世界思想社のwebマガジン

MENU

『世界思想』2024春 51号

スポーツとは何か?――「スポーツそのもの」の魅力を求めて

PR誌『世界思想』51号「スポーツ」特集号から、巻頭の玉木正之さん「スポーツとは何か?」を全文公開します。東大を中退し日本初のスポーツライターとなった玉木さん。メソポタミア文明に遡るサッカー、ラグビー、ホッケーの起源から、民主制やメディアとスポーツの関係まで重要論点をおさえた充実の記事。江夏の21球に対する、当事者・関係者への独自取材にもとづく、ユニークな解釈も必読です。

 フリーの雑誌記者として取材対象に「スポーツ」を選んだことには、さしたる意味があったわけではなかった。

 大学を横に飛び出し、『GORO』や『平凡パンチ』という若者雑誌に記事を書き始めていた私は、ある日、信頼する編集者から「何か専門のジャンルを決めたほうがいいよ。そのほうが我々も仕事を頼みやすいから」と言われた。そのとき間髪を入れずに「スポーツ」と答えたのは、ただスポーツを見るのが好きで、スポーツを現場ナマで見たいと思っただけのことだった。

 野球やボクシングの取材で、無料ただで後楽園球場のネット裏や後楽園ホールのリングサイドに座ることができるのは、最高に魅力的なことだった。そんなわけで、年齢学歴不問、資格試験もなく、雑誌記者としてスポーツの現場に足を運ぶようになったのだったが、すぐに「壁」にぶつかった。

 当時(一九七〇年代中頃)の雑誌のスポーツ記事は沢木耕太郎氏の書く「人間ドラマ」が中心で、私が脳裏にボンヤリと思い描いていた「スポーツの面白さ」――つまり「技術の凄さ」や「作戦の妙味」などから生じる胸がスカッとする「スポーツの醍醐味」をそのまま描くような記事は、なかなか理解してもらえなかった。

 当時まだ二〇歳代前半だった私は、「人間ドラマ」ではない「スポーツの魅力」を言葉でキチンと表現することができなかったのだ。

スポーツは人間を超える

 そんなときに、「記録の神様」と呼ばれていた宇佐美徹也氏(報知新聞記録部長・当時)と出逢い、野球を「記録」から見ることで、「野球の魅力」を浮き彫りにできることを教えられた。

 たとえば一九七三年八月、王貞治が通算ホームラン数で、それまで日本一だった野村克也の通算五六四号に追いつき、追い抜いたとき、野村は次の試合ですぐに抜き返し、そんな抜きつ抜かれつの「通算ホームラン数争い」を一か月近くも続けたのだった。当時三八歳の野村は、「若い(三三歳の)王など意識にない」と語っていた。が、強烈に意識していたことは記録にはっきりと残されていたのだ。

 パ・リーグ(南海ホークス)の名捕手だった野村は、キャッチャーとしてオールスター戦でセ・リーグ(読売ジャイアンツ)の王と対戦したときも、パ・リーグの一流投手の投球をリードして一〇年間で三九打数三安打、打率は一割にも満たない七分七厘。ホームランを一本も打たすことなく押さえ込んだ。

 野村克也という野球人の執念も凄いが、そんな記録を発見した宇佐美氏も凄いと思った。さらに、そんな執念を記録に残す「野球というスポーツも凄い」としか言い様がなく、それはアメリカのベースボール・ライターだったロジャー・エンジェルの言葉を思い出させた。「ベーブ・ルースと言えどベースボールより偉大ではない」。

「江夏の21球」から考える

 そのような野球(スポーツ)そのものの持つ魅力を伝えることこそ面白いと、より強く意識したのは一九八〇年四月、文藝春秋から雑誌『Number(以下、ナンバー)』が創刊されたときのことだった。

 創刊直前の準備段階の会議に何度か出席して意見を求められた私は、スポーツの現場で自由に取材ができるよう、スポーツ記者クラブへの加入を主張した。それはスポーツの取材のたびに、雑誌記者はいちいち取材申請書を書かされ、繰り返し許可を得なければならないことにウンザリしていたからだった。

 が、私の意見は一蹴された。「間違えちゃいけない。『ナンバー』は「スポーツ雑誌」じゃない。スポーツを通して人間を描く「人間雑誌」なんだ」それが編集長の意見で、副編集長にも同じことを何度も強く言われた。

 たしかに沢木耕太郎氏の書く「人間ドラマ」は面白かった。彼の作品は私も愛読し、感銘も受けていた。が、それは「スポーツそのものの魅力」が描かれたものではなく、「スポーツを通して人間が描かれた作品」だった。

 そのような『ナンバー』の編集方針は、創刊号に掲載されて話題になった山際淳司氏の「江夏の21球」で一層鮮明になった。

 一九七九年の日本シリーズ第七戦。広島カープが四対三と近鉄バファローズをリードして九回裏を迎える。そのときリリーフエースの江夏豊投手が投げた「21球」が「ドラマ」になったのだが、クライマックスはヒットと四球フォアボールなどで一死満塁となったときに訪れる。江夏投手が、バッター石渡のバットの動きや三塁走者藤瀬の動きから、近鉄西本監督のスクイズの作戦を見抜き、カーヴの握りのままストライクゾーンを大きく高目に外れるボール球(ウエストピッチ)を投げ、石渡を空振りさせ、ホームに走り込もうとした藤瀬をアウトにしたというのだ。

 続けて江夏投手は石渡も三振に切って取り、広島カープは優勝。近鉄西本監督の日本シリーズ初制覇の夢は消え去り、「人間ドラマ」は完結するのだが、問題は江夏投手の「ウエストピッチ」で、山際氏のノンフィクションでは江夏投手の投じた「見事なウエストピッチ」が詳しく描かれていた。が、私には、三塁走者がスタートを切り、広島ベンチの選手全員が大声で「(走者が)走ったぁ!」と叫び、慌てた江夏投手がカーヴの握りのまま指を滑らせ、そのままボールを投げたところが、投球は打者が空振りするほかないストライクゾーンを大きく高目に外れたコースに……ということに思えた。

 投手がカーヴの握りのままウエストピッチを投げるのは不可能で、「あれは指が滑っただけの偶然の結果」という意見は、西本監督はじめ江本孟紀氏など何人かの野球関係者も口にしていた。私自身、江夏豊氏に直接確かめたこともあったが、「あんな凄いことは誰か別の人間がやったことや」と、見事な答えを返された。しかし事実はどうだったかという以上に、私は「江夏投手が指を滑らせた」という「解釈」のほうが「凄い」と思った。

 江夏投手が「見事なウエストピッチをした」ことで「江夏投手は凄い」という「人間ドラマ」は完結する。が、江夏投手が「慌てて指を滑らせた」となると、江夏投手ほどの大投手が一瞬指を滑らせただけで、広島カープと近鉄バファローズの勝敗だけでなく、全選手や監督の「運命」までがすべて決まってしまったわけで、その結論は、「野球とは何と凄い(恐ろしくも面白い)スポーツなのだ!」となるはずだ。

 もちろん「江夏の21球」の「作者」である山際淳司氏にも私の意見を聞いてもらった。彼は「それを書けばいいじゃない」と言ったあと、「あまり売れそうには思えないけどね」と続けられ、二人で大笑いしたあと、たしかに「人間ドラマ」のほうが「野球の面白さ」よりも「本の売れゆきにはいいかな」と思ったのだった。

スポーツに対する「無知の知」

 それから六年後、私の前に別の「大事件」が起きた。それは東京神田の三省堂書店を覗いたときに、中村敏雄氏の『オフサイドはなぜ反則か』(三省堂、増補版は平凡社ライブラリー)という本と出逢ったことだった。

 サッカーやラグビーなどで「オフサイドが反則」ということは知っていた。が、「なぜ反則か?」という問いに、私は答えることができなかった。そこで早速その本を買って徹夜で読み切り、大きなショックを受けるなかで中村氏の他の著作などにも手を伸ばし、自分がフットボールの歴史を何も知らなかったことに気付かされた。

 「丸い物(ボール)」は地上の自然界に存在せず、それは天上にある太陽の象徴で、それを奪い支配した者(目的地ゴールに運んだ者)が「王(支配者)」になるという競技ゲームが、紀元前三〇〇〇年頃のメソポタミア地方で始まったという。それが古代ローマ帝国で「カルチョ」というゲームになり(イタリアではサッカーのことを、今でもカルチョと呼ぶ)、中世フランスにも伝わり、豚や牛の膀胱を膨らませたボールを二組に分かれた一〇〇〇人近い村人が奪い合って目的地ゴールに運ぶ、今日のフットボールの原型プロトタイプが生まれる。

サンタ・マリア・ノヴェラ広場でおこなわれたカルチョ
ヴァザーリ・ジョルジョとヴァン・デル・ストラート・ヤン(1561-1562、ヴェッキオ宮殿美術館)

 さらにそれがイギリスに伝わり、産業革命時に土地を工場用地に奪われた農民たちの暴動とともに発展。群衆マスフットボール、街中ストリートフットボール、暴動モブフットボール、狂人マッドフットボールなどと呼ばれたフットボールが、やがてオックスフォードやケンブリッジなどの大学、イートン校やラグビー校などの私立名門中高一貫校パブリックスクールに広がり、サッカー、ラグビー、ホッケーへとルールを整えていったという。

 それらのフットボールの歴史を何も知らずにいたことに気付いた私は、ボクシングやレスリング、バレーボールやバスケットボールや野球(ベースボール)、陸上競技や体操競技などのルールの成り立ちや歴史についても、まったく無知であることに気付かされた。考えてみれば学校の「体育」の授業では、サッカーやラグビーのルールを教わり、身体を動かし鍛えることは学んだが、個々のスポーツの誕生や変遷、発展の歴史などは一度も教わったことがなかったのだ。

 それが、ソクラテスの言う「無知の知」だったのかどうかはともかく、私は、その後約一か月間仕事を休み、知人の紹介で世田谷にある日本体育大学の図書館に通うことにした。そこで毎日、朝から夕方まで広い部屋の大きな本棚にズラリと並んだスポーツ関係の書籍を広げ、片っ端から目を通し、ノートを取り続けた。

 それは、いま振り返っても素晴らしい日々だった。

 何しろスポーツと呼び得る世界各地の「身体文化」や各競技の歴史、様々な民族スポーツや古代と近代のオリンピックの歴史……等々、知らないことだらけ。スポーツという言葉は、「身体競技」を表す以前から、「冗談・諧謔・遊戯」といった意味があり、さらに遡ればラテン語のデポラターレから生まれた言葉で、原義は日常生活(労働)を離れた非日常的行為で、「祭り」や「ハレの日」の時空間を表す言葉。広義には絵画や音楽や舞踏などの芸術行為もスポーツと言えることを初めて知った。

 さらに古代ペルシアの武術マーシャルアーツであるレスリングが紀元前三〇〇〇年以来の長い歴史を有することや、古代メソポタミアの「太陽の奪い合い」がインド、中国を経て日本列島にも伝わり、万葉時代以来の毬打ぎっちょう(本誌の表紙裏の写真参照)となったことも、それが『日本書紀』に記録されていることも知った。

 ヨーロッパからアメリカに伝わったベースボールは南北戦争をきっかけに全米に広がってメジャーリーグの誕生に繋がり、一九世紀末にはJ・ネイスミスという人物がバスケットボールを創造し……、同じ頃フランス人のピエール・ド・クーベルタン男爵が反戦運動の一環として近代オリンピックを創始し……、嘉納治五郎かのうじごろうが柔道を創造し……さらにヒトラーや毛沢東の「体育論」の存在を知り(独裁者は身体論が好きですね)、ヨハネス・ホイジンガやロジェ・カイヨワのスポーツ原論にも接し……、スポーツそのものの魅力に深い考察を加えられた虫明亜呂無氏の存在を知り……、何もかもが「目から鱗」の連続で、常に人影の少なかった日体大の図書館は、「スポーツライター」と名乗り始めていた小生を再生させてくれたのだった。

民主的で平等なスポーツ文化

 その後、中村敏雄先生の謦咳に接することもでき、仕事の傍らスポーツをより深く知るための学習を続けた。

 そのなかで強く印象に残ったのが、スポーツは古代ギリシアや近代イギリスのように民主主義の政治を生んだ「民主政社会」からしか生まれないというノルベルト・エリアスのスポーツ論だった。民主政社会は、社会の指導者リーダーを住民(市民)の選挙で選び、話し合い(議会)によって運営される。それは、暴力(武力・戦争)を用いる支配者の台頭の否定であり、そのような「暴力を否定する民主政社会」では、殴り合いや取っ組み合いや太陽の奪い合いといった「暴力」も、ボクシングやレスリングやフットボールなど、暴力を否定する遊びスポーツに変化し、競技ゲームとして発展したというのだ。

 さらに欧米から明治時代の日本に伝わった「スポーツ」には、適切な訳語としての日本語が存在しなかったため、「体育」や「運動」という意味の異なる言葉に誤訳されてしまったこともわかった(スポーツには体育のほかに、知育や徳育の要素も含まれていますからね)。

 また同様に適切な訳語が存在しなかった「カルチャー」という言葉も、「(社会の)みんなで作り実らせた作物」という原義とは少々異なる「文化」という言葉に翻訳された。「文化」とは本来「武化」の反対語で、為政者(上に立つ者)が武力(暴力)を用いずに人々を治めること(武断政治でなく文治政治)で、そこから生まれた芸術や学問や社会制度などを表す言葉だ。

 それらの誤訳によって、我が国では「みんなで育てるべきスポーツ文化カルチャー」が、企業やメディア、政府(文科省)や学校の管理下に置かれても不思議に思わない状況が生み出されたこともわかった(学校や新聞社では、いまも「運動部」と「文化部」といった具合に、運動スポーツ文化カルチャーとは別物であるかのような捉え方がされてますよね)。

 さらにアレン・グットマンの近代スポーツ論を読み、スポーツに参加する人々の「平等性」が近代スポーツの大前提の一つであることも知った。ならば特定の学校(大学)や企業に入らなければ希望するスポーツをおこなえなかったり、希望する競技大会に参加できないような状況の存在する我が国のスポーツ環境は、まだまだいびつで未成熟であることにも気付かされたのだった。

ジャーナリズムとアカデミズムは通底する

 こうしたスポーツに対する学習を通じて少々困ったのは、私の仕事のフィールドであるジャーナリズムの世界が、アカデミズムの世界とは異なっていることだった。

 ジャーナリズムは常に俗事を追う。その報道が批判精神(ジャーナリズム精神)を伴っているなら、有意義な行為と言えるはずだが、スポーツはエンターテインメントの要素も大きく、メディアがスポーツを取りあげるときは、ジャーナリズムとしてではなく「娯楽エンタメ」として扱うケースが多い。また我が国のメディアは、エンタメとしてのスポーツイベントの主催社や後援社となったり、スポーツチームの所有社となることも多く、その娯楽性ばかりを強調する(人気を煽る)ケースも少なくない。

 たとえば二〇二三年末の大谷翔平選手のドジャース入りも、莫大な契約金の話題とともに連日テレビや新聞などで大きく報じられた。しかし、日本のプロ野球がアメリカ・メジャーリーグの二軍ファーム(選手供給リーグ)として機能するだけでいいのか?  というジャーナリズムなら当然取りあげるべき視点はまったく欠如していた。

 野茂英雄投手がドジャース入りした約三〇年前には市場規模(約一五〇〇億円)も選手の平均年俸(約一〇〇〇万円)もメジャーとさほど変わらなかったプロ野球が、なぜ大きな差をつけられてしまったのか?  現在のメジャーの市場規模は約一兆円にも達しているのに対して、プロ野球は約一五〇〇億円で変わらないまま、平均年俸もメジャーの約四億五〇〇〇万円に対して約四三〇〇万円で、そのように格差が開いた理由を分析し報道するには、やはりベースボールというスポーツの歴史やメジャーリーグとプロ野球の成り立ちと構造の違い、さらにスポーツ(野球)の文化カルチャーとしてのあるべき姿に対する考察が必要なはずだ。つまり、ジャーナリズムとアカデミズムは、本来通底しているのだ。

 ならば、エンタメとして「スポーツを楽しむ(消費する)」だけでなく、改めて「スポーツとは何か?  どうあるべきか?」を問い直し、あらゆるスポーツ環境を整え直すことで、スポーツという素晴らしい文化カルチャーは、さらに豊かに、もっと楽しく、有意義なカタチに再構築できるはずである。

 要するに、まずは読売新聞社がジャイアンツ球団の所有や箱根駅伝の共催から手を引き、朝日新聞社や毎日新聞社が高校野球=夏の甲子園大会やセンバツ大会から手を引く……など、メディアがあらゆるスポーツイベントの運営に直接かかわることを辞め、スポーツに対するジャーナリズム精神(批判精神)を発揮するようになれば、日本のスポーツは健全な新たな発展が期待できるに違いない。

 一九三六年、プロ野球(職業野球)が日本に生まれたあと、公共の文化であるべき野球(スポーツ)は公益企業が所有すべきという考えから、鉄道会社、映画会社、新聞社がオーナー企業となり、私企業は一九六九年ロッテ・オリオンズが加わるまで認められなかった。が、公益企業であるはずの新聞社が私企業として自社の利益(新聞の販売拡張や同一資本下にあるテレビの視聴率向上)に供すべくスポーツを利用した結果、日本のスポーツの健全な発展が阻害されることになったのだ。

 アメリカのメジャーには、創立時からメディアが球団のオーナーになってはいけないという不文律が存在し、イギリスでは巨大メディアが有名サッカー・チームを買収しようとしたとき、イギリス議会がそれを禁止する決議を採択した。将来の日本でも、そのようなメディアとスポーツの健全な関係が築かれるよう、すべてのスポーツ関係者、メディア関係者の努力を望みたいと思う。

『世界思想』202451号目次

スポーツとは何か
スポーツとは何か?――「スポーツそのもの」の魅力を求めて  玉木正之
なぜ人類はスポーツを求めるのか  為末大
「客観性」が足りない  武田砂鉄
愛すべき地べたのスポーツ民たち  金井真紀

多様性と社会
アフリカで柔道とともに生きる  溝内克之
interview超人スポーツ――身体×テクノロジーで社会を変える  稲見昌彦
左ストレートがうまく打てない  磯野真穂
日本スポーツが強くなった理由(わけ)  平尾剛
日本の部活、世界のティーンスポーツ  中澤篤史

現場から考える
ダメな日の試合  石岡丈昇
スポーツ実況解説の言論空間  町田樹
〈女子マネ〉の理想と現実  関めぐみ
山と哲学  若菜晃子
投げることの知性と美  柏野牧夫

 

スポーツのブックリスト

PR誌『世界思想』51は、全国の主な書店の無料配布コーナーなどで無料で入手いただけます。送料がかかってしまいますが、弊社から直接お送りすることも可能です。

 

関連記事

石岡丈昇『ローカルボクサーと貧困世界〔増補新装版〕』ためし読み 第4章より 試合
https://web.sekaishisosha.jp/posts/7784

『ローカルボクサーと貧困世界〔増補新装版〕』ためし読み 解説:岸政彦
https://web.sekaishisosha.jp/posts/7626

タグ

バックナンバー

著者略歴

  1. 玉木 正之

    スポーツ文化評論家、音楽評論家。1952年京都市生まれ。東京大学教養学部中退後、フリー・ライター、放送作家、小説家として活躍。日本で最初にスポーツライターを名乗る。現在はネットTV『ニューズ・オプエド』のスポーツ番組のアンカーを担当。おもな著書に『今こそ「スポーツとは何か?」を考えてみよう!』(春陽堂書店)、『スポーツとは何か』(講談社現代新書)など。

ランキング

せかいしそうからのお知らせ

マリ共和国出身、京都精華大学学長、ウスビ・サコ。 30年にわたる日本生活での失敗と、発見と、希望をユーモラスに語るエッセイ!

ウスビ・サコの「まだ、空気読めません」

ウスビ・サコの「まだ、空気読めません」

詳しくはこちら

韓国の男子高校で教える著者が、学び、実践してきたフェミニズムとは?

私は男でフェミニストです

私は男でフェミニストです

詳しくはこちら

イヌと暮らせば、愛がある、学びがある。 進化生物学者が愛犬と暮らして学んだこと。

人、イヌと暮らす

人、イヌと暮らす

詳しくはこちら
閉じる