小売が完全自動化される日
アマゾンゴーとフーマーフレッシュ
前回、IT 化・AI化がもっとも進行しているのは、金融業であると述べた。それは、金融業がほとんど情報のみを扱う産業であり、その情報の多くが数値データで、そもそもコンピュータは数値データの処理が得意だからである。
今後、画像認識やロボットや自動運転車のような「スマートマシン」が普及すれば、金融業のような情報を扱う産業だけでなく、実空間の産業でも自動化が進む可能性がある。
今、私がもっとも注目しているのは小売業で、それもアマゾンのようなECサイトではなく実店舗だ。実店舗こそが、画像認識のようなAI技術を導入する余地が大きいからだ。
実店舗にAIを導入するというと、「アマゾンゴー」を思い浮かべる人が多いかもしれない。アマゾンゴーは、アマゾン社がシアトルにオープンしたコンビニのような店舗だ。
ビデオカメラとセンサー、そしてAIの先端技術であるディープラーニングを駆使して、レジなしの決済を実現している。言わば「機械の眼」が、誰がどの商品をバッグに入れたのかを管理しているのである。
中国版アマゾンとして知られているアリババもECサイトを経営するだけでなく、実店舗に進出している。
アリババ創業者のジャック・マーは、2016 年に「ニューリテール」(新しい小売)という概念を提唱した。オンラインとオフラインを融合させ、シームレスな顧客体験を提供するというのである。
オンラインとオフラインの融合は一般に、「OMO」(Online Merges with Offline) と称されている。ニューリテールは、OMOを小売に適用したものと言えるだろう。
アリババ傘下の「フーマーフレッシュ」という生鮮食品店は、ニューリテールを具現化したような店舗だ。店に売られている魚や野菜などすべての商品にバーコードが付されていて、顧客が専用のアプリで読み込むと、産地や栄養に関する情報を得ることができる。
家でこの専用アプリを使って注文すると、スタッフが店舗内で該当商品をピックアップして届けてくれる。店舗そのものがECサイト用の倉庫を兼ねているのである。また、専用アプリが店舗でも家でも使えるという点が、オンラインとオフラインのシームレス化の実例となっている。
リテールAI
一般に、IT・AIを積極的に取り入れている企業はアメリカと中国に多いものと思われており、日本は「AI後進国」などと揶揄されることがあるくらいだ。
だが、小売に限って言うと、日本でも先進的な取り組みをしている企業がある。その代表格が、福岡を拠点としてディスカウントストアなどを経営する「トライアルカンパニー」だ。
トライアルカンパニーは、「リテールAI」(小売AI)技術を実店舗内で駆使している。そこで中核的な役割を果たすのは「AIカメラ」だ。これは、ビデオカメラの映像をAIで解析する仕組みのことだ。
小売にAIカメラを導入したものは、特に「リテールAIカメラ」と呼ばれる。例えば、2019 年 4 月に、福岡の「トライアル新宮店」では、リテール AIカメラを 1,500 台導入した。このようなカメラを導入することによって、「管理部門の効率化」と「ショッパーマ―ケティング」が可能となる。
管理部門の効率化
管理部門の効率化の例として、「欠品管理」が挙げられる。AIカメラが商品棚の様子を絶えず監視することによって、不足している商品があればアラートを鳴らしてスタッフに知らせる。これまでは人が広い店内を見回って、足りない商品があるかどうかチェックしなければならなかった。AIカメラによって、自動でこうした欠品管理ができるようになったのである。
管理部門の効率化として、欠品管理の他に「万引き防止」がある。万引きしそうな人のふるまいを AIカメラが認識してアラートを鳴らすというわけだ。ただし、これは技術的には可能だが、顧客を犯罪者扱いすることになるので、人権上の問題があって実際の導入は難しい。
ショッパーマ―ケティング
ショッパーマーケティングというのは、ショッピングしている最中の人に関するデータに基づくマーケティングを意味する。店舗のデータをマーケティングに生かすならば、これまではPOSデータ(レシートに書かれているようなデータ)を分析するしかなかった。
「POS 未満」という言い方があって、AIカメラを用いると、購入前の買い物客のふるまいを分析できる。たとえば、棚に置いてある商品を手にとって棚に戻した人がいると、その様子をとらえることができる。そうすると、その商品は気に入らない点があったということになり、それをマーケティングにつなげていくわけだ。
顧客にあった広告を自動で店内に表示することも可能だ。店にいる顧客を AIカメラで分析し、例えば 20 代の女性であると割り出して、20 代の女性が買いそうな商品の広告を店内のディスプレイに「デジタル・サイネージ」(電子看板)として映すこともできる。
トライアルカンパニーとしては、アマゾンと似たようなレコメンデーションの仕組みを実店舗で実現しようという狙いもある。アマゾンのレコメンデーションは、「協調フィルタリング」という技術を用いている。
これは、ある顧客の購買履歴と似ている他の顧客の購買履歴があったときに、後者の購買履歴の中で買っていないものを勧めるという仕組みで、これも一種のAI技術だ。
トライアル新宮店やアイルランドシティ店などでは、買い物かごを備えたカートが多機能な「スマート・レジ・カート」になっている。そのカートで決済が可能であるだけでなく、ディスプレイがついていていろいろな情報を映し出すことができる。たとえば、商品をかごに入れたら、その時の商品の合計額がリアルタイムに表示されるのである。協調フィルタリングを用いて、その人の購買履歴を基にその人が買いそうな商品の広告をこのディスプレイに表示することもできる。顧客は、カートにプリペイドカードを差し込んでから買い物を始めるので、その人がどういう購買履歴を持っているのかを把握できるのである。
棚割りの自動化
今、研究開発中の技術としては、「棚割り」の自動化が挙げられる。棚割りというのは、どの商品を棚のどこに置くかということであって、これが実は店の売り上げを大きく左右する。
棚割りの名人と言われる伝説的なおじいさんがいるらしい。そのおじいさんが、例えば「キットカットはここ」と言って置くと、実際にそのキットカットが売れるわけだが、それをうまくルール化、言語化することはできない。そういう知識は、一般に「暗黙知」と呼ばれている。
暗黙知をどうやってAIに落とし込むかということが、さまざまな局面で今課題になっている。というのも、モノづくりにおける匠の技のようなものは、後継者不足で伝承が途切れがちで、かといって文章に書き表すことも困難なので、AIに覚えさせることが望まれているからだ。モノづくりではないが、棚割りもそのような匠の技の一種と考えられる。
トライアルカンパニーでは、将棋のAIである「ポナンザ」を開発したHEROZという会社と組んで、棚割りの AI化を図っている。なぜ将棋AIの会社と組んでいるかというと、棚のどこにどの商品を置くかという問題と、将棋盤のどこにどの駒を置くかという問題は類似しているので、応用できるのではないかと見ているわけだ。
AIによるこの自動棚割り技術は、棚とポナンザをもじって「タナンザ」と名づけられている。トライアルホールディングスの永田久男会長がこういうダジャレが好きで、自ら名づけているという。
なお、NTTドコモも、自動棚割り技術を研究開発中だ。既に、商品棚をスマホで撮影して、それをデータ化する技術「棚SCANーAI」を提供しており、その延長上で棚割りの提案を行う仕組みを実現しようとしているのである。
完全無人店舗へ
トライアルカンパニーは、最終的に何を狙いにしているのだろうか?自動運転車には、自動化のレベルが5段階設定されているが、それを真似て、リテールAIにも以下のような5段階のレベルを設定している。レベル 1 のセルフレジから始まって、レベル 5 に至ると完全無人店舗が実現する。
レベル 0:完全手動
レベル 1:セルフレジ導入、自動発注
レベル 2:カメラで棚監視、顧客動線分析
レベル3:万引き防止、デジタル・サイネージ
レベル 4:AIカテゴリーマネージメント(棚割り)
レベル 5:完全無人店舗
※永田久男『リテールAI最強マネタイズ』日経BP社の表を参考に作成
完全無人店舗というのは、言わば「自動販売機」だ。トライアルカンパニーは、巨大な自動販売機を作ろうとしているのだろう。そこではすべてが自動化されて、小売には人が要らなくなる。
ただ、今後あらゆる小売りが自動化へ向かうかというと、そうはならないだろう。コンシェルジュが丁寧に説明して回るような百貨店が、自動販売機になるとは思えない。
今でも、セルフチェックインを導入して、フロントにスタッフが立っていないようなビジネスホテルがある。だが、ホテルニューオータニや帝国ホテルなどの高級ホテルのフロントに、スタッフがいなくなるような未来は当面訪れないだろう。
要するに、今後あらゆるサービスが二極化していくのである。安さが売りのサービスでは自動化が進み、お金持ち相手のサービスでは、AIやロボットには実現できないような人間のホスピタリティが発揮される。
「自動化」か「ホスピタリティ」か?どちらか(場合によっては両方)の徹底化を進めるしかなく、中途半端なサービスはいずれ淘汰されるだろう。