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『プシコ ナウティカ』はじめに & 序章冒頭

【ためしよみ公開】

第79回カンヌ国際映画祭で上映された、濱口竜介監督最新作『急に具合が悪くなる』(6月19日全国公開)。

その劇中劇の重要な着想源となった文化人類学のロングセラー『プシコ ナウティカ』より、「はじめに――『ものがある』という経験」と序章冒頭を公開します。


はじめに――「ものがある」という経験

 私がイタリアに魅了されたそもそもの原点は何だったかといえばそれは、「ものがある」という経験だったように思う。不思議なことに、この国にいると、「ものがある」と強く感じるのだ。

 

 それは「木の文化」に対する「石の文化」というところから来ているのだろうと初めのうちは考えていた。いつかは朽ちる木で造られた建造物に対して、それよりも比較的長い時間存続する石という素材のもつ重量感が関係しているのではないかという意味である。古代ローマ人が、「永遠」を石の建造物によって感得しようとしたように。

 

 だが、「ものがある」という感覚を呼び起こすのは、必ずしも壮麗な大理石や凝灰岩の彫刻や建築物にかぎられない。道端にぬっと立つカサマツの木、丘の上の町の至るところにある階段、青空市場に並んでいるトマトやナス、食卓に置かれたワインのグラスや一塊のパンでさえ、「そこにある」というアウラを静かに、しかし強烈に発しているのである。

 

 次に思いついたのは、地中海の太陽の強烈な光と乾燥した空気のせいでものの輪郭がはっきりと知覚されるために、その物質性が生々しく感じられるのではないかという考えであった。この国では、色でさえ独特の物質感をもっている。建物の壁の赤ひとつとってみても、壁が赤いというより、赤という色そのものから建物が生まれてきたという感じなのだ。色彩は、ものの表面を飾る付属物ではなく、それ自体生きていのちをもっているかのようである。

 

 古来多くの詩人や画家、哲学者たちがイタリアにやって来て、そこでインスピレーションを得てきたというエピソードには事欠かないが、そこには、この「ものがある」という知覚の経験が関係しているのではないのだろうか。例えば、一人の作家が書きつけた次のような文章に出会うとき、私は、自分が経験したものときわめてよく似た感覚を覚える。

 

ローマの夏の魅力は、暑さの中の物たちのこの沈黙だ。人がどんなに語りかけようとしても、石はひたすら石に、草はひたすら草に徹している。ローマの街を歩くと疲れるのも、おそらくこうした物質の拒絶感のせいなのだ。ぼくらは、ふだん使いなれた扉でも、家でも、敷石でも、庭の木立でも、まるで見知らぬもののようにそっ気なく立ちはだかるのを見て、ほとんど狼狽に近い気持を感じる。

[辻 1999:17]

 

 「ものがある」という感じは、私にとって「ものが沈黙して、ある」という感覚として感じられたのだが、この文章を残した辻邦生も「物たちの沈黙」と表現している。ただ私の場合、それを「物質の拒絶感」としては必ずしも感じなかった。拒絶感というより、何かしんとした不思議な安らぎを、「物たちの沈黙」は生じさせる。それはもののプレゼンスを、ひいては世界のプレゼンスを実感させる。確かに、作家もまた続けてこう書いている。

 

だが、幸運な人は、ローマの夏の物質のこの拒絶感のなかで、はじめて物質の持つ魅惑というものを発見する。それは物の新しい切断面を見るようなものだ。〔中略〕ふだん人間と慣れっこになった物たちは、物であるよりも、物の記号にすぎない。通りは、通りという記号、広場は、広場という記号である。

 だが、物質が人間を拒絶するとき、広場は記号的存在をやめ、広場という物質に還る。ぼくがナヴォーナ広場で息を呑んで立ちつくしたのは、〔中略〕ただ広場という空間の実在感が圧倒的に迫ってきたからだ。〔中略〕ローマで、一度こんな魅惑に捉われた人は、もう故郷も家庭も棄てて、この都会にきて、住みつくほかない。古来、何人の詩人や芸術家がこうした運命を辿ったことだろう。

[辻 1999:17-18]

 

 私が、「イタリアという謎」に魅了されたのは、こうした物質のもつ魅惑のせいだったのかもしれない。ものの機能や使用価値の裂け目から垣間見える、存在の無言の輝きが私を魅惑する。このことは、相手が人間であっても変わりはない。イタリア人の「そこに人がいる」という存在感には本当に圧倒されるものがある。だがそれは彼らが単によくしゃべるからではない。確かにイタリア半島の住民には、日本列島の人々と比べてよくしゃべる人が多い。だがこの「おしゃべり」がそのまま人間のプレゼンスにつながっているとは思えない。

 

 ただ、この長靴の形をした半島の人々の凄まじいまでのおしゃべりに、こちらの頭がくらくらしてしまうような経験を何度もくぐった者にとって、そのおしゃべりには、何かをコミュニケートする以上のものがあるのではないかという思いを禁じえない。それは、おしゃべりの過剰によって言葉の向こう側、あるいは言葉の手前にある沈黙の無のなかに、発話する自分自身を溶かしこもうとするものなのではないか。そこでは、「おしゃべり」と表裏一体としてある沈黙、「人のなかにある、ものの沈黙」とでも呼ぶべき次元が、しゃべることの過剰による自失のまっただなかに召喚されているように感じられる。

 

 ものと違い、言葉を話す人間は、おそらく言葉を過剰に用いることでしか言葉の外を指し示すことができないのだろう。そして、過剰なおしゃべりのただなかに自己を失うことによってだけ、「ある」の次元が垣間見られる。人が、あるいはものが、魅惑的でエロスを感じさせるのは、その人あるいはものが、この有の世界にだけ存在しているのではなく、有の世界を踏みぬき、有の世界の外を自らの内に折りたたんでいる、その分だけではないだろうか。

 

 イタリアの精神保健の有名なモットーに、「近づいてみれば誰一人まともな人はいない(Da vicino nessuno é normale)」という言葉がある。実際フィールドでときどき感じられるこの感覚には、えも言われぬ「おかしみ」が伴っている。そこには、それぞれの存在の特異性の現前が感じられる。イタリアに暮らしていて感じられる、「ものがある」という感覚、「人がいる」という感覚、これとイタリアの精神医療/精神保健の現場で生じたことにはおそらく何か通底しているものがあるにちがいない。この直観が、以下の本書の論考を導いている。

序章 精神医療をめぐる「生」の人類学

1 聖人から狂人へ
精神医療というフィールドとの出会い

 本書はイタリアでの精神医療についてのフィールドワークをもとにしているが、そもそも私がどうやって精神医療というフィールドに出会ったかというところからはじめたい。大学院で人類学を学んでいた私は、カトリックにおける聖者崇拝に興味があり、現代におけるその展開について研究するのも面白いだろうと考えていた。

 

 20世紀の最後の年にイタリアを訪れたのだが、そのときラヴェンナの郊外にあるサンタポリナーレ・イン・クラッセ聖堂に行った。ビザンチン様式のこの教会は初期キリスト教建築の傑作で、後陣部分にあるモザイクが特にすばらしい。できるだけ近くから見ようと内陣のそばに立って黄金に輝くモザイクをずっと見上げていた私が、疲れたので少し聖堂の入口の方に目をやっていたとき、一人の大柄な男がゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。彼は、立入り禁止になっている内陣の前の柵を悠々と乗り越えて内陣に入ってゆき、聖職者席にどっかと腰をかけたのである。しばらく黙っていた男は、おもむろに顔を上げると静かに何事かを語りはじめた。内容は全くわからなかったが、何か人を惹きつけるものがあった。しばらくして聖堂の係員がやって来て、男を促し外に連れ出した。

 

 この出来事は不思議な印象を私に残したのだが、その後ずっと忘れていた。次のきっかけはシエナだった。丘の上に築かれたこのトスカーナの中世都市に留学していたとき、私は町の中心部から少し外れた「貝のコントラーダ」に住んでいた。近くにシエナ大学の文哲学部のキャンパスがあり、そこの図書館をときどき利用していたのだが、あるとき、いつもチーズを買っていた店の主人から、そこがもともと精神病院だったということを聞いた。そのときは「へえ」と思ったのだが、このこともその後忘れていた。

 またしばらくして、たまたま久しぶりに観たアンドレイ・タルコフスキーの映画『ノスタルジア』にこんなシーンがあった。ロシアの詩人アンドレイは、通訳のエウジェニアと一緒に訪れたトスカーナの温泉で狂人のドメニコと出会う。そこでは湯治客がドメニコの噂話に興じている。その会話を聞いたアンドレイはエウジェニアに言う。

「なぜ彼のことを狂人(pazzo)だと言うのだ、彼は狂人じゃない、信仰があるだけだ」

「イタリアにはこういう狂人がたくさんいるの。精神病院を開放したけど、多くの家族は家に置くのを望まなかったから。それで彼らはまた自分の内にひきこもるしかなくなったのよ」

 タルコフスキーがこの映画をトスカーナで撮影したのは1982年だが、調べてみると、その4年前の1978年に法律180号が成立し、この法律を契機として精神病院が開放されることになったという。そして、最終的にイタリア全土の公立精神病院がすべて閉鎖されたのは1999年であった。そのことを知って初めて、あのラヴェンナでの出来事の背景にあるものが少し見えてきた。その後、シエナからイタリア中部の別の町に移り、そこの大学で学んでいたとき、まさに私が講義を受けていた建物が、以前には精神病院のなかの一つの病棟だったということを知った。そのとき、どうやらこのことについては一度きちんと調べなければいけないと私は思ったのである。

 

 人類学者が自らのフィールドをどのようにして決めるのかは、各々興味深い過程を経るようだが、私の場合、こうした偶然ともいえる出来事の積み重ねに導かれて、意識と身体が次第にある問題のほうを向いてゆき、結果的にイタリアの精神医療について研究することになった。こうして「聖人(Santi)」について研究しようと思ってイタリアに渡った人類学者は、気がつくと「狂人(Matti)」を相手にしていたわけである。



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【目次】

はじめに――「ものがある」という経験

序章 精神医療をめぐる「生」の人類学

第I部 イタリア精神医療の歴史と思想
第1章 イタリアにおける精神医療の展開
第2章 フランコ・バザーリアの思想とその実践

第II部 イタリア精神保健のフィールドワーク
第3章 病院から出て地域で働く
第4章 主体性を返還する
第5章 一人で一緒に生きる
第6章 〈演劇実験室〉と中動態
第7章 歓待の場としての「わたし」と「地域」

終章 生きているものたちのための場所


参考文献
索 引

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著者略歴

  1. 松嶋 健

    京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。博士(人間・環境学)。京都大学人文科学研究所研究員。広島大学大学院人間社会科学研究科教授。
    おもな共著書に『身体化の人類学認知・記憶・言語・他者』(世界思想社、2013)、『自然学来たるべき美学のために』(ナカニシヤ出版、2014)、『世界の手触り』(ナカニシヤ出版、2015)など。

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