第4回 書くことで広がる世界
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発達障害の当事者である横道誠さんと潰瘍性大腸炎の当事者である頭木弘樹さんが、互いの苦悩をぶつけ合い、議論をたたかわせた一冊『当事者対決! 心と体でケンカする』。その刊行を記念して、Xにて対談のスペースイベントを行いました(2023年12月1日)。
本が出来上がるまでのことを振りかえりつつ、頭木さんと横道さんに対談いただいた内容を、全4回にわたってお届けします。
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じぶんのダメさ加減をじぶんから先にさらす
頭木 「(人間関係において)じぶんのダメさ加減をじぶんから先にさらすというのは、関係を壊すためだとおっしゃっていますが、試し行動とは違うのでしょうか」っていう質問があります。
横道 試し行動に近い面はあるでしょうね。試し行動は、精神疾患の世界ではボーダーライン(境界性)パーソナリティ症に付随するものが典型的だと思います。恋人を試そうとして、どれだけじぶんに依存しているかっていうことを確認するために、とんでもないことをいろいろやる。リストカットをして死ぬふりをして見せたりします。
で、宗教2世問題とか、いわゆるアダルトチルドレンの問題、子どもの頃に家庭が壊れていた人の問題っていうのは、複雑性PTSD(心的外傷後ストレス症)というのが、精神医学での診断名になると思います。そして、複雑性PTSDとボーダーラインパーソナリティ症ってよく似ていて、鑑別が難しいんです。
頭木 そうなんですか。
横道 しょっちゅう誤診されるみたいです。じぶんに自信がないから、目の前に信頼できそうな人が現れたら、その人がどこまで信頼できるかっていうことを検査したくなるっていう、困った問題があるわけです。私の場合は、いちいち相手に試し行動をして困らせるのも悪いですし、何より40代のおじさんが10代や20代の女の子みたいなことをやってもみんな困りますから、余計ひとりぼっちになろうとするんです。
頭木 まあ年齢に関係なく、あるのかもしれないですけど。
横道 体の病気に関して、試し行動みたいなものってあるんでしょうかね。
頭木 うーん、まあ見捨てられることを恐れる気持ちは、みんなすごくあると思います。だって病気の人からは、誰だって逃げたいでしょう、基本的には。当人も逃げたいんだから。僕は逃げない人には、すごく興味があって、そのインタビュー集を出したいぐらいですね。
丸山正樹さんっていうミステリー作家の方は、奥さんが重度の障害を負っていらっしゃってて。その介護のために、3時間以上連続で寝たことがないっていう方なんですよ。それをもうずっと続けてらっしゃって。お話を聞いて失礼ながら、なぜ逃げなかったのかというのを聞いたことがあるんですけれどもね。
横道 ハッ! たしか丸山さんや、頭木さんの奥さんの話は、今回の本にも入ってますよね。
このスペースを聴いている皆さんに言いたいことがあります。頭木さんは本をたくさん出してこられたけど、じぶんの今の家族、奥さんの話をするのは、今回の本が初めてなんですよ。私たちの本は「頭木史」のなかで、ひとつの里程標、マイルストーンになってるんです。
頭木 横道さんが、とにかくいろいろ赤裸々に語ってくださるので、こっちも隠していられないというか。妻からの許可も得て。
自己開示
横道 まだ頭木さんからぜんぶは聞けなかったなというのが、いろいろとあります。
頭木 あんまりじぶんのことはね、言いたくないっていうか。僕はたしかに語らないほうです。語ってしまったせいで駄目になっちゃうことを非常に恐れるので。
安易に語っちゃうのって危ないことで。語るときには、よくよく慎重に語らないと。どう語るかを大いに悩まないといけないと思ってるんで。別に隠し事をしようっていうわけじゃないんですけど。
医学書院の白石さんがいなかったら、病気の話自体、丸ごとしてませんよ。あの方に、無理やり引っぱりだされた感があって。あのときの感覚、すごかったですよ。綱をつけて引っぱりだされるみたいなので、「ああ、やめて! そんなに引っぱんないで!」みたいな感じがありました。それでもどんどん引っぱられちゃって。それがなんかうれしいような、苦しいような、つらいような。
横道 私も頭木さんのその本、『食べることと出すこと』(医学書院)を読んだから、「俺も負けてらんねえぜ」って思って、自己開示をいっぱいするようになったわけです。
それが続いていて、今は松本俊彦さんという、精神科医の依存症の専門家の先生にお世話になっているんですけれど(「酒をやめられない文学研究者とタバコがやめられない精神科医の往復書簡」太田出版Webマガジン)。
頭木 すばらしい往復書簡をされていますよね。
横道 最新の回(第12回)では、松本俊彦さんがけっこう自己開示をしています。
頭木 横道さんと話すと、そうならざるを得ないですよ。
横道 なんとかして松本俊彦を自己開示させようと思って、誘い水になるように一生懸命こっちから自己開示をしてるんだけど。相手が抵抗するから(笑)。
頭木 そりゃあね。でも横道さんはすごいですよ。よくそこまで開示されるなって。それでもまだまだありそうなところが、またすごいですよね。
横道 いやぁ、どうでしょうね。ちょっとずつ進んできてるっていうのはありますね。最初はできなかったことが、できるようになってきたりとか。言わなかったことを言うようになってきたっていうことは、いっぱいあります。『みんな水の中――「発達障害」自助グループの文学研究者はどんな世界に棲んでいるか』(医学書院)から始まって、そこでは言えなかったことを『イスタンブールで青に溺れる――発達障害者の世界周航記』(文藝春秋)で書いて、その後もそうですね。
今回の本の「おわりに」でも書きましたけど、性に関する問題でも、排泄に関する問題でも、偏見を持たれやすい。頭木さんも、私と初めて会ったときに、「私を漏らした人だって思いながら応対されていることは、いつもわかってるんですよ」って言ったじゃないですか。その人がぜんぶセックスとか排泄のイメージになっちゃうんですよね。
頭木 どうしてもね、強烈ですからね。
好きなマンガや音楽を思いうかべながら本をつくる
頭木 横道さんは毎回毎回、違うスタイルの本を出されているじゃないですか。あれがまたすごいですよね。
横道 それは、ポップ音楽とかマンガが好きだからなんです。
マンガとかポップ音楽って、すごく独特の魅力的なスタイルを持ってるじゃないですか。こんなパターンの展開のマンガがあるのかとか、こんなパターンの展開のポップ音楽があるのかっていうのがいっぱいあって。もちろん小説でもクラシック音楽でもそうなんですけど。
私はいつも、好きなマンガとか音楽を思いうかべながら、「今回はこのパターンで」とか考えてますね。むしろ小説は、言葉を費やしてやっていくものだから、参考にしにくいんですよね。
頭木 それはおもしろい話を伺いました。
横道 つまり活字の本の世界ではあまりないタイプだから、さっきの東インド会社の話(第1回参照)ですね。あのマンガの感じ、あの音楽の感じっていうのが本の世界にないから、それを持ちこんでやろうといつも思ってます。意識的にやってます。
頭木 そう教わっても、できる気がしないけど。それができるっていうところがすごいです。
皆さん、お聴きくださってありがたいです。あっ、丸山正樹さんもいらっしゃった。丸山さんの本『デフ・ヴォイス――法廷の手話通訳士』(文藝春秋)は、草彅剛さん主演でNHKでドラマ化されて、韓国でもドラマ「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」の脚本を書かれたムン・ジウォンさんが、初監督作として映画化もされるという。大注目ですね。「ウ・ヨンウ」も、その前に脚本を書かれれた映画「無垢なる証人」も好きです。その人の初監督作というときに、原作に丸山さんを選ばれるのは、「やっぱりこの人すごいな」と改めて思いました。いい作品になるでしょうね。
書けないことと書くこと
頭木 感想が入ってます。「さっきの校正の話(第3回参照)、グッと来た」。
横道 ひとり孤独に学術論文を書く作業もやめていないんですけど、いつも勇気がいります。
頭木 「これはじぶんの責任でやらなきゃいけない」っていうことですか?
横道 そうそう。じぶんの孤独さに気づかされる作業です。査読誌に出したらチェックをしてもらえるけど、私は自由に書けない査読論文があんまり好きでなくて。大量に査読なしの論文を孤独に書いています。
頭木 「編集者さんなんかいらない」と言う書き手の方がいらっしゃいますけれども、編集者さんはほんとうに大事ですよね。編集者さんがいないと書けないっていうのは、ほんとうにあると思います。
僕は山田太一さんに取材しているときに聞きたかったことがあって。山田太一さんって完全主義なところがあるんです。完成度を求めるから。でも完全主義な人にとって、テレビドラマって非常に対極的です。演出家もいるし、俳優さんもいるし、じぶんの思うようには、ぜんぶコントロールできない。監督ならまだいいですけど、脚本家は、あとがどうなるかわからないじゃないですか。それを中心にやってらっしゃるのが不思議で。しかも放送局側から「この俳優さんを使って」という指定があったりするわけです。
「その辺、どうなんですか」って聞いたら、たとえば「男たちの旅路」っていうドラマは、「鶴田浩二さん主演で」っていうのは、最初から決まっていたわけです。「そういうのって、お嫌じゃないんですか」ってお伺いしたら、「そこがいいんだ」と。「そこがテレビのおもしろさで、じぶんひとりで好きなように書いたのでは書けない作品が、それで書ける」と。「鶴田浩二さんを入れなきゃいけないことによって、本来のじぶんなら書かないようなものを書くことになって、じぶんの世界が広がっていく」とおっしゃって。「ああ、そうなんだ」と思いました。だから、「この役者さんで」っていう指定を全然嫌がってらっしゃらなくて、むしろ非常にプラスに考えてらっしゃるんです。
それと同じように、編集者さんとの関わりって、伴走してくれるっていうだけじゃなくて、じぶんだけじゃ書けないものを書かせてくれて、別の領域に走れる。
横道 頭木さんって、それ以前から書き手としてしっかりキャリアがあったけど、『食べることと出すこと』以降は、確実に幅が広がりましたもんね。
今回の本もその延長線上にあるし、『うんこ文学――漏らす悲しみを知っている人のための17の物語』(ちくま文庫)のような金字塔もあるし。
頭木 あれ以来、書きたいことを書くっていうんじゃなくて、書けないことがあるっていうのが、書くことなんじゃないかと思うようになりました。
横道 そう。だから皆さん、今回の私たちの本『当事者対決! 心と体でケンカする』も読んだら絶対おもしろいと思いますよ。私たちが嫌々語ったことが、載ってたりするので。
頭木 そこが往復インタビューの恐ろしいところでね。「前回は横道さんがあそこまでおっしゃってくださったから、今回聞かれて、言葉を濁すわけにはいかないぞ」みたいなのがね、ガマの脂じゃないですけど、脂汗タラリタラリでやりました。
横道 こんな感じで終わりましょうかね。
一方的に話すのではなく、交互に取材するからこそ、ふつうは聞けないことまで聞ける「往復インタビュー」。頭木さん、横道さん、お話いただきありがとうございました!
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【目次】
はじめに このふたりの本を読むことにどんな意味があるのか? 頭木弘樹
なぜ往復インタビューなのか?/心と体でひとつの本を作る/なぜ心と体でケンカするのか?/ひとりの人間のなかでも心と体はケンカする/個人的な体験を読むことに意味はあるのか?/個人的な話が、なぜか普遍的な話に/この本の作り方について
●ラウンド1 どういう症状か?
1 発達障害とは 頭木→横道
発達障害とはなにか/病気なのか障害なのか/先天的か後天的か/グレーゾーン/脳の多様性/じぶんたちの文化を生きている/「バリ層」「ギリ層」「ムリ層」/健常者からの反発/能力社会と環境
2 難病とは 横道→頭木
潰瘍性大腸炎のダイバーシティ/「難病」というあつかい/「同病相憐れ」めない/病気の始まり/病院へ行っても後悔続き/身体イメージの変化/骨を嚙んでる犬がうらやましい/豆腐は神だった
インターバル1 壊れた体、世界一の体
●ラウンド2 どんな人生か?
3 発達障害と生いたち 頭木→横道
まわりは異星人ばかり/マンガのなかにいる「仲間」/大衆文学は難しい/発達障害の診断を受ける/診断名が増えて感動!
4 難病と生いたち 横道→頭木
おとながわからない/止まった年齢/カフカとの邂逅、そして再会/カフカにすがりつく闘病生活/ベッドの上で働く/初の著作は幻の本に/12年越しの電話/死にたくなるような美しい曲/絶望はしないほうがいい
インターバル2 定型発達者ぶりっこ
●ラウンド3 どうしてつらいのか?
5 発達性トラウマ障害 頭木→横道
家族の人生/母親の入信/発達障害と宗教2世の関係/転機としての脱会/実家を出る決意/人間嫌いの人間好き
6 難病のメンタリティ 横道→頭木
踏み台昇降をやってる男/同情がないと生きていけない/「ふつう」がじぶん側に近寄ってくる/社会モデルと病気/漏らし文化圏/役に立たないものが好き/勇気のもらい方
インターバル3 SNS文学
●ラウンド4 だれと生きるのか?
7 発達障害とセクシャリティ 頭木→横道
性の揺らぎ/初恋の思い出/好きになった人への告白/カサンドラ症候群/理解されることに飢えている
8 難病と家族 横道→頭木
落語と語りの文体/昔話に魅せられて/宮古島への移住/7回の転校生活/語ってこなかった結婚の話/紅茶を頼む勇気/社会に広めたいルール
インターバル4 オマケの人生
試合結果 心と体はどっちがつらい?
心と体はケンカする?/心と心がケンカする/心身1.5元論/見晴らしのいい場所
おわりに 頭木弘樹のことと私の漏らし体験 横道誠