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おかあさんのミカターー変わる子育て、変わらないこころ

イヤイヤ期の到来―勝ってはいけない闘い

 前回は、おっぱい(授乳)問題との付き合い方について書きました。近視眼的に「よいおかあさん」になろうともがいても、大局からみれば、親子の幸せには直接つながらないことの好例だと思ったからです。

 実際、経済学者の山口慎太郎さんが『「家族の幸せ」の経済学―データ分析でわかった結婚、出産、子育ての真実』(光文社新書、2019年)という著書で紹介している海外の調査では、母乳育児の効果は長く続かないというエビデンスが得られています。どのような調査かというと、カナダの研究者が1996年に、医療体制の整ったベラルーシという国で、前回私が挙げたWHOとユニセフの「母乳育児を成功させるための10か条」に基づく研修を受けたスタッフの運営する母乳育児推進病院と、そうではない病院とを無作為に選び、両方の施設で生まれた約1万7千人の赤ちゃんとそのおかあさんを16年間追跡したという大がかりなものです。

 よくある「母乳の効用」の根拠とされる調査(母乳育児かどうかだけに注目する)では、母乳育児に取り組める家庭の裕福さ、親の知的能力や健康状態など、他の変数が考慮されていないので、得られた結果が本当に母乳育児の効果なのかどうかが厳密には言えません。その点、ベラルーシの調査では母乳育児への意識や達成率以外の条件が統制されていて、得られた結果が母乳育児による差である可能性が高いというわけです。ここでわかったのは、生後1年のスパンでは確かに感染性胃腸炎やアトピー性湿疹、SIDS(乳幼児突然死症候群)の発症率は低いけれども、6歳半時点では身体発達や肥満、アトピー性湿疹を含むアレルギー、多動傾向などにも差がなく、さらに16歳時点では知的発達にも有意差がないということでした。

 つまり、必死の思いで完全母乳育児に邁進したとしても、義務教育を終える頃には効果は残っていない(粉ミルク育児より「よい子」に育つわけではない)可能性が高いのです。そう知っているだけで、赤ちゃんを育てるおかあさんの気持ちはずいぶん軽くなり、落ち着いて自分のやり方を選択することができますね。

 

 さて、わが子がしっかり食事を摂れるようになり、おっぱいの呪縛から解放されたと思う頃になると、次は「イヤイヤ期」、いわゆる第一反抗期の到来です。1歳を過ぎ、だんだん言葉が話せるようになってきたと喜ぶのも束の間、ある日「イヤ!」の連呼が始まります。英語圏には“terrible twos”(魔の2歳児)という言葉がありますが、1歳半頃から2歳過ぎにかけての子どもほど扱いづらいものはない、というのは世界共通の子育ての実感なのでしょう。さらに、英語圏では“awful threes, wonderful fours”と続くそうです。3歳頃になると、「イヤ」に子どもなりの(へ)理屈が加わって、さらに親としては腹立たしさが募るけれど、4歳を過ぎれば分別がついて、嘘のように楽になりますよという励ましの言葉です。ここにも、近未来にこころのドローンを飛ばして眺めてみることで、「今、ここ」の苦しさから距離を置いてほしいと願う、先輩ママたちの知恵が感じられます。

 今回は、そんなやっかいな時期のわが子と付き合うときのヒントを探してみたいと思います。

 

 想像するに、「イヤ!」と言い切るときの1歳児のこころの中は、いったいどんな感じなのでしょう。

 育児日誌をめくってみると、長女が「イヤイヤ期」に入った日(1歳4ヶ月)のエピソードを見つけることができました。何気ない日常の光景です。家で、夕食が終わってテレビを見ていたとき、私がリモコンを「貸して」と娘から取り上げようとしたら「イヤッ」と嬉しそうに隠し、「イヤ、イヤ、イヤ!」と得意そうに連発し始めたのです。それまで、思い通りにいかないときは、泣いたり唸ったり、地団駄を踏んだりするしかなかったのに、「イヤ!」と宣言できるとは、さぞかし爽快な気分だったに違いありません。日誌には、「ついに『イヤ!』と言うことを覚えた」と、観念する親の心情が綴られていました。

 そこからは、お決まりの、「イヤ」のマイブーム。

 「おはよう、しようか?(起きようか)」「イヤッ」、「おきがえ、しようか?」「イヤッ」、「おくつ、はこうか?」「イヤッ」・・・出勤時間とにらめっこしながら過ごす朝の親にとっては、これは子どもからの宣戦布告のようなものです。

 ただ、育児書にも必ず書いてあるとおり、この時期の「イヤ」の大半は、本当にそのことが苦痛だと言っているのではなく、大人の言うままにするのがイヤだという、「自我の芽生え」の表現です。何がイヤかよりも、「イヤ」と主張すること自体に意味があるわけで、そこで言うことを聞かせようと親が理詰めで闘っても、無駄に消耗するだけです。まして「しつけ」の名の下に、力づくで押さえつけ、その闘いに勝つようなことをしてはいけません。

 気をつけていると、たいていイヤイヤ期と相前後して、子どもは「〇〇ちゃんが」「ジブンデ」「ワタシガ」するの!といったように、一人称を使って話し出すことがわかります。言葉とともに育っていくこの「わたし」という感覚が、親やまわりの大人にどのように受け止められるかは、その後の自己肯定感の発達に大きな影響を与えます。この時期の「イヤ」「ジブンデ」を常に親が制圧しようとすると、子どもは自分を表現してはいけないのだと学び、無力感を抱くようになってしまいます。

 受け止めるというのは、子どもの主張をそのまま全部受け入れるという意味ではありません。育ちつつある「人格」を認め、尊重したうえで、ぶつかるときはぶつかり、躱(かわ)すときはかわし、ちゃんと言葉でやり取りをするということです。

 「そろそろ、おはようしようか?」「イヤッ」「反抗期ねぇ」「ハンコーキッ!」

 「保育所行こうね」「イヤッ」「じゃあ、行かんときね」「・・・(必死で考える)」

 ちなみに、私の長女の「イヤイヤ」マイブームには、2つの波がありました。1歳7ヶ月のときに阪神・淡路大震災が起きて自宅が被災し、他府県にある夫の実家で避難生活を始めたためいったん立ち消えたのですが(イヤと言っている場合じゃないことは、幼い子どもでもちゃんとわかるんですね)、2~3ヶ月するとさらにパワーアップして第2波が訪れました。

 「おはよう、しようか?」「ネンネ、シヨウカ?」「起きよ~」「ダメ、シナイノ」「起きないと、遅刻だぞ~」「モウチョット、ネルノ!」

 私だってもうちょっと寝たいわ、という内心の声をひた隠し、わが子の絶妙な返しに笑ってしまいそうなのをこらえ、真顔でもう一度ふとんを被る(被せてあげる)パフォーマンスができるゆとりがもてるかどうかは、紙一重です。「ちょっと寝たから、行こうか」でお互いが気持ちよく1日のスタートを切れる日ばかりではなく、「イヤァァァ~!!」の絶叫に耳を塞ぎながら、保育所の先生にわが子を預けて逃げ去る苦しい日も多々ありました。そのような場合も含めて、これは親子の真剣な知恵比べです。この年齢の子どもはまだ、「今日がまんしたら、明日いいことがあるよ」方式の言い聞かせは通じません。「なぜ、親の言うことを聞かないといけないのか」を説教しても逆効果です。子どもは、どうすれば「今」の自分の主張を通せるかを全力で考えています。親は、受けて立つ方略をいく通りも準備しておくのが得策です。言葉の発達がゆっくりなお子さんなら、「~したいんだね」とこちらが言葉にして受け止め、ぎゅっと抱っこしてあげるのも一手でしょう。

 

 ところが、ときどき、この「イヤ!」の主張を受け止めることがとても難しく、子育てに自信をなくしてしまうおかあさんがいます。「イヤ!」が、まるで母親である自分を拒否する言葉のように響き、傷ついて冷静ではいられなくなるのです。自分自身が幼い頃に親やまわりの大人に受け止めてもらえず、自分はここにいてもよいのだという基本的信頼感を十分もてないまま成長した女性は、わが子が自分よりも父親や祖父母に甘えるしぐさをしただけで、「自分はいらない人間なのだ」と感じてしまいがちです。さらに、「イヤ!」とわが子に反抗されると、自分の不安な感情に圧倒されて、悲しそうに黙ってしまったり、逆に何とか言うことを聞かせようと叱りつけたり、機嫌をとろうとして何かモノを与えたり、極端に揺れる反応が起きてしまうことがあるのです。

 もう一つ難しいのは、1歳半頃から2歳台にかけては、子どもの側も情緒的に極端に「揺れやすい」という発達上の特徴があることです。歩けるようになり、言葉が話せるようになり、身体的にも心理的にも親からの分離と自立が急速に進むこの時期、子どもは「イヤ!」と自分を主張し、親から離れていこうとすると同時に、親に見捨てられたらどうしようという不安に怯え、しがみつこうとします。さっき「ママ、アッチイッテ!」と自分を拒否していたわが子が、次の瞬間にはベタベタと甘え、おっぱいを探りにくるという豹変ぶりです。拒否されたと感じて傷ついているおかあさんは、急に甘えられても気持ちの切り替えが追いつきません。母親も生身の人間、「何甘えてるの、あっち行って!」と反撃してしまい、あとで落ち込むという悪循環も生じます。

 多くの母子の観察を通して、乳幼児の「分離―個体化」の過程を細やかに描写した心理学者のマーガレット・マーラーは、この揺れる時期を「再接近期」と命名しています。母子分離は一直線に進むのではなく、揺り戻しの時期を経るという発見です。イヤイヤ期の最もやっかいなところは、反抗にはこのような自立への挑戦という誇らしさと、反抗したために母親に見捨てられるのではないかという強烈な不安という、二律背反の感情が含まれている点だと言ってよいでしょう。この時期の両極の「揺れ」に付き合うことは、子どものこころが成長していくうえで、おかあさんにとって避けては通れないレッスンです。

 もし、この連載を読んで下さっているあなたが、これからお子さんのイヤイヤ期を迎えるところなら、自分自身が「イヤ!」と思い切り誰かに言えた経験を思い出してみて下さい。親でも、友人でも、パートナーでも、そこに信頼関係がなければこころの底から「イヤ」は言えません。もし、今までずっと誰かのために自分の「イヤ」を押さえ込んできた自分に気づいたら、お子さんのイヤイヤ期は挽回のチャンスです。誰かに(もちろんお子さん以外の)、「もうイヤ!」と子育てのストレスを語ってみましょう。そうして、わが子が「イヤ!」と言えることを共に誇らしく感じられるようになるといいですね。

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著者略歴

  1. 高石 恭子

    甲南大学文学部教授、学生相談室専任カウンセラー。専門は臨床心理学。乳幼児期から青年期の親子関係の研究や、子育て支援の研究を行う。著書に『臨床心理士の子育て相談』(人文書院、2010年)、『自我体験とは何か』(創元社、2020年)、編著に『子別れのための子育て』(平凡社、2012年)、『学生相談と発達障害』(学苑社、2012年)、『働くママと子どもの〈ほどよい距離〉のとり方』(柘植書房新社、2016年)などがある。

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