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【ためし読み】ウスビ・サコの「まだ、空気読めません」

にぎやかでよろしいね(=うるさくて迷惑です)

マリ共和国出身、京都精華大学学長、ウスビ・サコ著『ウスビ・サコの「まだ、空気読めません」 』。一部の章を全文公開中!

『ウスビ・サコの「まだ、空気読めません」』

私は、西アフリカのマリ共和国で生まれ育ちました。

マリ人は直接的で密なコミュニケーションを大切にしています。たとえば、あいさつだけでも、へたをすると5分以上かかります。日本のように、「こんにちは」だけではすまず、

「よく眠れましたか?」
「今日の調子はどうですか?」
「家族のみんなは、元気ですか?」
「近所のみんなは、元気ですか?」
「職場のみんなは、元気ですか?」
「ここにくるまでの道のりですれちがった人たちは、元気でしたか?」

など、とにかく質問が多いのです。

「あっ、そういえばこのまえ、職場の同僚が結婚したんです!」

なんて話を広げようものならば、

「それはすばらしいですね! 結婚相手は、どちらの方なんですか?」

と、会話がどこまでも展開していきます。 

あいさつを楽しむマリのお母さんたち

長々とあいさつを交わすマリの大工たち

 *

私が日本に住むようになってから、すでに30年がたちます。しかし、この国での日々の生活には、いまだに「なんでやねん」という疑問が絶えません。

京都での生活にも慣れ、ご近所さんとの関係も良好になってきたころのむかし話を聞いてください。

当時、学生だった私は、留学生を支援するボランティア団体を組織していました。事務局は私の自宅に設けていました。登録者数は600人にのぼり、連日、20人から30人ほどの人びとが詰めかけ、当の私が家のなかに入れないこともありました。

打ち上げもひんぱんに開きました。パーティーをしたり、いっしょにサッカーの試合をテレビ観戦したりと、若者たちがどんちゃんさわぎです。何か催しをした翌日になると、ご近所の方は決まって、

「にぎやかでよろしいね」
「あなたがきてから、このあたりがにぎやかになりました」

などと声をかけてくださいました。

  おお。ご近所のみなさん、
  なんか俺にめっちゃ
  関心もってくれてるやん。

「にぎやかでよろしいね」といつもほめてくださることに、私はかなり気をよくしていました。そうこうしているうちに、サッカーの試合をテレビで観戦したある晩、警察官が訪ねてきて言いました。

「近所から苦情が出ているので静かにしてください」

  ?

私は、即座に事態を飲み込めませんでした。警察の方に

「ご近所の方々はいつも私をほめてくれているので、苦情などあるはずがありません!」

と必死にうったえたのですが、無意味です。その晩、私はショックに打ちひしがれました。 

また、私の家を訪れる人たちは、家のまえに大量の自転車を乱雑にとめていました。ところが、ふしぎなことに、いつも知らないあいだに自転車がうつくしく整理されていたのです。誰がこのようなことをやってくれているのか、ずっとわからないままでした。

  整頓好きな日本人、
  めっちゃええやん!
  もう、この地域に
  一生おろうかな。

そしてある日、夜中に家のチャイムが鳴りました。ドアを開けると、向かいに住んでいたおじいさんが立っています。

「自転車が路上にあふれているから、通過する車が私の敷地に入り込む。明日から自宅の塀を延長することにした」

そう言いわたされました。

私たちがミーティングやパーティーをしているあいだに自転車を並べなおしてくれていたのは、彼でした。自転車の整理整頓は、「迷惑です」という無言のメッセージだったのです。

おじいさんの敷地内のことなので、塀の工事について私が口出しするすじあいは当然ありません。ただ、迷惑だったのなら早く言ってくれたらよかったのに、と思いました。

その後、私が来訪者の自転車を整理するようあらためたところ、延長した塀の一部を彼のほうからとり壊してくれました。

私の実家の中庭で命名式を祝うマリの人びと。
マリ人はとにかくみんなで集まりたがる

 *

私は、マリの高校を卒業したのち、国の奨学生として中国にわたりました。1年目を過ごした北京語言大学では、800人を超えるさまざまな国・地域出身の留学生と交流しました。旅行好きなこともあって、機会があれば世界各国の友だちの家々を訪ね、文化のちがいを楽しみました。

日本へやってきたのは、1991年です。日本語学校に通うため、最初は半年間大阪に住んでいましたが、その後、京都大学大学院の修士課程に進み、建築計画学を学びました。2002年には、日本国籍を取得しました。いまは京都精華大学で、学長をしています。

さまざまな場所に住んできたので、バンバラ語、マリンケ(マンディンカ)語、ソニンケ語、フランス語、英語、中国語を話せます。あと、日本語も少々。

さまざまな国や地域を訪れているうちに、どの社会集団にもその構成員のあいだで共有されている「生活コード」(ルール、慣習、しきたり)があることを実感しました。日本では「にぎやかでよろしいね」が、場合によっては「うるさくて迷惑です」を意味する暗号になっていることも、そのひとつでしょう。

本書では、私が「なんでやねん」と思った体験をつづりながら、「日本人が気づいていない日本」を紹介していければと思います。日本の「あたりまえ」が、じつはあたりまえではないことにおどろかれるかもしれません。

マリアン・ジャパニーズである私のとまどいと、発見と、よろこびとを、あたたかい目でみていただけたら幸いです。

それでは、私の目から見えた日本の姿を、ご覧ください。

 

 

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著者略歴

  1. ウスビ サコ

    京都精華大学学長。
    1966年、マリ共和国生まれ。
    高校卒業後、国費留学生として中国に留学。北京語言大学、東南大学を経て1991年に来日。1992年、京都大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程入学。1999年、同博士課程修了。2000年、京都大学より博士(工学)の学位を取得。
    2002年、日本国籍を取得し、自称「マリアン・ジャパニーズ」となった。京都精華大学人文学部教員、学部長をへて、2018年4月、学長に就任。
    専門は空間人類学。学生とともに京都のまちを調査し、マリの集合居住のライフスタイルを探るなど、国や地域によって異なる環境やコミュニティと空間のリアルな関係を研究。暮らしの身近な視点から、多様な価値観を認めあう社会のありかたを提唱している。
    バンバラ語、マリンケ語、ソニンケ語、英語、フランス語、中国語、関西弁をあやつるマルチリンガル。

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