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『学ぶことが仕事』はじめに全文+まえがき冒頭

はじめに

勉強していると、えらいね、と大人に声をかけられたことがある。

小学生一年生の時だ。祖母の家で夏休みの宿題をやっていたら、えらいねえ、と微笑まれた。おお、えらいのか、とそのとき思った。たしか国語の宿題をやっていて、苦痛でもなんでもない課題だったのだが、少しばかり嬉しかった記憶がある。

学生が勉強するのはいいことだ。学ぶことはよろこばしいことである。

だが、それから十五年ほど経って、そんな記憶も遠くなる。

人間は、学びたいと思いすぎると、むしろ、えらいと言われなくなっていくのである。

 

本書は「えらい」と世間から言われるだろう程度を超えてでも、それでも学びたいと思った人々――「博士後期課程」いわゆるアカデミアと呼ばれる世界に飛び込んだ人々に取材し、できた本である。

といっても、アカデミアにいる人たちをモラトリアムで楽しんでいる人々として描写するつもりは毛頭ない。

むしろ、おそらく社会で「えらいね」と言われやすい新卒学部・修士で就職をせずに、あるいは「えらいね」と言われやすい就職をしたあと、なぜ彼らはアカデミアを選んだのか? そしてその後彼らは、社会的にどのような立場で仕事をすることになるのか? という問いに焦点を当てた一冊である。

 

つまりは、「学ぶことを仕事にした」研究職という仕事の内実を伝えようとしている。

 

研究者、という言葉からざっくりとどんな印象を持たれるだろうか。なんとなく白衣でフラスコを持っているイメージとか、そんな風景が想像される職業だろう。博士、という肩書きになると余計にそのような印象が強いかもしれない。

私はたまたま研究者になりかけた過去がある。研究者になった友人も多いし、研究職を仕事とするプロフェッショナルな人々の矜持もなんとなくは知っている。だが、彼らのプロフェッショナルな部分が、案外社会には伝わっていないと感じることも多い。

研究者というと、なぜか好きなことをしてぶらぶらしているというイメージも根強い気がする。また昨今は、SNSでアウトリーチ(専門外の一般市民や学生に専門分野の知識について広く伝えること)を積極的におこなっている研究者の話が伝わりやすいという事情もあるだろう。

だが、どんな職業でもそうだが、もちろんSNSでアウトリーチするだけが仕事ではない。どんな職業でもそれは同様だろう。SNSを活用している研究者も、本業の論文や書籍はまた別に執筆している。

では彼らは実際、どんな進路選択をして、研究者というキャリアにたどり着いたのか?

そして、研究者という仕事が社会に存在している意味は、どこにあるのか?

私はそこを紐解きたくて、本書を書いている。

 

最近は、「社会人博士」「社会人修士」という選択肢も日本に広まりつつある。つまり、企業に勤めながら、大学院に通う、というキャリアである。

だが、案外その大学院にいる人たちがどんなふうに日々を過ごしているのか、そしてその後どんな仕事に就いているのか、書籍として綴られているものはまだ少ない(既に出ている本もあり、素晴らしいものばかりなので、巻末で紹介する。そちらもご覧いただきたい)。直接会って話を聴ける人がいるならそれが一番だが、なかなかそれをできる時間がない、けど修士や博士ってどんな雰囲気なのか知りたい、という方にも本書を使ってもらえたらとてもとても嬉しい。

『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)という本を以前書いたのだが、そのなかでも「働きながらひとりで勉強する」ことの難しさについて言及した。だが、もしあなたがもっと勉強したい気持ちがあるならば、思い切って大学院という選択肢をとり、半ば強制的に勉強する仲間や指導してくれる先生を見つけるのも、働きながら勉強し続ける環境をつくるひとつの手だろう。

 

大人になってみると、勉強しても、とくに「えらいね」とは言われない。もし言われたとしたらあなたはかなり幸運だと言わざるを得ない。言ってくれた人を大切にするとよいと思う。

だが大抵は、勉強してもべつにえらくない。勉強したのちに何か結果を出さないと、意味がない、と社会では評価されるだろう。

しかしそれでも、受験や試験がなくても、自分の勉強したいことを勉強し続ける研究者という職業を選んだ人たちがいる。他人に認められるかどうかよりも、学ぶことを、そしてその成果を社会に還元しようとする人たちがいる。学ぶことを仕事にした研究者たちは、いったい何を思って、その道を選んだのだろう?

 

彼らは、自分が熱中できる問いを、どこで見つけたのだろう?

 

本書で彼らに、聞いてみたいのだ。

まえがき

――なぜ私が本書の執筆者? と、あなたも思ったことでしょう

戻りたいな、と思う瞬間は人生において、そんなにない。

よく学生時代に大人が「いいねえ高校生、青春だねえ」「若いっていいなあ、私も学生時代に戻りたいなあ」と言ってくることがあって、そのたび「そんなバカな」と苦笑していた。当時の私は、一刻も早くこの学生時代を終えたくて仕方がなかったから。大人から子どもに贈る謎のお世辞だろうと思っていた。今もその思いは変わっていない。自分の人生において、戻りたいなあ、あの頃をもう一度体験したい、なんて思う瞬間は本当にそんなにない。そもそも現実なんてしんどいものだ。もう一回やるなんて、めんどくさい。二度と繰り返したくはない。

十代の頃にも、二十代の頃にも、まったく戻りたくはない。

――だけど。

例外がある。

本当のことを言うと、「ちょっと戻ってもいいな」と思う時間が、一度だけ、ある。

自分の現実の人生にそんな時間が訪れるなんて、思ってもみなかった。

だけど私にとって、「ああ楽しかったな、あの頃なら戻りたいな」と、ちょっとだけ思う瞬間がたしかにあって、それは、大学院生の頃だった。

 

こんな個人的な話を本書のまえがきで伝えるのは適切ではないかもしれない。しかしこれを最初に伝えないとフェアではない。

私は京都大学の文学部を卒業し、人間・環境学研究科の修士課程(博士前期課程)を修了し、博士後期課程を一年で中退した。

私にとって、大学院とは、うしろめたく、だけど温かい記憶の詰まった場所である。【以下「まえがき」続く】


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【目次】

はじめに

まえがき なぜ私が本書の執筆者? とあなたも思ったことでしょう

第1章 文系博士はこうして生まれる
1.夜からはじまる/2.マングローブのたくましさ/3.だけど、弁護士にならなかったのは理由がある/4.国際協力は今この現実から

第2章 理系博士のクレイジー・ジャーニー
1.きのこ研究者はロマンを抱えて/2.天気の予測は可能?

第3章 博士になるまで
1.本がきっかけで、博士になるパターン/2.授業がきっかけで、博士になるパターン/3.最初から、博士になりたいと思っているパターン/4.先生に薦められて、そのままパターン

第4章 実際、どうやって暮らしているの?
1.理系研究者の休みのない日々/2.大学院生は、どうやってお金を工面しているのか

第5章 恋愛・結婚・子育てとの両立って、可能なのか……?
1.博士、出会いがない問題をどうするのか問題/2.そして、博士、いつ結婚するのか問題/3.さらに、博士、子育てになると大変すぎる問題/4.そして、博士はどうバランスをとるのか問題

第6章 博士、どこへ行くのか
1.大学で研究している寺上さんの場合/2.独立法人で研究を続ける大谷さんの場合/3.国家公務員になったあと、大学に戻って研究している久保さんの場合/4.企業で研究を続けた伊藤さんの場合

第7章 社会で「博士」はどうなっていくのか?
1.なぜ博士は増やされたのか?/2.アカデミアの「外」に出る選択肢/3.イノベーションを起こす専門性

第8章 働きながら「博士」として生きる
1.なぜ働いていると哲学の本が読めなくなるのか/2.複数のボキャブラリーのために/3.参与観察としての就職

第9章 企業は「博士」をどのように見ているのか?
1.目標へのアプローチを重視したい/2.入社してから博士号をとるという選択肢/3.レジリエンスこそが大事

おわりに 時間をかけていく――博士号という通過点と「イノベーション」

 

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著者略歴

  1. 三宅 香帆

    1994年高知県生まれ。文芸評論家。京都市立芸術大学非常勤講師。京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程修了(専門は萬葉集)。同博士後期課程中途退学。大学院在学中に『人生を狂わす名著50』(ライツ社)で文筆家としてデビュー。
    おもな著書に『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)、『娘が母を殺すには?』(PLANETS)、『考察する若者たち』(PHP新書)、『「夫婦」不在社会』(講談社)『推したちとどう生きるか』(新潮新書)など。

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