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頭脳資本主義の到来――AIはビジネスをどう変えるか?

2030年・物流の完全無人化は果たせるか?

トラックドライバーの不足を解消するために
前回、自動化が進みつつある実空間の産業の例として、小売業を取り上げた。小売業は日本では、福岡を拠点としてディスカウントストアなどを経営するトライアルカンパニーという一企業が自動化をけん引しており、最終的には完全自動化を目指している。

それに対し、物流や建設業、農業については、政府が完全自動化ないし完全無人化という目標を掲げている。今回は物流について取り上げる。

2017年、政府の「人工知能技術戦略会議」は2030年までに、自動運転トラックやドローンなどを活用して、物流を完全無人化する計画を示した。その背景には人手不足があり、とりわけトラック運送業ではそれが深刻だ。

私は運送業に従事する方々と議論したことがあって、彼らが「とにかくトラック運転手が足りない。誰か早く自動運転トラックを実用化してくれ」と悲痛な叫びを挙げているのが印象に残っている。

現在、トラックドライバーの約4割が50歳以上で、平均年齢が年々上昇している。若いなり手が減少し続けているということだ。

これは、少子化の影響もあるが、恐らく大学進学率が上昇したせいでもあるだろう。大卒者は、ホワイトカラーの職種に就くことを志望し、肉体労働を忌避する傾向があるからだ。

いずれにせよ、運送のような肉体労働における人手不足を解消するために、自動運転トラック、ドローンといったスマートマシンの活用が期待されている。

自動運転トラック
日本では現在、豊田通商などが「後続車無人隊列走行」の実験を行っている。三台のトラックが連なり、先頭車両は人が運転するが、後続する二台目、三台目は無人で、先頭車両を追従して走るというものだ。

ただし、今はまだ実験段階なので、後続車は人が運転席に座ったまま自動運転がなされている。2020年には高速道路での後続車の無人走行を技術的に実現し、22年以降には商業化する計画だ。

一方、単独で走行する自動運転トラックの実験も進んでいる。例えば、2019年8月に日本通運などは、公道も一部含むようなルートでの自動運転トラックの走行実験を日本で初めて行なった。

実験をくりかえし行い安全が十分確認できたら、実用段階に入る。政府のロードマップでは、自動運転トラックの単独走行は、高速道路限定で2025年に実現する予定だ。一般道での自動運転は、高速道路に比べたらけた違いに難しいので、2030年頃になるだろう。

宅配の自動化
物流の最終行程である各家庭に商品を届ける宅配、いわゆる「ラストワンマイル」の自動化については、ドローン配送が一般によく知られている。

だが、落下の危険性があるので都市部での導入は今のところ困難である。空を飛ぶのではなく、地上を走行するスマートマシンの方が期待が持てそうだ。

例えば、ディー・エヌ・エーとヤマト運輸は、「ロボネコヤマト」というプロジェクトで自動配送を目指している。

ロボネコヤマトは、利用者がスマホで場所と日時を指定しておくと、自動運転車が荷物をその場所まで届けてくれるサービスだ。利用者は、自動運転車に内蔵された宅配ボックスのようなロッカーにスマホのバーコードをかざして、荷物を取り出す。

以前、ロボネコヤマトの車両は人が運転していたが、2018年4月には神奈川県藤沢市で自動運転車での実証実験を成功させている。

もう一つこちらも藤沢市だが、ZMP 社は2019年1月に、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスで、無人配送サービスの実験を行なった。

同社の宅配ロボット「デリロ」(当初の名称はキャリロ・デリ)がキャンパス内を移動し、ローソンの仮店舗から指定の位置まで、弁当やペットボトルの飲み物などを届けたのである。

近頃、新型コロナウィルスの蔓延により、スーパーマーケットなどの混雑が問題になっているので、デリロは、その解消手段としても注目を集めている。ZMP社は2020年5月に、高層マンション群でのデリロを使った宅配の実証実験を提案した。

ドローンよりもこういった地上を走るスマートマシンの方が危険性は少ないが、地上は障害物が多く、特にマンションやアパートの階段を昇って玄関口まで届けるのは難しい。

ロボネコヤマトにせよデリロにせよ、利用者が建物の外まで取りに行く労力を必要としているのが現在の課題だ。

搬送の自動化
物流を完全自動化するには、運送・配送だけでなく、これまで人が行なってきた物流センター(倉庫)内の「ピッキング」(商品の取り出し)や「搬送」(商品を運ぶこと)といった作業をスマートマシンに代替させなければならない。

従来の物流センターでは、ピッキングしてから搬送するという手順がとられていた。すなわち、商品の注文があったら、作業員はその商品の置いてある棚のところまで行って、ピッキングする。そして、商品を台車やカートに載せて、作業エリアまで搬送する。

それに対し、現在アマゾンの一部の物流センター(川崎、茨木、川口、京田辺の4ヶ所)では、ロボットが搬送し、それから人がピッキングするという手順になっている。

その搬送ロボットというのは「Drive」という名前で、元々は、アマゾンが2012年に買収したKiva Systemsの技術である。

Driveは、ロボット掃除機ルンバのような形をしたオレンジ色のロボットである。このDriveが、縦長の本棚のような形状の商品保管棚の下に潜り込んで、棚ごと「ステーション」と呼ばれるピッキングスペースに運んでいく。

その際、倉庫の床に貼られたQRコードを読み取りながら、他のロボットと衝突しないように効率的な経路を探して移動する。

ピッキングスペースでは作業員が商品を取り出しコンテナに入れ、そのコンテナはベルトコンベアで次の作業場に運ばれる。そこではまた別の作業員がコンテナの中の商品を取り出し、段ボールに梱包する。これで出荷準備完了だ。

既存の物流センターでは、作業員があちらこちらの商品棚の間を駆けずり回るのだが、これでは彼らに大きな体力的な負担がのしかかる。driveを導入した物流センターでは、その逆で商品棚の方が作業員のいるピッキングスペースまで移動してくれるので、作業員は動かずに済む。

もう一つ搬送の自動化技術として有名なのは、ノルウェーのAutoStore AS社のシステム「オートストア」で、国内ではニトリや丸井が導入している。

このシステムは、巨大な保管庫の中に小物などの商品が入ったコンテナが積み上げられている。その上を鮮やかな赤色をした複数のロボットが動き回り、目的の商品の入ったコンテナを引き上げて、作業員のいるスペースまで運んでいく。

保管庫は、コンテナの積み替えを自動で行い、人気の商品の保管されたコンテナは上の方に来るようになっていて、素早く取り出すことができる。

また、オートストアでは、人間が商品を取り出して運ぶための通路は必要ないし、商品棚を人の背丈に合わせる必要もない。コンテナを密集させ高く積みあげることができるので、スペースを大幅に削減することが可能だ。

実際に、工具などを販売するトラスコ中山の物流センターでは、オートストアの導入により、保管効率が3~3.5倍にも増大したという(注1)

ピッキングロボットとディープラーニング
driveを導入したアマゾンの物流センターでも、ピッキングは人がこなしている。ロボットにとって、人の体の部位の中で手を真似るのが一番難しいからだ。

今のロボットでも、段ボール箱などに入った荷物を持ち上げる「ケースピッキング」は比較的容易だが、「バラ」といって形状や大きさが不ぞろいの部品のようなものがたくさんある場合、その一つ一つをつかむのは得意ではない。

それでも、近年バラをつかむロボットの開発が進んでいる。この分野ではとりわけ、AIの最先端技術であるディープラーニングの応用が盛んである。

ディープラーニングは、機械学習ベースのAIを実現する手法の一つなので、こうしたピッキングロボットは、最初は失敗しながらも試行錯誤を繰り返し、徐々につかみ方を習得していく。

ロボットメーカーとして有名なファナックと国内のAIベンチャーで随一の技術を持つPreferred Networksは、早くも2015年に、ディープラーニングを応用したバラ積みピッキングロボットに関する取り組みを行っている。

その取り組みによれば、ロボットはマグネット式のアームを持っており、たくさんの鉄製の円柱状の部品を磁力で持ち上げようとする。

最初はランダムにアームを下ろすだけだが、鉄柱の向きによって持ち上げられたりそうでなかったりする。何度もアームを下ろし、成功した時と失敗した時のそれぞれの画像を記録していく。

こうした画像データを元に機械学習を行なっていき、どのような向きの鉄柱であれば持ち上げ易いかを体得していく。8時間の学習の結果、熟練者がチューニングした場合と同様の取得率である90%に達したという。

アメリカのライトハンド・ロボティクス社は、既にディープラーニングを組み込んだピッキングロボット「ライトピック」(最新版はライトピック2)を世に送り出しており、日本でも卸売業を営むPALTAC社などの倉庫で導入されている。

ライトピックは、吸着カップと3本の指を持っている。吸着カップでまず商品を吸い寄せ、それから3本の指で商品をがっちりとつかみ込む。

指先は柔らか素材で、マグカップをつかむことも可能だ。マグカップは、人間の手の形状に合わせて作られているので、その分ロボットにはつかむのが難しい。

物流の無人化はいつ実現するか?
こうした幾つかの取り組みが出始めてはいるものの、CDや本、雑貨など様々な形、大きさの商品を全く壊さずにつかむことができる実用的なロボットの開発は未だ難しく、物流の現場に本格的には導入されていない。

だが、アマゾンは搬送をロボットに、ピッキングを人間に任せるという機械と人間の共存状態をいつまでも維持してはおかないだろう。その証拠に、アマゾンはピッキングロボットの競技会を主催している。

それは、2015年から毎年開催されている「アマゾン・ロボティクス・チャレンジ」(当初の名称はアマゾン・ピッキング・チャレンジ)で、ピッキングなど物流の自動化技術を競う大会だ。

恐らく10年も経てば、物流で最も機械化の難しいピッキング作業もロボットに任せられるようになるだろう。そうだとすると、2030年までに物流の完全無人化を実現することは無理だろうが、無人化に必要な技術はほぼ出そろうものと予想される。

そこからさらに15年経った2045年くらいには、無人化技術が普及し尽くして、物流の現場でほとんど人間は働いていないかもしれない。ただし、その場合でも物流の現場での不測の事態に備えて、モニターなどで業務を管理するスタッフを何人かは張り付けておく必要があるだろう。

私は、これまでAI・ロボットに代替されにくい仕事は、クリエイティビティ(創造性)、マネージメント(経営・管理)、ホスピタリティ(もてなし)の3つを必要とするものと主張してきた。

物流の現場では、クリエイティビティとホスピタリティはほとんど必要ない。業務全体をマネージメントするスタッフだけが最後に残されるだろう。

(注1)日経MOOK『物流革命2020』日経新聞出版社

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著者略歴

  1. 井上 智洋

    駒澤大学経済学部准教授。専門はマクロ経済学、貨幣経済理論、成長理論。慶應義塾大学環境情報学部卒業、IT企業を経て、早稲田大学大学院経済学研究科で博士号取得。博士(経済学)。
    人工知能と経済学の関係を研究するパイオニア。

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