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女性の貧困

すべての女性が「自分の正解」を選ぶ権利

 これまで、7回にわたって、女性の貧困について論じてきました。

 特に、高齢女性や中年女性といった、通常、光を当てられることのない女性の貧困についてお伝えしたつもりです。そして、高齢・中年女性の方が、人数的には圧倒的多数であるのに、女性に関する社会問題と言うと、やたらと「仕事と家庭の両立」、つまり、出産や子育て中の女性の問題に帰着されがちであること指摘しました。さらに、働く女性と男性では、正規と非正規の割合の差があるだけでなく、正規同士、非正規同士でも収入の差があることをお話ししました。これは、「育児などのために仕事を中断して非正規になってしまう、だから、女性は男性より貧困率が高い」というストーリーでは説明できない男女差に焦点をあてたかったからです。

育児や家事は「苦行」?

 私がこのような「仕事と家庭の両立支援が必要」といった論調にあまり乗らないのは、自分自身の子育ての経験があるからかもしれません。私には、高校生の双子の息子がおりますが、彼らが9ヵ月の時に職場に復帰しました。その時は、育児休業とはいえキャリアを中断させることに大きな焦りを感じ、一刻も早く職場復帰しなくてはと思っていました。しかし、振り返ってみると、もったいないことをしたなと感じます。子育ては、間違いなく、私の人生の中で一番「楽しい」経験だと思うのです(少なくとも子どもが小さい時は)。確かに、身体的にも大変ですし、自分のことは何もできない、趣味どころか、本を読むことも、おしゃれをする時間もとれない、そのような毎日でした。しかし、息子たちが大きくなって、「週末どうするの?」と聞いても「ぶかつ(部活)」とだけ答えて朝から晩までいない日々になると、休みになれば子どもを連れて公園に出かけたり、お買い物に連れていったり、一日中一緒で、それこそ、トイレにいく時でさえ、ドア越しに「ままー」とせがまれたあの頃が懐かしくてなりません。

 子どもの成長は早いです。女性の平均寿命が87歳という今、子育ての一番楽しい時期は、せいぜい10年。そんなに焦らなくてもよかったのかなと思うのです。いま、「もし、子育てをやり直せるならどうしますか」と問われたら、私は、あの貴重な日々を少しでも長くするために、離職の道を選ぶのではと思います。そして、そのように考える女性も多いのではないでしょうか。もちろん、ひとりひとりの女性の子育てや仕事の状況はさまざまであり、一概には言えませんが、いくら「両立支援策」が拡充されても、0歳の時から子どもを保育所に預けて働くことだけが、「正解」ではないなと思うのです。

 家事も、嫌ではありません。スーパーで新鮮な食材を見ながら、夕食の献立を考えるのは創造的な活動ですし、ほかほかに乾いた洗濯物を畳むと癒されます。床を拭いている時、私はいつも林真理子さんの『胡桃の家』(新潮文庫)を思い出します。我が家は、代々続いた立派な家ではなく、建売の中古住宅ですが、それでも、床のシミをひとつひとつ拭き取っていると、何か、自分が「この家を守っているのだなあ」という実感に満たされるのです。とここまで書いたところで、日が変わり、今日はあいにくの雨。さきほどまで掃除していましたが、雨の日は、家事は楽しくないです(嘘を書いてはいけないので、念のため)。まあ、晴れの日限定ですが、それでも、家事が楽しい時もあると思ってください。

育児家事を楽しむための条件  

 もちろん、私が育児や家事を楽しめたのは、経済的安定という条件が満たされていたからだということは、重々承知しています。たとえ、子どもと過ごす時間が長くても、借金に追われていたり、明日の食費がなかったり、家賃を滞納していたりといった状況では、楽しむどころか、心に余裕をもって子どもに向き合えず、最悪の場合は子どもにあたってしまったりすることもあるでしょう。実際に、経済ストレスは児童虐待の要因のひとつであることが実証されています。子育てのために、離職したり、就労時間を減らしたりという選択肢を選ぶためには、自分の仕事以外の収入源が安定していなくてはならないのです。

 パートナーのサポートも重要です。いくら「楽しい」とは言え、ワンオペ状態では、気持ちが落ち込む時もあるでしょう。たまには、大人との会話や、自分の時間が持てないと、ストレスがたまることもあるでしょう。私は、この面でも非常に恵まれていました。

 最後に、自分自身のキャリアについての見通しも必要です。私は、結婚した時に、夫がちょうど海外赴任となったため、一緒に暮らすために、総合職の仕事を辞めました。その頃は、女性の総合職は珍しく、「男女雇用均等法」の旗印のような存在でした。結婚と離職の辞を告げた時、上司が「総合職なのに、結婚退職するのか!」と激怒していたのを思い出します。おそらく、会社として気合をいれて「女の総合職」を採用したのでしょう。今思えば、彼も気の毒です。でも、一番心に残っているのは、事務職でキャリア志向の女性から「〇〇さんは、学歴も高いし、辞めても、絶対、次にいい仕事が見つかるという自信があるから辞められるのですよね。私には、そんな学歴も自信もない」と言われたことです。確かに、私には、その後ずっと無職でいる気はさらさらなかったですし、実際に、夫の海外赴任が終わって帰国した時には、正規の仕事に就くことができました。

 子育てや家事を楽しみたい。家族に専念したい。といった選択肢を叶えるためには、女性は高学歴・高収入であり、または、そのようなパートナーがいなくてはならないのです。

両立支援よりも貧困対策を

 話を「貧困」に戻しましょう。

 もし、女性が経済的な理由で働かざるをえず、「仕事と子育て」を両立しなくてはならないのであれば、「両立支援策」だけではなくて、「貧困対策」も必要だと思うのです。典型例が、ひとり親世帯の母親です。日本のひとり親世帯の母親は、世界的にみても最も就労率が高く、9割近くの方が働いており、育児時間が極端に短くなっています。ですが、日本のひとり親世帯への政策は就労支援に力点が置かれています。母親をもっともっと働くように導いているのです。それよりも、そこまで働かなくても暮らせるような貧困対策に力点を置くべきではないでしょうか。つまり、ひとり親世帯の母親であっても、(100%でないにせよ)「育児」を選択することが可能であるべきと思うのです。

 ふたり親世帯においても、政府は「女性の活躍」などと謳い文句を使いますが、実際には女性の労働者の半分は非正規雇用であり、女性の能力を活用しているというよりも、安価な労働力を求めているのではと感じます。もし、ふたり親世帯の母親も、経済的理由で意に反して働かざるを得ないのであれば、これは「活躍」とはほど遠いものです。

 私がこう言うのは、女性を育児や家庭を(言葉は悪いですが)「犠牲」にして、働くことを目的とした政策では、結局のところ、余裕のある人や多少所得が下がっても大丈夫という人の多く(全てではありません)は、育児や家庭を選択するのではないでしょうか。そして、そのような余裕がない女性は、働かざるを得ない状態が続く。これでは、経済的に厳しい女性は「子育て」を選ぶことができません。そして、日本の男女格差も解消できないのではないでしょうか。

 貧困対策と同時に、もうひとつ必要なのが「再就職支援」です。たとえ、母親(父親もですが)が、育児に専念する時間をとっても、自分の望む再就職ができるようなスキルアップ支援や、雇用マッチング・サービスがあり、また、バリバリ働ける。いったん辞めたら、そのあとは成立しないような「一本道」のキャリアコース以外の、キャリアがあってもよいと思うのです。

 「一本道」で働きたい方のための、両立支援は必要です。

 でも、「働かなくてはならないために、子育て・家事の時間を諦めなくてはならない」という状況をなくすことも必要だと思うのです。

 そして、子育て・家事がひと段落つき、自分で「そろそろ自分のために働こうかな」と思った時に、自分の望む職に就くことができる、それが理想ではないでしょうか。 

ふたたび中年・高齢女性の貧困

 これまで、この連載では7回にわたって、女性の貧困について、特に、子どもがいない女性や、子育てが終わった女性の貧困について述べてきました。しかし、この最終回では、子育て中の女性への「仕事と家庭との両立」の視点を貧困の観点から考えてみました。

 再就職支援は、中年・高齢期の女性の貧困の解消にも役立つと思います。再就職支援のメイン・ターゲットは、中年女性だからです。人生のどの時点においても、再スタートやキャリアアップする機会があれば、彼女らも自らの所得を稼ぎ、また、将来の年金額も多くすることができるからです。

 これは、すなわち、女性に対する政策の目を、「子育て中」から「子どもを育てていない女性」にも向けてほしい、ということです。「子育て中」の女性には、さまざまな選択肢が選べるようにしてほしい。たとえ、子どもや家族のケアに専念したとしても、貧困に陥らないようにしてほしい。しかし、世の中の女性の大多数は、現在は「子どもを育てていない」女性です。「子どもを育てていない」女性には、自分の自己実現と生活、将来貧困に陥らないための年金権をきちんと確立できるようにしてほしい。「子どもを育てていない」女性とは、子どもが成長した後の女性も入りますし、子どもを持たなかった女性も入ります。もちろん、男性と女性の収入格差がゼロになるのが、あるべき姿ですが、貧困の研究者としては、まず、その前に、貧困に陥る確率の男女差を無くしてほしいのです。

 すべての女性が、
 子育てに専念する時期を選択しても、
 キャリアに専念しても、
 男性カルチャーの会社を辞めて、自分に合う働きかたを選んでも、
 貧困に陥らない。
 これは、贅沢すぎる望みでしょうか?

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著者略歴

  1. 阿部 彩

    海外経済協力基金、国立社会保障・人口問題研究所を経て、2015年より首都大学東京(現東京都立大学)人文社会学部人間社会学科教授。同年に子ども・若者貧困研究センターを立ち上げる。専門は、貧困、社会的排除、公的扶助。著書に、『子どもの貧困』『子どもの貧困II』(岩波書店)、『子どもの貧困と食格差』(共著、大月書店)など。

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