第6回 『東南アジアを学ぶ人のために』私はこう読んだ(パネルディスカッション)
宗教、ポップカルチャー、成長する経済、そして日本国内の身近なコミュニティまで――変化の激しい東南アジアの「今」を、私たちはどのように読み解き、学べばよいのでしょうか。
2026年1月に刊行された『東南アジアを学ぶ人のために』(世界思想社)の出版記念イベント「東南アジアの読み方、学び方――プロの視点×学生のリアル」が開催されました。
第2部ではゲストとして、青山学院大学准教授のヴィニットポン・ルジラットさん、慶應義塾大学総合政策学部の緒方諒(おがた・りょう)さん、上智大学総合グローバル学部の石谷羅楽(いしがい・あみら)さんとともに、編者の中西嘉宏さん・野中葉さんとで、この『東南アジアを学ぶ人のために』をどう読んだのか、議論を深めていきます。
左から中西嘉宏さん、ヴィニットポン・
ギフト 青山学院大学のヴィニットポン・ルジラットです。ニックネームはギフトです。贈り物のギフトと一緒です。タイ人はみんなニックネームを持っています。たぶん本名を言っても、私の親類でない限り知らないことのほうが多いと思います。逆にギフトのほうが知ってる人が多いです。
私はタイの北部出身で、大学はチュラロンコン大に行って、その後日本に来て、修士と博士は東大の学際情報学府でとりました。主に日本の若者文化、歌い手やゲーム実況者などの研究がメインです。
一応、私のアイデンティティはオタクで腐女子です。それからもともとゲーム廃人でした。今は時間がなくてあんまりできていませんが。前はプレイ課金が7桁(円)でまでいってました。そしてタイではインフルエンサーとして活動しています。Facebookで18万人ぐらいのフォロワー数を持っていて、日本の情報を発信しています。
緒方 慶應義塾大学総合政策学部4年の緒方諒です。野中先生のゼミに所属しています。私は2022年に入学して、5年目になります。あいだの1年は、インドネシアのジョグジャカルタという町に留学していました。つまり私の興味関心としては、主にインドネシアにあります。最近は、日本国内にいるインドネシア人ムスリムの方や、日本の団地における地域の多文化共生の取組みに関心を持っています。
石谷 上智大学総合グローバル学部1年の石谷羅楽です。第1部で登壇された久志本先生のもとで学んでいます。高校2年生の頃に、カナダのトロントに移民に関する探求をする目的で留学をしました。その後、日本の難民問題にも関心を持つようになって、その中で東南アジアから来られた方と関わる機会があったことから、東南アジアにも関心を持つようになりました。
この本の感想
石谷 私にとっては、本当に初めて東南アジアに学ぶきっかけになった本です。一番印象に残っているのが、金さんの書かれている「若者」の章です。授業で扱われるような論文なんかはやっぱり難しくて、手が出しづらいなと感じていたんですが、金さんの章を読んだ時、TikTokやインスタグラムが取り上げられていて、「あっ、めっちゃ身近だな」と感じました。
また、「もっと学びたい人のための必読文献」がすべての章に付いているという点がすごく助かっています。授業の中でレポートを書いたりする際に、どういう本を読めばいいのか、数ある本の中から選ぶのは、非常に難しいなと感じていたので。
緒方 私は今回すごく新鮮な気持ちでこの本を読みました。自分がこれまで東南アジアと聞いてイメージするのは、自分が知っているインドネシアの延長線上にあるものでした。インドネシアではこうだから、東南アジア全体としてもこうなんじゃないか、と。でも本書では国ごとのいろいろな違いが描かれていて、私の中での東南アジアのイメージや知識がどんどん広がっていきました。
ギフト 私は教員目線で言うと、特に入門書として良いなと、来期の教科書に加えようかなとも思いました。たとえば、授業の中で学生をグループ分けして、この本をテーマごとに読んで発表していってもらおうかなとか。学生たちでさらに東南アジア各国の状況や日本とのつながりを調べていくためのスタートになると思いました。ただ私としては、もうちょっとタイの話があったらいいなと。ごめんなさい(笑)。
中西 タイの話が、という指摘がありましたけれども、実際にこれは作ってみての結果なのですが、ちょっと国に偏りが出てしまったんですね。扱っているものが、どうしてもいわゆる島嶼部と言われるインドネシア、フィリピン、マレーシアが中心になってしまいました。
短く理由を言うと、実は日本で東南アジアの大陸部と言われる地域を研究している人が足りなくなってきています。私の研究するミャンマーもそうですが、タイはもっと深刻ですね。これまで充実したタイ研究者の層が日本にはいたんですけれども、今はすごく減っています。大陸部の言語は文字が独特だったり声調言語だったり、言語的な壁もあるのかもしれません。
東南アジアとの出会い方
中西 私は東南アジアとは外国として出会っていて、昔はバックパッカーがたくさんいたので、安い旅費で東南アジアに行くのが定番でした。でも今の学生さんたちにとって、東南アジアの人との出会いは、バイト先で会ったとか、中学・高校のクラスメイトにいましたという人も珍しくないわけですね。出会い方がかなり違う。緒方さんと石谷さんにお聞きしますが、今考えてみると、あの時初めて東南アジアを意識したなというタイミングはありますか?
緒方 正直に言うと大学に入るまでは、ほとんど東南アジアに接点がありませんでした。でも慶應のSFCで入学前に言語のガイダンスがあって、上級生が自分たちの専門にしているそれぞれの言語をプレゼンしてくれたんです。その時のインドネシア語の紹介がすごく楽しそうで。後先考えずに楽しそうな授業を取った結果、どんどん沼っていった感じです。
石谷 私はまず、カナダへ留学していた時に移民受け入れについて探究しており、帰国後も難民支援の活動に関わっていました。その中で主に支援していたのがミャンマー出身の方だったことが出会いとしてあります。もう1つはやはり中西さんの言うように、中高時代にまわりにタイやマレーシアとのハーフの人も、中国とのハーフの人もいて、国際色豊かな友だちがいました。でもそれはそんなに意識して接していたわけではなく、すごく身近なものに思っていました。
中西 野中先生から見ると、ご自身と学生とでギャップは感じられますか?
野中 私が最初にインドネシアと出会ったのは1990年代初頭のことで、高校2年生の時です。1年間留学する機会があって、現地の高校に通いました。私はあまのじゃくで、みんなが行きたいと言わないところに行ってみたいっていう、ただ単純な好奇心でインドネシアを選びました。
私がホームステイしたお家は、お手伝いさんが住み込みで5人いるくらいのお金持ちの家でしたが、それでもまだ日本との経済格差があって、彼らが日本に来ることは本当に夢物語だった時代でした。でもこの10年ぐらいは、「今度日本に行くんだよね」っていうのがもうリアルになってきました。インドネシアの人たちが本当に来て、しかもリピーターで来る人もいます。他の東南アジアの人たちも続々と日本に旅行に来ていますよね。
そういうわけで今の大学生は、日本で東南アジアの人たちを目にする機会は圧倒的に増えていますよね。ヒジャブ(スカーフ)をつけてる人が電車に乗ってるのも普通のこととして捉えているのではないでしょうか。ただそこにアンテナを張って、その人たちと友だちになってみたいとか、その人たちのことを知ってみたいと思う学生がどれだけいるかは、まだまだクエスチョンかなと思います。
日本とタイの関係性
中西 ギフト先生に質問です。ご自身の経験も含めて、この20年でタイと日本の関わりはどういうふうに変わったとお考えでしょうか?
ギフト 2013~14年に安倍晋三・元総理が、観光客誘致などのために、東南アジアに対するビザ緩和をしました。その後、タイの観光客がどんどん増えていきます。それまでなぜ日本に来るのは夢のようなことだったかというと、ビザの取得が難しかったんです。申請の準備をするだけでも疲れます。そして準備をしたところで、申請が通らないことがあったので、なかなか挑戦できないでいました。
また、これまで日本人の方に「タイのことが好きです」って言われたら、だいたいタイ料理が好きという意味で。ほかにもボクシングやムエタイの時もありましたが、だいたい2019年まで10年以上、そんな雰囲気でした。
でも2020年、コロナ禍をきっかけにガラッと変わりました。特にリアルなのが、雑誌『anan』(2026年7月号)の表紙にタイの俳優2人が載ってたんですよ。私はこれを見て、「ハーッ! なに、これ!」とびっくりしました。今、タイのBLドラマが日本でも流行っているそうで、学生の中にもドラマが好きでタイ語が勉強したいと言う子がいます。
フロアからの質問
質問者① 緒方さんに質問です。僕はこれからインドネシアのジャカルタに1年間留学しに行くんですが、緒方さんのご経験の中で、インドネシアで楽しかったことがあれば教えてください。
緒方 私はインドネシア・ジャワ島に留学していたのですが、地域言語のジャワ語を友だちに教えてもらったのが楽しかったです。『東南アジアを学ぶ人のために』でも書かれていますが、インドネシア語という共通言語がありながら、地域ごとにたくさんの固有言語があります。家族や親しい友人同士では、地域の言葉を使って会話していることがあります。
私が住んでいたジョグジャカルタでも、日常会話にジャワ語がたくさん混ざっていました。ジャワ語ができるとその社会に入っていきやすかったり、地域の人に受け入れられやすかったりすることをひしひしと感じる場面もありました。インドネシアに行かれた際はぜひ、まわりの人がしゃべっている言語に挑戦してみるのも、すごく楽しいと思います。
質問者② ギフト先生に質問です。私はミャンマーとタイを中心に東南アジアについて大学で教えています。ジェンダーをテーマにした授業では、必ず1コマはLGBTQ問題などを扱っていて、そこに興味を持って授業を取ってくれる学生も必ず毎年います。特にタイについては16種類のジェンダーアイデンティティがあると聞きます。さらにBL(ボーイズラブ)などのコンテンツも豊富にありますが、それを見る視聴者と、実際の当事者とはまた別物なんでしょうか?
ギフト 日本における腐女子とLGBTQコミュニティは、妄想と現実で分かれているようなところがありますよね。でもタイだとそれだけでは終わらないです。LGBTQとBLは必ず一緒です。「あなたが私たち当事者のアイデンティティを使ってお金稼いでいるんだから、必ず私たちを支援してください、運動に参加してください」ということを言うLGBTQ当事者の人たちは一定数います。
それからタイではボーイッシュな女性が普通の女性と付き合うこともありますし、男性と付き合って結婚することもあります。性自認や性的嗜好を細かくラベリングしています。なのでジェンダーアイデンティティは16種類だけじゃなく、最近だと32種類ぐらいあるかもしれません。
東南アジアについての最近の関心
中西 個人的に気になっていることとして、タイのホラー映画「ユースフル・ゴースト」が話題になっていて。ほかにも映画や映像コンテンツは、特にNetflixの影響があると思うんですが、YouTubeやTikTokも含めて、世界中の交流がかなり密になってきているので気になっています。今、東南アジアで気になっていることを聞いていきたいんですが、ギフト先生はいかがですか?
ギフト 最近はYouTubeチャンネルのFIRST TAKEなどのおかげで、東南アジアでのJ-POPの第2波が生まれてきています。それから、アイドルのオーディション番組をやったりすると、東南アジアの子も、中国の子も、日本人の子も、韓国の子も集まってきます。だから地域としては東アジアと東南アジアが全体でポップカルチャーを作り合っています。これからそれがどうなっていくのかを研究してみたいです。
中西 それで思い出したのが、少し前の話ですが、サカナクションの〈新宝島〉に合わせてフィリピン人が踊った動画がTikTokを経由して中国でバズりました。国同士の枠を超えて社会の流行を作ることは、アジア全体でもありますよね。
緒方 私の関心は日本にいるインドネシアの人たちに向いています。今日本では本当にモスクがいっぱいできているんですね。いろいろな意見が社会の中で出てきている中で、モスクを運営している人たちも、さまざまな工夫をしながら、地域社会と向き合う姿を積極的に見せています。千葉にできたモスクでは、毎日ビーチクリーンをやって、その様子をSNSに上げたりしています。地域の中で主体的に貢献しようとする取り組みに、私自身も関わって研究してみたいなと思っています。
石谷 私は高校の頃から取り組んでいる難民問題や、教育についても今は関心があります。この本を読んでさらに関心が広がったので、どれをしようかと悩んでいるところです。留学をすることや、大学生という肩書や、年齢的なものを武器にして、研究できることもあるのかなと考えています。
野中 私は、これまで一方向的に、東南アジアについて調査したり、学生に教えたりすることをやってきました。けれども最近は、私が東南アジアでの研究について話している時に、そこに東南アジアから来た学生がいるっていうリアルな現象が起こっています。そういう中で、東南アジアから日本を見る視点も忘れちゃいけないなと思い始めています。
あとは東南アジア出身の学生たちと、日本で東南アジアに関心がある学生たちを、どうコラボレーションさせられるかも、最近は考えています。それによって、次の社会や次の世界への土壌が作っていけたらいいなと思っています。
「共生」を作るために
中西 こんなふうに議論して最後に「みんなで共生しましょう」みたいな締め方がきれいなんですが、そう簡単にはいきません。日本に来る前は善良な市民であっても、来日後に不法在留(オーバ
現在の日本は共生について政府も社会も現実的な対応が迫られている時期なのかと思います。日本の政府としてもまだ十分に対応できていないという意識が強いのではないでしょうか。市民社会の仕事でもあります。トラブルが起きたらケアをして、また社会を維持する仕組みを微調整していく。またトラブルが起きたらまた修正する。共生は、するかしないかの話ではなく、日常的な生活のメンテナンスの仕組みを、どう作っていくかが課題になるんだと思います。

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【目次】
序 東南アジアを学び、ともに生きる(中西嘉宏・野中葉)
第Ⅰ部 歴史と自然
1 経済史──スパイスと港町が世界をつなぐ(小林篤史)
2 脱植民地化──終わりのない物語(長田紀之)
3 気候──熱帯泥炭地と人びとの暮らし(小川まり子)
コラム1 心やさしき仏教の末路(伊東利勝)
コラム2 岐路に立つカリマンタンの「森」の世界(寺内大左)
第Ⅱ部 社会と文化
4 民族──支配と生活を映す鏡(田川昇平)
5 宗教──社会のなかで創られ続ける「宗教的なもの」(久志本裕子)
6 若者──ポップカルチャーにみなぎるエネルギー(金 悠進)
7 ジェンダー──保守と進歩の対立を超えて(西川 慧)
コラム3 海の上に暮らす人びと(中野真備)
コラム4 シダ納豆は稲ワラ納豆よりおいしい?(横山 智)
第Ⅲ部 経済と政治
8 経済成長──多様性が織りなすダイナミズム(熊谷章太郎)
9 民主主義──キャラ立つ指導者たちの功罪(中西嘉宏)
10 紛争と和平──民族自決と国家主権のはざまで(谷口美代子)
コラム5 「伝統」で稼ぐ生薬売り(間瀬朋子)
コラム6 ある移民の人生(細田尚美)
第Ⅳ部 日本とともに
11 日本軍政の記憶──インドネシアに残るさまざまな痕跡(津田浩司)
12 東南アジアでの日本ビジネス──拡大、深化から共創の時代へ(梅﨑 創)
13 日本での東南アジアコミュニティ──急激な流入と進む定住化のゆくえ (野中 葉)
コラム7 日本・東南アジア安全保障協力の新展開(鈴木絢女)
コラム8 技能実習生の横顔(山口裕子)
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