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植民地主義の暴力に抗うために 『食権力の現代史』(人文書院)&『奴隷・骨・ブロンズ』(世界思想社)クロストーク

中心にいると中心が見えない

ナチスからイスラエルまで続く意図的な飢餓という暴力の歴史をたどる『食権力の歴史』(人文書院)、突然よみがえる過去から奴隷制と植民地支配の暴力を掘り起こす『奴隷・骨・ブロンズ』(世界思想社)。2冊の本は、今なお続く植民地主義と不均衡な富・食・知・権利の配分を私たちに問いかけます。私たちはその暴力の構造と無関係ではいられません。なぜ過去は終わらないのか? いかに脱植民地化できるのか? 

食と農の歴史が専門の藤原辰史さんと、イギリス近現代史が専門の井野瀬久美惠さんによるトークイベントが、2026年3月11日に開催されました。その内容を3回に分けてレポートします。

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越境する歴史学

藤原私は25歳で大学に就職したのですが、小関隆さんというイギリス・アイルランド近現代史の研究者からこんなことを言われました。「藤原君、手弁当で勉強会を開きたい。上から降ってきたお金で研究会をやるだけでは面白くないからね」。そこで、自分たちで「越境する歴史学」という研究会を企画しました。「面白くて、よくしゃべる人がいるよ」と小関さんに紹介されたのが、井野瀬さんでした。この研究会はその後10年以上にわたって続きました。

井野瀬さんはいわば私の学問的お姉さんで、この研究会で鍛えられたことが今も糧となっています。

 

井野瀬過分なお言葉をありがとうございます。私は小関さんにこう言われました。「非常に面白い、しかもできる、しかもイケメンの若手研究者がいる」と。そしてお会いしたら、見目麗しいわ、ファンがたくさん付いているわ。でも、ものの見方、考え方はしっかりとしていて、まったく浮ついていない。

 

藤原いやあ、お恥ずかしいです(笑)

 

井野瀬:お互いの持っている知を交換しあって思考を深めていくことができる、本当に楽しい研究会でした。私たちはいわゆる歴史学研究の「主流」に位置しておらず、だからこそ、自由に夢想し、議論することができたと思っています。

「越境する歴史学」の「越境」はいろいろな意味を含みます。私は18世紀の終わりから第一次世界大戦までのイギリス史が専門領域であるのに対して、藤原さんは、19世紀の終わりを含みながらも、第一次世界大戦、第二次世界大戦が起きたドイツ現代史が中心です。ほかの研究会メンバーが専門とする地域・時代もさまざまでした。ですから、「越境」には空間と時間を架橋するという意味がありました。

 会場に並べられた本にも「越境」が表れている

藤原:井野瀬さんは諸学問の架橋も担ってこられましたね。日本学術会議副会長〔第23期2014~2017年〕を務められました。防衛省からの資金提供という形〔安全保障技術研究推進制度〕で軍事研究を容認する動きが目立ってきた時でした。井野瀬さんはこの時に対抗した人です。岩波書店の雑誌『世界』〔第891号、2017年〕に「軍事研究と日本のアカデミズム――学術会議は何を『反省』してきたのか」という論考を発表されましたね。

 

井野瀬:日本学術会議は1949年、「わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と提携して学術の進歩に寄与することを使命とし」て(日本学術会議法、1948年)設立されました。設立自体に、戦中・戦前における科学の戦争協力への猛省が込められていました。このことに立ち返り、二度にわたって出された「戦争を目的とする科学の研究を行わない」とする声明〔1950年/1967年〕に注目しました。

 

藤原:歴史家は、やはりこのようにして対抗するのだと思いました。歴史をふりかえって語ることで、「歴史的にみるとおかしいでしょう」ときちんと言う。日本学術会議の「軍事的安全保障研究に関する声明」のためにも尽力されましたね。

 

井野瀬:2017年のその声明では、「2つの声明〔1950年と1967年の声明〕を継承する」という立場を明言しました。政治権力による学問への圧力や動員の歴史をふまえ、研究の自主性・自律性、研究成果の公開性の担保が重要であることを確認したのです。「防衛装備品」と表現されても、防衛と攻撃は、常に表裏一体です。時代状況が違っても、学問や科学が政治に都合よく利用されて人の命を奪う、などということが二度とあってはなりません。

過ぎ去らない過去

藤原:『奴隷・骨・ブロンズ』はMrs. GREEN APPLEという、今一番売れている日本のミュージシャンたちのミュージック・ビデオ炎上という話題から始まります。新曲「コロンブス」のMVでは、われわれに奥深く根ざしてしまっている非白人や先住民の人々へのまなざしが露骨に表れています。しかし、井野瀬さんは、彼らを無知だとけなしたり批判したりはしないのです。これだけ若者の心に届く歌をつくる彼らが、どうしてこのようなMVをつくってしまったのか?と問うのです。それは私たちの問題ではないかと。

 

井野瀬:コロンブスが新大陸、カリブ海域のサン・サルバドル島に到達したのは1492年10月12日、と記録されています。先住民や奴隷として新大陸に送られたアフリカの人々からすると、今に続く抑圧や搾取の歴史の始まりでもありました。それから500年目を迎える1992年前後から、コロンブスが引き寄せた悲劇にも光が当てられるようになりました。たとえばアメリカ合衆国では、10月12日(近年では10月の第2月曜日)は「コロンブス・デー」と呼ばれていたのですが、1992年以降は、ヨーロッパ人が遭遇した現地の人々に力点が置かれ、「インディジナス・ピープルズ・デー(先住民の日)」と呼ばれるようになりました。ところが、2025年4月、トランプ大統領はそれを再び「コロンブス・デー」に戻すという意向を表明し、物議を醸しました。

先のミセスのMVは、ミセス扮するコロンブス、ナポレオン、ベートーベンの3人がある南の島を訪れ、そこで暮らす類人猿に楽器を教えたり、乗馬を教えたり、読み書きを教えたりして啓蒙する、というストーリーです。「白人が非白人を教え導く文明をもたらす」という物語がすでに行き詰った世界を私たちは生きているのに、なぜあれほど才能豊かな彼らが、その逆――たとえば、カリブ海域出身、アフリカ出身、アジア出身に扮したミセスの3人が白人たちを教え導く、という逆説的な話を展開することができなかったのでしょうか。

そう考えた時に、私たち歴史家の責任は重いと思いました。コロンブスにより新大陸が「発見」され、いろいろなものが大陸間で交換される大きな物語――コロンブスの交換――の意味とその代償がきちんと伝わっていないと感じます。

 

藤原:井野瀬さんが繰り返し指摘されているのが、過去と現在の問題です。ミセスのMVで、1492年のコロンブスが突然、歴史の地層から吹き上がってきました。

 

井野瀬:そう、まさしく吹き上がる、突き上げる感じですね。過去は過ぎ去っていないのです。『奴隷・骨・ブロンズ』の「はじめに」にも書いたように、「先が読めないのは、未来だけではない。過去もまた、予測不可能」なのです。過去がいつどのような顔をのぞかせて、私たちにどんな対話を持ちかけてくるのか、予想もつきません。それゆえに、私たちは、先が見えない過去と共に今を生きている。そのことを拙著では最も伝えたいと思いました。

 

藤原:第1章ではブラック・ライブズ・マター(BLM)運動から、奴隷貿易までさかのぼっていましたね。ブラック・ライブズ・マターとは、黒人の若者を警察が射殺するという事件をきっかけに立ち上がった運動で、アメリカからヨーロッパにも広がりました。

 

井野瀬:BLM運動がアメリカの外へと広がるなかで、イギリスのブリストルという港町では、エドワード・コルストンという人物の彫像が若者たちによって倒されました。彼は長らく、「博愛主義者」として尊敬を集めた「ブリストルの偉人」です。しかし、彼による慈善事業の資金源は奴隷貿易での儲けにありました。若者たちは、「博愛主義者」ではなく、「奴隷商人」としてのコルストンの記憶に着目し、人種差別反対の意志を、彫像を倒すことで表したのです。

 

エドワード・コルストン像(2016年2月12日井野瀬撮影)

 

藤原:井野瀬さんは、そもそもどうしてアフリカや奴隷制に目がいくようになったのでしょう?

 

井野瀬:イギリスは、ヨーロッパ大陸の北西の端に浮かんでいる島国、というだけではありません。全世界に影響力を持っていた過去がありました。人と人、人と物が接触すると、必ず接触した跡が残ります。大英帝国の歴史には、そのような痕跡がたくさん残っています。さらに、私が研究者の卵であった1980~90年代には、下からの歴史である民衆史や社会史、フェミニズムやマイノリティの立場から歴史を見る動きなどが出始めていました。同時代に、アフリカには文明がない、暗黒大陸だ、などという言説も、人類学者たちによって本格的に崩されていきました。私は歴史学者以上に人類学者と共同研究することが多く、彼らの研究方法から多くを学びました。中心にいると見えないものが、周辺にいると見えてくるものです。歴史学という学問の中だけに埋没しなかったがゆえに、自分の目線が広がり、救われたような気がします。

 

藤原:たしかに中心にいると中心が見えませんよね。付け加えると、日本がそうであるように、中心ではないのに、中心であると勘違いしている場合も、やはり中心が見えませんね。

中編へ続きます





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著者略歴

  1. 藤原 辰史

    1976年北海道生まれ。京都大学人文科学研究所教授。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程中途退学。博士(人間・環境学)。専門は農と食の現代史。主な著書に『ナチス・ドイツの有機農業』(柏書房、2005年/日本ドイツ学会奨励賞)、『カブラの冬』人文書院、2011年)、『ナチスのキッチン』(水声社、2012年/河隼雄学芸賞)、『稲の大東亜共栄圏』(吉川弘文館、2012年)、『食べること考えること』(共和国、2014年)、『トラクターの世界史』(中公新書、2017年)、『戦争と農業』(集英社インターナショナル新書、2017年)、『給食の歴史』(岩波新書、2018年/辻静雄食文化賞)、『食べるとはどういうことか』(農山漁村文化協会、2019年)、『分解の哲学』(青土社、2019年/サントリー学芸賞)、『縁食論』(ミシマ社、2020年)、『農の原理の史的研究』(創元社、2021年)、『歴史の屑拾い』(講談社、2022年)、『植物考』(生きのびるブックス、2022年)、『これからの日本で生きる経験』(SURE、2023年)、『生類の思想』(かたばみ書房、2025年)など。

  2. 井野瀬 久美惠

    1958年愛知県生まれ。人間文化研究機構監事/甲南大学名誉教授。京都大学大学院文学研究科西洋史学専攻単位取得退学。博士(文学)。第23期(2014-2017)日本学術会議副会長。大英帝国を中心に、(日本を含む)「帝国だった過去」とわれわれが生きる今という時空間との関係を多方向かつ多層的に問う研究を続けている。主な著書に『大英帝国はミュージック・ホールから』(朝日新聞社、1990年)、『子どもたちの大英帝国』(中公新書、1992年)、『受験世界史の忘れもの』(PHP文庫、1994年)、『意外な世界史』(PHP研究所、1996年)、『女たちの大英帝国』(講談社現代新書、1998年)、『黒人王、白人王に謁見す』(山川出版社、2002年)、『植民地経験のゆくえ』(人文書院、2004年/女性史青山なを賞)、『大英帝国という経験』(講談社、2007年)、『「近代」とは何か』(かもがわ出版、2023年)、『イギリス文化史』(編著、昭和堂、2010年)、『アフリカと帝国』(共編著、晃洋書房、2011年)、『「世界」をどう問うか?』(共編著、〈ひと〉から問うジェンダーの世界史 第3巻、大阪大学出版会、2024年)など。

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