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女性の貧困

「私たちの貧困」から離れて

 この連載では、これまで、数回にわたって、高齢女性の貧困問題について論じてきました。

 これについては、共感してくださる読者の方も多いらしく、連載を始めてから、「高齢女性の貧困」について講演してくださいという依頼も数件受けました。一方で、私は子どもの貧困についての研究を多く手掛けてきており、「アレ?この人、子どもの貧困の研究者じゃなかったっけ?」と思われるかたも多いようです。私自身、「高齢女性の貧困について話してください」と言われると、ちょっと戸惑いを感じます。

 この戸惑いは何なのか・・・。

 これを考えたいのが今回です。

「〇〇の貧困」というフレーミング

 私もそうですが、マスコミも、政治家も、研究者も、貧困を訴える時に、数字を用いてその深刻化を訴えたり、あるグループと他のグループを「比較」したりすることをよくします。子どもの貧困もしかり。子どもの貧困率は、13.5%であり、「7人に1人の子どもが貧困です」」と訴えます。高齢女性の貧困もしかり。「高齢女性の貧困率は、22.3%で、他の年齢層や男性に比べて、圧倒的に高くなっています」と。

 この方法は、非常に有効で、たいていの人はこのような数字を出すと、「うん、うん、それは大変だね」と共感してくれます。

 しかし、考えてみてください。

 子どもの貧困率が13.5%ということは、86.5%の子どもは貧困ではないのです。高齢女性にしても、77.7%は貧困ではないのです。つまり、子どもでも、高齢女性でも、大部分は貧困でもありません。

 もちろん、このことは、貧困である人々の問題には何の救済にもなりませんし、貧困問題の「深刻さ」を軽減するものではありません。

 しかし、こうやって「〇〇の貧困」というフレーミングをすることで、あたかも、その人たち全員が貧困であるかのように理解されてしまう傾向があるのは確かです。一例として、子どもの貧困があります。これは私自身も「子どもの貧困」を訴えてきた一人として責任を感じるところなのですが、子どもの貧困に人々の関心が集まるようになると、「日本の社会保障制度は、高齢者への給付に偏り過ぎている。高齢者への給付から、子育て世帯への給付にシフトするべきだ」といった論述がなされるようになりました。でも、高齢者の方々でも、貧困の人はたくさんいるのです。女性だけでなく、男性でも。逆に、子育て世帯だって、ほとんどは貧困ではないのです。

 私が、この連載で高齢女性を取り上げたのは、このような「子どもvs高齢者」といった対立構造を作ってしまったことへの大きな反省があります。私自身、今回、高齢女性の貧困率などの数値を出しましたが、言いたかったのは、「高齢女性の貧困の人もたくさんいます」ということだけなのです。

「私たちの問題」という限界

 私たちの脳ミソは、問題を、簡単なフレームワークにはめ込んで理解しようと、無意識に働いてしまうようです。この連載で訴えたいのは、このダイバーシティの世の中においては、そのようなフレームワークは捨ててしまわなくてはいけない・・・ということです。少しだけ例を挙げると――

 

「〇〇の貧困」は、「〇〇」が全員、貧困であるということではない。

女性はすべて「子育て中」ではない。

誰もが、結婚し、子どもをもつわけではない。

誰もが、異性を好きになるわけではない。

髪を染めた高校生はみんな不良なわけではない。

 

 まだ、ほかにもたくさん例はあります。

 そして、一番、訴えたいのは、たとえ、読者のあなたがどのような属性をもつ人であれ、貧困を「私たちの問題」と捉えてほしくないのです。例えば、お子さんをもつ方であれば、「子どもの貧困は私たちの問題だ」、高齢女性であれば「貧困はまさに私たちの問題だ」といったふうに。なぜなら、子どもがない人でも貧困の人はたくさんいるし、男性だって、若い人だって、貧困の人はたくさんいるのです。多少、その割合は違っても。

 「私たちの問題」と捉えている間は、人は「私たちにもっと給付を」「私たちに支援を」と訴えます。すると、限られた財政の中では、予算の取り合いになってしまいます。本当に困っている人に対する給付だって、自分の税金があがるのであれば「嫌だ」と言う人も多くなります。世の中は、「どっちが大変なのか」競争になってしまうのです。そうなると、勝つのは、声の大きい人たちです。

 声があげられなくても、「〇〇の貧困」というフレームに入らなくても、そっと支援の手が届く・・・日本中の人々が自分以外の誰かにやさしくすれば、きっとそんな社会になるのではと思うのです。

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著者略歴

  1. 阿部 彩

    海外経済協力基金、国立社会保障・人口問題研究所を経て、2015年より首都大学東京(現東京都立大学)人文社会学部人間社会学科教授。同年に子ども・若者貧困研究センターを立ち上げる。専門は、貧困、社会的排除、公的扶助。著書に、『子どもの貧困』『子どもの貧困II』(岩波書店)、『子どもの貧困と食格差』(共著、大月書店)など。

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