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水無田書店の人生相談――悩みに効く本、紹介します!

はじめに、あるいはお悩み募集

 たぶんというか絶対に、この世に悩みのない人はいない。もちろん、人類史は長く世界は広いので、厳しい修行の末ありとあらゆる煩悩も執着も捨て去って、「悩み何それ?」的な境地に到達した人もいるとは思う。ただその場合、該当者はもはや「人」というよりは神とか仏に近い「高尚な何か」になっているはずなので、相変わらず人の世は煩悩まみれで、悩みまみれなのだと思う。

 以前、私は朝日新聞の読書面にあった『悩んで読むか、読んで悩むか』という、読者のお悩みに効く本を紹介するコーナーに参加させていただいたことがあった。複数の回答者がそれぞれ、独自の視角から読者のお悩みに効能を発揮すると思われる本を紹介するのだが、これがとても面白かった。「処方」する本の内容が、実にさまざまな側面から人の「悩み」を照らし出してくれるからだ。このシリーズが終わってしまったことを惜しむ声もあって、今回「本による人生相談」を、webマガジン「せかいしそう」にて連載させていただくこととなった。

 人は、なぜ本を読むのか。いや、書籍も雑誌も売り上げに苦戦しているし、判で押したように「若者の活字離れ」は指摘されるし、第一ゆっくり本を読んでいる時間を取れる人は少なくなったと嘆かれるご時世ではある。ただ、ネットで読む文章も社会を行き交う情報の量も増えているし、もっといえば人が言葉から完全に離れることはないだろう。

 なぜなら、それは人の業というか、習い性だから。

拡散しやすい言葉/しにくい言葉

 情報を得ることは、人間にとって基本的に「快」なのだと思う。知らないでいた方が幸せな場合であっても、たとえ楽園的な場所から追われることになってもアダムとイブ的な感じの人物は知恵の実に手を伸ばすだろうし、たとえ世界観がひっくり返ることになってもネオっぽい人は赤いピルっぽい方を選ぶだろうし、与ひょう的な人はおつうさん的な人(というか鶴)の布を織るところを見てしまうだろうと思う。知らずにいるもやもや感に、人は耐えられないからだ。そこには、必ずもやもやを切り裂き光を当てる言葉が要求されていく。

 誰もが薄々感づいているとは思うが、近年のフェイクニュースに代表される、「根拠が定かでないがある種の説得力だけはある言葉」が横行する背景には、この「人が欲しい言葉を欲する/知りたいことを知りたがる」という欲望があるのだろう。人が「こうであって欲しい(ないしは、怪しいからこうに違いない)」と思う言葉はまたたくまに拡散し猛威を振るうが、知りたがられない言葉たちは、どんどん人目につかない場所へと追いやられるように思う。

 共有されにくい言葉の中には、ある程度読み解くのに訓練が要るものや、多くの人たちの(一見)安定した世界観を揺るがすものもあるだろう。さらには、知ったからといって直接得することがない上、罪悪感を持たされてしまうような言葉も人気はない。今も昔も、社会では人気のある言葉を巧みに使う人は得するようになっているし、そうではない言葉を使えば煙たがられる。そういう社会で、あんまり得しない言葉を小難しく並べている(という風に思われてしまう)本は、やっぱり人気がない。

 でも、人気がなかったり読みにくかったりする本の中にも、確実にというか、絶対にそれがスマッシュヒットする人はいるはずなのだ。軽やかに駆け抜けるネット上の言葉とは対照的に、「本の言葉」は重い。歴史を経て残っている言葉は、それ相応に重いのである。重いものが嫌われる昨今、それは致命的な欠陥かも知れない。でもその重さによってしか、救われない人もいると思う。すぐに効くとか、すぐに改善されるとか、そういうものの対極にある言葉でしか、触ることが出来ない悩みや思いというのもあると思う。

 という訳で、本コーナーはそんな言葉を欲している人に、本による処方箋を提供するのが目的である。もちろん、解熱剤のようにすぐ熱が下がりますとか、胃薬のようにすぐに胃酸が落ち着きますよとか、そういう即効性には乏しいのだけれども。

気がついたら畑の真ん中に立っていた

 少しだけ私の話をすると、私は今にして思えば、子どものころは活字中毒の類だった。小学校の図書室は、1日2冊しか借りられないので、本を借りる専用布鞄に2冊借りて入れて帰り、翌日読んで、返して、また2冊借りていた。昼休みも、ほぼずっと図書室にいた。昼休み用の本と、家に借りて帰る用の本は分けていた。借りる本は、できるだけ字が小さくて厚みがあって、長く読んでいられる本を選んだ。昼休み本は、昼休み内で読み終えられる、軽い本を選ぶことが多かった。本用鞄は、本の角が当たる場所がすり切れ、だいたいいつも半年で穴が空き、やがて裂けて使えなくなり、買い換えてもらっていた。学校が週6日制のころである。

 毎月、図書室で50冊程度借りて読み、図書室内でも10〜20冊程度読んでいた。2週間にいっぺん近所に来る、巡回図書館バスも楽しみだった。これは最大6冊しか借りられないので、1か月12冊が上限だった。他にどうしても欲しい本は買ってもらっており、小学校の6年間はだいたい毎月70〜80冊読んでいた。本が好きというより、本の中に浸らずにはいられない体質だったのだ。たぶん、いやかなり変な子どもで、母がいつもぶつぶつ言っていたのを覚えている。本を読みながら下校していて、気がついたら畑の真ん中に立っていたことや、ドブに片足がはまっていたこともあった。正直、人には絶対にお薦めできないライフスタイルである。

 これらは長じて、何かの役に立ったということはない。ただあえていえば、目先の言葉や一時的に注目を集めるあれやこれやの言葉に対して、ある程度距離を取って考えられるようになったかな、とは思う。

 

 本は効く。何にか、といえば、人生に。個々の問題や悩みへの即座な解決は難しいかも知れないが、その悩みが悩まれるという事実の奥底まで潜り込んで行く「導きの白い兎」になり得るのも、本の言葉であると思う。

 という訳で、当コーナーでは「本の処方箋が必要」な、みなさまのお悩みを大々的に募集いたします。どうぞ、よろしくお願いします。

 

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著者略歴

  1. 水無田 気流

    1970年生まれ。詩人・社会学者。詩集に『音速平和』(中原中也賞)、『Z境』(晩翠賞)。評論に『黒山もこもこ、抜けたら荒野 デフレ世代の憂鬱と希望』(光文社新書)、『無頼化した女たち』(亜紀書房)、『シングルマザーの貧困』(光文社新書)、『「居場所」のない男、「時間」がない女』(日本経済新聞出版社)。本名・田中理恵子名義で『平成幸福論ノート』(光文社新書)など。

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