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丸山里美×岸政彦 スペシャル対談『質的調査の話』

思い込みを崩される本

『女性ホームレスとして生きる〔増補新装版〕』の刊行(2021年9月)を記念して、2021年10月9日に梅田Lateralにてトークイベントを開催しました。登壇者は著者の丸山里美先生と、同書に解説「出会わされてしまう、ということ」を寄稿してくださった岸政彦先生です。質的調査を専門とする社会学者同士であり、二十年来の友人でもあるお二人の対談は、社会学の本質に迫る興味深いものでした。対談の一部を4回にわたってお届けします。

ホームレス研究の中から、女性がどうやって、なぜ排除されてしまったのか

 今日はお足元が悪い中、ありがとうございます……と、配信イベントで必ず言うんですが、いままでいちどもウケたことないんですけど。改めてご紹介したいと思います。京都大学の丸山里美さんです(拍手)。

丸山 よろしくお願いします。

 会場には、本の担当編集さんと、おさい先生(齋藤直子)の二人がいてくれています。(おさい先生が目の前にいるので)どこ見て喋ったらいいのかわからん……。今日は『女性ホームレスとして生きる』(世界思想社)の増補新装版が出版されたとのことで。この本が最初に出たのはいつでしたっけ。

丸山 2013年です。

 そこから8年も読み継がれていて、増補新装版が出ると。ちょっと柔らかい感じのカバーになっていますが、定価が安くなったんですか。

丸山 ちょびっと(笑)。

 ちょびっと安くなった(笑)。今日はこの本を中心にしてお話したいと思います。最初にこの本の紹介を。簡単に説明すると、どんな本ですか。

丸山 そうか、そういう紹介しないといけないですよね……。

 当たり前です(笑)。 何を題材にして、何を書いたのでしょうか。

丸山 えーっと、2002年から7年間ほど、女性ホームレスの人たちにお話を聞いたり調査をしてきて、まとめたものです。女性ホームレスの人たちは、そもそもどんな人たちなのか。どういったプロセスでホームレスになっていったか。どんな日常を過ごし、どんなことに困ってたり、喜びを見出しているのか。大きな主題は――これはだいぶ研究のあとの方で気づいたのですが――ホームレス研究の中から、女性がどうやって、なぜ排除されてしまったのか? です。

研究対象に出会うのは偶然が多い

 素朴な質問なんですけれども、ホームレスの調査研究をしたわけですよね。ホームレスというと、一般の市民のイメージからすると、公園とか路上で中高年の男性が暮らしてるのがホームレス。この本は今お話にあったように、女性ホームレスが対象です。一般にはあんまりそういうイメージはないと思うのですが、実際に女性はたくさんいるんですか。

丸山 全然いないです。ホームレスをどういう人たちと考えるのかによりますが、路上に寝ている人のうちでは、女性は3%~5%ほど。私が調査していた時期は、日本で野宿している人が一番多い時期で、3万人ほどいました。今だと3000人ほどに激減しています。

 減っていると。それでも一定数女性ホームレスの方がいると考えてもいい。3万人いたうちの5%だと、当時は1500人くらいはいただろうと。

丸山 はい。そう思います。

 そもそも女性ホームレス自体が可視化されておらず、そんな人いるの? とびっくりされるところから丸山さんの研究は始まったと思います。研究の当初から、女性ホームレスを調査研究しようと思っていたんでしょうか。

丸山 まったく思っていなかったです。多くの社会学者もそうだと思いますが、研究対象に出会うのは偶然が多い。

そもそもの話をすると、私が大学に入ったのはちょうど阪神淡路大震災のあと、97年なんですが、ボランティアが流行っていた時代でした。当時はボランティアは良いことのように言われていて、でも本当にそうなのか疑問に思っていました。

大学2年生の時、インドに行って、マザーテレサがいたことで有名な「死を待つ人の家」で、ちょっとだけボランティアをする機会がありました。そこにいた人たちは、良いことをしているイメージとはちょっと違ったんです。例えば、ボランティアに参加する理由が、好きな女の子がいるからだったりする。ボランティアって不思議だなと思っていました。

そこでボランティアをしながらフィールドワークをして卒論を書こうと考えて、たまたま気になったのが釜ヶ崎でした。以前一回行ったところがあって、アジアの国を旅行してる気分になって、不謹慎なんですけどなんか楽しいところというイメージがあった。それで、私は大学に5年いたので、最後の3年間炊き出しに通ったんですよ。

 丸山さんに会ったのは、だいたいそのあたりの時だったかな。学部生だった気がする。

丸山 そうです。5回生でした。

 実は長い付き合いで、もう20年以上になりますかね。当時大阪市立大学でやってた青木秀男先生の自主ゼミみたいな、通称「A研」という社会問題の研究会がありまして。そこに打越正行とか、齋藤直子、白波瀬達也とかみんないた。当時20代30代の若い院生とか学生ばっかりですね。いまみんな、現場で書く第一線の社会学者として頑張って仕事をしています。じゃあ、最初は釜ヶ崎で研究をしようとしていた。

丸山 そうですね。学部生から3年間、釜ヶ崎に毎週のように通って、大事にしていたフィールドでした。でもボランティアをしている時に、おじさんからラブレターをもらって、だんだんとストーカーのようになってしまい、最後に「殺してやる」と言われたんですよ。そのあと、道の角を曲がったらおじさんが包丁を持って待っていたらどうしようと怖くなって。それで行けなくなったんです。

そこではじめて、女性問題を意識することになった。私は単なるボランティアだったので釜ヶ崎に行かないことは出来る。でもそこで野宿をしている女性たちはそうはできないはずです。彼女たちがどうやって生き延びているのか、人生の先輩から知恵を学びたいと思いました。これが「女性ホームレス」というテーマに行きついた偶然の過程です。

 この話は2016年の『質的社会調査の方法――他者の合理性の理解社会学』(有斐閣ストゥディア)に書かれていましたね。ぼくと、丸山さん、そしてフィリピンのマニラでボクサーになりながらフィールドワークをした石岡丈昇さんの3人で、質的社会学の教科書を出した。その中で、ひとつだけ丸山さんにお願いしたことがありました。調査現場の中で、女性であることで苦労したエピソードを書いてほしいと。

というのも、調査の中での暴力やトラブルは、調査者が被調査者に対してふるうものが大半です。ずかずか入り込んでいって好き勝手に書いて帰るとか、同意を取らずにインタビューをするとか。もちろん、それはやってはいけないと何度も本の中でも書きました。

一方で、ジェンダーの軸が入るとその立場が逆転することがあります。特に若い女性、女子の院生が現場に入っていって、年上男性の調査対象者からセクハラをされるようなことがある。教科書の中で、これは絶対に入れたいと。ジェンダーの視点を入れると、ここまで世界が違う。これは丸山さんに教えてもらったことです。

踏みにじっているんじゃないかなとか、こんなこと聞いていいのかなと思いながら聞いている

 では女性ホームレスの方にはどうやって話を聞いていったのでしょうか。

丸山 先に女性ホームレスの調査をしたいと決めてから、どうやって話を聞くのか考えたので苦労しました。いろんな支援団体に顔を出しながら転々としていた。

 いることは知っていた?

丸山 時々は見かけていたので。ただ釜ヶ崎にはほぼいませんでした。場所によって女性ホームレスの割合にも違いがあって、釜ヶ崎は男性が多い街なので、女性が暮らしにくいんですよね。ちなみに、私はこんな調査をしているんですけど、街で見かけたホームレスの人に「すみません」とか言って声かけたりできないんですよ。

 だいたいそうだよね。だいたい大学院行って社会学やる人は、だいたい、人見知りなんですよ。

丸山 ふふふ(笑)。

 ぼくも今でこそ体重が増えて、ガハハと笑う豪快な大阪のおじさんみたいになってますけど、もともとはね(笑)。じゃあ、ホームレスの人のところにいきなり行って「話聞かせてくださいよ!」と言うタイプではなかった。

丸山 なかったですね。調査をお願いするのって、めちゃくちゃ勇気いるじゃないですか。

 そう。アポ取れた瞬間に8割成功なんですよ。

丸山 1日1件しか調査のお願いができないって岸さんも言ってて、そうなんやと。

 そうそう。

丸山 それに当時、ストーカーのこともあって、自分は調査に失敗したんだと、挫折感でいっぱいで。大学院にも受からず、大学5年生になっていたのと重なっていた時期で、自分にはフィールドワークの能力がないんだと思っていました。だから、気軽にそこらへんにいる女性を捕まえて、調査させてくださいと声をかけるだけの自信がなかったんですよ。

 でも、関係団体とか、ちょっとずつ入っていって、なんとか女性ホームレスにアプローチしていくわけですよね。

丸山 そうですね。

 最近は少なくなったけど、ぼくらの時代だと現場で必ず「何しに来たんや?」「お前に何がわかんねん」「研究やってなんか役にたつの?」って言われました。

丸山 よくそう言いますが、実は私はあまり経験がなくて。私は臆病者なので、「調査をさせてください」ってお願いするタイミングがすごい遅いんですよ。人間関係ができて、今頼んだら断られないと思ってから、ようやく「すみません」と言い出す。

 わかる。

丸山 だからズルいんですよね。

 みんなそうなんですよね。ぼくも、すごい人が嫌いで、犬と猫以外は基本的にダメなんですよ。だいたいそういう人が調査をやっている。沖縄でヤンキーのパシリになって調査をしている打越正行さんも、パシリから入るのは自分ができる唯一の方法だったからだと言っていた。みんな、わーいと喜んで現場に入ったわけじゃない。やっぱりね。踏みにじっているんじゃないかなとか、こんなこと聞いていいのかなと思いながら聞いている。

ぼくも沖縄戦の話を聞いていると、相手が途中で黙っちゃったり、泣いちゃったりすることがある。そうすると、それ以上聞けない。それ以上聞かないのはインタビュアーとしては失格なんだけどな……と思いながらやってます。丸山さんは最初、どのように女性ホームレスの人たちにインタビューをしていったんですか。

丸山 いろんな方法でアクセスしようと試みましたが、うまくいかなかったものも多かったです。最初にはじめたのは施設のボランティアでした。それと並行して夜回りの活動にも参加して、そこで女性とも知り合いになることができました。でも、夜回りくらいのつながりでは、調査を頼んでも断られないような関係にはなかなかなれない。夜回りは上手くいかなくてだんだん行かなくなりましたが、その結論に至るまで1年半は通い続けました。

試行錯誤の結果、上手くいくきっかけになったのは、東京の公園の女性野宿者が集まるお茶会でした。夜回りだと少しの時間話をするだけですが、そこはお茶とかお菓子を持ち寄って喋る場だったので、人間関係ができていった。そこからインタビューを始めたのがこの本で一番のメインになった調査です。もう一つは大阪で自分たちで女性野宿者の支援団体を作りました。あとは全部失敗に終わった……。失敗ってことはないですけど。

畳の上で寝ることよりも、大事なことが人の暮らしにはある

 本の内容に入って行こうと思うんですが、公園に住んでいる女性ホームレスの人たちと、関係性をつくってインタビューをして行った時に、見えて来たものはなんだったのでしょうか。男性ホームレスとはどう違うのか。

丸山 最初に興味を持ったのは、女性ならではの問題です。例えばお風呂や洗濯物をどうしているのか。私が調査に入ったのは大きな公園で、300人ほどが暮らしていました。すごい男性社会だったんです。それで話を聞いてみると、男性とは違う経験をしている。

例えば、夜回りでは「身体の具合は大丈夫ですか」と支援者がホームレスの方に声をかけて周ります。それが女性ホームレスの方の場合は、知らない男性支援者から声をかけられた時に、支援者かどうかは最初はわからないわけですから非常に怖いと言っていました。男性とは違う体験です。そもそも寝ている時に、近くを歩いている人がいるだけで怖いといいます。それは怖いやろうなと思う。

施設との距離感も男性とは違うと思いました。当時は野宿している人が、生活保護を受けて野宿から脱することが難しい時代でした。特に男性の場合は「仕事があるだろう」と言われて、断られてしまう。女性の方が男性と比べて、生活保護の相談に行っても同情的に見られがちで、福祉制度を利用しやすい状況だったのは確かです。そういうなかで、それでも野宿しているというのは、男性とは違う面だと思います。

 女性だと野宿生活が一段と厳しいと。もちろん、男性ホームレスが楽だということではないですが、女性の方が怖さを感じることが多い。ほかに生理の時どうするか、お風呂の時どうするか、性的な暴力の可能性も含めて、この本の中には詳細に書いてあります。特に5、6、7章が圧巻だと思いました。エイコさん、タマコさん、イツコさん……と女性個人の生活史が書き込まれています。だんだん知り合いのような気がしてくる。彼女たち、例えば、エイコさんはどのような人でしたか?

丸山 エイコさんは私も深く印象に残っているうちの一人です。当時60代……でも自称だったので、年齢も不詳の人でした。貧しい漁師の父子家庭に育ち、字が読めない人だった。私が出会った時には、10年ほど野宿をしていて、テントで一人暮らしをしていました。彼女は字が読めないことにコンプレックスを抱いていた。悔しかったことがたくさんあったといいます。字が読めないからいじめられた、お金を取られたと。そしてエイコさんは、野宿の生活が一番良いと言うんです。今の生活が、今までの人生の中で最高だと。最初はどういう意味なのかわかりませんでした。

このエイコさんは、コミュニケーション能力が高くて、いろんな取材を受けていて、取材者から差し入れを貰って生きていた。彼女について書かれた新聞記事や修士論文もいくつかあって、それを読んでいたら、私が聞いた話と違うところがありました。例えば年齢も全然違う。私が間違いなのか、エイコさんが嘘を言ってるのか、非常に困って考えたあげく、それでもエイコさんがどのテキストでも同じように、テープレコーダーに録音されたように繰り返す言い回しがあって、そっちの方が大事だと考えるようになりました。

どのテキストでも、エイコさんは字が読めないからホームレスになってしまったという話をしていた。ようやく彼女を理解したような気持ちになりました。彼女にとって字が読めないことは、それまでは隠して生きてきた恥ずかしいことでした。でもホームレスになってから、オープンに誰にでも語っている。そうか、彼女にとっては野宿をするよりも、字が読めないことを言ってもいじめられないだとか、人に共感してもらえる今の生活の方が嬉しいんだなと。すごく印象深い人でしたね。畳の上で寝ることよりも、大事なことが人の暮らしにはあると教えてもらいました。

 いやぁ、もう、唸りましたよね。タマコさんという女性も知的障害をはじめて公園で言えるようになった、受け入れられるようになったと話をしていた。ここで、強く言っておかなければいけないことがあって、当たり前ですが女性ホームレス全員がそうではないんですよね。ものすごく公園で辛い思いをしていて、早く屋根のあるところに戻りたいと言っている人もたくさんいる。

その上で、公園が一番いいんだという話は、一読者として、なんか、唸る。この語りをよく持ってきたなと。ある種、危険な語りでもあるわけなんですよ。丸山さんが研究者としてそのことを語ることによって、ホームレスとしての人生のポジティブな側面とか、たくましさ、「こうして女性たちは公園でも楽しくやっているんだぜ」という物語として読まれかねない。それでもやっぱり、どうしても書こうと思ったのでしょうか。

丸山 そうですね。私にとっても印象に残る語りだったので。

 思い込みを崩される本ですよね。まず女性ホームレスがいることにびっくりするし、男性ホームレスとはまた違う固有のしんどさがあることにも驚く。さらに、公園が一番いいと言っている人もいる。何段階も自分の思い込みが引っくり返されます。

構成:山本ぽてと

第2回「人間の『行為』を書く」に続きます!

女性ホームレスとして生きる〔増補新装版〕

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著者略歴

  1. 丸山 里美

    1976年生まれ。社会学者。現在、京都大学大学院准教授。
    主な著作に、『質的社会調査の方法――他者の合理性の理解社会学』(岸政彦・石岡丈昇と共著、有斐閣、2016年)、Living on the Streets in Japan: Homeless Women Break their Silence(Trans Pacific Press、2018年)、『貧困問題の新地平――〈もやい〉の相談活動の軌跡』(編著、旬報社、2018年)、『女性ホームレスとして生きる〔増補新装版〕』(世界思想社、2021年)、などがある。

  2. 岸 政彦

    1967年生まれ。社会学者・作家。現在、立命館大学大学院教授。
    主な著作に『同化と他者化――戦後沖縄の本土就職者たち』 (ナカニシヤ出版、2013年)、『街の人生』(勁草書房、2014年)、『断片的なものの社会学』(朝日出版社、2015年)、『質的社会調査の方法――他者の合理性の理解社会学』(石岡丈昇・丸山里美と共著、有斐閣、2016年)、『ビニール傘』(新潮社、2017年)、『マンゴーと手榴弾――生活史の理論』(勁草書房、2018年)、『図書室』(新潮社、2019年)、『地元を生きる――沖縄的共同性の社会学』(打越正行・上原健太郎・上間陽子と共著、ナカニシヤ出版、2020年)、『大阪』(柴崎友香と共著、河出書房新社、2021年)、『リリアン』(新潮社、2021年)などがある。

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