神は低みに立つ(3)
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日本語教師養成に力を入れる
山田拓路さんはメタノイアの活動の一環で文部科学省の委託仕事も受けている。それは日本語教師養成の仕事だ。
「日本語教育学会と文科省が協力してやっていた研修なんですけれど、学会としてそれを続けるのは体制面からしてちょっと難しいと。立ち上げて3、4年はなんとかやったものの継続はできないという決議がなされたらしく、公募が出た時期があったんです。ちょうど教室で子どもの日本語教育の仕事をしていたから手をあげさせていただいて、2年継続していて、今年(2026年)やれれば3年目です。」
山田さんによれば、従来の日本語教師の資格は主に留学生などの成人を教えるための資格であり、そのまま外国人児童には適用できないという。
「留学生向けの先生が子ども向けの講師もできるようになってもらうための講座なんです。国も今の「日本語教師」資格のままでは子どもを教える現場に立たせられないと考えて、ずっと予算をつけています。政権が変わっても文科省の官僚たちは変わらないので、そんなに政策は大転換しないですから。高市政権でもむしろちょっと予算が増えるようです。支持基盤に経団連もある以上、労働力の確保を犠牲にしたら、もう政権が持たない。けど、保守勢力は高市政権の一番の支持基盤だから「秩序ある外国人との共生社会」みたいなものも出てきたりはしたけど、やっぱり日本語教育というのは左右問わず進めることの合意が取りやすいんです。右の人は同化政策として使えるし、左の人は学びの権利として(使える)ってことで、あんまり揉めないんです。」
内閣官房HPにアップされている「外国人の受入れ・秩序ある共生社会実現に関する関係閣僚会議」の決定事項を見ていくと、「不法滞在者ゼロプランの強力な推進」や帰化の審査における「
子どもに日本語を教えられる教師は不足している。そのしわ寄せは、NPOなどの団体にいく。
「われわれ(が委託を受けている)の国の研修も年間 100人しか修了者を生み出せないんで、頑張っても1年に各都道府県で2人とかです。東京都に 2人増えたって全然足りない。そういうなかで子どもはどんどん増えているので、現場はNPOもボランティア団体も含めてみんな困っていますね。自治体は、子ども教えてあげてください、とつないでくるんだけど、お金はくれません。悲鳴をあげています。本質的な対策はせずに、共助みたいなところに無理やり委ねている。」
最近電車で見かけた「子ども食堂」
山田さんによれば、東京学芸大学などが、小学校教員免許にプラスして日本語教師免許が取れるコースを始めたようだが、よほどやる気のある学生でなければ難しく、人数を大きく増やすには足りないだろうとみている。本来、安倍政権で大きく移民受け入れに舵を切ったときに、同時に国策として早々に始めなければいけなかった日本語教師育成。
「普通に仕事になってきたのも最近なんで、みんなプロとして経験を積める時間がなかなかない。教えている人も試行錯誤なので、上手い先生に当たれば伸びるんですが。きちんと教えられる人材が足りていないので、ほとんどの子は中途半端な支援を受けても伸びないです。自治体が枠を増やしたところで、効果が出るにはもう一工夫必要、時間がかかると思います。」
山田さんには、母語を大切にしてほしいという思いもある。
「日本語だけじゃなくて、母語も大切にとか、
自分の文化を大切にしながら教えたいっていうのは研修でも言いま す。ただ、母語というのは外国で育つと難しくて、 クルドの子たちも〔日本語の環境で育つと、母語で〕 親としゃべれない子はやっぱり多いんですね。この間、 親が強制送還になって一緒に帰った子も、 お兄ちゃんはギリギリしゃべれるけど、 妹二人はもうお母さんとはしゃべれないらしくて。 お母さんと仲良いんだけど、しゃべれないっていう。 それがどんな感覚なのかわからないですけれど。 母語は努力したり教えてもらわないと自然には難しい。 それはアメリカだろうがカナダだろうが同じで、 みんな二世は英語になっちゃいますね。」
クルド人児童が小さいうちに強制送還で戻れば、またトルコ語を吸収していけるだろうが、すっかり日本語で思考するようになった中高生などには大きな困難があるだろう。手厚いトルコ語教育支援などがあれば別だが。母語のクルド語については、トルコでは大学や民間の教室を含めて安心して学べる場が現状ではなくなっている。クルド差別の残るトルコでは、差別をする相手の言葉であるトルコ語を学んで生きていくしかない。日本に戻りたい子がいても不思議ではない。
夢は国連職員とサッカー選手
現在メタノイアの川口の教室は、山田さんのほかにスタッフ3名とボランティアが共に運営するが、正規スタッフとしてクルド人青年Mさんの採用が決まっている。すでにアルバイトとして1年半の勤務経験があり、大学卒業というタイミングでメタノイアへの就職が決まった。
「4月はビザの切り替えで一時的に就労許可が出てないので、2、3か月お休みですが、またフルタイムで戻ってくる予定です。彼は13年間仮放免だったんですけど、ついに留学ビザ、在留特別許可が出たんです。池尾さんの本(『仮放免の子どもたち』)にも出てる方ですね。彼は、夢が国連職員とサッカー選手っていう全然違う職業二つなんです。サッカーの練習をしながらここで働いている。
彼がやりたいのは、やっぱり自分の経験から、世界の難民の次世代の人たちの育ちとか学びの環境をより良くすることで、自分のミッションとしてとらえている。国連のような舞台でやりたいと言っています。でもそれは30~40代のいろんな実践経験を積んだ人たちが活躍するところなので、たぶん10年~15年ぐらいはうちを皮切りに、いろんなNGOで働いて、日本国内のさまざまな難民や非正規滞在者の様子を目にしてからですね。彼の大学での専門は社会学なので、実践経験を積んで、それで世界に出たいと。」
Mさんは一方でサッカー選手という夢も諦めていない。背景には入管職員の言葉で夢を諦めさせられた過去があった。
「高校の時に本当に県選抜に選ばれるほどの実力があってプロを目指してたけど、入管職員に「プロって仕事だぜ」「あんたは仮放免だから仕事できないでしょ。プロ選手になる権利がない。意味ないからやめな」と言われて、(サッカーを)やめたんですね。でもその時のことがずっと納得いかないらしくて。実力が足りなかったから諦めた、だったらいいんだけど、そうじゃなくてやめさせられたっていうのを一生抱えながら生きるのは嫌だと。自分の人生で今最大の挑戦をやれるようになったんだから、再挑戦しよう。それで実力が足りないとプロサッカーチームから言われて区切りをつけるのは十分納得できるということですね。朝、僕が来ると、今日も朝6キロ走ってきました、という感じで(笑)、トレーニングに力をいれてるみたいです。」
彼のケースは池尾伸一さんの本(『仮放免の子どもたち』講談社、2026年)にも紹介されている。私がこの本を読んでショックを受けたのは、子どもたちの教育を受ける権利もこの数年でますます制限されてきているということだった。以前から、仮放免という立場は、県をまたいだ移動を禁じられている。ただこれまでは、外国人生徒が部活動で県境を越えて試合に行くときには、事前に入管に許可をもらえば問題なく試合に参加できた。しかし、ここ数年、試合という理由でも許可が下りなくなったという。池尾さんの本でも、「キャプテンなのに試合に出られない」という悲痛な経験が語られる。そんな思いを外国ルーツの子どもたちにさせていることが情けない。
だからこそMさんのような存在は稀有な希望だ。夢をへし折られても、前を向き、別のルートから再挑戦する。そういう先輩が身近にいるということが、後輩の子どもたちをどれだけ勇気づけるだろう。
「彼の大学での研究内容も非正規滞在者の人生というテーマでした。彼自身、解体(事業)の社長とかやったら儲かると思うんですけど、ここでの支援を仕事に選んだ。彼の弟 2人もサッカー選手になる夢を持っている。次の世代がその夢を最後まで持てるようにしたい、誰にも止められず、やりたいと思ったことがやれる世界を作りたいと思って頑張っている。大人世代で有権者だし在留資格もいらない、国籍もあって言葉もわかるわれわれが黙ってるわけにいかない。」
山田さんは、トロント大で学んだ時期、Facebookを創設したザッカーバーグのハーバード大学での講演をネットで知り、「われわれの取り組むべき課題は誰もが目的意識を持てる世界を作り上げること」という言葉に感銘を受けた。
「その中に、非正規滞在の少年の話も出てくるんです。非正規滞在の高校生に何のプレゼントが欲しいって聞いたら、社会正義の本が欲しいって。自分はもう来年アメリカにいられるかもわからないのに、自分自身より友人の困難を気にかけていた。身分も安定しない将来もわからない少年が世界をより良くしたいと考えている。われわれだってその責任を果たす必要があるんじゃないかって。」
気の重くなるニュースばかり続くと、悲観的な気持ちにもなるが、山田さんの言うように、この国に生きる人間として社会をより良くする責任は捨ててはならないものだ。
最近ではカメルーン出身の男性が地裁、高裁で難民認定され、入管の不認定が取り消されるという判決が下された。日本も難民条約に加入している以上、第33条・第1項の、難民を迫害の危険がある国に送還してはならない(ノン・ルフールマン[=非送還]原則)を守らなくてはならない。身体中に拷問の跡が残っていたという男性に対する今回の判決には当然道理がある。弁護士や市民だけでなく、裁判官のなかにも役人のなかにも、物事を良識的に前進させようと奮闘する人たちはいる、諦めてはならない、と改めて気づかされる。
ヘイトに対抗するには
移民の問題を眺めていると、ヘイト動画が広まる速度と、それへの反論やまっとうな主張が広まる速度や勢いの違いに暗然とした気持ちにもなる。それでも地道に発信していくことしかできないのだろうか。
「僕としては対抗する手段を模索するべきだと思いますね。ヘイトが勢力を広げたんだったら、われわれもちゃんと研究して戦う必要がある。正確な情報を流して、場合によってはそれを収益化して、ちゃんとお金も入るように。たくさん見てもらえる形にして発信する。トランプ政権もあと2年半待てばたぶん支持率は下がる。次はリベラルの人がなるだろうと。きっと3年後はもうちょっと世界は良くなってると僕は思っていて、その時にちゃんと(自分たちの領域を)広げる。陣取り合戦みたいなんだと思う。行ったり来たり、ゆり戻しが絶対双方にある。保守政権が退陣したあと、全力を出してどこまで広げられるか。あんまり僕は心配してないんです。」
正直なところ、トランプが退陣したとしても、日本が今よりまともになるのか、そのイメージはまだ私には湧かない。国家情報会議設置法につづき、スパイ防止法の検討も本格化しそうな内向きで保守的な勢いが今の日本社会にはある。けれど、山田さんの力強い言葉は、中傷を受けながらも淡々と目の前の人々のニーズに応えて活動してきた地道さから生まれているのだと思う。どれだけ悪法が通っても、実際に強制送還で直接のつながりを絶たれても、山田さんには当事者たちの前を向く声が聞こえてくる。トルコに返されても日本に戻る道はきっとある。一人ひとりが希望を失わなければ、道は続いている。
教室には、通ってくる子どもたちが書いた願いごとや、人から「いいね!」と言われたことなど、さまざまな「声」が掲示されている。「2025年私の5大ニュース」というのもあって「ダンス係になってとても楽しかった」「がっこでめちあたのしいです」などと書かれている。「がっこ」の上に「がっこう」と書き直してある。ハロウィーンの思い出なのか、「おかしがいっぱい集まった」というほのぼのするものも。
「去年の七夕のとき、ある子どもは「やさしい人になれますように」
と短冊に書いたんです。ちょうど参政党の演説があって、外国人危ないみたいなことを、蕨駅前で言ってて。みんな競うように大声張り上げていたときに、その子はそう書いた。どちらがいい人間としての心を持っているのか。クルドの人がいると、社会が悪くなるんじゃなくて、 やさしさを取り戻せるそういう主体になってくる。 やることは続けないといけないかなって思います。 日本語の授業で先生が「春って知ってる?」と聞いたら、1年生ぐらいの子が「春は優しい風が吹くとき」と言ったという話も嬉しかった。なんて素敵な言葉だろうと。そういうふうに日本語で豊かに表現できるということは、たぶんそれを育んでくれる学校の先生や周りの人、人の心を持った地域の人がいるからじゃないかと、とその子の言葉から感じました。僕らだけだったらいくらやっても変わんないけど、いい先生もいっぱいいる。話を聞いてくれない先生とか、いじめを見過ごす先生ももちろんいますけどね。」
いつのまにか、中国の子どもたちが3人集まって宿題をする時間が始まっていた。それぞれ学校が違う。自分のクラスの話を母語でしているようだった。芝園団地がある川口には中国の人が多い。当初は、芝園団地がレイシストの標的になっていたが、ごみ問題なども改善に向かい、標的は川崎の在日に移った。その後、ヘイトスピーチに刑事罰を科す条例が川崎にできると、レイシストの活動は川口のクルドに移ってきたのが現在だ。
たしかに、悪意ある動画で最も攻撃されているのはクルド、それから最近ではムスリムの人々などだが、「中国にすでに侵略されている」といった言説も目に付く。選挙の時期、「高市さん上げ」と同時に「中国を下げる」動画制作者がクラウドワークスで募集されていたことも記憶に新しい。私の三女が通っている学校は比較的リベラルな教育で知られているが、現政権について解説しつつ疑問を呈した社会の先生について、クラスメイトが「あいつ中国人じゃね?」と言ったという話を聞いた。おそらく、政権を批判する奴は日本人じゃない、といったネットの言説に影響を受けたものだろうが、クラスに中国ルーツの子もいるなかで、嫌な世の中になったものだと溜息がでた。子どもはいつの時代も大人社会を映す鏡だ。
「子どもはよく喧嘩したときに(差別的な言葉が)出ちゃうんですね。悔しくても手出しちゃいけないって言われてるから、最後の手段として差別的なことを言って攻撃する。中国人のくせにって。
以前、学校教員を目指す人たちのクラスで講演したことがあったんですが、こんな質問を学生さんから受けました。「外国人の子どもの教育は大事だと思う。でも先生も人手不足のなかで、まずは日本人の子どものことをやるべきじゃないんですか」。学校の先生になりたいと思う人のなかに、そういうところで線を引こうとする人がいるんだと、僕は結構びっくりしました。」
子どもの育ちにおいて、そのときそのときの教育が重要な意味を持つ。放置されていい子どもなど本来はいない。しかし、「日本人が大事だからそちらを優先して、外国人は後でいい。だってここは日本なのだから」という考えは、おそらく若い教員志望者のなかにもそこそこいるのだろうと思われる。高市さんが首相になる数年前に、埼玉の教員養成系の大学に通っていた30代の知人から、「当時の同級生が今たくさん教員になってるけど、ほとんど高市さん支持だよ」と聞いたこともある。
平等とはなにか、公平さとはなにか、そうした哲学的な問いを深める機会もなく、ただ過去の「日本の偉人」について習う表面的な道徳の授業しか受けていない若い世代にとっては、無理のない話かもしれない、とも思う。以前から感じていることだが、日本の「道徳」教育の中には、差別や偏見を受ける人々の話が登場しない。ホームレスをさげすむ大人が多い社会のなかで、その視線が本当に妥当なものなのか、子どもが教室で考える時間があってもよさそうなものだが、そうしたテーマは教科書に取り上げられない。強い意志を持ち、大きな夢を実現する実行力を持った人こそ素晴らしい。そういう道徳の教科書が伝える価値観からすれば、高市首相も彼らにとっては「偉人」や「希望」に見えるのかもしれない。
「失敗」を引き受けようとする挑戦
硬軟まざった外国人政策が明らかになると、移民排斥派の最も過激な層から「高市にだまされた」「小野田に裏切られた」といった不満も散見するようになったが、ようやく「日本語教育」は国の主導する外国人政策の一環として進められることになった。それ自体は希望のあることだ。ただし「移民アレルギー」のような人たちの勢いは簡単にはおさまらないだろう。「ヨーロッパの失敗を見ろ」と彼らは言う。「入れすぎたら、ああなるんだ」と。ドイツの例などをみると、確かにバランスというものもあるのかもしれない、とも考えさせられるが、山田さんはどのように見ているのだろうか。
「「移民を入れる数の上でのバランス」(について)は、今すでにある教育や医療・福祉、自治体行政など公的なインフラが崩壊しないように、また差別・抑圧が行われないように受け入れていくことが必要だと思います。 経済的利益だけのために無理やり移民を入れて、インフラの受け入れ体制整備や差別をしないための教育・啓発は後回し、というのがここ数十年の日本社会がやってきたことです。その結果生まれたひずみの責任を移民に押し付けるのは、理にかなっていないと私は思います。」
人は知らないものは怖い。差別や偏見は誰でも多かれ少なかれ抱いているものだ。今の社会に足りないものは、「インフラの受け入れ体制整備や差別をしないための教育・啓発」という指摘はまさにその通りだろう。これまでも移民が多い地域の自治体は、多文化共生の窓口があったり、施策が他地域より進んでいたりする。そうした先進自治体が必要に応じて共生を目指してきたように、「公」が誤解や偏見をとく情報発信や交流の機会を確保していくことが、人々の理解や安心を促すことになるのだと思う。
「ヨーロッパは「失敗」したのではなく、むしろ正義に基づいて人類社会の「失敗」を少しでも引き受けようとした挑戦の結果だろうと捉えています。「自分が確保した富を奪われたくない」というのは生き物としての自然な感情だと思うので、右派の台頭はいつの時代も起こるべくして起こるのだろうと思います。一方で「人類社会みんなで幸せになる」ことを目指して、人道や正義を掲げて社会構造の変革に挑戦できることが、人類に与えられた恵まれた能力でもあると思います。」
誰かとの出会いによって、ものの見方がガラッと変わること。「メタノイア」という言葉を冠した小さなNPOは、突然の別れや小さな喜びを受けとめながら、日々外国ルーツの子どもたちと歩む。山田さんのまっすぐに太陽の光に向かうかのような言葉は、愛とは本来、垣根や境のないものである、ということを人々に思い出させる力を持っている。



