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女性の貧困

恐竜文化を崩壊させよ

 そもそも、女性はなぜ男性よりも所得が低いのでしょうか?

 この問いに対する最も一般的な回答、「非正規労働が多いから」というものです。確かに、女性の非正規率は男性よりもずっと高く、女性の労働者の半数以上(56.0%)が非正規労働となっています(図1)。男性の非正規労働者率は、増加しているとはいえ、22.9%なので、この差が性別による勤労所得の差の大きな要因であることは確かです。この雇用形態の男女格差は、1990年代から約30%と殆んど変わっていません。

女性と男性の所得格差

 それでは、バリキャリの正社員同士、また、非正規同士ではどうでしょう?

 図2は、2019年の正規(正社員・職員)、非正規(正社員・職員以外)の男女別、年齢別の平均賃金を示しています。まず、実線(正規)同士を比べてみてください。20歳代まで、男女の差は殆どありませんが、年齢が上がるとともにその差が拡大し、50歳代となると、男性は約43万円となるのですが、女性は約30万円に留まっています。すなわち、正規雇用の場合、男性は年功序列でどんどん賃金が高くなるのに対し、女性は正規雇用であってもその伸びは大きくなく、ピークの50歳時点であっても、20歳代の頃に比べて5万円ほどしか高くなっていません。 

 それでは、点線(非正規)同士ではどうでしょう? 非正規同士を比べても、男女の賃金の差は保たれ、正規のように年齢によって拡大はさほどしませんが、それでも若干、拡大しています。

 全体で見ると、正規雇用では女性は男性の約77%、非正規雇用では81%の賃金しか得ていません。ちなみに、この男女格差を、10年前の2009年のものと比較すると、2009年では正規では73%、非正規では78%でした。10年間で、たったの数%しか格差は縮小しなかったのです。

 男女雇用機会均等法が施行されたのは、1986年です。その年に大学を卒業した女性は、いま、57歳。まさに、一番、賃金が高くなる「山」にいるはずなのですが、実際には「山」に到達できた人はごくわずかであり、平均的に見ると「丘」くらいにしか到達できていません。確かに、1980年代には法律があるとは言え、企業の総合職などに採用される女性は少数でした。総合職を10人採用したら1名女性がいる・・・というのが普通のパターンでした。しかし、法律が施行されて20年たった2006年に新卒になった女性たちも、今は37歳。まさに中堅であるはずですが、そこの年齢層においても、男女格差がはっきりと残っていることが、とても残念です。

 女性の貧困のトピックで、なぜ、正社員の女性の話をしているの?と思われるかもしれません。

 私が言いたいのは、おそらく、キャリアを継続させて、男性と同じキャリア・パスを歩んできたであろう正社員の女性においても、このような大きな男女格差が健在であるということなのです。もちろん、出産や育児を機に仕事を辞め、子どもがある程度大きくなってから再就職したものの、非正規の雇用になっているという女性も多いでしょう。しかし、そのような雇用形態の変化がなくても、例えば、結婚もせず、子どももない、条件上では男性と同じ働き方ができる女性であっても、労働市場においては男性と同じように扱われていないのです。

男性カルチャーの職場

 今般、オリンピック組織委員会の元会長の女性蔑視発言がマスコミにも大きく取り上げられ、元会長の辞任となりました。このような発言はこれまでも何遍も政治家や芸能人などからなされてきました。そのような著名人以外の一般男性の中では、このような発言はごく普通に交わされているのでしょう。今でも。私自身、スーツ姿の男性がずらりと並ぶ会議で、「ああ、ここで発言したら、陰で「わきまえない」女と言われるんだろうなあ」というプレッシャーは常に感じています。夜の飲み会や密室の中でなされる決定、表の場では議論せず、根回しで物事が決まっていく・・・というような、日本の会社特有の文化は、女性にとって不利であることは確かです。このような、男性優位の会社文化が、女性が正規であっても賃金が上がっていかない一つの理由なのではないでしょうか。

 それでは、女性はどうすればよいのか。無理して、男性文化に合わせればよいのでしょうか。

 私は、そうは思いません。何故なら、このような会社文化は将来的には生き残れない、最後の恐竜なのではないかと思うからです。

 私は、研究者になる前には、ソフトウェア・エンジニア、政府系金融機関の職員として勤めていましたが、どこも圧倒的(特に上司は)に男性が多い職場でした。そんな中でも、数回、女性だけでお仕事をしたことがあります。一つは、子どものPTAの役割で回ってきたもので、ボランティアではあるのですが、大きなイベントを行う大規模な仕事でした。もう1つが、女性の研究者だけで研究グループを作って、ある報告書を書き上げたときです。その時思ったのが、「なんて仕事がしやすいんだろう」ということです。すべての女性が多い職場でそうなのかはわかりませんが、少なくとも、私の経験では、女性のグループでは、誰かが「指示だし」をしなくてもよく、それぞれが必要と思うことを行って、また、周りをみて足りないところを自主的に補完してくれていました。なので、グループ間で上下を作らなくてもよく、コミュニケーションも横同士のものなので円滑でした。

 コロナ禍の前からも、テレワークやノマド・ワーカーといった「場所」や「時間」にとらわれない働きかた、副業の推進といった「1カ所」にとらわれない働きかた、役職がかっちり決まったピラミッド型からよりフラットな「組織」にとらわれない働きかたなどが注目され、普及しつつあります。そのような働きかたは、まさに私が女性と一緒に働いた時に経験したような職場カルチャーと親和的なのではないでしょうか。そう考えると、男女間の賃金格差は、男女雇用機会均等法のように、労働市場に女性を取り組むという方向性ではなく、既存の労働市場を崩壊させることによって達成されるのではないのかと思うのです。

 既存の労働市場の、暗黙の「ルール」がすべて壊れ、新しい文化の職場が「普通」になった時こそ、女性の中年期・高齢期の貧困問題にも解決の兆しが見えるのではないでしょうか。

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著者略歴

  1. 阿部 彩

    海外経済協力基金、国立社会保障・人口問題研究所を経て、2015年より首都大学東京(現東京都立大学)人文社会学部人間社会学科教授。同年に子ども・若者貧困研究センターを立ち上げる。専門は、貧困、社会的排除、公的扶助。著書に、『子どもの貧困』『子どもの貧困II』(岩波書店)、『子どもの貧困と食格差』(共著、大月書店)など。

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