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スペシャルトーク「教養としての音楽」 @梅田 蔦屋書店

スペシャルトーク「教養としての音楽」後編 @梅田 蔦屋書店

引き続き、2019年5月12日に梅田蔦屋書店で行われた『音楽と出会う』の刊行記念トークイベントの様子をお届けします。

岡田先生の切れ味の鋭すぎるトークと、それを優しく受け止める藤原先生のとても穏やかな雰囲気。音楽と食がどう絡んでいくのか、ぜひ最後までお読みください。

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食べ物にも教養がなくなっている

藤原:岡田さんはこの本の中で、「規格化」とずっとおっしゃっていましたけれども、食べ物にもそういうことが起こっている。例えばお取り寄せの広告で「こういうものだから、あなたはおいしい。絶対に食べて間違いないよ」というような言葉で売られている。だからだんだんと食べ物の味が画一化してきているんです。東京で小さな食品店を営んでいる方に聞いたんですけれども、最近一番変わってきたのは梅干しだそうです。梅干しは、蜂蜜がかかっている甘い味がおいしいということを新聞の一面広告で何度も宣伝されているうちに、そういうふうに人の味覚が変わってきていると。あの酸っぱい梅干し、塩だらけのあれが、どんどん駆逐されていっている。みんながおいしいというからおいしい。そう感じるようになってくる。だから食べ物にも教養がなくなっている。

岡田:食べ物に教養がなくなっているんだけれども、一方で例えばワインブーム。ワインのうんちくを語れるやつはいっぱいいると思います。たぶん蔦屋書店でもワインコーナーはいっぱいあるんとちゃいます? フランスワインの基本とか。

藤原:食べること、飲むことの社会的、政治的、歴史的文脈から切り離されたウンチクも嫌なんですよね。

岡田:ビンテージものの表とか。

藤原:詰め込んだ知識だけで、この地域のシャトーの、この「何年もののなんとか」を買うわけです。買っている自分に酔っちゃう。

岡田:今のお取り寄せの話で、僕はあっと思ったんだけれども、食べ物というのはお取り寄せすると、真空パックされているんですよね。この真空パックというのが問題で、音楽についても真空パック的なものはあるんです。

お取り寄せは、当然、鮮度を保つためにパックされているんですよ。ですが本来、これは音楽でも一緒やけれども、食べ物というのはそれがつくられたところで食べる、飲む。その場所の食べ物というのは、そこの空気の温度とか、湿度とか、そういうものと相関関係にあるわけですよね。

藤原さんはドイツ留学の経験がおありで、僕もあるし、たぶんわかっていただけると思うんですが、ヴァイツェンビールとか、ああいうちょっとこってりしたもの、どちらかというと、食べる感じのビールを日本に持って帰って、この暑い湿気の中で飲んでもあまりおいしくない。あるいは僕は、沖縄にしかないオリオンビールというのが大好きで、いつも行くとつい京都に送ってしまうんだけれども、京都の湿気の中で飲むと、なぜか全然おいしくない。つまり食べ物はやっぱり空気と相関関係にあるんですよ。

藤原:空気、湿気ですね。それから、そのときの喉の渇き具合とか、全部が関わってきますね。

岡田:それは直接に音楽の話に関わることなんです。当たり前のことですけれども、音楽は空気の振動です。美術、彫刻、あるいは文学、そういうものは地球が滅びても、宇宙でも存在するかもしれません。彫刻が宇宙空間をプワーンと漂って、宇宙服を着けた人間が、「ミロのビーナス!」と言っているというのはないことはない。宇宙にもっていっても別につぶれないでしょうからね。ミロのビーナスとかだったら、保存されるでしょうし。文学もそのうち脳へビーッと伝達できるようになるんちゃいますか。「その本のデータを全部ちょうだい」と言ったら、ビーッと。

藤原:ありえますね。

岡田:ありえるでしょ。だからたぶん、文学も空気というものを絶対の前提条件としていないと思う。けれども音楽は空気の振動ですから、空気がなくなったら存在しないんですよ。音楽という芸術は、地上でだけ存在する。まあ宇宙も真空ではなくて、物質がブラックホールに飲み込まれたときに放出された莫大なエネルギーによって発生した音波が存在すると聞いたこともありますが、とりあえずその話はどけておいて・・・。

音楽をやっている人だったらすぐわかると思うけれども、空気と無関係な音楽はありえない。まず湿気に楽器はものすごい敏感やし、乾いた空気だと、反響がカーンという乾いた音になって、湿気が多かったらちょっと鈍い。音を出しても毛糸に吸収されてしまうような感じになる。

藤原:この本(『音楽と出会う』)で面白かったところを話していいですか。

演奏している人が、お客さんの服装で演奏を変える。つまり服が分厚いと音が吸収されてしまうから、音のタッチを変えなきゃいけないという話はめちゃめちゃ面白かったです。そういうことですよね。

岡田:そういうことです。すごいよかったと思う演奏を、別の空気に持っていったら全然よくなかったりする可能性はあるんですよね。本の中でも書きましたけれども、一昔前のジャズのライブレコーディングは、会場にいくつかマイクを立てて、空気のざわめきを録音しようとしているんですよ。50年代、60年代のブルーノートとかから出ていたような、ヴァンガードとか、ああいうレーベルから出ていたビル・エヴァンスのライブとか、ヴィレッジヴァンガードのライブとか、ああいうものは、この空気全体を録ろうとしているんですね。

ところがだんだん録音の手法が変わってきた。お客さんのどよめきとかそういうものも一体になった空気感を録ろうというのが、古い、アナログな録り方だったんです。でもたぶん、1970年の少し前ぐらいからクラシックでやり始めたんだけれども、フルートの上に1本、ファゴットの上に1本、バイオリンの上に2本、チェロの上に2本と、楽器ごとに録るようになった。だから基本的にそこに立ててあるマイクというのは、それしか収録しない。後でそれを全部ミキシングして、プロデューサーが、「あのフルートは下手くそやし、ちょっと音を下げたろう」とか、「バイオリンの音をアップしたらかっこええからやろう」とか、そういう合成で録音が作られていく。基本的に録音というものが真空状態になり始めたんですよ。

藤原:その話はすごい興味深いですね。

岡田:今や、録音はどんなことをするかといったら、たぶんクラシックでも同じことをやっていると思うんですが、ジャズでビッグバンドを録るとなったら、ビッグバンドは人をたくさん使うでしょ。でもそんなたくさんの人が入れるようなスタジオを借りたらお金がかかるから、1つのスタジオに3つぐらい部屋を借りるんです。それで金管はスタジオA、ピアノと打楽器はスタジオB、シンガーはスタジオC。あるいは機材がないときはシンガーは廊下とか。みんなマイクでつないで、せーので合奏するんですよ。バラバラに録って。バラバラに録ったものを合成して。かくして、地上で一度もアナログに、リアルに鳴ったことはない音楽というものができ上がるんですね。真空パックです。

藤原:おもしろいな。食べ物もやっぱり、私たちの記憶はその場所で食べたときの、例えば牛小屋のにおいとかレストランのにおいとかと一緒にご飯の味を覚えていたり、あるいは、目の前にいた人のつまらないトークで、すごいおいしいはずのご飯がまずくなったりも、当然あるわけです。

われわれの同僚で瀬戸口明久さんという科学史の研究者がいるんですけれども、彼は第一次世界大戦以降、空気をコントロールする技術が出てきたと言っているんです。1つは毒ガス。毒ガスは空気をコントロールして、その辺りにいる兵隊さんたちに傷ついてもらうことであると。もう1つは農薬。農薬をバーッとまいて、その中で害虫さんに死んでいってもらう。そういうふうに空気をコントロールする。

また、あるドイツの哲学者は、それは「エアーコンディション」だと言っている。まさに空調ですよね。「エアコン的に世の中を変えていくという世界観が20世紀の世界だった」ということを彼が言っていて、なるほどと思いました。エアーを私たちはすでにコントロールされて生きている。さらにその究極に至るのが真空パックなのかもしれない。そこには酸素がないわけです。そういうことが音楽と一緒だという事実は、もっと検討すべき課題だと思います。

仰天しますよ。これ、マジかという、すごいものが出てきます

岡田:癒しの話をさせてほしいんですけれども。

藤原:ぜひ。

岡田:皆さんは、癒し音楽といったら、YouTubeでとんでもないのがいっぱい流れているのをご存じですか。一回、検索してみはったら面白いと思います。YouTubeでヒーリングミュージックと検索してください。この本の中でもちょっと紹介してます。

藤原:いっぱい出てきている。

岡田:仰天しますよ。これ、マジかという、すごいものが出てきます。本でも紹介しましたけれども、例えば「472ヘルツ」というタイトルのヒーリングミュージックがネットでアップされていたりする。これには別バージョンが何種類かあって、1,002ヘルツとか472ヘルツとか807ヘルツとか。それぞれヒーリング効果が少しずつ違うらしい。用途別に分かれている。

藤原:ちゃんと分かれているんですね。

岡田:それはどんなものかといったら、ポワーンとか電子音が聞こえてくるんですよ、それだけ、それだけが延々続く。これは洗脳ですよ。あなたを快適にしましょう。あなたを治しましょう。あなたの脳波を神の脳波に近づけましょうと。

一種の科学主義なんですね。人間は生命体なんですよ。「生命体を音波でコントロールします」と、そういう話なんですね。それを僕はすごい警戒してしまう。

藤原:そうだ、ヤンキーと蚊の話をしてくださいよ。

岡田:本の中でも書いたのは、皆さんは、野良猫ちゃんが寄ってこないように、猫が赤外線センサーの前を横切ったら、人間では聞こえない音が出る機械を売っているのはご存じですか。

藤原:私はあれを感じる能力あるんです。

岡田:聞こえるの?

藤原:すごい痛い。

岡田:猫ちゃんがそこをピッと歩くと、赤外線が感知して「キーン」と音が鳴る。僕は猫ちゃんの味方なので。

藤原:博猫主義者ですよね。

岡田:それで、東京の台東区かどこか、下町のほうでヤンキーが公園に夜中にたむろすると、ヤンキーに「お前ら、こんなところでたむろしたらあかんやないか」なんて言って、反撃されたら怖い。そこでどなたかが導入したのが、この「猫ホイホイ」の原理。ネコ撃退と同じようにして、公園なんかに高周波の波長を流す機械を設置したらしい。人間が高周波を聞き取る能力というのは20歳を境に落ちてくるんですよ。10代のヤンキーの年齢だと、われわれ多くの人には聞こえなくなっている、高い「キーン」という音がよく聞こえるんだそうです。

藤原:ヤンキーにはその音が聞こえると。

岡田:ヤンキーには聞こえるんです、若いから。年齢がいくともう聞こえなくなる不可聴音域のノイズが聞こえる。こうやってヤンキーにだけ聞こえる音波を出して追い払う。おじいちゃんには全然聞こえないから、おじいちゃんはのんびりお散歩。

こういう仕組みを考える人間は、とてもたちが悪いですよね。いくら相手がヤンキーだからといって、やっぱりここは人間としてヤンキーを諭すべきであって、「君たち、こういうことをしてはいけないよ。おじいさん、おばあさんの邪魔になるじゃないか」と、怖くても言わなければならない。僕は怖いからちょっとようやらん気もするけれども。

こういう仕組みに頼るのは、恐ろしい社会の到来だという気がするんですね。ヤンキー相手に「おい、君たち。うるさい」と面と向かって言うのは、相手を人間だと思っていますけれども、「キーン」という音で追い払うのは人間だと思ってないよね。うるさい生物の1つとしか思っていませんよね。

保険がかかっているのでは、どこまでいっても本当の感性を取り戻すことにはならない

藤原:沖縄の宜野座に行って、音楽を聴く話が(本の中に)あったんですね。そのときに、岡田さんのキーワードでいうと、“ざわめき”というのがあるんですよね。さっきのジャズの話もそうですけれど、みんなの咳の音とか。

岡田:空気感ですよね。

藤原:ざわざわという空気感ですね。真空パックなものじゃなくて、ノイズとか、ざわめきとか、虫の声とか、そういうものを岡田さんはどういうふうに考えていらっしゃいますか。

岡田:こんなことを藤原さんに言うのは釈迦に説法でしょうけれども、古来から人間というのは、ありとあらゆる道具をいっぱいつくり出してきたわけですよね。道具をつくることによって、自分のある機能を強化してきたわけですよ。例えば僕は目がすごく近眼で悪いけれども、眼鏡を掛けることによって見えるようになるし、双眼鏡を掛けたらもっと遠くまで見えるし。強化してきたともいえるけれども、逆にいえばもう生身の体は退化してもええようにしてきたわけですよね。僕はパソコンを始めるようになって、むちゃくちゃ漢字を忘れているんですよ。もう情けない。

藤原:僕もそうです。

岡田:だからアウトソーシングしちゃうんですよね。自動化しちゃう。「(あとは)もうやって」と。

藤原:板書がつらいですよね。

岡田:僕が“癒し”を気に入らないのも、それが一種のこのアウトソーシングだからなんですね。なにかがあったときに、「もうちょっと主体的になんとかせえや」という気持ちが僕はしちゃうわけ。つまり音楽を聴いて、ピッとスイッチを押して、5分間。ピヤーンと聴いたら自動的にヒールしてくれますみたいな、そんな薬みたいなものに音楽を使うなよと思う。でも実際に多くの人がそういう音楽の聴き方をしているんでしょう。人間の生身の体が本来持っていた機能を、道具にアウトソーシングすることで、こっちはもう漢字は書けんでいい、集中して音楽を聴かんでいい、こうやってヘッドホンを当ててプワーンとやっておいたら寝ながらでも治療できますという話になるのなら、それは退化以外の何物でもないと思う。実際僕らの五感はびっくりするぐらい退化していると思います。

自然が豊かな環境、例えば離島のようなところに行ったとすると、行って初めて、「僕は病気やったんや」というのがはっきりわかる。自分が病気寸前やったのが、そういう転地療法みたいなことをして、2日目、3日目ぐらいに初めてわかる。

藤原:たまに行かないとね。

岡田:5日目、6日目ぐらいになって、ようやく普段退化していた感覚がよみがえって、普段聞こえてなかったような音が聞こえるようになりはじめる。西表島(イリオモテジマ)なんかだったら、夜にジャングルへ行くと、ありとあらゆる音がしています。カエルとかセミとかよくわからない動物とか、水がチャポンチャポンという音とか。あれはたぶん普段だったら、もうほとんど聞こえていないはずの音なんです。

社会システムの外に出る、つまり今でいえば端的にSNSの圏外に出ることで、普段退化していた感覚が研ぎ澄まされるということは絶対にある。特に若いうちはそういう経験をしてほしいんだけどね。でも今の社会だとどうしても「いざ何かあったときに誰が責任をとるんだ」「保険はかけているのか」等々という話になってしまうので、結局悪循環が続いてしまう・・・。保険がかかっているのでは、どこまでいっても本当の感性を取り戻すことにはならない。

藤原:最後に「システムの外へ」と岡田さんが書かれた部分ですね。

岡田:ほとんど今の世界に「システムの外」なんて残っていませんけれども。ただ「システムの外なんて残ってない」と言い立てる人に限って、都会からほとんど出たがらない人たちなんですね。「都会におればシステムから出られへんやろ。だけれども都会から出たら、まだちょっとぐらいは残ってるで」と僕は言いたい。携帯の電波が届かんところへ行ったらええねや。

藤原:ピーピーができない。

岡田:ピーピーができないところ。

藤原:暇に押しつぶされそうになりますね。

岡田:そういうことですよね。

とても良いお話をたくさんいただきました!

岡田先生、藤原先生、ありがとうございました!!

『音楽と出会う』「はじめに」を公開中!

本書の「はじめに」をホームページで公開中です。
今回のトークイベントの原点です。是非ご覧ください。

はじめに

今回のイベントは梅田 蔦屋書店様にご協力いただきました

今回のイベントは梅田 蔦屋書店で1年ほど前からスタートしている、「読書の学校」という取り組みの中で実現しました。熱い書店員三砂さん、いつもありがとうございます。

「読書の学校」とは梅田 蔦屋書店と出版社16社が連携し、新たな視点で読み応えのある書籍を掘り起こして魅力を発信していく取り組みです。隔月でリーフレットを作製し、特定のテーマに基づいて各社がお薦めの書籍を紹介。毎月その選書にちなんだトークイベントを行っています。

梅田 蔦屋書店

〒530-8558
大阪府大阪市北区梅田3-1-3 ルクア イーレ9F

HP:https://store.tsite.jp/umeda/

Twitter:https://twitter.com/umetsuta

 

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著者略歴

  1. 岡田 暁生

    1960年京都生まれ。音楽学者。京都大学人文科学研究所教授。専門は19世紀から20世紀初頭の西洋音楽史。おもな著書に『音楽の聴き方』、『西洋音楽史』、『オペラの運命』(以上、中公新書)、『リヒャルト・シュトラウス』(音楽之友社)、『すごいジャズには理由がある』(共著、アルテスパブリッシング)がある。

  2. 藤原 辰史

    1976年、北海道旭川市生まれ。島根県奥出雲町で育つ。2002年、京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程中途退学。博士(人間・環境学)。京都大学人文科学研究所准教授。専門は農と食の現代史。著書に、『ナチス・ドイツの有機農業』(柏書房、2005年/新装版2012年/第1回日本ドイツ学会奨励賞)、『カブラの冬』(人文書院、2011年)、『ナチスのキッチン』(水声社、2012年/決定版:共和国、2016年/第1回河合隼雄学芸賞)、『稲の大東亜共栄圏』(吉川弘文館、2012年)、『食べること考えること』(共和国、2014年)、『トラクターの世界史』(中公新書、2017年)、『戦争と農業』(集英社インターナショナル新書、2017年)、『給食の歴史』(岩波新書、2018年/第10回辻静雄食文化賞)、『食べるとはどういうことか』(農山漁村文化協会、2019年)、『分解の哲学』(青土社、2019年/第41回サントリー学芸賞)、『縁食論』(ミシマ社、2020年)、『農の原理の史的研究』(創元社、2021年)、『植物考』(生きのびるブックス、2022年)などがある。

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