男子からみた月経、男子の月経教育と防災 『月経の人類学』より
”女性”の身体的な生理現象であるだけではなく、さまざまな領域の深い部分に関わるーー発展途上国だけ、あるいは日本だけのものではなく地続きでつながっている。
2022年7月に重版が決定した『月経の人類学』本編より、コラムを紹介します。
「生理の血が出るのは1日だけだと思ってた」「〔ナプキンの粘着テープを触りながら〕このベタベタの部分を股に付けるんでしょ。え? 違う?」「タンポンは繰り返し使えないんだ」「月経カップ、環境にやさしい!」
これらは、私たちが開催した男子が月経について学ぶ謎解きゲーム形式の授業「男子のための生理教室」に参加した小学校5、6年生の子どもたちから出た言葉だ。
私たちは妻と夫、医師2人からなるユニット「アクロストン」として、日常診療の傍ら小学校やフリースクールでの性教育の授業や、性のことを「正しく、ポップに、楽しく」学ぶワークショップを開催している。
2019年、私たちが保健体育の授業を毎年開催している公立小学校から、ある依頼を受けた。それは「女子が下着のことを外部講師から教わる授業の間、男子に性教育の授業をしてほしい」というもの。小学校側から授業内容の指定はなく私たちに一任されていた。そこで私たちは男子たちが月経について学ぶ授業を開催することを決めたのだが、この背景には震災の報道で目にしたトラブルがある。
東日本大震災や熊本地震の避難所における生理用品を巡るトラブルをご存じだろうか。避難所で救援物資を配布する際、女性1人あたり1個ずつナプキンを配ったり、「生理用品は性的なもの。はしたない」として配布をやめたりした男性がいたという。
男性の月経に関する知識不足や偏見、そして当事者である女性に相談しないといった、コミュニケーションの不足があるように思われる。ここ数年、月経について知識のある男性が増えてきたと感じているが、現在の公教育のことを考えると、このトラブルが繰り返されるのではと私たちは危惧している。義務教育期間中に授業で月経についてふれるのは小学校4年生の保健体育の1、2時限、中学生の保健体育の1、2時限程度である。教科書は月経が起きる仕組みに偏重した記載で、月経の実情(持続日数や出血量など)、月経中・月経前の体の変化、ケアの仕方はあまり載っておらず「生理のリアル」が子どもの性別にかかわらず伝わりにくい。
「男子のための生理教室」の教材
「男子のための生理の教室」では、まず子どもたちにどの程度知識があるのかを確認し、月経が起きる仕組みを簡潔に説明した。そして男子が月経について学ぶ必要がある理由を伝えた。「生理は赤ちゃんができる仕組みと関係している。みんな赤ちゃんだったわけで、君たちに生理がくることはなくても、体の仕組みとしては関係している。生理について知るのは自分の体の仕組みを知ることと同じで大切なことだよ」「生理にはお腹が痛くなるなど困りごとも多く存在する。だから君たちが生理について知ることで、家族、友達、パートナーなど周りにいる人のサポートができるかもしれない」と語った。この後、班に分かれてもらい、ミッション(図a)と、解決の手助けとなる謎が書いてある用紙(図b)を配布した。授業の開催場所である体育館を避難所にみたて、子どもたちは救援物資を配る係になっている。班ごとに救援物資として紙袋を配布し、そのなかにナプキン、タンポン、月経カップのどれか1種類が入っている(図c)。男子たちは生理用品を手に取りながら、「なんだこれ」という感じで、使用方法を考えたり、説明書を読みこんだりする。次第に生理用品の素材や作りに夢中になり、子ども同士での意見交換や私たちへの質問も多く、非常に活発な雰囲気であった。ナプキンを触って「気持ち良い」という感想が多く出たが、「生理のときはこれを長い時間、股に当てるよ」と言うと、「女性は大変だね」と思いやる声が聞こえることもあった。授業の最後、震災時の避難所の出来事を子どもたちに伝えた。生理用品をどのように配るのか悩んだ後のせいだろうか、盛り上がっていた子どもたちは、みんな真剣にこの話に耳を傾けていた。
私たちは、この授業を通して、参加者全員が月経について完璧に理解することは目指していない。子どもたちに伝えたかったのは、月経は体に起こる当たり前の現象であること、生理用品は生活必需品であること、そして分からないことは当事者と適切なコミュニケーションをとって相談することが必要だということである。これらを男性が身につけることで、震災時の避難所のような事態の再発は防げ、日常生活でも月経に関する配慮ができるようになるのではないだろうか。
目次
序論 杉田映理
第I部 グローバルな開発課題となった月経
第1章 国際開発の目標となった月経衛生対処―MHMとは 杉田映理
第2章 国際開発の対象となった月経の文化人類学的課題 新本万里子
第Ⅱ部 各地域のローカルな文脈と月経対処
第3章 パプアニューギニア焼畑農耕民アベラムの月経対処と開発支援のかたち 新本万里子
第4章 インドネシア農村部の女子中学生はどのように月経対処しているのか――学校教育とイスラーム規範に着目して 小國和子
第5章 カンボジア農村社会に生きる女性と「沈黙」の意味――月経の経験と実践に着目して 秋保さやか
第6章 インドにおける月経の対処とその変化――月経をめぐる開発と不浄観念のせめぎあい 菅野美佐子/松尾瑞穂
第7章 東アフリカにおける月経観とセクシュアリティ――ケニアとウガンダの事例から 椎野若菜/カルシガリラ,イアン
第8章 ウガンダのMHM支援策は月経をめぐる文化を変化させたのか――ウガンダ東部地域のローカルな実態に着目して 杉田映理
第9章 「もうひとつのニカラグア」での月経対処調査から考える適切な支援のかたち 佐藤峰
第10章 日本の月経教育と女子中学生の月経事情 鈴木幸子
第Ⅲ部 MHM支援の実践にむけて
第11章 ローカルな文脈から見える開発実践への示唆 杉田映理/新本万里子
附録資料――マトリックス
〈月経(生理)×文化人類学〉基本文献リスト
索引
あとがき
【コラム】
①途上国のMHMプログラムの事例――ミャンマー国における月経教育の取り組みから 浅村里紗
②フィールドワーク中の月経対応:熱帯林編 四方篝
③日本人女性にとっての月経 高尾美穂
④日本の生理用品 出野結香
⑤生理休暇制度と働く女性 小塩若菜
⑥女性の味方サニッコ――進化したサニタリーボックス 西島一男
⑦男子からみた月経、男子の月経教育と防災 アクロストン
⑧女性アスリートの月経 岡田千あき
⑨日本における生理の現状と今後の展望――「生理の貧困」を問い直す 塩野美里
⑩タブーへ挑戦する新産業、フェムテック概観 杉本亜美奈