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植民地主義の暴力に抗うために 『食権力の現代史』(人文書院)&『奴隷・骨・ブロンズ』(世界思想社)クロストーク

苦しめられてきた側から歴史を書き直す

ナチスからイスラエルまで続く意図的な飢餓という暴力の歴史をたどる『食権力の歴史』(人文書院)、突然よみがえる過去から奴隷制と植民地支配の暴力を掘り起こす『奴隷・骨・ブロンズ』(世界思想社)。2冊の本は、今なお続く植民地主義と不均衡な富・食・知・権利の配分を私たちに問いかけます。私たちはその暴力の構造と無関係ではいられません。なぜ過去は終わらないのか? いかに脱植民地化できるのか? 

食と農の歴史が専門の藤原辰史さんと、イギリス近現代史が専門の井野瀬久美惠さんによるトークイベントが、2026年3月11日に開催されました。その内容を3回に分けてレポートします。

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世界犠牲システム

井野瀬:『食権力の現代史』の本を読んですごいと思ったのは、飢餓を食権力によってもたらされる人的な災害、人災なのだと、バシッと捉えていることです。「飢餓という人災」によって何千万という人が死んでいった。そのようなことが起こっていたと考えるだけで、もう胸がつぶされそうになります。

 

藤原:食権力の現代史』執筆のモチベーションの一つは、私も含めてナチス研究者がなぜイスラエルの暴力に対してきっちりと向き合うことができてこなかったか、ということです。一つには、イスラエルがユダヤ人国家だからです。ユダヤ人はホロコーストの犠牲者だから、国民国家を作ろうとするのは仕方がないのではないかという、とんでもなく単純な物語に抗ってこなかった。そのことに引っかかっていました

 

井野瀬:岩波講座 世界歴史』というシリーズがあります。全部で24巻出ていて、藤原さんは「二つの大戦と帝国主義Ⅱ 20世紀前半」と題する第21巻冒頭、時代を俯瞰する「展望論文」を執筆されています。これが素晴らしい内容なのです。専門書ということもあり、あまり多くの読者の目には触れていないかもしれませんので、ここでぜひ紹介させてください。

 何よりもタイトルがすごい。「世界犠牲システムの形成と肥大」、です。経済学者や経済史家たちが唱えている「世界システム」という概念があります。西欧が生み出した資本主義というシステムがいかにして地球全体を飲み込んでいったか、を説明しようとするもので、経済史の重要な枠組みとなってきました。それを藤原さんは、世界システムではなく、世界犠牲システムとして考えなければならないと断じるのです。そこには、藤原さんが『食権力の現代史』の中で展開した話のエッセンスがすでにぎゅっと詰まっているわけです。

 これを読むと、今われわれが生きている時代は20世紀前半と陸続きかもしれない、と痛感させられます。私は『食権力の現代史』がこの話と重なり、ヨーロッパ中心の世界システム論の読み直しという「別の思考の枠組み」を伝えていることに大変感動いたしました

 

藤原:ありがとうございます。この論文は反応が非常に少なかったのでうれしいです。モチーフは単純なんです。幼稚園や小学校の時に、正義の味方のヒーローが登場するテレビ番組を見せられていました。スーパーヒーローがやって来て、弱くて困っている人を助けるのを見て、スカッとしてきたんですね。でも、大人たちは、それを僕たちに見せてきた責任を取るべきですよ。なぜなら、無茶苦茶に苦しんでいる人が世の中にたくさんいるじゃないですか。

 にもかかわらず、歴史学は人びとを苦しませるほうの人の伝記を書いてきました。コロンブスとか、ナポレオンとか、ヒトラーとか、スターリンとか。私自身もそういう伝記を読んで面白がってきたのですが、一度だって犠牲になっている側を歴史の表舞台に上らせてこなかったことは反省すべきではないかと。苦しめられてきた側から、歴史学を書き直したいという思いで、この論文を書いていました。

 

井野瀬:先日、新幹線のグリーン席にたまたま座ったら、『ウェッジ』という雑誌が目に入りました。2026年3月号の特集タイトルがなんと、「酷似する「戦間期」と現代 第三次世界大戦を防げ」です。戦間期とは、二つの世界大戦の間、1920年代、1930年代のことでしょう。副題の「第三次世界大戦を防げ」というのはメディア的アピールかと思いますが、こうした時代感覚についても、藤原さんの展望論文と『食権力の現代史』は参考になると思います。

 それから、藤原さんは言葉をとても大事にします。私もそうです。たとえば、藤原さんは、話し言葉では擬音語や擬態語をよく使われますが、それは少しでも自分の感じている気持ちに言葉を近づけたい、ということでしょう。論文では言葉をひねって醸成していく。そういうことも伝わってきます。

 

藤原:ILOがNPOなどと一緒に作成した報告書〔「現代奴隷制の世界推計」2022年〕によれば、現代奴隷は世界中に5,000万人いると言われています。そのうち2800万人が強制労働を課せられ、2200万人が強制結婚の状態にあるそうです。給料などゼロに等しい形で働かされている人たちが、私たちの日常生活に必要なパーム油や、私たちの愛するカカオやコーヒーなどを作っているわけです。奴隷制は決して過去のものではありません。

 

井野瀬:私は2023年、カリブ海域に残るプランテーション遺構を訪ねました。

マリー・ガラント島、ミュラ家所有のプランテーションにある製糖所の遺構(2023年8月11日井野瀬撮影)

 

藤原:その章〔第4章 カリブ海の近代と帝国の未来〕も面白かったです。プランテーションはまさに「エコロジカル・インペリアリズム〔生態学的帝国主義〕」ですよね。人間だけではなくて、植物や動物なども含む生態系を改変し、支配し、搾取する。砂糖という食べ物も食権力の問題です。井野瀬さんは嗜好品文化の研究もされていますが、そのような食べ物や植物から帝国主義を眼差すと、ヨーロッパの野蛮さが見えてきますね。

 友人の松村圭一郎さんに勧められて、先日、『採集する人々』という映画をみました〔ジュマーナ・マンナーア監督/パレスチナ/2022年〕。イスラエルの警察が、パレスチナ人たちが食材として野草を採集することを取り締まるなかで、ひそかに採集する人たちのことをフィクションもまじえてつくった映画です。映画に「自分は自然だ、自分を探しにいく」という驚くべき言葉がありました。生態世界は自分そのものなのです。イスラエルによる「環境保護」という名目での野草採集の禁止は、野草のモノカルチャー(商品化)を進めたいイスラエルの意図とセットであることも勉強になりました。そして、拙著『食権力の現代史』でも論じたように、食べものを渡さない、水の汚染を放置するという暴力によって生態的に人間を苦しめる。イスラエルの占領と支配と監視は、エコロジカル・インペリアリズムの一種でもあるといってよいと思います。

 井野瀬さんは、第4章で、ロンダ・シービンガーという科学史家の本『植物と帝国――抹殺された中絶薬とジェンダー』(小川眞里子・弓削尚子訳、工作舎、2007年)に言及されていましたね。これは名著で、私も大好きです。「井野瀬さんも読んでいたんだ」と嬉しかったです。この本では、奴隷の女性たちが堕胎の薬として植物を利用していたことが明かされています。

 

井野瀬:奴隷貿易廃止が現実味を帯びた19世紀初頭の調査のなかで、カリブ海域のプランテーションでは奴隷人口が増えていないことがわかってきました。なぜなのか。その一因は、女性奴隷たちが、この地域に自生するオウコチョウという植物を使って、自らの意志で堕胎していたことにありました。彼女たちは、この植物のこの薬効を知っていたのです。ところが、オウコチョウは、ヨーロッパには観葉植物として紹介されただけ。当時の科学者、つまりヨーロッパの男性たちは、この植物がもつ「抵抗の政治性」には気づかなかったのです。シービンガーはここから、私たちは何を知らないのか、なぜ知らないのかという「無知学」を拓いていきます。

 大西洋を渡る奴隷制は15世紀の終わり頃から始まり、19世紀を通じて行われました。それは、ヨーロッパで国家主権という考え方が生まれ、啓蒙主義を育んで人種主義を「洗練」させ、フランス革命を経て、議会制民主主義が根づいていく時間と重なります。ヨーロッパの民主主義は海の向こうの奴隷制に支えられていたことになります。

 

藤原:そしておそらく、奴隷制がなければヨーロッパの経済成長もありませんでしたね。奴隷制と資本主義の分かちがたい結びつきがあります。

 

井野瀬:しわ寄せは植民地にいきます。藤原さんも『食権力の現代史』で強調されていますが、犠牲になる人たち、飢えさせてもいい「彼ら」がいたから、国民を飢えさせないことができた。

 

藤原:そのとおりです。土地と水を収奪し、農業と漁業という生活手段を破壊し、封鎖によってパレスチナ人を意図的に飢えさせるイスラエルの統治には、犠牲のシステムが露骨に表れています。奴隷制があった時代と今とが一気につながる暴力です。

脱植民地化のかたち

藤原:美術品の返還問題に揺れる大英博物館の話も面白かったです〔第5章 ベニン・ブロンズとは何か?〕。

ベニン王国全盛期、16~17世紀につくられたベニン・ブロンズ。中央がオバと呼ばれるベニン王(2023年9月27日大英博物館にて井野瀬撮影)

 

井野瀬:大英博物館のみならず、ヨーロッパのさまざまな博物館に展示されているのは、征服し支配した国や地域から略奪した工芸品や美術品です。代表的なものとして、ベニン・ブロンズがあります。ベニン・ブロンズは現在のナイジェリア南西部にあったベニン王国で作られ、王宮の装飾に用いられていました。ところが1892年、イギリスは軍事遠征〔「懲罰遠征」と称していました〕で、ベニン王国を滅ぼしてしまいます。陥落したベニン・シティ〔王宮があった都〕からイギリス軍は財宝を「戦利品」として大量に略奪します。そのひとつがベニン・ブロンズでした。

 21世紀に入る頃から、略奪品の返還議論が本格化していきます。特に活発になったのが2007年前後です。2007年は大英帝国内で奴隷貿易が廃止されて200年目という節目の年であるとともに、国連では「先住民の権利に関する宣言」が採択された年です。

 返還に際して難しいのは、「そもそも誰のものか」ということです。21世紀の世界は略奪が行われた時代とは大きく変貌しており、政治体制が異なっていたり、略奪された王国がなくなっていることもあります。その場合、どこに返せば「返還した」ことになるのでしょうか。さらに言えば、物を返したらそれで略奪の過去は清算されるのか、といえば、もちろんそうではありません。むしろ返還後、どのようにソースコミュニティ〔返還せねばならない物を持っていた社会〕と対話をしていくのか、が重要です。その意味で、返還という行為は、今までの歴史や文化、ものの見方を検証し、見直していくプロセスそのものだと、私は考えています。

 私は、本の副題を「脱植民地化の歴史学」としました。脱植民地化とは、植民地化状態を脱することなのですが、その形は多様です。第二次世界大戦後の1950~60年代に相次いだアジア、アフリカの政治的独立はその一つの形ですが、その後も旧宗主国への経済的な依存・従属状態は解消されませんでした。それは、「新植民地主義(ネオコロニアリズム)」とも呼ばれました。拙著がとりあげたのは、博物館を舞台とする旧宗主国の物理的・文化的支配の継続を何とかしようとする動きです。

 その点から美術品や文化財の返還調査で興味深かった事例は、ドイツ、ハンブルク民族学博物館(MARKK)です。アフリカ、ナイジェリアから返還を求められているベニン・ブロンズ展示の多くに、「オン・ローン」という言葉が記されていたのです。つまり、一度返しました、そしてまた借りました、というわけです。面白いでしょ? 

 このように、「所蔵する」と「展示する」の間にある答えは一つではありません。脱植民地化の手法も形も多様です。その意味でも、いわば「対話のキャッチボール」のような未完のプロセスこそが脱植民地化だと、私は思うのです。

 

藤原:「脱植民地化」は副題で、メインタイトルにはならなかったんですね?

 

井野瀬:入れたかったけれども、それをタイトルにしては売れないだろうと(笑)

 

藤原:なるほど。それで、ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄――一万三〇〇〇年にわたる人類史の謎(上・下)』(倉骨彰訳、草思社、2012年)にならって、「奴隷・骨・ブロンズ」とされたのですね(笑)


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著者略歴

  1. 藤原 辰史

    1976年北海道生まれ。京都大学人文科学研究所教授。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程中途退学。博士(人間・環境学)。専門は農と食の現代史。主な著書に『ナチス・ドイツの有機農業』(柏書房、2005年/日本ドイツ学会奨励賞)、『カブラの冬』人文書院、2011年)、『ナチスのキッチン』(水声社、2012年/河隼雄学芸賞)、『稲の大東亜共栄圏』(吉川弘文館、2012年)、『食べること考えること』(共和国、2014年)、『トラクターの世界史』(中公新書、2017年)、『戦争と農業』(集英社インターナショナル新書、2017年)、『給食の歴史』(岩波新書、2018年/辻静雄食文化賞)、『食べるとはどういうことか』(農山漁村文化協会、2019年)、『分解の哲学』(青土社、2019年/サントリー学芸賞)、『縁食論』(ミシマ社、2020年)、『農の原理の史的研究』(創元社、2021年)、『歴史の屑拾い』(講談社、2022年)、『植物考』(生きのびるブックス、2022年)、『これからの日本で生きる経験』(SURE、2023年)、『生類の思想』(かたばみ書房、2025年)など。

  2. 井野瀬 久美惠

    1958年愛知県生まれ。人間文化研究機構監事/甲南大学名誉教授。京都大学大学院文学研究科西洋史学専攻単位取得退学。博士(文学)。第23期(2014-2017)日本学術会議副会長。大英帝国を中心に、(日本を含む)「帝国だった過去」とわれわれが生きる今という時空間との関係を多方向かつ多層的に問う研究を続けている。主な著書に『大英帝国はミュージック・ホールから』(朝日新聞社、1990年)、『子どもたちの大英帝国』(中公新書、1992年)、『受験世界史の忘れもの』(PHP文庫、1994年)、『意外な世界史』(PHP研究所、1996年)、『女たちの大英帝国』(講談社現代新書、1998年)、『黒人王、白人王に謁見す』(山川出版社、2002年)、『植民地経験のゆくえ』(人文書院、2004年/女性史青山なを賞)、『大英帝国という経験』(講談社、2007年)、『「近代」とは何か』(かもがわ出版、2023年)、『イギリス文化史』(編著、昭和堂、2010年)、『アフリカと帝国』(共編著、晃洋書房、2011年)、『「世界」をどう問うか?』(共編著、〈ひと〉から問うジェンダーの世界史 第3巻、大阪大学出版会、2024年)など。

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