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『世界思想』2026春 53号

手を取り合うために

小林エリカ

 私はこのところ疲れている。すごく疲れている。

 一昨年、コロナによる後遺症を患い、自己免疫疾患になり入院治療をやったから、ずっとそのせいだと思っていた。くわえて、更年期に突入し、ホルモンバランスも崩れ始めたせいかもしれない、と婦人科も受診した。けれど、一向に疲れがとれないから、忙しすぎたかなと、年末年始にかつてないほど長く休んだのだったが、全然疲れたままだ。もちろん、それら複合的な要素が重なっての疲れなのかもしれないけれど、ひょっとしたら、私、いまこの世界とか、社会に疲れているのかも⁈と年始に気づいた。

 そうして考えてみると、疲れる。疲れるに決まってるし、疲れないほうがおかしい、とさえ思えてくる。

 容赦なく人が殺され続けているのを平気で黙認し続けていて、各地でおきている虐殺にはもはやニュースにさえ流れないほど無関心で、私が暮らすこの国では外国人排斥と歴史を踏みにじる発言をする人がリーダーだったり人気を集めているとかで、電車に乗れば痩せろ脱毛しろ英語学べとうるさいし、街を走るトラックから貼られたポスターまで若さも性もあたりまえのように消費され続けているし、なのだから。

 私はネットを見るだけで、歩くだけで、その不条理を突きつけられて、心底疲れる。というか、疲れない人の心のほうが、すでに壊れてしまっているのではないかと、本気で心配なレベルである。

昨年末

 フェミニズムや、社会への問いかけを含む作品をつくり続けている、同年代の作家やマンガ家、アーティストと何度かお話しする機会があった。

 私が疲れた、と愚痴をこぼしたら、疲れるよね、という答えが返ってきた。

 正直、この頃、私はお花とかそういうものだけ描いて暮らしたい、と打ち明けたら、わかる、マジでそう、となった。

 でも、結局のところ、私らがやらなかったら、誰もやらないから、やるしかないよね、頑張ろうね、と涙ながらに手を取り合った。

 少なくとも、あることを、なかったことにはしないために、やらねばならぬから。

 私は、一緒に抗ってこうな!と、手を取り合うことができて、幸せだ、と心底思う。

 それが大きな救いだ。

 本当にそんな温かな友が、仲間がいて、よかった。私、ごく少数派かもだけど。

 けれど、それがこんな風にシンプルにいかないことも、大いにあることを、私は知っている。

 というのも、一緒に抗ってこうな!の先にある、無数の分断を目の当たりにすることが、このところ、あまりにも多い。フェミニズムもLGBTQも人権も反戦も反核も支持者は細分化していて分裂気味で、SNSでは気が滅入るような論争が繰り広げられているのを見てはたじろぐ。

 しかしコロナ禍を思い出してみるといい。

 マスクをつける、つけない。

 飲食店を訪れる、訪れない。

 ワクチンを打つ、打たない。

 コロナでさえそうなのだから。

 畢竟、コロナというウイルスに、一緒に抗ってこうな!の気持ちには、全人類、異存がないだろうに。なぜこんなことになるのか。

 何かに抗おうとするとき、その抗い方をめぐる差異と個人が置かれた立場の複雑さに直面せざるを得ない。国や政府を信頼できる人、そうでない人、金がある人、ない人、リスクがある人、ない人。

 東京電力福島第一原子力発電所事故後もそうだった。

 しまいには、不安を口にすれば「放射脳」と罵られ、「素人」は黙れと知ったかぶりをする人ばかりが声高に叫び、どんな発言もたちまち叩きのめされ、大方の人は沈黙する、という事態になったのだった。

 そんな中で、いったい誰が、何かを言えるだろう。

 黙っていれば、少なくとも叩かれない。

 考えるのをやめれば、疲れない。

 そうして、黙ったまま、思考停止に陥り、あったことは、なかったことになる。そうしている間に、国はぬけぬけと原発を再稼働する。

 私は、私たちは、そこからいったい何を学んだというのか。コロナ禍で、同じようなことが再び繰り返されていたではないか。

 しかも、この日本の政府ときたら、「不要不急」「自粛」という、かつて太平洋戦争中、国民統制下で中国やアメリカという「敵国」に対して使った言葉をひっぱりだしてきたのだから。

かつて

 太平洋戦争中、一緒に抗ってこうな!と手と手を取り合った先に、侵略が、加害が、戦争があったことを振り返らなければならない。

 ただみんなで手を取り合えればいい、というわけでもない。

なにか一生懸命やったからって、いいってわけじゃない。
どっかで食い違ってしまうときがある。
わかんないもんよ。
よかれと思ったことが、いいことばかりとは、かぎらない。

 かつて風船爆弾づくりに関わった元女学生の方のお話を聞いていたときの言葉である(小林エリカ『女の子たち風船爆弾をつくる』文藝春秋)。それは、風船爆弾づくりに対してというより、嫁姑関係について話していたときのものなのだったが。私にはそれが私自身にも、すべてにも通じてゆくような感慨を持って、深く心に刺さった。

 よかれと思う気持ちにも、平和を望む気持ちにもまた、全人類、異存がないだろうに。

 私は、手を取り合いたい。

 単純で力強い目標があればわかりやすいし、大きな声のもとには、団結しやすい、手も取り合いやすいだろう。

 けれど、複雑なことを複雑なまま認めてゆくのは、小さな声に耳を澄ますのは、時間がかかるし、手間もかかる。違いを大切にしようとすればするほど、分断がおきて、傷つけ合ったり溝ができてしまうことだってある。

 はっきりいって、疲れる。

 勇気だって、体力だっている。

 でも、圧倒的に面倒くさい、そちらを断固、私は選びたい。

 もうやめたい、もう駄目かも、と時々諦めそうになってしまいそうにもなるけれど、私はまだ諦めてはいない。

 これまでもそうやって、迷いながら、揺れながら、不安に慄きながらも、複雑さを複雑なまま認めながら、手を取り合おうとしてきた人がいるから。たとえそれが結果、敗北に終わったとしても、そうして力を尽くした人が刻んだものを、私は本の中に、人の記憶に、語られた声に、見つけることができるから。

こばやし えりか/作家・アーティスト


 学歴・陰謀論・隠蔽
分断社会の現実  吉川徹
メリトクラシーが陰謀論を生み出した  橘玲
分断社会が陰謀論を蔓延させる?  秦正樹
隠すことと分断  坂上香

制度と暴力
「家族の肖像」の前に佇立するミソジニストたち――選択的夫婦別氏制反対論に思う  駒村圭吾
多様性は語られるのに、なぜ分断は埋まらないのか――理念を制度として実装するジェンダー予算  市井礼奈
分断と暴力のアメリカ―――そこに希望はあるのか  石山徳子
つながりが生む断絶―――グローバル格差の感情経験  友松夕香
手を取り合うために  小林エリカ

つなぎ直す作法
「日本人/外国人」の境界を考える――移民社会の「分断」の一側面として  高谷幸
「ふつう」じゃなくても、大丈夫な場所  温又柔
当事者として、「共事者」として  小松理虔
分断ではなく、対立として引き受ける  鈴木彩加
分断を撹乱すること、抗うこと――もうひとつの今を想像するために   榎本空

ブックリスト「分断社会」

PR誌『世界思想』53は、全国の主な書店の無料配布コーナーなどで無料で入手いただけます。送料がかかりますが、弊社から直接お送りすることも可能です。

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著者略歴

  1. 小林 エリカ

    1978年生まれ。作家、アーティスト。
    著書に小説『女の子たち風船爆弾をつくる』(毎日出版文化賞受賞)、『最後の挨拶 His Last Bow』、『トリニティ、トリニティ、トリニティ』他。エッセイ『彼女たちの戦争 嵐の中のささやきよ!』、コミック『光の子ども』シリーズ、絵本『わたしは しなない おんなのこ』など。訳書にサンギータ・ヨギ『わたしは なれる』。国内外の美術館やギャラリーでテキストと呼応するような展示もおこなう。
    https://erikakobayashi.com/

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