生理休暇制度と働く女性 『月経の人類学』より
”女性”の身体的な生理現象であるだけではなく、さまざまな領域の深い部分に関わるーー発展途上国だけ、あるいは日本だけのものではなく地続きでつながっている。
2022年7月に重版が決定した『月経の人類学』より、コラムを紹介します。
日本には、世界的に珍しい「生理休暇」という制度がある。生理休暇とは、労働基準法で、「生理日の就業が著しく困難な女性に対する措置」として、月経による体調不良を理由に休暇を取得することができる制度である。労基法では、使用者が生理休暇の申し出を却下することを禁じており、この請求があったときは、その者を生理日に就業させることはできない。生理休暇制度は全ての雇用形態を含んでいるため、契約社員やパート・アルバイトでも取得可能である。また、労働者には生理休暇を取得するにあたって本人の口頭による申し出以外には、医師の診断書などを提出する法的義務がない。就業規則などで生理休暇の日数を制限することや、休暇を取得したことによってペナルティを与えることも禁止している。生理休暇中の賃金の支払いに対しては特別な制限を定めていないため、有給か無給かは各事業所に委ねられている。
生理休暇制度ができた背景には、『女工哀史』(1925年)にみられるような戦前の劣悪な労働環境下で働く女工や、女教員、バスの車掌などが「月経時の労働」を問題化し、「母性保護」とつなげて「月経時における休暇」を求めたことにある。そして、戦後の法整備によって、1947年に労働基準法が制定された際に「生理休暇」が組みこまれた(田口亜紗『生理休暇の誕生』青弓社、2003年)。
その後、厚生労働省の調査によると、女性労働者のうち生理休暇を請求した割合は、1960年は19.7 %であり、1965年には26 %とピークを迎え、4人に1人が請求していた。しかし、1981年には13 %、1997年には3.3 %、2004年には1.6 %、2015年の最新のデータでは、わずか0.9 %にまで減少した(図参照)。
1986年に男女雇用機会均等法が施行され、男女共同参画社会の実現の流れのなかで生理休暇の請求は減少していった。また、改良された生理用品の普及によって女性の社会進出が後押しされ、生理休暇を取らずに済むようになった。さらに、鎮痛剤の服用や低用量ピルの普及により、仕事を続けられるようになった。しかし、月経の煩わしさから完全に解放されたわけではなく、働く女性のうち約8割が月経痛を経験し、約半数は眠くなったり、イライラしたり、集中力が下がるなど、身体的・精神的な症状を感じている。では、なぜ生理休暇は活かされていないのだろうか。
生理休暇の請求率
筆者が日本の働く女性を対象に行ったアンケート調査(2016年)によれば、生理休暇としての申請が減少した理由は、生理休暇への認知度の低さや周囲に使用する人がいないこと、有給休暇や傷病休暇として取得されていることである。「月経だと言いづらいから」「異性に知られるのが嫌だから」「月経だと知られるのが恥ずかしいから」「生理休暇が無給だから」と考える人もいる。
そもそも休みを取ることが難しい職場環境であることも考えられる。その理由として、シフト制であることや人手不足、代行がいないことがあげられる。また、派遣社員やパート・アルバイトなど時給制だと無給とされてしまい、収入に不安を抱かざるを得ない。職場のシステムが、月経による体調不良で休むことに対する抵抗感に大きく影響を与えている。
男性の上司や同僚に対して、月経と知られることでハレモノ扱いされたり、「これだから女は」と思われたりすることを避けたいという思いもあるだろう。月経を理由に休暇を取得したことで、評価を下げられたり、キャリアアップが難しくなったり、仕事内容に男女差が出ることに対する不安もあげられる。
2016年に女性活躍推進法が施行された。より女性が働きやすい職場をつくるためには、月経周期やPMSについての理解や制度整備が必要ではないか。体調が悪いときには在宅勤務やリラックスできる環境で仕事ができたり、半日休や時間休を取ったりできるような柔軟な働き方が選べるとよいだろう。
男性でも体調不良に悩む人はいるだろうし、親の介護や不妊治療、通院などで休暇が必要な人もいる。「生理休暇」という名称ではなく、言いにくい理由をわざわざ言わなくても取得できる特別休暇制度をつくってもよい。女性だけに休みやすさを求めるのではなく、多様な人々が健康的に働くことができ、全ての人が安心して休めるような職場になることが目指すべきところだと筆者は考える。
昨今では、生理用品の選択肢も広がり、鎮痛剤や低用量ピル、サプリメントなどで月経をコントロールする女性が増えることも考えられる(田中ひかる『生理用品の社会史―タブーから一大ビジネスへ』ミネルヴァ書房、2013年)。今までよりもっと月経中も楽に過ごすことができるようになるだろう。しかし、月経は個人差があるものであり、人によっては、必ずしもコントロールできるものではない。より女性が働きやすい職場にしていくために、性別や年齢、月経がくるかこないかにかかわらず、誰もが月経というテーマとも向き合うことが重要であろう。
目次
序論 杉田映理
第I部 グローバルな開発課題となった月経
第1章 国際開発の目標となった月経衛生対処―MHMとは 杉田映理
第2章 国際開発の対象となった月経の文化人類学的課題 新本万里子
第Ⅱ部 各地域のローカルな文脈と月経対処
第3章 パプアニューギニア焼畑農耕民アベラムの月経対処と開発支援のかたち 新本万里子
第4章 インドネシア農村部の女子中学生はどのように月経対処しているのか――学校教育とイスラーム規範に着目して 小國和子
第5章 カンボジア農村社会に生きる女性と「沈黙」の意味――月経の経験と実践に着目して 秋保さやか
第6章 インドにおける月経の対処とその変化――月経をめぐる開発と不浄観念のせめぎあい 菅野美佐子/松尾瑞穂
第7章 東アフリカにおける月経観とセクシュアリティ――ケニアとウガンダの事例から 椎野若菜/カルシガリラ,イアン
第8章 ウガンダのMHM支援策は月経をめぐる文化を変化させたのか――ウガンダ東部地域のローカルな実態に着目して 杉田映理
第9章 「もうひとつのニカラグア」での月経対処調査から考える適切な支援のかたち 佐藤峰
第10章 日本の月経教育と女子中学生の月経事情 鈴木幸子
第Ⅲ部 MHM支援の実践にむけて
第11章 ローカルな文脈から見える開発実践への示唆 杉田映理/新本万里子
附録資料――マトリックス
〈月経(生理)×文化人類学〉基本文献リスト
索引
あとがき
【コラム】
①途上国のMHMプログラムの事例――ミャンマー国における月経教育の取り組みから 浅村里紗
②フィールドワーク中の月経対応:熱帯林編 四方篝
③日本人女性にとっての月経 高尾美穂
④日本の生理用品 出野結香
⑤生理休暇制度と働く女性 小塩若菜
⑥女性の味方サニッコ――進化したサニタリーボックス 西島一男
⑦男子からみた月経、男子の月経教育と防災 アクロストン
⑧女性アスリートの月経 岡田千あき
⑨日本における生理の現状と今後の展望――「生理の貧困」を問い直す 塩野美里
⑩タブーへ挑戦する新産業、フェムテック概観 杉本亜美奈