『スローメディア』序文「スローなるものの耐えられる軽さ」より抜粋
序 文 スローなるものの耐えられる軽さ
惰性で生きるなら息をしてないのと同じ
『アンドレとの晩餐』(注1)
ディスコネクトこそ新しい対抗文化
ニコラス・カー(注2)
すこし前のこと。わたしは、ニューヨークの友だちのアパート前の歩道から、三階の窓めがけて石を投げていた。狙っても二階の窓に当たるのがいいとこだったが、彼女の部屋はまだその上。気づいてもらうにはどうしたらいい? 建物から誰か出てくるのを待つか。車のクラクションを鳴らすか。問題は彼女の部屋に呼び鈴がないことだった。ベルの消失問題とは、到着したら携帯電話でお知らせする新しいコミュニケーション環境の波及効果のひとつなわけで。貸主からすると呼び鈴はもうオプション扱いだ。結局わたしは公衆電話を探し求めるはめになった。なぜって、誰もかれもがポケットやバッグにデジタル端末を入れている、このご時世に、わたしが反していたから。
そのわけはって? 電子メディアの脅威という洗礼を二〇年あまり受けたうえで、断っていたからだ。インターネットを六ヶ月間、携帯電話を一年間。きっかけは、奇妙にぞっとするアーティストのエドワード・ゴーリーの洒落た絵はがき展だった。その会場でわたしの脳裏に浮かんだのは、電子コミュニケーション以後に起こった、人の手を介した仕事の消失だ。手紙を印刷したときの創造性や受け取ったときの喜びが懐かしくなった。この軽い喪失感が、メディア漬け生活の輪郭を描き直してみようという実験の引き金となる。しばしの間オフライン生活をすれば、手紙や絵はがきを送り合うような、あの楽しかったアナログの習慣を取り戻せるかなと期待したのだ。でもデジタルの魔術からの解放はメールだけに留まらなかった。
以前は手触りや形ある活動に時間を費やしていた。レシピを覚えるために料理本を何冊も熟読したり、アパラッチの山道に分け入ってキャンプしたり、独学でカリグラフィーをしてみたり、友だちと出歩いたり、暗室でフィルムを現像したり。ゲイリー・シュタインガートが思い出深く描いていたような、レコード店や図書館や本屋などの「印刷されパッケージ化されたメディア制作物」のある店をうろついていた(注3)。もうそんな暇がないこともあったが、懐かしさでいっぱいになった。そして悟った。わたしは、そんなオフラインの楽しみを徐々に脇に追いやって、画面を見つめてばかりいる。教養人と自負していたのに、電子メディアがわたしを表面的な人間にしてしまっている。多くの人たちと同様に、わたしは電子メディアの恩恵に懐疑的になり、その負担をずっしりと感じるようになった。いっときオフライン生活をしている自分の姿を想像してみて、好奇心がそそられた(きっとあなたも、どんなふうになるかなと思うことでしょう)。
さらに、メディアの用い方にスローフード運動の教訓が応用できるのでは、と思い当たった。いつでもなんでもスローというわけではなく、ファストメディアを相補い埋め合わせる程度の適度なテンポの場が創れたらいいのに。このときは、自分一人でスローフードと電子メディアを結びつけた、と感じていた。でも、同じ想いを持った動きがそこかしこにあるはずだと考え直すようになった。ブログ「スローメディア:メディア漬け生活を減らす可能性に関する工夫と議論のまとめ」でこのアイデアに取り組み、技術的「進歩」への懐疑、友だちや家族にいっぱい絵はがきを送るプロジェクト、フェイスブック上のスローメディア・グループ(いや皮肉じゃなくて、その意味合いはおいおい)と出会った体験などをシェアした。他の所でも述べたが、わたしはスローメディアという考え方を他者と共に発見してきたんだということが徐々にわかってきた(注4)。
わたしは自分なりに野心的な冒険を発案した。オフラインを実行すること──それもけっこうやられているような一日とか一週間とかじゃなくて六ヶ月間だ。この実験を魅力的と感じたのにはたくさんの理由がある。メディアなしの余暇に時間とエネルギーを向け直したかった。人生におけるメディアの役割を醒めた視点で再評価したかった。この点は、マーシャル・マクルーハンの警句「誰が水を発見したかはわからぬが、魚ではないことは確か」に触発された。言い換えると、浸っている状況や環境自体は明白に知覚できない、ということだ。メディアと「呼吸する空気」とのアナロジーはよくあるにしても、わたしたちは、水から飛び出た魚とは違って、デジタル器機やネットなしでも死ぬことはない。よって、わたしたちには、外部から参与観察してデータを集め、デジタルの文化を見つめ直すチャンスがある。
計画の実行にあたっては、以前のメディア技術に立ち返ることになる。インターネットや携帯電話が普及する前の一九八九年は、新聞、雑誌、本といった(Kindle、iPad、電子書籍ではなく)印刷が慣習だった。レコード、カセット、コンパクト・ディスク(MP3類ではなく)を聴いていた。ケーブルテレビやビデオ(DVDやDVRではなく)を観ていた。タイプライターやオフラインのワープロ専用機(ネット版やダウンロード版や「クラウド」版ではなく)を使っていた。固定回線(携帯ではなく)で電話していた。地上波のラジオ放送(衛星やネット放送ではなく)を聞いていた。
誰かがわたしとつながりたい場合は、どんな機材を使おうがかまわない。ありがたいことに、たくさんの友だちや家族や同僚が、スローメディア実験に快く、いやむしろ熱心に協力してくれた。わたしのために普段と違うことをして(しないで)もらったわけでもない。誰かが携帯電話を使ったら、わたしもしゃべる羽目になる。旅行代理店が飛行機便をオンラインで予約したら、それに便乗する。商品やサービスの提供にインターネットが必要であれば、それはそれ。出来事の背後で何が行われていようと、わたしの実験の本質は変わらない。
人気ラジオ番組『マーケットプレイス』レポーターのサリー・ハーシップスがわたしを取り上げてくれたやりとりから火が付き、スローメディアの話題はブログ界隈に拡がり世間の興味を引いた(注5)。脱プラグ計画が全米公共ラジオの聴取者に伝えられてしまった。もう後戻りできない。新聞報道によると(現実指標としての信頼感は置いておくとして)、二〇〇九年の終わりまでに、スローメディアは新進のカウンターカルチャーから誰もが知る知識に、つまりはニュース機構が説明なしでひき合いに出せる「ムーブメント」となり、すっかり周知の事実となった。全米向けの主要ニュースでも、さらにはオーストラリア、カナダ、チリ、イギリス、フランス、ドイツなどのニュースでも取り上げられていった。
[注]
(1) Andre Gregory and Wallace Shawn, My Dinner with Andre, directed by Louis Malle, 1981(The Criterion Collection, 2015), DVD.
(2) Nicholas Carr, “Exodus,” Rough Type, April 8, 2010, http://www.roughtype.com/?p=1359.
(3) Gary Shteyngart, Super Sad True Love Story (New York: Random House, 2011).[ゲイリー・シュタインガート『スーパー・サッド・トゥルー・ラブ・ストーリー』(近藤隆文訳)NHK 出版、2013]
(4) わたしのブログSlow Media blog at http://www.slow-media.org, また次も見よ。Jennifer Rauch, “The Origin of Slow Media: Early Diffusion of a Cultural Innovation through Press and Public Discourse,” Transformations 20 (2011).
(5) Sally Herships, “A Slow Media Movement,” Marketplace, American Public Radio, November 17, 2009.

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【目次】
序 文 スローなるものの耐えられる軽さ
第一章 イントロダクション──持続可能性というオルタナティブな未来像
第二章 スローメディア──フード革命から学ぶ
第三章 「グッド、クリーン、フェア」──持続可能なジャーナリズムの枠組み
第四章 メディアをグリーンにする──環境市民とエコな学知に向けて
第五章 あなたのメディアを調える──散漫から精進へ
第六章 いまやわれらみなポストラッダイト
第七章 結 論──持続可能な未来に向けて
訳者あとがき



