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頭脳資本主義の到来――AIはビジネスをどう変えるか?

AIに向く仕事・向かない仕事

AIに向くのは定型的作業ではない

これまで、AIやそれを組み込んだスマートマシン(ロボットや自動運転車などの賢い機械)が、金融小売物流建設農業といった業種にどのような影響を及ぼしていくか論じてきた。

今回は、これらの業界の分析を踏まえ、どのような仕事が AI などの機械に向き、何が向かないかについて検討し、これまでの議論をまとめたい。

第2回の「金融業はIT産業の一部となる」で、AIは定型的な作業ではなく、むしろ非定型的な作業に向いているという話をした。定型的な作業であれば、AIというほど高度なものではなく、普通のIT(情報技術)でこと足りる(図1)。

今まで取り上げた産業では、銀行のATM、ネットバンキング、セルフレジなどが、普通のITの範疇だ。それに対し、証券などのロボトレーダー、小売での欠品管理、棚割り(どの商品をどの棚に置くか)、自動運転トラック、自動建設機械、トマトなどの収穫ロボット、自動運転トラクタなどは、AIが応用されており、非定型的な作業を行なえる。

20世紀に2度のAIブームがあって、2016年から日本で巻き起こったのは3度目のブームである。20世紀の2度のブームでは、おおざっぱに言うと「ルールベースAI」が中心だった。

それは、人間が設定したルール通りに動くAIであったから、杓子定規で融通が効かず、応用範囲はかなり限定的であった。それに対し、3度目のブームで中心になっているのは、「機械学習ベースのAI」である。機械学習では、画像や音声、数値、テキストなどたくさんのデータから、パターンや法則性を見出し、それらに基づいて、認識、コンテンツ生成、意思決定などを行う。

認識というのは、例えば動物の画像を見て犬なのか否かを判断するといったことだ。判断するには、たくさんの犬のデータを読み込ませて、AIが犬のパターンをつかんでいなければならない。

コンテンツ生成は、例えばバッハの曲のデータを読み込ませて、そこからバッハらしさのパターンを抽出して、いかにもバッハらしい曲をAIが作るといったことだ。

意思決定は、例えば囲碁のAIが、囲碁の対局のデータを読み込み、どのような局面でどこに碁石を置くと勝ちに繋がるかという法則性をつかみ、実際に置く場所を決定するといったことだ。

いずれであってもたくさんのデータ、つまり「ビッグデータ」を必要とする。最近流行りの「ディープラーニング」という技術は、機械学習の一手法だ。そして、このビッグデータとディープラーニングが、3回目のAIブームの立役者であり、機械が非定型的な作業を行うことを容易にした。

人間が犬の画像を見てどのように犬と判断しているのかをルールとして書き起こすのは難しい。このように明示的にルール化できない人間の知性の働きを「暗黙知」という。暗黙知の反対は、「形式知」でルール化できる知性の働きである。

ここで定型的といっているのは、まさにこの形式知で済むような作業を指している。単純な繰り返しでなくても、人間が与えたルールに基づいてプログラムが判断し実施できる作業は、定型的というわけだ。

ルールを複雑に組み合わせて人間の知的振舞いを再現すれば、ルールベースのAIを構築できるが、それは「熟したトマトとそうでないトマトを見極める」といったような非定型的な作業にはさほど向いていない。それゆえに、20世紀の2度のAIブームは失敗に終わったのである。

したがって、ここではもっと簡単な機能を考えてもらいたい。例えば、ATMで支店名を選ぶときに、画面における「ま」という文字の部分を押したら、「丸の内支店」といった「ま」から始まる支店名が全て表示されるだろう。

このような表示を行うのに、過去の膨大なデータからAIが学習してパターンをつかむといったプロセスは必要ない。「ま」が押されたら、丸の内支店や松戸支店といったリストを表示するといったルールは、簡単に命令としてプログラムに与えることができるからだ。

それに対し、犬の画像を判断するといった暗黙知はルール化困難であり、これを機械に行わせるには、AIにたくさんのデータからパターンを抽出させるというプロセスを必要とする。

手の動きを真似るのは難しい

しかし、データの蓄積があっても今のAIが苦手とする作業があって、それは「マニュピレーション」(巧みな操作)と「コミュニケーション」(人との会話)である。しかし、これらは原理的に不可能というわけではない。

人間の最大の特徴は、二足直立歩行と言語を使ったコミュニケーションができるということだ。そして、足で直立可能であるがために、手が自由になり高度に発達した。

したがって、手は人間の身体部位の中で最も器用に動き得る。AI(を組み込んだスマートマシン)に難しいマニュピレーションというのは、主にこの高度な手の働きである。

小売では商品棚に商品を実際に置く作業、物流ではピッキング(品物を手に取る)、建設では窓枠に窓をはめるとか、壁にタイルを張るといったとび職の人の仕事、農業ではパッキング(トマトなどをパックに詰める)が、このマニュピレーションに相当する(図2)。

なお、金融は情報ばかりを扱う業界であり、実空間に働きかけることは必須ではなく、マニュピレーションは基本的には必要ない(図2)。強いて言えば、ATMが壊れた時の修理といったことがあるが、金融ならではの作業ではないだろう。

AIに言葉の意味は理解できるか?

コミュニケーションが難しいのは、今の AIが本質的には言葉の意味を理解できないからだ。「言葉の意味」というと、辞書を引けば分かると私達は考えてしまいがちである。

ところが、辞書の犬という項目にある「イヌ科の哺乳類~」といった字面を目にしても、犬という言葉の理解には繋がらないかもしれない。

「イヌ科」や「哺乳類」といった言葉の意味が分かっている必要があるからだ。そして、それらの言葉を辞書で引いてみたところで、また分からない言葉が出てくるだけで、このプロセスには終わりがない。

逆に、哺乳類やイヌ科という言葉を知らない幼児であっても、犬という言葉の意味を知っており、正しく使うことができるというケースは十分あり得るだろう。要するに、犬という言葉の意味は、その姿、鳴き声、走り回る動作といったイメージなのである。

犬という言葉(記号)と犬というイメージ(概念)が、いかに結びつけられるかという問題を「シンボルグラウンディング問題」という。これは、認知科学者のスティーブン・ハーナッドによって1990年に提唱されており、AIの研究分野でもよく知られている。

辞書の内容をコンピュータに読み込ませることは簡単だが、それではシンボルグラウンディング問題は解決できない。AIが本質的に意味を理解できるようにはならないのである。

ディープラーニングの出現によって、AIは犬の画像を見て犬と言い当てることが人間よりも得意になった。つまり、犬という言葉と犬のイメージが結びつくようになったのである。

だが、これではまだシンボルグラウンディング問題の解決のとば口に立っているに過ぎない。なぜなら、「自由」や「民主主義」、「市場」といった抽象概念のシンボルグラウンディング問題をどう解決したら良いのか分からないからだ。

私達は、「自由」をイメージすることができるが、AIは「自由」をイメージすることができない。先ほど私が、「今のAIが本質的には言葉の意味を理解できない」と言ったのはそういうことだ。

だからと言って、AIが人間と全くコミュニケーションできないというわけではない。 Siri やアレクサと会話らしきことをしている人もいるだろう。チャットボット(会話ボット)を設置する EC サイトも増えてきた。

しかし、これらは人間の問い掛けに適していそうな応答をただ返しているだけで、意味を理解して応答しているわけではない。このような AIを「人工無脳」という。

みなさんもSiriが時々頓珍漢な答えを返してくるのを経験しているかもしれない。それは、Siriがシンボルグラウンディング問題を解決していない人工無脳だからである。

サービス業などで、複雑で長いコミュニケーションや丁寧な応対が必要な仕事を、人工無脳に担わせるのは困難だ。例えば、洋服や自動車の販売員といった仕事である。

ただし、商品を購入する際に、丁寧な説明を必要としない消費者も増えてきている。第3回の「小売が完全自動化される日」で述べたように、小売などの接客業は、「自動化」と「ホスピタリティ」という二つの方向に両極化していく。

マニピュレーションについて私は、ピッキングロボットは2030年頃、とび職の仕事をこなすロボットは2040年頃にそれぞれ出現すると予想している。

AIによるほぼ人並みのコミュニケーションが実現するには、AI研究がシンボルグラウンディング問題の解決に至らなければならないが、それがいつになるか全く予想がつかない。しかし、原理的に実現不可能とは言い切れない。AIに、「自由」や「市場」といった抽象概念のイメージを獲得させる方法が見つかるかもしれないからだ。

AIに創作はどこまで可能か?

対して、AIには原理的に不可能なことがあり、それは「C:クリエイティヴィティ」「M:マネージメント」「H:ホスピタリティ」における「新規性」に関わっている(図1)。

「C:クリエイティヴィティ」(創造性)は、絵画や作曲といった芸術家以外の仕事でも、研究開発や商品企画など様々な仕事で必要とされる。

「M:マネージメント」(経営、管理)は、会社の経営や店舗・工場・人員などの管理を指している。「H:ホスピタリティ」(おもてなし)は、介護士、看護師、ホテルマン、インストラクタといった職業で発揮され得る。

これらの分野「CMH」にも当然、AIやロボットは進出してくる。特に芸術分野は AIに向いていると言っても良いくらいだ。既に、AIはバッハがいかにも作りそうな曲やレンブラント(17世紀オランダの画家)がいかにも描きそうな絵画を創作できる。

真似だけでなくオリジナルな曲や絵画を創作した例もある。それでも、AIには新規性があり、かつ人々に喜ばれる作品を作るのが困難だ。なぜなら、あくまでも AIは過去のデータを活用して創作するからだ。

例えば、AIは新規性のあるメロディを作っても、それが人々に喜ばれるかどうかを判断することはできない。新規性のあるメロディの良し悪しは、過去のデータに照らしても評価できないからだ。

AIは新規性のある数小節の短いメロディの作曲は可能かもしれないが、その良し悪しを判断しつつ次のメロディを繋げていき、一つの魅力的な曲を作り上げるという作業ができない。そして、魅力的ではない曲はそもそも作品として受容されないので、そういった曲を議論の外に置くならば、新規性の実現は AI には不可能と言って良い。

人間は自分の脳や身体に基づいた感性を持っており、それによって新規性のあるメロディについても良し悪しを判断できる。そして、人類はある程度似た脳や身体を持っているので、一人の人間が下した良し悪しの判断を他の人間も共有し得る。

人間の脳には、およそ1千億個の「ニューロン」(神経細胞)と100兆個の「シナプス」(ニューロン間の繋がり)があると言われている。

それらをコンピュータ上にコピーして再現できれば、こうした新規性についても判断できるようになる可能性がある。このような技術を「全脳エミュレーション」という。

それはもはや「自然知能」である人間の脳のコピーであって、「人工知能」とは言い難い。しかも、全脳エミュレーションが実現するのは、22世紀に入ってからと一般に予想されている。

したがって、クリエイティヴィティにおける新規性を AIが担うのは、原理的に不可能(あるいは今世紀中には不可能)と言って良い。

マネージメントにしても、ホスピタリティにしても、過去のデータが参考にならないような新規の事態には、人間が自分の感性に基づいて判断するしかない。例えば、物流において自動運転トラックが事故を起こした場合には、人間の立ち合いなしには処理できないだろう。

図2に表されているように、金融ではCMHに関わる業務が比較的少ないが、例えばクリエイティヴィティを必要とする業務として、金融商品の開発が挙げられる。

小売ではマネージメントとホスピタリティ、物流ではマネージメント、建設および農業ではクリエイティヴィティとマネージメントが比較的必要とされている。また、小売り以外では接客としてのコミュニケーションはそれほど必要とされない。

なお、小売でコミュニケーションやホスピタリティが△になっているのは、百貨店などでそういったものが今後も必要とされ続けるのに対し、ネット通販や無人店舗では必要とされなくなって、先に述べたように両極化するからである。

マニュピレーションとコミュニケーション、そしてCMHの全てを必要とする業種に医療が挙げられる。したがって、医療の自動化は困難である。その一方で、医療はデータが蓄積され得るので、AI の活用に適した分野である。次回は医療の未来について議論したい。

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著者略歴

  1. 井上 智洋

    駒澤大学経済学部准教授。専門はマクロ経済学、貨幣経済理論、成長理論。慶應義塾大学環境情報学部卒業、IT企業を経て、早稲田大学大学院経済学研究科で博士号取得。博士(経済学)。
    人工知能と経済学の関係を研究するパイオニア。

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