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子どもが言葉にであうとき

あとちょっとしかない―過ぎゆく「時間」との出会い

 

 この春のコロナ禍は、子どもたちにも大きな影響をおよぼしました。三月半ば、娘の保育園の卒園式は時間を短縮して無事に行われましたが、その後の謝恩会はやむなく中止に。私は謝恩会係のひとりとして秋ごろから何度か集まりに参加し、ゲームの企画やお菓子の買い出しなどの準備をしてきたのですが、卒園式の当日は、先生に花束とプレゼントを渡し、写真を撮ってお開きに。会場でみんなと食べるはずだったお弁当とお菓子は、配って持って帰ってもらいました。持ち帰り用のビニール袋の手配といった些細な仕事をしながら、あらゆる場で、大小さまざまなイレギュラーな対応を余儀なくされている人たちの大変さを思いました。

 恒例のお別れ遠足や、宝ヶ池公園である平安騎馬隊の馬の見学などが中止になったのも残念ではありますが、日々機嫌よく通えていることが一番うれしく有難いことですので、私は行事にはそれほどこだわりませんでした。毎朝、「はやくはやく!」を連発し、車のなかでごっこ遊びをしながら園に到着し、日誌に体温、就寝と起床の時刻を記入し、連絡帳を提出し、娘にタオルを掛けさせ、お帳面に出席シールを貼らせて、預けてくる。お迎えはぎりぎりで駆け込むことが多かったのですが、たまに早めに迎えに行けることがあると、日の差す明るい園庭で、子どもたちが遊んでいます。なんていい景色だろう、いいところだろう、としばし見惚れてしまったものでした。娘の保育園さいごの三月は、そんなふうに淡々と過ぎてゆきました。

 娘は、山のお寺の保育園に五年間通いました。自然豊かな、とてもいい園でした。坂道を登って登園する途中、道の脇に鹿がたたずんでいることも。子どもたちも鹿は見慣れていて、お弁当をもっての散歩では、「鹿さんのうんちのないところでお弁当にしましょうね」と先生が言われたとのこと。そんな注意に、笑ってしまいます。

 ツルニチニチソウで花の冠を作ったり、落ち葉をまきあげたり。裏山でタケノコを掘り、自分たちでタケノコご飯を作らせてもらったこともあったようです。園から地続きで自然に入ってゆけるこんなすてきな環境で、記憶のはじまる数年間をのびのびと過ごせたことは、本当に幸せでした。

 文化財に指定されている本堂の前には、日当たりのよい園庭が広がっています。その端には、井戸の跡。もちろん蓋をして固められていますが、りっぱな屋形も残されていて、屋根の下には円い時計が据え付けてあります。日陰になる井戸端は、竹馬(スチール製ではなく、本物の竹製)や竹こっぽり、そして子どもたちの作った泥だんご置き場です。

 子どもは、なぜあれほど泥だんごづくりに熱中できるのでしょう。私の子ども時代にも、園庭のあちこちで子どもたちがしゃがんでだんごを作っていました。はじめは頼りない硬さの泥の塊に、乾いた細かい砂をまぶして撫で続ける。割れないように、割れないように。そのうち、しっとりと硬く重い、つやつやのだんごができあがります。途中で、カパッと半球に割れてしまうときの残念な感じも、ありありと思い出されます。でも、めげずに何度でも作り直すのです。

 そんな、しっかりと硬い完成品から、制作途中のざらざらのものまでが、井戸の周りに並べられています。お迎えにゆくと、娘が私の手を引いて、井戸端へ連れてゆきます。

 

たくさんの並ぶ中からしっとりと自分の団子見せてくれたり

「さらこな」はさらさらの砂 夕暮れの長い時間を団子にまぶす

菩提樹の下にしゃがんで泥だんご撫でているうち五年が過ぎぬ

                         永田 紅

 

 一見、見分けのつかないたくさんのだんごの中から、娘作のものを教えてもらいます。「さらこな」という言葉は、私が小さいころには使わなかったように思いますが、娘から聞いたとき、一瞬で理解できました。ああ、なるほど。さらさらの粉のように粒子の細かい砂。ためしに「さらこな」でネット検索してみると、「どろだんご制作キット」なるものがたくさんヒットするではありませんか。うーん、完成度の高いピカピカどろだんごもたしかに魅力的で、一度は作ってみたい気もしますが、私はやはり自分の手で、目の細かい砂を調達するところから始めたい。しゃがんで手で地面の土を払い、どのあたりの砂がいいだろうかと吟味するところから、工夫は始まっているのですから。

 子どもは、しゃがんで遊ぶ。地面にあいている穴をつついたり、草を千切ったり、砂絵を描いたり。地面との距離がとても近いのです。そうやって、一人ででも、友達と頭を寄せ合ってでも、俯いて一心に何かをしながら、子どもは自分の身めぐりの世界を手に入れてゆきます。大人になってから、長い時間をしゃがみ続けることはほとんどありません。しゃがむ時間が、すなわち子どもの時間だったのだという気がします。

 人生で、いったいいくつのどろだんごを作ったのだろうかと自問してみると、数え切れないような気もするし、しかし実際は、たかだか数十個ほどのことだったようにも思います。幼いころのほんの数年の間の手触りが、これほど印象に残り続けることが不思議です。

 

 園庭を見下ろす本堂へは、幅の広い石の階段、木の階段がつづいています。子どもたちが、石や木の段に並んで座っているのを見るたび、

 

石崖に子ども七人腰かけて河豚を釣り居り夕焼小焼

                    北原白秋

 

という有名な一首を思いました。子どもたちが脚をぶらぶらさせて並んで座っている様子は、なんだかいいものです。竹馬の練習で足の指の間にマメができると、子どもたちはこの木の段に腰かけて、絆創膏を貼るのでした。

 娘の保育園にあった、裏山、本堂の縁の下の暗がり、秘密の通路のようなあぜ道。そんな起伏と陰影に富んだ環境が、感性の彫りを深くするであろうことはまちがいありません。

 

 卒園が近づくにつれて、娘は「今日入れてあと何日、今日入れないであと何日」と数えるようになりました。考えてみると、物心ついたころから当たり前のように居た場所から出てゆかねばならないのは、初めての経験なのです。その来るべき区切りの日に向けて、カウントダウンをしてゆく。「運動会まであと何日」と待っていた頃とは、ちょっと違った未来のとらえ方です。卒園という未来の時点を思いながら、そこには必然的に過去もくっついてきてしまうのです。

 「卒園式の練習でちょっと涙出ちゃった。この景色も、時計も、見るのあとちょっとしかないんやなと思って」「保育園を卒園したらどんな楽しいことがあるだろうと思ってたけど、ほんとにそうなるとさみしい」。先生と親とのやりとりが残る連絡帳を見て、「(白いページが)まだ、こんなに残ってるのに…」。そう言って、本当に涙を流すのでした。三十年くらい早すぎる感慨ではないかという気もしますが、子どもなりの実感なのでしょう。

 一年間に制作した作品を大きな袋に入れて持ち帰った日には、六畳間に自分で絵や制作物を並べ、「ひとり作品展」を開きました。ひとつひとつ解説してくれながら、「なつかしい」という言葉が出ました。過ぎた時間を思い起こし、そのときの状況、そこにいた自分や周囲を、今の時点からとらえなおす。経験の束としての時間が、目の前に作品の形で集積したとき、あらためて過去を感じることになったようです。

 

 さて、卒園の定番ソング、「さよならぼくたちのようちえん(ほいくえん)」(新沢としひこ作詞、島筒英夫作曲)。私がこの曲をはじめて聞いたのは、十数年前、現在大学生になっている甥っ子の卒園式でした。娘と同じ保育園です。なぜ叔母である私まで一緒に出席したのだったかは忘れましたが、とにかく、子どもたちが「たくさんのまいにちをここですごしてきたね」に始まるこの歌を歌うのを聞き、私は不覚にも大泣きしてしまいました。甥の保育園生活を身近に知っているわけでもなかったのに。

 そして今年の春、卒園式のために娘が車の中で練習しているのを聞きながら、冒頭の「たくさんのまいにちを…」だけで、もう私は泣けてしまうのでした。

 

「たくさんの毎日をここで」 帳面に貼られしシールの数の毎日

                        永田 紅

 

 そう、毎日お帳面にシールを貼って積み重ねてきた、たくさんの毎日。もっとゆっくりしっかりと子どもに向き合わなければと思いながら、あわただしく過ごしてきてしまった、毎日。「たくさん」でありながら、もう過ぎて戻らない時間です。

 

子どもにはいつごろ、時間の感覚が根づくのでしょう。未来と過去、どちらが認識しやすいのでしょうか。

 

球根に土をかぶせるこの子には芽の出る想像まだできなくて

                         永田 紅

 

 一歳半のころの娘と、庭にチューリップの球根を植えたときのこと。植物を育てることは、未来の時間を楽しみに待つことでもありますが、穴を掘って一緒に球根に土をかぶせながら、ここから芽が伸びて花が咲くなんて、当然のことながら娘はまだ知りません。何が起こるかを知らないまま、大人の真似をして土をかぶせる娘と、茶色の塊に花を思っている自分と。未来を想像できるのは経験あってのこと。面白いものだなと思って歌にしました。

 もう少し大きくなった娘が、あるとき、「明日から怒るしな」と言いました。なぜ「明日から」なのか? どうやら、保育園の友だちの口癖だったらしいのですが、何か気に入らないことがあると、とりあえず今は怒らないけれど、明日には怒るから覚悟してね、というニュアンスだったようです。「明日から」という猶予の設定が面白くて、これも〈刺し身歌〉にしたいと思いながら一首にならず、メモだけが残っています。

 

 四歳直前の、七夕のこと。短冊に何を書きたいか尋ねたところ、「もう一回赤ちゃんに戻りたいって、書いて。そしたらおっぱい出るかもしれない」と言いました。娘はたいそうなおっぱい子で、精神安定剤としても、寝る前にはずっとおっぱいにくっついていました。

 

自分でも「赤ちゃんみたい」と言いながらまだおっぱいに執着をせり

三歳になるまでにおっぱいやめようねときどき言いて悲しくさせぬ

                            永田 紅

 

 三歳の誕生日が近づくころには、「三歳になるまでにはやめようね」と言い聞かせていました。結局、三歳を超えてもしばらくは吸っていましたが、やはりいつかは自然に離れてゆくものですね。

 そのころ、食が細い娘に、「ごはんを食べないと大きくならないよ」とよく言っていたのですが、あるとき、はたと気づいたことが。「ごはんを食べると大きくなってしまう」→「大きくなったらおっぱいを飲めない」→「おっぱいと離れるのは嫌だから、ごはんを食べない」という思考回路があったようです。ちょっとショックでした。親は、表面的な行動だけで判断をして叱ってしまいがちですが、四歳足らずで、そのような因果関係や、大きくなってしまったら戻れないという、時間の不可逆性を思って自分の行動を調節していたのは驚きです。無用な不安感を無意識のうちに植え付けていたのだと反省したのでした。いずれにしても、自分には赤ちゃん時代という過去と、これからの未来があるのだと意識していたことがわかります。

 余談ですが、車の中で、私が歌を歌うと娘はそれを聞かされるのですが、ビートルズの「Yesterday」、ミュージカル『アニー』の「Tomorrow」、『ウエストサイド物語』の「Tonight」など、名曲には時間を表すタイトルが多いなと思います。

 

 さて、四月の入学式は延期になったまま、娘の小学校生活は休校とともに始まりました。夫が休校中の楽しみのためにいろいろ工夫をしてくれたのですが、なかでも娘にとってのヒットは、オーディオブックAudibleのハリー・ポッターシリーズでした。最初の一冊が無料ということで、風間杜夫朗読『ハリー・ポッターと賢者の石』を聞き始めたところ、娘は見事にどっぷり。昨年末からシリーズの映画はすべて見ていましたが、自分の頭のなかでいろいろ想像をふくらませることができる、朗読の世界の魅力にはまってしまったようです。再生時間12時間44分。家の中でも、車の中でもiPadを抱え、ずーっとひたすら聞いています。続いて、『ハリー・ポッターと秘密の部屋』14時間50分、『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』19時間、『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』32時間3分、を聞き終わり、今は『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』43時間51分の途中。すでに100時間以上、魔法学校の世界観に浸かっています。

 新しいクラスメイトにも会えないまま、そうやって家での時間を過ごしていましたが、四月十八日あたりから、新型コロナウイルス関係のニュースを怖がるようになりました。新型の「し」、コロナの「コ」にも過敏に反応するように。テレビのニュースが始まると耳を押さえてチャンネルを変えて欲しがり、新聞に活字を見つけると目に触れないようにひっくり返します。しばらく我慢してきた上で、四月の半ばを過ぎてやっと、「コロナのニュースは、わたしが寝てからにして」と言い出せるようになったようでした。いったん不安感を伝えることができたあとは、少し余裕ができたのか、ハリー・ポッターの「名前を言ってはいけないあの人」(ヴォルデモート)にかけて、「コロナ」のことを、「言ってはいけないあの言葉」と呼んでいます。物語の世界を借用して、子どもなりに不安感を処理しているのでしょう。実生活のなかで、発するのが怖い言葉に出会ったというのは、はじめての経験かもしれません。

 

 『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』の中には、時間を巻き戻す「逆転時計」が出てきます。勉強熱心なハーマイオニーが複数の授業を受けるためにマクゴナガル先生から借り受けたものですが、物語の終盤には、ハリーもこの時計を使って過去へ戻ってゆきます。時間を行き来する物語、過去の自分自身を眺める自分。この構造は、いつも面白いものです。

 この春から、NHK Eテレで金曜日夜に、海外ドラマ『ファインド・ミー~パリでタイムトラベル~』が放映されています。ここにも、現在と1905年の間を時間旅行ができる時計が出てきたり、「タイムコレクター」という謎の三人組が登場したりします。1905年がどのくらい昔のことなのか、娘はまだ理解できてはいませんが、画面が切り替わると「あ、むかしのほう」と喜びます。日常に流れる時間とは別の、自由に行き来できる時間。そんな時間の物語を楽しんでいるようです。

 私も、イギリスの児童文学『トムは真夜中の庭で』や『ある朝、シャーロットは…』といった「時間」を扱った物語が好きでした。娘があのような「もう戻らない時間のかなしさ」を感じるのは、もう少し大きくなってからのことでしょう。

 

 朗読を聞くのと並行して、娘は映画のほうも二サイクル目を見直しています。実家へ行ったときに、私の父と一緒に。父とはこれまでにも、娘が年少のときにアニメ『アルプスの少女ハイジ』全52話、年中のときに『家族ロビンソン漂流記 ふしぎな島のフローネ』全50話を一緒に見てきました。小さな子どもにつき合って、一緒に楽しんでくれるお祖父ちゃんです。物語とともに、そこには祖父の存在感が組み込まれているはずです。

 

うずくまる羽毛布団のかたまりを セントバーナード ヨーゼフ! と呼び抱きつきにけり

お母さんのお腹のなかで白山羊を飼っていたよと子は語りだす

不思議なり「ふしぎな島のフローネ」を三十七年ぶりに子と見る

                            永田 紅

 

 布団のかたまりが大きな犬のようで、ハイジに出てくる犬ヨーゼフの名前を呼びながら抱きついたとき、それを分かって笑ってくれる大人がいるのはうれしいものでしょう。フローネのほうは、まさに私が娘と同じ歳だったころ、テレビ放映をリアルタイムで見ていました。

 

 私の父はこの休校期間中、自分の仕事も忙しいくせに、孫が来る日に合わせて、数々の楽しみを作って待っていてくれました。魔女ブームの娘に、「魔女さんからの手紙」が届いたという設定の、宝探し。問題を解きながら手紙をつぎつぎに探して家や庭を歩き回る娘は、ぴょんぴょんと跳ねて本当にうれしそう。父の手作りの連載絵本『子ねこのトムのぼうけん』も待っています。毎回徹夜で仕上げているようですが、第二回目では、魔女のグローアからの使命をおびたトムが、魔法で過去に戻ります。過去の自分と出会ってしまうと二人とも消えてしまうから、決して顔を合わせてはいけない、というお決まりの時間物の要素を学びながら、娘は自分だけに届けられる物語を楽しんでいます。頭の中は、さまざまなキャラクターが入り乱れ、想像でいっぱいなのでしょう。

 

 娘が時間という概念に出会ったのがいつだったのか、私も正確には把握できていません。ただ、言葉を習得するにしたがって、時刻と時間、過去と現在と未来、朝昼夜、一瞬と一生、といったことの理解の幅は、どんどん広がってきました。気に入らないことがあると、「おかあさん、もう一生ぎゅうしてあげないから」などと言うのは小憎らしいところですが、「一生分のぎゅうチケットあげる」と手書きの「抱きしめチケット」を渡してくれるのは、可愛いものです。

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著者略歴

  1. 永田 紅

    歌人、京都大学特任助教(細胞生物学)。十二歳から短歌を作り始める。歌集に『日輪』(砂子屋書房)、『北部キャンパスの日々』(本阿弥書店)、『ぼんやりしているうちに』(角川書店)、『春の顕微鏡』(青磁社)、エッセイ集に共著『家族の歌』(文藝春秋)。歌壇賞、現代歌人協会賞、京都府文化賞奨励賞受賞。

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