世界思想社のwebマガジン

MENU

斎藤幸平「脱成長の未来のために」

こんなにたくさんのファストフードがある社会が持続可能なわけがない

『人新世の「資本論」』(集英社新書)で、気候変動の解決策をマルクスの新資料を通じて「脱成長コミュニズム」として示された斎藤幸平さん。小社では斎藤さんをお招きして、編集部のスタッフを中心に勉強会を行いました(2022年11月2日)。

講演のテーマは「現場から、脱成長の未来を考える」。

マルクス研究から現在にいたる過程や、地球というコモンを考えるうえで食をコモンにするという契機、Z世代の価値観が政治を変えていくというヨーロッパでの変革の流れ、そして、傷ついた人々をたびたび切り捨ててきた日本社会はいかにケアを重視した社会に移行できるのかという点について、日本各地の現場からヒントを得て、共事者として声を上げることの重要性を考えるという内容でした。

多岐にわたる斎藤さんのお話を、前編・中編・後編の3回にわたってお届けします。

マルクスと環境問題

 もともと私は、マルクスの思想からエコロジーという環境問題の視点が浮かび上がってくるということを博士論文でまとめました(『大洪水の前に――マルクスと惑星の物質代謝』KADOKAWA、2022年)。それに対して、マルクスが環境問題に関心を持っているから何なんだというリアクションもあったので、『人新世の「資本論」』(集英社、2020年)で、マルクスの資本主義批判と今起きている気候変動に代表される環境問題をつないで考えることができ、それをベースに持続可能で公正な社会としてのコミュニズムというものを考えることができる、という話をしました。

 マルクスにひかれた理由の一つに、彼自身が『資本論』を書く過程において、さまざまな実践的な運動をしていたということがあります。私も、理論家として、研究者として活動をするけれど、他方で論文を書いたりすることだけが自己目的化するのではなく、現実の問題をどう理論と絡めて分析し、それをどう実践に役立てていくのかということを、自分の根幹に持っていなければいけないと常に考えています。最近は気候変動問題に関心があり、若い人たちと一緒にデモで声を上げたりということもしています。

SDGsで見えなくなること

 今、世の中ではSDGsが流行っていますが、SDGsや気候変動対策は、やっぱり不十分だと強く感じています。それは、SDGsが容易に企業のマーケティングの道具になり、グリーンウォッシュのような企業のイメージアップに利用されているのではないかと思うからです。消費者もまた、マイボトルやマイバッグという小さなアクションで満足してしまっている。今、バングラデシュに日本が石炭火力発電所を建設していますが、SDGsと言っている人でも、こうしたものが建設されていることを知らない人もいます。

 また、例えば、マクドナルドは紙ストローや紙ナイフに転換するというようなことをやっていて、それを評価する人もいます。それに対して、私たちが批判的に見なければいけないのは、この延長にあるのは、基本的には今までどおりファストフードやコンビニが駅の前にはたくさんあり、ファストファッションもたくさんあるという今の生活が続きながらも、他方で、そこで売られているものが、プラスチックがなくなったり、コットンがオーガニックになっていく、そういう世界ですよね。

 ここで私たちがあえて問わなければいけないのは、そこで見えなくなっているもの、つまり、そもそもこんなにたくさんのファストフード等がある社会が、持続可能なわけがない、という一番シンプルな問題です。

 そして、そういうものを多くの人たちが求めなければいけないような働き方をしていたり、それだけのお金しかないという状況をそもそも変えていく必要があるんではないかという問いを、私たちが立てなくなってしまうのは非常に危険だし、視野が狭まってしまう。そういう効果をSDGsは持っているのではないかと思います。

慢性的緊急事態としての人新世

 資本主義が引き起こす経済格差と環境破壊の問題が絡み合ってつくり出された格差の下で、インフレなどのいろいろな問題が一番弱い人たちに押しつけられる。そういった、まさに自然的なものと社会的なものが絡み合った時代、それを私は「人新世(ひとしんせい/じんしんせい)」「Anthropocene(アントロポシーン)」と呼んでいて、これが私たちがこれから生きる時代なわけです。

 Anthropoceneという言葉が重要なのは、それが地質学的な概念だということです。私たちが地球のあり方を根源から変えてしまったので、その影響は地質学的な年代として残るくらいの何万年という期間に及ぶ。不可逆的に地球のあり方を変えたこの時代において、そこで生じる問題は戦争や気候変動などとますます絡み合い、いわば慢性的な緊急事態として私たちの社会をかく乱し続ける。

 気候変動というのはまさにその典型で、地球の平均気温が1.5℃を超えれば、もう1℃の世界に戻ることはできない。そういう中で私たちは生きていかなければいけない。コロナ前に戻ることはできないということを、私たちは心に刻んでおかなければいけないわけです。

傷ついた人を切り捨てる社会

 安克昌さんという神戸阪神淡路大震災の後にPTSDの問題に従事された精神科医の方がいらっしゃいます。彼が『心の傷を癒すということ――大災害と心のケア』(作品社、2019年新増補版)で、日本でバブルもはじけ、震災もあって、多くの人たちが傷を負った中で、傷ついた人が心を癒すことのできる社会を選ぶのか、傷ついた人を切り捨てる社会を選ぶのか、その分岐点にあるということを問うています。

 結局、日本社会は傷ついた人を切り捨てる社会をこの後もたびたび選んでいくわけです。福島の事故の後も、おそらく今回のコロナ後も、放っておけばそういう傷つけられた人が切り捨てられる社会になっていく。それに対して、どういうふうに、もっとケアを重視するような社会に移行していけるのかということが、これからの慢性的緊急事態を生きていく上での重要な問いになると思っています。

中編へ続きます。

タグ

バックナンバー

著者略歴

  1. 斎藤 幸平

    1987年生まれ。専門は経済思想、社会思想。東京大学大学院総合文化研究科准教授。『Karl Marx’s Ecosocialism』(邦訳『大洪水の前に――マルクスと惑星の物質代謝』堀之内出版、角川ソフィア文庫)によって、ドイッチャー記念賞を日本人初・歴代最年少で受賞。日本国内では、晩期マルクスをめぐる先駆的な研究によって学術振興会賞を受賞。主な著書に、『人新世の「資本論」』(集英社新書、「新書大賞2021」受賞)、『僕はウーバーで捻挫し、シカと闘い、水俣で泣いた』(KADOKAWA)、『ゼロからの「資本論」』(NHK出版新書)がある。
    (撮影:島本絵梨佳)

ランキング

せかいしそうからのお知らせ

マリ共和国出身、京都精華大学学長、ウスビ・サコ。 30年にわたる日本生活での失敗と、発見と、希望をユーモラスに語るエッセイ!

ウスビ・サコの「まだ、空気読めません」

ウスビ・サコの「まだ、空気読めません」

詳しくはこちら

韓国の男子高校で教える著者が、学び、実践してきたフェミニズムとは?

私は男でフェミニストです

私は男でフェミニストです

詳しくはこちら

イヌと暮らせば、愛がある、学びがある。 進化生物学者が愛犬と暮らして学んだこと。

人、イヌと暮らす

人、イヌと暮らす

詳しくはこちら
閉じる