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スペシャルトーク「殺して、食べて、育てる」 @青山ブックセンター本店

スペシャルトーク「殺して、食べて、育てる」中編@青山ブックセンター本店

前回に引き続き、哲学者の檜垣立哉さんと、10年間屠畜場で働いていた作家・佐川光晴さんの対談をお届けします。

大きな声では語れない「生き物を殺して食べる」ことに、真正面から迫ります。

前編はこちら

人間は殺して食べているという現実

檜垣:哲学者として触れなきゃいけない話があって、つまりタブーについてなんです。

この本にも書いたんですけど、まず1つ目の根源的なタブーって、われわれが食べているものは全部殺しているということ。これはあるわけですよ。だけどお米を食べているのって罪悪感はないじゃないですか。これは、大地の実りだと言っていますが、あれは生殖のための種ですよね。かっさらって食っているわけですよ。だけど、罪悪感がないのは、殺しているという感覚がほぼないからですよ。

じゃあベジタリアンはいいのか。これもいろいろな議論があります。ベジタリアンなんか欺瞞だとか、哲学的にはいろいろな主張があります。たぶん一番理性的なベジタリアンは、エビは食べていいと言うんですね。エビは痛くないんだそうです。痛みを感じないものは食っていい。「エビは食べてもいいんだよ」。アメリカでそれを言う人がいる。「いや、エビはここの神経系がないから、殺しても痛くないんでいいんです」。そもそも葉っぱだって引きちぎったら痛がっているかもしれないじゃないですかとか、いろいろこっちも文句を言いたいことがあって。だから、タブーっていろいろな「理想型」があると思うんですよ。日本人だと不思議なことに、魚を釣って食べて、生け造りにすることってあんまりタブー意識がないじゃないですか。

佐川:そうですね。

檜垣:同僚でイギリス人の先生と居酒屋に行ったら、アジの生け造りが出てきて、「檜垣先生、何でこんなものを食べられるんですか。苦しんでいるじゃないですか。どういうことですか」。いや、そこは難しくて、苦しんでいるのか、単なる生理現象なのか、それは僕には分かりませんけれども。

その先生に聞くと、生きていることを考えてしまうから食べられないと。これは結構重大。生きていることを考えるから。でもカルパッチョになったら平気で食べたりする。顔がなきゃいいんですかって。要するに殺しているという意識が問題。

日本人は釣った魚をすぐ生きているのをぴちゃぴちゃってやったり、焼き魚にする。僕は自炊しているんですけれども、アジの頭をパーンとかやるときは、やっぱりちょっと抵抗があるんですよね。なにかあるんですけれども、そういうタブーの意識ってどこにあるのかというのがやっぱり1つ根本的な話で。人間は殺して食っているという現実があって、だけどそこはみんなが意識をしない。

やっぱり屠畜というのは日本独特の歴史性がある。これがドイツとかスペインとかに行くと、ほぼないと思うんです。魚を釣って食べて、とくに気にならない。

佐川:僕は10歳のころ、塩焼きにされたアジを見て、母親に「この魚、死んでるんだよね」と言って、「そういうことを言うのはやめなさい」と叱られたことがあります。つまり子どもがどうして食事ができるのかといったら、親が原罪を引き受けてくれているからですよね。まず父親が働いてお金を稼いで、母親がそのお金で食材を買ってきて料理をしてくれる。僕は主夫をしていますので、男女の役割についてはどちらでもいいと思っていますけれども。とにかく、お金を稼いで食材を買うということで、2段階、マネーロンダリングじゃないですけれども、親が「殺すこと」をクリーンにしてくれている。それで、母親がごく普通に食卓に料理を並べるから、子どもたちは安心して食べる。これが基本的な関係ですよね。

しかし思春期のどこかで親離れをしていくときに、ひとりになったら、どうやって食べ物を取ってくるんだ、どうやって稼ぐんだ。それと同時に、じゃあ自分が稼いだお金で物を買うのはどういう行為なんだ、といった根源的な疑問が生じるのではないか。

だから食べる=殺すという意識は成長に応じて生じてくるものであって、僕が農学部の連中からいろいろ言われていたのは、まだ準備段階。その後に、世界とじかに向き合わなければいけないという覚悟が生まれてきたときに、食べるために殺すということ、それから性が絡んでくる。なるほどそのとおりだよなと思いながら、今回、檜垣さんの本を読んだんですけれども。

檜垣:この本の中で豚のPちゃんの話を書かせてもらっていて、自分が今勤めている大阪大学の人間科学部の教育学関係のオーバードクターが、豊能町に行って実験授業をやったという話なんです。Pちゃんという豚を小学校4年生のクラスで飼って、卒業の時に食べて出ていこうという命の授業をやった。でも結局、失敗した。

佐川:でも、よく頑張っていますよ。

檜垣:僕も母方の実家が浦和の太田窪にあるんですよ。それでやっぱり当時は鶏を飼っていました。僕が本当に幼稚園のころで、卵を産んでいたんですけれども。多分、鶏鍋のときに僕のじいさんが、パーンって。いや、だって30~40年前の日本、鶏ぐらいだったらそこらへんわぁっといて、今日は鶏鍋にしようかと言ったら、すぱって。これって日常的な景色だったじゃないですか。

今は、鶏肉も豚肉もパック詰めになって、きれいに衛生的に詰められたものしか買ってこない。どこから来ているのかはよく分からないと言うけれども、あるところではやっぱりほんのり見えている。

佐川:ああ、そうですね。

檜垣:やっぱり屠畜って完全閉鎖空間になってしまっているじゃないですか。

佐川:そうですね。本当にそう。

檜垣:あれはやっぱり、僕は日本の特殊性として、やっぱりなんでなのかなと思いますよね。鶏だったらいいわけです。放鶏なわけですよね。もう農家でやって。でも牛や豚はちがう。

佐川:全然また話が飛んで悪いんですけれども、小説の取材の関係で3月の終わりに長崎に行って、出島のことを調べたんです。出島ってオランダ人が15~20人くらい暮らしていたんですが、隔離された人工島で牛や豚を飼っていて、自分たちで解体していたんですよね。

檜垣:いや、そりゃそうでしょうね。彼らはヨーロッパ人だからね。

佐川:昔の文献には、峠を越えて長崎に入ると、かいだことのないにおいがすると書かれているんですって。つまり出島だけじゃ狭くて十分な頭数を飼えないので、農家に頼んで牛や豚の飼育してもらっていた。ただし解体は出島だけでしていたみたいです。当時描かれた絵が残っていて、フランス革命のころのサン・キュロットみたいな格好をして、ツバの広い帽子を被ったオランダ人たちがナイフで牛や豚を解体している絵が残っているの。これは面白いなあと思って、その絵が載っている冊子『長崎游学9 出島ヒストリア 鎖国の窓を開く――小さな島の大きな世界』(長崎文献社)を買ってきたんだけれど。

檜垣:面白いですよね。

佐川:ヨーロッパの連中は家畜の解体が全然嫌じゃなくて、当たり前のように屠畜解体をするみたいですね。

闇の中に入ってしまいがちなこと

佐川:あと、どこまで見えているのかというのは、本当に大事ですよね。大宮では、牛と馬の係留場は2階にあって、トラックから降ろした牛や馬を1頭1頭荷主が引いて、20メートルほどのコンクリートの坂道を上っていく。僕が働いていたときは、その様子が埼京線の列車内から見えたんです。

檜垣:たぶん僕も見ています。

佐川:埼京線で新宿のほうから大宮に向かっていくと、左手に見えてね。休みの日に、牛を10頭くらい載せた大型トラックが着いているのが電車の窓から見えて、「おいおい、そんなに持ってくるんじゃねえ。仕事が増えるじゃねえか」と怒ったりしてね。それに、たまに牛や馬が逃げるんです。それを荷主が追っかけている様子が電車から見える。はみ出ている。別にあえて見せなくてもいいと思います。「こうやって生きた牛や豚を屠畜しているんだ。食べているからには目をそむけるな」といった無理強いをする必要はないし、やっているほうとしても、「見学なんてされたくねえ」って感じはあるからね。

屠畜場で働いていたときに、若い人、僕と同年か、3つ違いぐらいの人が5~6人いてね。入社して1年になるころ、「今度、佐川ちゃんの家、遊びに行っていい?」と聞いてきた。そのとき僕は自分に興味を持ってくれたんだと思ったの。うれしいなと思って。で、「どうぞ、どうぞ」と答えた。「一升瓶を持っていくからさ」と言って、本当に2~3人で来てくれたの。そしたら、みんなは僕の妻と話したかったの。つまり、自分たちにも彼女がいるんだけど、屠畜場で働いたまま結婚までいけるかどうかが分からない。彼女は口に出さないけれど、たぶん転職してほしいと思っていて、むしろそれが普通なのに、あんたは大学まで出た自分の旦那がこういう仕事に就いてどうして平気なんだということを一生懸命に聞いていた。なんだ、俺なんかどうでもいいんだと悔しくてね(笑)。

檜垣:それは深刻な問題ですね。

佐川:深刻な問題。

檜垣:彼女になんと言うか。断られないかみたいな。

佐川:屠畜場の仕事を辞めてから16~17年になりますし、特別な仕事をしたとは全然思っていない。どうしてかというと、今でも日本中、世界中で牛や豚は解体されて食肉にされている。それに従事しているたくさんの人たちがいるということがあって。僕もそのうちの1人だったということは言える。もちろんナイフの腕を身に付けるのはとても大変だったけど、特別な仕事をしていたんだという意識はない。ただし、屠畜は日本ではまだまだタブーで、闇の中に入ってしまいがちな職種です。それを適度に可視化しながらやっていくのは、とても難しいんじゃないか。

僕は今回、この檜垣さんの本を世界思想社の担当者から「読んでください」と言われた。送られていた本のオビに「われわれはなにかを殺して食べている!」と書いてあって、「殺すってことがあんまり強調されて書いてあったら困るな」と不安になりました。対談は引き受けたけれども、あんまり困る内容だったらどうしようと考えながら、正直おっかなびっくり読んでいたところがあるんですけれども。

檜垣:あんまりない。

佐川:ないです。そのあたりは実にきちんと書いてありました。注釈が適宜加えられていて、かっこ書きで書いてある、(私は哲学者なのでこの問題については分からない)といったところがとても率直で、面白くて、僕は最初から最後まで好感を持って読みました。あと、ご自分でさっき言われましたけれども、言葉を使う者は得てして極端なことを言いたがる。そこは気を付けなくてはいけないんだということを再三、本の中でも自戒されていて、屠畜場で働いていた者の端くれとしては、とてもありがたい書き方だと思いました。

次回へ続きます!

『食べることの哲学』『おいしい育児』の前書き部分を公開中!

おふたりの著書の「はじめに」をホームページで公開中です。

是非ご覧ください。

『食べることの哲学』われわれは何かを殺して食べている

『おいしい育児』はじめに

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著者略歴

  1. 佐川 光晴

    作家
    1965年東京都生まれ、茅ヶ崎育ち。北海道大学法学部卒業。
    出版社勤務ののち、1990年から2001年まで大宮の屠畜場で働く。2000年「生活の設計」で第32回新潮新人賞受賞。2002年『縮んだ愛』で第24回野間文芸新人賞受賞。2011年『おれのおばさん』で第26回坪田譲治文学賞受賞。他の著書に『あたらしい家族』『銀色の翼』『牛を屠る』『大きくなる日』など。芥川賞に5回ノミネート。小学校教員の妻と二人の息子との四人家族。主夫として家事を引き受けながら執筆に励む。

  2. 檜垣 立哉

    哲学者(大阪大学教授)
    1964年埼玉県生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程中途退学。
    フランスの現代思想を縦横無尽に駆使し生命論に挑む哲学者であるが思想にはいった入り口は吉本隆明。 また九鬼周造、西田幾多郎、和辻哲郎など日本哲学にも造詣が深く、20世紀初期の思想の横断性を突き詰めたいとおもっている。著書に、『瞬間と永遠 ジル・ドゥルーズの時間論』『賭博/偶然の哲学』『子供の哲学』『ドゥルーズ入門』など。死ぬ前に1つだけ食べるなら、讃岐うどん。 趣味(というか一面の本業)は競馬です。

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