全体討論――「変わらなさ」を変えるには
幸せに働き、生きることはどのように実現できるのか? ジェンダーの視点から日本の雇用をめぐるルールや慣行を明らかにした『キャリアに活かす雇用関係論』の刊行を記念し、2024年3月2日(土)にお茶の水女子大学でシンポジウムが開催されました。対面・オンライン合わせて100名が参加しました。
編者の金井郁さんによる司会のもと、「一番学生に伝えたいメッセージ」を執筆者が各章のテーマと絡めて報告しました。その後、「本書をどう読んだか」についてのコメント、全体討論を通じて、ジェンダー視点を貫く授業のつくり方、学生の興味と理解の引き出し方、男女格差が埋め込まれた構造を変えていく方法について議論しました。シンポジウムの内容を5回にわけてレポートします。
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シンポジウムを締めくくる全体討論。登壇者全員が前に並んで座り、フロアからの質問に答えました。労働者として長年抱えてきた疑問、憤りを率直に伝えながら、「学問から何ができるのか」を問う質問が寄せられ、活発な議論が交わされました。
Q1:大槻奈巳さんに質問です。「女はやる気がない」「結婚したら辞めてしまう」などと言われてきましたが、いやそんなことはないでしょう、とずっと思ってきました。それをきちんと研究で示していただくというのはとても大切だと思います。家族重視モデルと職場重視モデルの話がありました。政府がなぜ家族重視モデルをやりたがるかというと、やるのが簡単だからだと思います。それに対して、職場重視モデルは政策に落とし込むのが難しい。企業の内部に手を突っ込むことを政府はやりたがらない。職場のなかを変えていくことは政策的に可能でしょうか?
大槻:可能だと思っています。女性活躍推進法によって、企業の情報を公表しなければならなくなりました。男女別賃金や男女別管理職について、私たちも知ることができるし、企業は他の企業のことを知ることもできます。「202030」(「2030年までに社会のあらゆる分野で指導的地位に女性が占める割合が30%になるように」という数値目標)により、女性の管理職比率を上げようという働きかけがありました。企業も動かないわけにはいかない状況にはなったと思います。
田瀬:私は内閣府の男女共同参画推進会議の委員もさせていただいています。男女の賃金格差の開示義務を決めたときに、「なぜそうであったか」まで開示せよという議論もあったのです。そこまで開示できれば企業は考えざるをえないからです。男性の働き方が悪いのだと書かなければいけなくなるわけです。政策のなかで開示義務をとおして企業の統治まで介入していくことは可能だと思います。
Q2:アファーマティブアクション(積極的な格差是正措置)について、先生方のお考えを聞かせてください。
大槻:「202030」が設定されたときに、「女性たちに下駄を履かせて管理職にするのか!」ということと、「それで昇進した女性も困るよねぇ」ということがセットで言われました。でも、男性と女性の職場における扱われ方は違うのです。男性がゼロから始まるとすれば、女性はマイナス50くらいから始まる。ですから、アファーマティブアクションをするのはいいことだと思います。
申:私は政治学者ですので、女性議員が少ないという問題に対して、ジェンダークオータ制が必要だと考えています。すでに導入した国は100カ国以上あって、結果ももう出ています。実際にクオータ制でリクルートされた女性たちをいろいろな指数で測ってみると、男性にまったく劣っていないのです。男性と同じような指数で測っても、同等かもっと良いという結果が実証されています。私は「男性と同じような指数で測る」こと自体が、女性には不利だと考えているのですけれども、「それで測っても」ということです。
もちろん数値を上げることは大事なのですが、もっと大事なことは、政治において女性が歓迎されるようになれば、政治ではなく別のことをしたかもしれない女性が、ここでやってみようか、というモチベーションが上がることです。政治は男性のものだから、管理職は男性が務めるものだから、とそれまで「できない」と諦めて別のところで能力を発揮していた女性たちが参入できるようになります。多様な人たちが「入ってもいいのだ」と思うことができ、モチベーションが高まって初めて、平等な競争ができると思うのです。
田瀬:真崎さんが発表で言及されたように、「エクイティ(衡平性)」の視点が重要です。大槻さんがおっしゃったとおり、マイナス50から始めている人に対して、追加のはしごを掛けるのは決して逆差別ではないということです。ただし未来永劫それをやるわけではなくて、構造的なインジャスティスを直さなければいけないということです。ジャスティスがなされて初めてエクイティ措置は取らなくてよくなるのです。
Q3:長年、女性差別を体験してきた労働者として、これから働く人たちに指針になるような本が出たのはすごくいいことだと思います。私はある地方の大企業と、女性の賃金差別に関する団体交渉をずっとやってきました。同期入社の男性は昇進して管理職になっているのに、女性はずっと下のほうにいる。「これはどうしてなのか」「あなたたちは分析しないのですか」と団体交渉で聞いても、「いや、差別はない」と平然と言うのです。本当にもうこの国は駄目なのだなつくづく思ってしまいます。
もう一つ大きな問題は税制・社会保障制度です。私は45年も働いたのですが、私の年金は34年働いた夫の遺族年金より低いのです。しかも、遺族年金は無税なのです。かたや、パートで働く女性は1,000円とか、地方だったら890円というような時給で働かされています。第3号被保険者をつくった財界の狙いはパート労働者の賃金を安く抑えたいということだけだったと思います。パート労働者が、第3号被保険者の範囲で働くと、企業側は保険を負担しなくていいわけですから。それが巡り巡って、年金の財源が足らなくなって、皆の年金がどんどん下がるという事態になっています。そうした税・社会保障の仕組みを変える方法を、学術的なところから提起してほしいなと思います。
禿:昔つくられた制度で「得をしている人」がいるなかで、それを平等に変えようとすると「損をする人」が生まれてしまうので、なかなか変化を起こせないという経路依存性がありますね。政治家が言うと票が減るという直接的な影響もあり、難しいですね。個人的には第3号被保険者はなくしてしまえばいいのにと思っているのですが、かつてその議論があったときに大きく反対したのはパート労働者の人だったりもしました。
しかし、もうこれだけ日本が生産性が低くなり、実質賃金も上がらず、子どもは全然生まれないというところまできて、社会として成り立っていけるのか?ということが切実に問題意識として共有されるようになってきました。
直接的な損得に拘泥するのではなく、社会全体の、未来の幸せを得るために何が必要かを、われわれ研究者も含め、いろいろな人びとが言葉を尽くして、合意を形成していかないといけないと思っています。書きたいことはたくさんあったのですが、分量的に全部は書けませんでした。税のことは別の機会での課題としたいと思います。
金井(司会):少し別の視点から補足しますと、2024年7月に有斐閣から出版予定の上野千鶴子・江原由美子編
〈シンポジウム登壇者〉
駒川智子:北海道大学大学院教育学研究院教授
金井郁:埼玉大学大学院人文社会科学研究科教授
筒井美紀:法政大学キャリアデザイン学部教授
禿あや美:埼玉大学大学院人文社会科学研究科准教授
大槻奈巳:聖心女子大学現代教養学部教授
申琪榮:お茶の水女子大学ジェンダー研究所教授
林亜美:神田外語大学外国語学部講師
田瀬和夫:SDGパートナーズ有限会社代表取締役CEO
真崎宏美:SDGパートナーズ有限会社シニア・コンサルタント
朴峻喜:立教大学経済学部助教
佐野嘉秀:法政大学経営学部教授
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【目次】
序 章 なぜ雇用管理を学ぶのか〔駒川智子・金井郁〕
第1章 大卒就職・大卒採用――制度・構造を読みとく〔筒井美紀〕
第2章 配属・異動・転勤――キャリア形成の核となる職務〔駒川智子〕
第3章 賃 金――持続可能な賃金のあり方とは〔禿あや美〕
第4章 昇 進――自分のやりたいことを実現する立場〔大槻奈巳〕
第5章 労働時間――長時間労働の是正に向けて〔山縣宏寿〕
第6章 就労と妊娠・出産・育児――なぜ「両立」が問題となるのか〔杉浦浩美〕
第7章 ハラスメント――働く者の尊厳が保たれる仕事場を〔申琪榮〕
第8章 管理職――誰もが働きやすい職場づくりのキーパーソン〔金井郁〕
第9章 離職・転職――長期的キャリア形成の実現に向けて〔林亜美〕
第10章 非正規雇用――まっとうな雇用の実現のために〔川村雅則〕
第11章 労働組合――労働条件の向上を私たちの手で〔金井郁〕
第12章 新しい働き方――テレワーク、副業・兼業、フリーランス〔高見具広〕
第13章 いろいろな人と働く――SDGsによる企業の人権尊重とDE&Iの推進〔田瀬和夫・真崎宏美〕
終 章 労働の未来を考える〔金井郁・駒川智子〕
より深い学びのために
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