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頭木弘樹×横道誠『当事者対決! 心と体でケンカする』刊行記念スペース対談

第1回 心と体の困りごと

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 発達障害の当事者である横道誠さんと潰瘍性大腸炎の当事者である頭木弘樹さんが、互いの苦悩をぶつけ合い、議論をたたかわせた一冊『当事者対決! 心と体でケンカする』。その刊行を記念して、Xにて対談のスペースイベントを行いました(2023年12月1日)。

 本が出来上がるまでのことを振りかえりつつ、頭木さんと横道さんに対談いただいた内容を、全4回にわたってお届けします。

この本の成りたち

頭木 心の本と体の本って、別々なことが多いです。精神科医と体のお医者さんも別々です。心の本を作るときは、心の当事者と心の先生、体の本のときは体の病気の患者と体の先生、と分かれている。でも実際、人間は心と体が分かれてない。だから1冊の本の中で両方扱えないものかなと、思ったんです。

 ふたりで本を作るとき、対談とか往復書簡とか、いろいろ形式があります。相手のことを尊敬してるから一緒にやるわけですけれど、どうしても敬意を払いすぎちゃうところがあるので、お互いに交互に、一方的に取材するっていうほうが深い話ができるんじゃないかなと思いました。

 というより、僕が横道さんに聞いてみたいことがいっぱいあったので、そういう形にしたいと思ったのが大きいです。それで、こういう変わった本になりました。

横道 元々はこの企画は、私がぜひ頭木さんと本を作りたいと発案して、頭木さんにお願いしました。

 体の病気、心の病気に関する話がメインですけど、頭木さんが文学紹介者を名乗っておられて、私が文学研究を本業としているので、ところどころに文学的な話題もはさまっています。マンガとか、サッカーの話なんかもあったりすれば、頭木さんのX(旧Twitter)の過去の投稿に関する話があったりして、非常に読みどころが多くなっていると思います。

 基本的には私は発達障害者として、潰瘍性大腸炎の当事者の頭木さんに向きあった本だと言えますけど、私はじぶんの当事者性をいろんな属性に合わせて自助グループをやっています。アダルトチルドレンの会や、宗教2世の会、LGBTQ+の会とか、いろんなものがあって、私のいろんな当事者性に即しているわけです。今回の本では私のそのいろんな側面を頭木さんに深掘りしてもらったと言えます。

センチメンタルでお涙頂戴

横道 本のレビューサイトで、この本に関する投稿がありました。「非常におもしろかったけど、唯一気になったのは、頭木さんも横道さんも暗い話が好きで、最後に明るくなるような作品とかドラマとか音楽とかに対して、非常に反発を表明しているけれども、この本は最後に明るくなる」って書かれています。

頭木 よく読まれている、おもしろいご意見ですね。

 別に最後が明るい作品をダメだと言っているわけじゃなくて。暗いものを許さないっていうのをやめてくれっていうだけですね。(突然天才となった知的障害の主人公を描いた)『アルジャーノンに花束を』も、結末が暗いっていうので、出版がなかなかしてもらえなかったそうです。

横道 あの作品、私は昔、感動して泣いちゃいました。すごく身につまされる話です。

頭木 そもそも、センチメンタルでお涙頂戴がいけないっていうところが、僕は大反対です。泣くってこと、すごく大事じゃないですか。それを軽視しすぎだって、常々思ってて。

 NHK「ラジオ深夜便」の『絶望名言』のコーナーで石川啄木を取り上げましたけれども、ベタベタにセンチメンタルなんですよ。浜辺で泣き濡れて、蟹とたわむれるんですからね。でも、あれがすごくいいじゃないですか。涙の復権を、すごく願っています。

涙 活

横道 私は自助グループでは、涙活るいかつはしましょうって言ってる側です。涙活、――つまり「涙の活動」――泣けるものを見て癒されていこうというもの。

頭木 涙活っていいですね。

横道 ええ。自助グループに来る人って、心がこわばって干上がってる人が多いです。それを涙でぬかるませたほうが、絶対いいと思ってます。

頭木 「泣かせるのなんて簡単」と言う人いるけど、いざ泣ける作品って言っても、なかなか難しくないですか。けっこう高度だと思うんです。

横道 私の場合だと、子どもの頃に泣いた作品なんかは、今でも泣きますね。

頭木 ああ。ノスタルジーと混じるっていうことですかね。

横道 ノスタルジーもありますけど、子どもの頃の価値観からあまり変わってないんですね。自閉スペクトラム症の「同一性保持」という特性です。

頭木 木下恵介監督の映画を見たときに、出てくる人たちがすごく泣くんで、びっくりしたんです。黒澤映画って泣かないじゃないですか。僕、黒澤映画が好きでずっと見てたんで、同時代の木下恵介映画って、こんなに人が泣くんだっていうのがびっくりして。これいいなあと思ったんです。

横道 小津映画でも、『晩春』という映画で、笠智衆りゅうちしゅうが泣いて終わるんだけど、演じてる本人が「僕は昔ながらの明治男なんで泣けない」と言って、泣いているんだろうなと思わせるような角度で撮ってもらったと。そしたら映画評で「居眠りをしている」と言われてしまったそうです(笑)。

精神疾患のスペクトラム性

横道 今度出す本で、小津安二郎監督について詳しく書いた本があります。小津監督は、 癖が強いとかこだわりがすごいという点で、自閉スペクトラム症の特性に通じるものがあったんじゃないかな 、と思っています。

 精神疾患って、かつては黒か白かではっきり分かれるようなイメージで、たとえば「精神分裂病(現在の統合失調スペクトラム症)になったら、もう人生終わり」みたいに思われていたんですけど、今では統合失調もスペクトラムって言われています。つまり統合失調に親和性のある人が一定程度いて、その中で環境の問題とかで重傷化した場合が統合失調スペクトラム症、という理解なんです。

頭木 そうなんですか。

横道 だから人間の性格でも、昔だったら、すごく自己中心的だとか、すごく依存性が高いとか言われていたのが、最近だとそれらはパーソナリティ症ではないかと言われたりします。自己愛性パーソナリティ症とか、回避性パーソナリティ症とか、ボーダーライン(境界性)パーソナリティ症とかのグレーゾーンということなんじゃないかという議論が出てきています。

診断の受けとめ方

頭木 病気って言われたくない場合と、病気って言われたことで救われる場合があると思います。横道さんの場合は、病気って診断されたことで、むしろ救われたんですよね?

横道 今回の本の中で、その問題はひとつの焦点になっていましたね。

 頭木さんは生まれながらの病気ではないので、病気って言われたら、それは救われるわけはなく、絶望が来るのは当然だったと思います。私の場合は、生まれながらのものなので、病気なのに病気とわからないことが苦しみでした。だから病気だと言われて、「あっ、そうなのか」と人生の膨大な伏線が回収されました。診断を受けて、ようやく人生の、じぶんだけになぜか起こっていたことの謎が解けたというわけです。

頭木 今までわからなかったことが、そこで伏線としてぜんぶ回収されたと。

横道 一気にぜんぶわかって、人生観が変わるんですよね。

 ところが、じぶんの人生をそれほど疑問に思わず、じぶんは変わり者だけど、障害者なんかであるわけないと思っている人は、「伏線回収」じゃなくて、突然、それこそ頭木さんの場合と同じように、転落劇になってしまうわけです。なんとなく差別していた障害者の側にじぶんが転落してしまう。

頭木 周囲の人も、体調が悪そうな人には病院に行くよう言えても、「発達障害かな」っていう人には「診断してもらいなよ」って言うのは難しいですよね。横道さんだと、ご自身の経験から、診断をお勧めになるんですか?

横道 自助グループに来る人は、発達障害の自助グループとわかっていてそこに来るわけで、診断を受けていなくても、じぶんは当事者なんじゃないかって疑っているわけですから、白黒つけたほうが、その人にとってもいいんじゃないかなと思います。ですから私はそういう人たちには「診断を受けましょう」と肩を押しますね。

成熟した発達障害者

頭木 不思議と言っちゃあれなんですけど、診断がついても、何か変化したわけではないじゃないですか。でも横道さんは、そこから人生が変わられていますよね?

横道 人格は柔和になりました。以前はもっと喧嘩腰な人間でした。自閉スペクトラム症って、歯に衣着せずにしゃべって、白黒つけたがる傾向があります。それを当人は、すごくまっとうだと思ってしまうんです。正々堂々としていて、一本気、素朴、剛直。

 周りの人を見たら、いつもオブラートに包んだ言い方をして、ごまかして、よくわからん雑談をして、本質的じゃないことばかり語り合っているように見えて、それのほうがおかしく感じるわけです。

頭木 まあ、そう言えばそうですよね。たしかに。

横道 ところが世界の真理は、私たちの側が1割以下なんです。これは世界の構造が不思議です。

 自閉スペクトラム症の特性があると、グイグイ突破力が出てくる人が多い。研究者とか芸能人とかIT産業とか注目されやすい分野で成功例が多く、どうしても目立ってしまうんですよね。だから1割に感じられない人が多いと思います。

頭木 そのせいで反感を持たれることもありますよね。

横道 それこそXの支配者イーロン・マスクは、自閉スペクトラム症の診断を受けたことをカミングアウトしています。私は「お仲間」だなと思って冷静に眺めていますけど、発達障害に理解がない人が見たら、「なんだこのつっけんどんで自己中心的な人は」と思うのは、よくわかります。「ツイッター」の名前をいきなり「X」に変えて、「ツイート」を「ポスト」に変えてとか、何がしたいんだろう、と。じぶんの好きな世界観を掲げて、「はい、みんな従ってください」っていうことですよね。

 私の考えでは、彼はじぶんの発達障害の特性とうまくやっていけてないということになります。うまくやっていけてるんだったら、周りを巻きこまない。もっと「すこやかな自己完結」を静かに楽しめるはずなんです。それが「成熟した発達障害者」だと思います。

 定型発達者に定型発達者なりの成熟があるように、自閉スペクトラム症者やADHDの人にも、彼らにふさわしい成熟のヴァリエーションがあると思います。でも、彼らが少数派なために、じぶんのロールモデルになる人を見つけにくいので、成熟しづらい状況が続いてきたんじゃないかと思っています。

頭木 たしかに定型発達者で人格者という人は、わかります。

横道 全人口の9割以上ですからね。良質なメンターを見つけやすいわけです。自閉スペクトラム症やADHDの場合には、1割以下なうえに、多くの人が擬態(定型発達者のようにふるまうこと)をしています。つまり、周囲から挙動を非難されて、じぶんの生まれながらの特性を受容できず、じぶんでも否定するようになり、隠蔽しながら生きようとします。ですから誰かのロールモデルになれないし、また発見もできないんですよ。

自助グループの中の東インド会社

頭木 横道さんは、診断だけじゃなくて、自助グループとの出会いが大事だったんですよね?

横道 そうです。自助グループっていうものが日本で普及しないから、それを普及させるためにがんばろうっていう目標ができたことも大きかったです。本業は文学研究ですが、自助グループで語られる内容って、生きた文学そのものですから。

頭木 心理学の専門家ではない者として、主宰していると。

横道 そう。文学という別世界からやってきた「まれびと」。文学の世界ではみんなやっていて、当たり前で新規性がなくても、それを心理学の領域でやったら、誰もやってないことができたりする。

 私たちも参加している、医学書院の書籍「ケアをひらく」シリーズの編集者の白石正明さんが、浦河べてるの家、つまり当事者研究が始まった場所のリーダー、向谷地生良むかいやち いくよしさんから学んだ技法は、東インド会社の方式なんだということを、何かのインタビューで語っていて。

頭木 東インド会社?

横道 はい。今はポストコロニアリズム批評なんかがあるので肯定的に評価しづらいかもしれませんが、東インド会社が成功したのは、ある地域では大して価値がないものを別の地域に持って行ったら、世界がグローバル化していなかったので、とんでもない価値になる事例が発生して、それでぼろ儲けをしたということだとか。

 日本でも開国のときに、金銀の交換比率が外国と違っていたので、日本から金がものすごい流出したことがありますよね。浮世絵もそうで、日本ではそこまで価値がないと思われていたのが、どんどん海外に流出して、世界の一番の浮世絵コレクションは日本じゃなくてボストンにあるそうです。そういう、別のところに持っていったら新たな価値が発生するというやり方を私もやっているわけです。

頭木 心理学の専門家を置かずにやるのは危険なんじゃないかという批判はなかったですか?

横道 だから私は、じぶんが心理学の専門家だとは一切思っていませんし、まちがってもそのようには主張しません。あくまでもひとりの患者として、クライエントとして発信する。そこを曲げたら無茶苦茶になると思っています。そうやって、当事者どうしの世界を構築していく。

 この20年間ぐらい、当事者研究が典型ですけど、専門家と同じぐらい当事者の発信力、発言権も大事なんだという時代になってきたという背景があります。それで、私が活動するための素地が整っていたということは言えます。

当事者の知恵

頭木 そういう活動を体の病気に置きかえて、医者が全然いない状態で患者だけが集まって、どうしたらいいのかっていうのを相談したとするじゃないですか。そうすると、あのキノコがいいとか、あの粉を飲むといいとか、大変なことになってくる場合が多いと思うんです。

 逆に、お医者さんがいると、お医者さんの言葉が絶対になるから、たとえば患者がこういう症状があると言っても、お医者さんが、この病気でそういう症状はないと言うと、もうそれは無視される。何年も経った後で、「その症状は実は…」というのが医学的にわかってということも起きるわけですね。

 心の問題でも、心理の専門家がいるがゆえの問題って、起きてるんじゃないかなという気もします。

横道 ひとつ体の問題と違うところは、精神疾患って、そうそう治らないものが多いので、医者の言うことが絶対的になりにくい。だから当事者の知恵のほうが有効だという場面が、体の病気よりずっと多いような気はします。

 もちろん医者の出す薬が、決定的な力を持っていることも多いですけどね。患者どうしの集まりではアドバイスも出てくるわけですけれど、当然それで大失敗につながることもあるわけなので。それは体の病気とキノコの関係の話と同じだと思います。

 発達障害に関していいことがあるとすると、自助グループ活動が盛んなんですよ。他の精神疾患も治りにくいものが多いけど、発達障害は今の医学では治しようがないものなんです。だから自助グループに懸けるという人が、かなり日本では増えています。ですから自助グループに行くにしても、選択肢があります。じぶんに合ってる主宰者のところを選んで通う。

第2回につづく)

書籍の情報はこちらから。

【目次】

はじめに このふたりの本を読むことにどんな意味があるのか? 頭木弘樹 
なぜ往復インタビューなのか?/心と体でひとつの本を作る/なぜ心と体でケンカするのか?/ひとりの人間のなかでも心と体はケンカする/個人的な体験を読むことに意味はあるのか?/個人的な話が、なぜか普遍的な話に/この本の作り方について

●ラウンド1 どういう症状か?
1 発達障害とは 頭木→横道 
発達障害とはなにか/病気なのか障害なのか/先天的か後天的か/グレーゾーン/脳の多様性/じぶんたちの文化を生きている/「バリ層」「ギリ層」「ムリ層」/健常者からの反発/能力社会と環境
2 難病とは 横道→頭木 
潰瘍性大腸炎のダイバーシティ/「難病」というあつかい/「同病相憐れ」めない/病気の始まり/病院へ行っても後悔続き/身体イメージの変化/骨を嚙んでる犬がうらやましい/豆腐は神だった
インターバル1 壊れた体、世界一の体 

●ラウンド2 どんな人生か?
3 発達障害と生いたち 頭木→横道 
まわりは異星人ばかり/マンガのなかにいる「仲間」/大衆文学は難しい/発達障害の診断を受ける/診断名が増えて感動!
4 難病と生いたち 横道→頭木 
おとながわからない/止まった年齢/カフカとの邂逅、そして再会/カフカにすがりつく闘病生活/ベッドの上で働く/初の著作は幻の本に/12年越しの電話/死にたくなるような美しい曲/絶望はしないほうがいい
インターバル2 定型発達者ぶりっこ 

●ラウンド3 どうしてつらいのか?
5 発達性トラウマ障害 頭木→横道 
家族の人生/母親の入信/発達障害と宗教2世の関係/転機としての脱会/実家を出る決意/人間嫌いの人間好き
6 難病のメンタリティ 横道→頭木 
踏み台昇降をやってる男/同情がないと生きていけない/「ふつう」がじぶん側に近寄ってくる/社会モデルと病気/漏らし文化圏/役に立たないものが好き/勇気のもらい方
インターバル3 SNS文学 

●ラウンド4 だれと生きるのか?
7 発達障害とセクシャリティ 頭木→横道 
性の揺らぎ/初恋の思い出/好きになった人への告白/カサンドラ症候群/理解されることに飢えている
8 難病と家族 横道→頭木 
落語と語りの文体/昔話に魅せられて/宮古島への移住/7回の転校生活/語ってこなかった結婚の話/紅茶を頼む勇気/社会に広めたいルール
インターバル4 オマケの人生 

試合結果 心と体はどっちがつらい? 
心と体はケンカする?/心と心がケンカする/心身1.5元論/見晴らしのいい場所

おわりに 頭木弘樹のことと私の漏らし体験 横道誠 

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著者略歴

  1. 頭木 弘樹

    文学紹介者。筑波大学卒。大学3年の20 歳のときに難病になり、13 年間の闘病生活を送る。そのときにカフカの言葉が救いとなった経験から、2011 年『絶望名人カフカの人生論』(飛鳥新社/新潮文庫)を編訳。著書・編著に『ひきこもり図書館』(毎日新聞出版)、『うんこ文学』(ちくま文庫)、『食べることと出すこと』(医学書院)、『自分疲れ』(創元社)ほか多数。

  2. 横道 誠

    京都府立大学文学部准教授。1979 年生まれ。大阪市出身。博士(文学)(京都大学)。専門は文学・当事者研究。著書・編著に『みんな水の中――「発達障害」自助グループの文学研究者はどんな世界に棲んでいるか』(医学書院)、『唯が行く!――当事者研究とオープンダイアローグ奮闘記』(金剛出版)、『イスタンブールで青に溺れる――発達障害者の世界周航記』(文藝春秋)、『みんなの宗教2世問題』(晶文社)ほか多数。

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