、山田さんは「イエスが出会いに行った人たちの側から社会を見直せ、というのがメタノイアだと思います。抑圧する側でしかあれない自分の見方で判断していては気づけないことを、移民難民の子どもたちから教えてもらう。そこは忘れるなよと肝に命じるためにも、団体名にしたんです」と答えている。

 山田さんはファンドレイザーの資格も取得している。クラウドファンディングでの寄付の集め方などを含め、いかに無理なく運営していけるか、という視点は社会奉仕活動の肝にもなる。

「仕事になるかどうかで、関われる人の数が増えるかどうかが決まる。増えれば子どもたちにとってよりよい環境が作れることを、前の仕事の時から感じていました。働く人が身を削りすぎちゃう傾向がどうしてもあって。ちゃんと持続可能に働ける将来像を描いて、子どもたちのそばにいてもらったほうが長く続くし、(活動も)広がっていくと思っているので、お金は大事だなということですよね。」

 現在は助成金と寄付でメタノイアを運営しているが、払える資力のある家庭からは3000円の月謝をもらっている。メタノイアからの度重なる寄付のお願いはSNSでもよく目にしていた。何度かクラファンをやった経験からすると、常にお願いをしていくことは大変そうに感じるが、山田さんは別の側面について語ってくれた。

「皆さんも無限にお金があるわけではないし、家計が苦しいなかで助けてくださっているので、申し訳ないとも思いつつ、でもやっぱり寄付を集めることで、気持ちを寄せてくれる人が可視化されるという効果もすごくあると感じます。著名な方がそっと寄付してくださることもあって、そういう方のコメントや励ましをもらうと、ちゃんと見ててくれる人もいるんだなって励まされるし、それを仲間に伝えて共に喜べる。ちゃんと子どもたちの姿を伝えて、実情を伝えていくという意味でも、寄付集めは大事かなと思います。助成金より市民運動感がありますしね。どちらかというとそちらに力を入れていこうかなと。」

 寄付を通してつながりを実感する、たしかにそれは助成金にはない大きな違いだ。これまで13回「りんりんふぇす」という、ホームレスの自立支援を目的とする雑誌『ビッグイシュー』を応援する音楽イベントを続けてきたが、一緒に実行委員をやってくださっている「つくろい東京ファンド」の稲葉剛さんも「助成金はとらない」主義で運営しているとおっしゃっていた。大きな額をもらえる年もあるが、同時に報告のための事務作業も増え、それは必ずしも安定した運営にはつながらない。自分たちのやり方やペースを守れないという意味でも、助成金頼みの運営は実は危うさを持つ。

 「NPOは大概怪しいですね」「ガンみたいな利権系まだまだあるんだよなあ」と書き込むだけの見当外れな人々には想像しえない真摯さをもって、山田さんは運営に向き合っている。

「助成金で場所を開いたとしても、ランニングコストはちゃんと寄付をベースに回すように設計しておかないとまずいですね。助成金が尽きると同業他団体がみんな同じことで悩む。そこを打破する仕組みや考え方が確立できたら。そういうものをシェアして、こういう教室を誰でも運営できるようになったらいいなと。これも挑戦の一つですかね。」


(つづく)

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著者略歴

  1. 寺尾 紗穂

    シンガーソングライター・文筆家。ライブや映画・CM音楽制作、ノンフィクションやエッセイ、書評などの分野で活動。アルバムに『楕円の夢』『たよりないもののために』『わたしの好きなわらべうた』、著書に『彗星の孤独』(スタンド・ブックス)、『南洋と私』(中公文庫)、『原発労働者』(講談社現代新書)など。

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