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斎藤幸平「脱成長の未来のために」

私たちは成長だけではない社会を考えることもできるのではないか

斎藤幸平さんのお話の中編をお届けします。

脱成長を考えていくうえで、地球をコモンとしてとらえること、そして食のあり方からコモンの再生を考えていく可能性が示唆されます。

前編はこちら

資本主義という悪循環

 私が脱成長と言うのは、ある一定の点を超えると、このあと経済成長しさえすれば豊かになるということは、もうないのではないかということです。むしろ、今の資本主義、持てる者たちがますます富んでいくような社会のあり方を、抜本的に変えていかない限り、これ以上経済成長だけを目指しても意味がない。

 そもそも資本主義は、私たちがもともと持っていた共有財産を解体し、独占し、人工的な希少性を生み出して商品化を行い、貨幣を増やしていく。こうしたやり方が資本主義の根幹にある以上、いくらいろいろなものが作られるようになったとしても、すべてに値札が貼られており、それを買うために結局私たちはたくさん働いて必死に競争する。そういう悪循環を続けなければいけない限り、本当の意味で豊かになることはできないのではないかということを、マルクスも考えていたと思います。

地球というコモン

 こうした資本主義の悪循環に対してマルクスが言っているのは、コミュニズムという解決策です。コミュニズムというのは、コモンを再生する、コモン型の社会にしていくということです。私はコモンやコミュニティー、コミュニズムという言葉を緩く連関させて使っていますが、ここでの共同所有や共同性というのは、ソ連や中国のようなあり方とは全然違う。私たちは20世紀の失敗を踏まえて当然そういうミスは繰り返すべきではないですが、それをもって、すべてを否定する必要もありません。

 マルクスが『資本論』のエンゲルス版第3巻で言っていますが、地球というのは誰のものでもない、地球は私たちが一時的に借りているもので、私たちは用益者にすぎず、これは人間だけのものですらない。そういう意味で、私たちは未来の世代にコモンとしての地球をしっかりと残していくべきだと。マルクスのポイントは、当然、今の資本主義下での私的所有の制度です。例えば石油のオイルメジャーと呼ばれる企業がどんどん掘り起こしていくような、そういう世界が持続可能性を求めるコモンとしての地球とは決して相入れない。

 また、地球の持続可能性を考えた時に、コミュニズムになったとしても無限の経済成長はできないので、脱成長型のコミュニズムというのが、まさに最晩年のマルクスが考えようとしていた未来社会のビジョンなのではないかと。

 とはいえ、いきなり地球をコモンにするというのはやや抽象的な話なので、もう少し身近なところからコモンとして管理していくことが重要だと思います。森林や水、電力、教育、公共交通機関、食、そういうものを行き過ぎた商品化から守るべきです。

食をコモンにする

 例えばフランスでは、食をコモンにする取り組みが行われています。地元で作った野菜を地元で給食として使い、病院や刑務所などの公共施設でもそうしたものを使うことで地元の農家を支援し、安全で、季節の地元の野菜を使った伝統料理や郷土料理で食育もしていく。ポイントは、これを足掛かりとして、私たちは成長だけではない社会を考えることもできるのではないかという点です。

 藤原辰史さんが『給食の歴史』(岩波書店、2018年)で書かれていますが、その地域の、その時々に採れた野菜などを調理するのは、栄養士や調理師に技能が求められる。ランダムに、急きょ入ってくる食材をすぐに調理できるように、いろんなレシピを知っていないといけない。そういうのは、一箇所集中で機械が加工していくような社会では、徐々に失われ、私たちは結局マニュアル人間になっていく。そうではなく、よりクリエイティブに振る舞える場や技能、それに伴う安全やおいしさ、文化などを豊かにしていこうというのが、身近で想像しやすい脱成長型への転換なのかなと思います。

脱成長コミュニズムへの道

 それだけではもちろん間に合わないので、最終的にはかなり大きな転換をしなければいけない。それが、先進国のGDPをスケールダウンしていくような脱成長コミュニズムです。経済成長をこれ以上しても豊かにならないということは、必ずしも経済成長をやめれば私たちがより幸せになるということを意味しない。単に経済成長だけを止めたら、貧困層はもっと大変なことになるので、かなりいろいろなことを変えていかなければいけない。

 ただ、抜本的な転換をしていくことができれば、それに合わせて労働時間そのものを減らしていくというような大きな転換もできるのではないかと思います。当然、今の枠内ですぐにはできないですが、だからといって、そういうことをやることを考えずに、何らかの延長でできるというのも、また説得力がないと思います。

Z世代の価値観

 じゃあ誰がそんなことをやるのかというと、やっぱり若い世代しかいない。グレタ・トゥーンベリたちZ世代が、上の世代がいい暮らしをして楽しんできたことのつけを、結局自分たちが、経済的にも地球環境という形でも払わされるという感覚はやはり強く持っている。実際、彼らは社会主義のほうがいいんじゃないかと言うようにもなっていて、これは非常に大きな価値観の転換ですよね。

 それがわかりやすく示されているのが、例えば、多くの若者が参加した先日の気候マーチです。日本だと、「気候危機はいのちの問題」というスローガンでしたが、同じ日にドイツのケルンで行われたデモでは、「BURN CAPITALISM NOT COAL(石炭ではなく資本主義を燃やせ)」というものでした。これは、やはり彼らの価値観として、少なくとも今の日本のわれわれとは大きく違うものが出てきているということがわかります。

Z世代がリーダーになる社会

 スペインに、アルベルト・ガルソンという社会主義者がいます。彼は今、消費問題大臣で、脱成長派です。脱成長型のエコソーシャリズム、環境社会主義というものをつくらないと人類はファシズムに陥るというような論文を書いています。彼は政治家で、大臣でありながら、脱成長を支持するというのは、日本ではなかなか考えられないですよね。彼がなぜそうなったかというと、やはりZ世代からのプレッシャーがあるからです。2050年くらいにかけて、Z世代自身がリーダーになってくると世界は加速的に変わっていくのではないかと思います。

 それと比較すると、日本はだいぶ遅れている。世界の対立軸は、グリーン成長さえも駄目で、資本主義を乗り越えないといけない、脱成長型の社会にならないといけないというような転換や争いが重要な流れになっています。その中で、日本ではそうした動きが一切ないといっても過言ではないような状況です。

後編に続きます。

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著者略歴

  1. 斎藤 幸平

    1987年生まれ。専門は経済思想、社会思想。東京大学大学院総合文化研究科准教授。『Karl Marx’s Ecosocialism』(邦訳『大洪水の前に――マルクスと惑星の物質代謝』堀之内出版、角川ソフィア文庫)によって、ドイッチャー記念賞を日本人初・歴代最年少で受賞。日本国内では、晩期マルクスをめぐる先駆的な研究によって学術振興会賞を受賞。主な著書に、『人新世の「資本論」』(集英社新書、「新書大賞2021」受賞)、『僕はウーバーで捻挫し、シカと闘い、水俣で泣いた』(KADOKAWA)、『ゼロからの「資本論」』(NHK出版新書)がある。
    (撮影:島本絵梨佳)

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