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女性の貧困

去年の一番悲しかった事件

 先月、ショッキングなニュースがありました。

 東京渋谷でホームレスの64歳の女性が近隣の40歳代の男性に「目障りだった」という理由で殺害されたという事件です。覚えている読者の方も多いのではと思います。

 「殺害」というこの事件の暴力性が目立ちますが、この事件がショッキングだったのは、まず、被害者の方が64歳の女性ホームレスであったことです。ホームレスの人々は、圧倒的に男性が多く、その理由は、路上という場所は、女性にとっては特に危険であり、女性が路上に寝泊まりするというのは、本当にもう他にどこにもいる場所がないからなのです。そして、64歳という年齢。夜中、ずっと、路上にいる…ということは、身体に本当にきついです。私は、昔、ホームレス支援団体でボランティアをしていたことがあります。夜の2時ごろまで、ホームレスの方々に、情報を配ったり、スープを配ったりする活動をしていました。(当時は)若くて十分着こんでいた私でさえも、冬の夜中に路上や公園にいるのは、とても身体にきつかったのを覚えています。64歳という年齢は、まだ高齢者としては若いほうですが、毎晩、夜中までずっとバス停のベンチで過ごすのはさぞかし厳しかっただろうと思います。

コロナ禍の犠牲は女性が多い

 もう一つのショッキングだったことは、この女性が2月まではスーパーの試食コーナーで働いていたらしいということです。報道からは、彼女が仕事を辞めなければならなくなった理由は書いていませんが、2月までと聞くと、コロナ禍の最初の犠牲者の一人であったのではと勘繰られます。コロナ禍の影響が、女性に偏っていることが徐々に明らかになってきています。労働政策研究・研修機構が11月に行った調査(新型コロナウイルスと雇用・暮らしに関するNHK・JILPT共同調査 結果概要)によると、4月からの7ヵ月の間に、女性の雇用者の4人に1人、非正規に限ると3人に1人が、「解雇・雇止め」「自発的離職」「労働時間半減30日以上」「休業7日以上」のいずれかを経験しています。男性ももちろんコロナ禍の影響を受けていますが、この割合は男性よりも女性の方が高くなっています(図1)。たとえ、「自発的離職」の場合でも、「新型コロナに感染リスクのある職場だったので」や「保育園・学校の休園(校)や時間短縮があったため」などの理由は男性より多くなっています。

 スーパーで働いていた彼女も、この「3人に1人」の1人だったのでしょうか。

公的年金は彼女の役にたたなかったのか

 64歳という年齢も気になります。いま、国民年金の受給開始年齢は65歳です。厚生年金であれば、彼女の生まれ年によって、65歳前に開始されます。私は、このホームレスの女性のライフヒストリーは何も知らないので、これまで彼女がどんな働き方をしてきたのか想像するしかありません。しかし、64歳でもし非正規で働いていたのであれば、おそらく、これまで厚生年金に加入していたことはないのではと推測します。国民年金は、希望すれば、「繰り上げ支給」というオプションをとることができ、60歳から65歳までの期間に開始することができるのですが、そうすると、年金額が減らされます。この女性も、もしかしたら、減額されるのを避けるため、「65歳までがんばろう」と路上で生活していたのかもしれません。

 女性の年金額は、びっくりするほど低いのです。国民年金は、満額でも65,141円/月(令和2年度値)。しかし、満額をもらうためには、40年間、保険料を払っていなければなりません。女性の多くはこの条件を満たせないので、満額以下しか受給できないのです。参考に、令和元年にて、国民年金のみ受け取っている人の平均年金月額は女性50,015円、男性54,014円です。図2は、国民年金の受給月額の分布です。国民年金(基礎年金)の他に厚生年金を受け取る人が大多数なのですが、国民年金だけだった場合、女性では年金額が5万円未満の人も何百万人もいることがわかります。

 公的年金の受給年齢は、これまでの何回かの改革で徐々に引き上げられてきました。長い老後のために、年金制度が必要なのは、わかります。その財政状況が、年々、厳しくなっており、まだ、比較的に元気な60歳代前半の人は、働いていただき、財政プレッシャーを下げるというのも、もっともな政策チョイスです。しかし、そこにいたるまでに路上で生活をしなくてはならないほど、困窮してしまうのであれば、これは本末転倒なのでないでしょうか。

「目障り」

 最後に、この事件で、最もショッキングだったのは、加害者による「目障りだった」という言葉です。これまでも、ホームレスの方々に対する襲撃は、絶え間なくありました。しかし、この多くは男性のホームレスに対するものでした。もちろん、男性のホームレスに対する暴力も許されるものではありませんが、私の中では「女性に対しては、そこまでしないだろう」という甘い考えがありました。男性に対しては、働いていないように見える(実際はホームレスの人は廃品回収など働いている人がほとんどです)ことに対する反感、「男は働いて家族を養うべき」のようなジェンダー規範が理不尽な暴力の原動力なのではと勝手に思っていました。ですので、ホームレスの人が「普通の」労働市場からはじき出されてしまった背景を説明すれば、わかってくれるのではと思っていたし、ましてや、誰から見ても不利な状況にある女性ホームレスに対しては、優しい目で世間はみてくれるだろうと。

 しかし、「目障り」という言葉が意味することは、この社会において、存在することすら許さないということです。その人がなぜ路上にいなくてはならないのかなどの理由は関係なく、その存在自体が、

 「自分の目の前にいると不愉快」

 「社会にいてほしくない」

ということです。

 これが、25歳の若い女性だったら反応が違ったのでしょうか。若い女性なら、「社会の花」であり、これから子どもも産むだろうから、存在してよいのでしょうか。貧困に陥ったら、「救済に値する」のでしょうか。

 どちらにしても、「女をバカにするな」と叫びたいです。

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著者略歴

  1. 阿部 彩

    海外経済協力基金、国立社会保障・人口問題研究所を経て、2015年より首都大学東京(現東京都立大学)人文社会学部人間社会学科教授。同年に子ども・若者貧困研究センターを立ち上げる。専門は、貧困、社会的排除、公的扶助。著書に、『子どもの貧困』『子どもの貧困II』(岩波書店)、『子どもの貧困と食格差』(共著、大月書店)など。

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