第5回 日本での東南アジアコミュニティ――急激な流入と進む定住化のゆくえ(野中葉)
宗教、ポップカルチャー、成長する経済、そして日本国内の身近なコミュニティまで――変化の激しい東南アジアの「今」を、私たちはどのように読み解き、学べばよいのでしょうか。
2026年1月に刊行された『東南アジアを学ぶ人のために』(世界思想社)の出版記念イベント「東南アジアの読み方、学び方――プロの視点×学生のリアル」が開催されました。
最前線の研究者による知見を紹介した第1部より、今回は「日本での東南アジアコミュニティ」の章を担当した野中葉(のなか・よう)さんの発表を紹介します。

慶應義塾大学の野中葉です。中西嘉宏先生と一緒に、『東南アジアを学ぶ人のために』の編者を務めて、第13章で日本での東南アジアコミュニティについて書いたので、そのお話をしたいと思います。
私はインドネシアの地域研究をやっています。特にインドネシアにおいてイスラーム教徒が、どういうふうに現代社会を生きながら宗教と向き合っているかに関心があります。女性の服装の変化や、若者たちのイスラーム運動、ポップカルチャーとの関わりなどを研究しています。
現在、東南アジアから来た人たちが日本で急激に増加しています。労働力としてみなされる人が多いですけれども、同時に日本に根付いて、日本で生活の基盤を持って定住する人たちが増えてきていて、そういう人たちが中心になって、次々と来日する後続の同胞たちを支えるコミュニティや場を作っています。東南アジアの人たちがお互い支え合いながら、日本でたくましく生き抜いているという姿を、本章では書いてみました。
祈り、集う場の創出
最初に、インドネシア人ムスリムコミュニティと、ベトナム人コミュニティの例として、2つの宗教施設を取り上げています。1つは大阪市西成区にあるマスジド・イスティクラル・大阪です。もともと靴工場だった鉄筋5階建ての建物をモスクにしていて、入口にはインドネシアの国旗と日本の国旗が並んでいます。金曜礼拝や、土日の勉強会、また宗教イベントには何百人ものインドネシア人が集ってきています。

マスジド・イスティクラル・大阪

イベントに集まる人びと
もう1つ、埼玉県本庄市にある大恩寺というお寺は、ベトナム人の駆け込み寺としてよく知られる寺院です。僧侶を務めるのはベトナム人女性のティック・タム・チーさんという方で、日本の大学で仏教の博士号を取得し、20年以上、日本に暮らしています。
私が訪れた時には2組のベトナム人がやってきました。最初はご夫婦で、この本の第Ⅳ部の扉写真にしてもらった方です。埼玉県で家を買って建てたので、ティック・タム・チーさんに掛け軸を書いてくださいというお願いをして、書いてもらっていました。
大恩寺(第Ⅳ部・扉写真)
次にやってきたのは若い男性でした。この方は、群馬の病院で介護士として働いています。仕事が休みの日には毎回、原付バイクで1時間ぐらい運転して来てます、という話をしてくれました。ランチでベトナム料理を一緒に食べながら、「タム・チーさんは僕の日本のお母さんみたいです」と言っていました。

ランチの様子
日本に暮らす在留外国人
今日は本の内容をアップデートして、最新のデータをお見せします。2025年末現在、在留外国人は約413万人です。

データが示す東南アジア出身者の存在感
この中で東南アジアの国籍を持つ人達は全体の約4割、160万人です。国別で見ると、東南アジアはトップ10の中に4カ国(ベトナム、フィリピン、インドネシア、ミャンマー)が入っています。右のグラフは国別の人口推移を示したものです。先の4カ国に加えて、全体のトップ20に入るタイとカンボジアも加えて、その6カ国の変遷をお見せしています。ここ10年間のベトナムの伸び、またインドネシア、ミャンマーのここ5年間ぐらいの伸びが際立っているということが言えます。
次に、先程の人口上位の4カ国、ベトナム、フィリピン、インドネシア、ミャンマーの在留資格別の人数をグラフにしてみました。

東南アジア4か国出身者の在留資格別グラフ
ベトナム人とインドネシア人は、技能実習と特定技能の人たちが大変多いです。さらにベトナム人は、いわゆる「技人国」(技術・人文知識・国際業務)と言われる在留資格で、ホワイトカラーの職に就く人たちも多いですし、また家族滞在の人たちも多いです。
一方で、フィリピン人には永住者、または定住者が多いです。永住者というのは基本的に日本に10年以上暮らして、素行が良くて、安定的な生計を維持していることで、その資格を与えられます。もう一方で定住者というのは、基本的には日系人の人たちが得られる在留資格です。フィリピン人は、他の東南アジアの国の人よりも前から日本に暮らしている人たちが多いということと、それから日系フィリピン人がいるということで、他の東南アジア出身の人たちとは少し異なる在留資格の特徴があります。
データで見ると東南アジア出身者160万人のうち、技能実習と特定技能の人たちが約半数の77万人を占めます。日本の技能実習生は今、全部で46万人いますがそのうちの42万人が、また日本全体で特定技能の人たちが39万人いますがそのうちの35万人が東南アジア出身者です。つまり特定技能と技能実習というのは、ほぼ東南アジアの人たちで占められていると言えます。
またベトナム人やミャンマー人に多い留学生は、日本語学校に通いながら、週28時間という上限でアルバイトができるので、その枠でコンビニや飲食店などでアルバイトしながら生計を立てている人も多数います。そう見ると東南アジアの人たちは、近年の日本の人手不足を補う主要な労働者だということができます。
自分たちでモスクを「創る」
さらに本章ではインドネシア人のムスリムのモスク建設の様子を描いています。フォーカスを当てたのはインドネシアのイスラーム団体、NU(エヌ・ウー)の日本での活動です。NUはインドネシア最大のイスラーム団体で、だいたい人口の半分ぐらいの人たちが、「私はNUです」とか「私はNUに親近感があります」と答えるぐらい、広く影響力がある団体です。
日本で最初にNUの人たちが建てたモスクは、私の調査によれば新宿の歌舞伎町にあるアル・イフラースモスクです。ここはもともと、あるインドネシア人が2000年代初頭に住み着いて、一人でモスクとして運営していたそうです。それを2015年ごろに日本に長く住む実業家でインドネシア人のAさんが改築を思いついて、寄付を募って、仲間と実習生を動員して、自分たちで内装工事をしてモスクにしました。それが2017年に犠牲祭(イスラームの2大祝祭の1つ)に合わせて再オープンしました。
ここでは日々の礼拝のほか、祈祷会や、タンバリンを叩くハドラの演奏などが行われていて、礼拝の後はみんなでインドネシア料理を食べるのが恒例でした。ただ、残念ながらマネジメントがうまくいかず、2025年半ばに閉鎖しました。東京には他にもNU系のモスクがあり、今はそこに拠点が移っています。
もう1つ紹介したいのは、茨城県古河市に2021年にオープンしたNUアッ=タクワモスクです。この地域はインドネシア人技能実習生が多く住んでいます。元野菜加工工場だった建物を買い取って、ここも自分たちで内装と外装を工事しました。技能実習とか特定技能の人たちの中には、土木工事を専門にやっている人たちがいて、いろいろ部品とかも自分たちで調達することができ、それでモスクをつくっていったわけです。
2021年7月に開設式が行われました。このモスクには、NUという名前が付きました。開設式には、私も行ったんですが、ザ・インドネシアでした。ハドラの演奏をやって、その後、インドネシア国歌を斉唱して、インドネシア大使が来てテープカットをやって、といった感じでした。

NUアッ=タクワモスク開設式
また最近、この近くに土地を新しく購入して、プサントレン(イスラーム寄宿学校)を開設し、インドネシア人二世たちのイスラーム教育の拠点になりつつあります。
社会的弱者というレッテルからの脱却
最後に今後の展開について。日本政府は外国人を外国人材という労働者としてみなしてきています。移民政策はとらず、定住化は極力阻止してきました。この流れは基本的に今も変わってはいませんし、むしろ強まっているようにも見えます。この中で東南アジア出身の非熟練の労働者達は、定住せずに、期限が来たら帰国するフレキシブルな存在でした。労働の場では搾取されうる対象であり、地域社会の多文化共生のスローガンのもとでは支援される人たちだということです。
昨今の排外主義的風潮の中では、さまざまな差別や排除を経験している人も残念ながらいます。一方で定住し、そして生活の基盤を築く人たちが増加し、こうした人たちが中心になって急増する技能実習や特定技能の人たちを支えるコミュニティや場が創設され、たくましく生き抜く姿が見られます。
こうした状況をどう考えるかですけれども、東南アジアの人たちに先行して日本に労働者としてやってきた日系ブラジル人たちは、地域に暮らしているにもかかわらず、社会関係を欠いており、地域社会から認知されない存在であり、「顔の見えない定住化」が進展していると論じられてきました。またヨーロッパを見れば、ムスリム移民は自分たちで集住して暮らし、移民団体や親族ネットワークなどの閉鎖的なコミュニティを形成して、ホスト社会とは交わることのない「並行社会」を築いたと指摘されています。
日本社会は東南アジアの人たちとの関わりについても、日系ブラジル人が経験した「顔の見えない定住化」や、ヨーロッパで進展する「並行社会」の前例を後追いするのか、それとも東南アジアの人を含む多様な人たちとともに、新しい形の社会構築を目指すのか、その岐路に今まさに立たされているというふうに感じています。
私自身も研究や授業で学生達との議論を通じて、さらにこうしたイベントでのみなさんとの議論を通じて、一緒に考えていけたらと考えています。以上で私の発表は終わります。どうもありがとうございました。

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【目次】
序 東南アジアを学び、ともに生きる(中西嘉宏・野中葉)
第Ⅰ部 歴史と自然
1 経済史──スパイスと港町が世界をつなぐ(小林篤史)
2 脱植民地化──終わりのない物語(長田紀之)
3 気候──熱帯泥炭地と人びとの暮らし(小川まり子)
コラム1 心やさしき仏教の末路(伊東利勝)
コラム2 岐路に立つカリマンタンの「森」の世界(寺内大左)
第Ⅱ部 社会と文化
4 民族──支配と生活を映す鏡(田川昇平)
5 宗教──社会のなかで創られ続ける「宗教的なもの」(久志本裕子)
6 若者──ポップカルチャーにみなぎるエネルギー(金 悠進)
7 ジェンダー──保守と進歩の対立を超えて(西川 慧)
コラム3 海の上に暮らす人びと(中野真備)
コラム4 シダ納豆は稲ワラ納豆よりおいしい?(横山 智)
第Ⅲ部 経済と政治
8 経済成長──多様性が織りなすダイナミズム(熊谷章太郎)
9 民主主義──キャラ立つ指導者たちの功罪(中西嘉宏)
10 紛争と和平──民族自決と国家主権のはざまで(谷口美代子)
コラム5 「伝統」で稼ぐ生薬売り(間瀬朋子)
コラム6 ある移民の人生(細田尚美)
第Ⅳ部 日本とともに
11 日本軍政の記憶──インドネシアに残るさまざまな痕跡(津田浩司)
12 東南アジアでの日本ビジネス──拡大、深化から共創の時代へ(梅﨑 創)
13 日本での東南アジアコミュニティ──急激な流入と進む定住化のゆくえ (野中 葉)
コラム7 日本・東南アジア安全保障協力の新展開(鈴木絢女)
コラム8 技能実習生の横顔(山口裕子)
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