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『キャリアに活かす雇用関係論』刊行記念トークイベント@紀伊國屋書店札幌本店

「働くこと」と「幸せに生きること」が結びつかないのはなぜか

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2024年1月21日に、『キャリアに活かす雇用関係論』の刊行記念トークイベントを紀伊國屋書店札幌本店で行いました。本書は、就職から始まるキャリアの形成過程をジェンダーの視点から分析し、現状・課題・解決への道筋を示した、働くすべての人の必携書。

「幸せな職業生活を自分の手でつかむために」というテーマのもと、編者の駒川智子氏・金井郁氏と、執筆者の川村雅則氏が、本書に込めた思い、本書から学びとってほしいこと、日本の雇用における問題点、私たちが幸せに働き生きていくためにできることについて、お話しされました。トークの内容を3回にわけてレポートします。

◆「働くこと」を理解するための入口

川村:本書巻末には「より深い学びのために」という学びのガイドがついています。研究書のみならず、小説やマンガ、映画やドラマも紹介されていて、入口にはぴったりではないかと思います。駒川さんと金井さんが紹介されたものについてお話しいただきましょう。

金井:2023年のノーベル経済学賞をクラウディア・ゴールディンさんが受賞されました。ちょうど邦訳が出たこともあり、クラウディア・ゴールディンさんの著書『なぜ男女の賃金に格差があるのか――女性の生き方の経済学』(慶應義塾大学出版会、2023年)を紹介しています。ゴールディンさんは歴史プラス労働経済学者というような立ち位置で研究されている人です。アメリカの100年の歴史の中で、女性たちのキャリアと家庭の関係性が世代ごとに違うことを実証データから明らかにした本です。

 なかでも私が興味深いと考える実証研究は、同じ大学を卒業した弁護士資格を持つ同じ年齢の男女が、1年目、2年目、3年目にどれぐらい賃金格差があるのか、15年目にはどうなっているのかを調べたものです。5年目まではほぼ格差はないのに、その後年数を重ねていくごとに格差は大きくなっていきます。これは能力の問題ではなく、職場の問題ですよねということが分析されています。弁護士が男女格差の大きい仕事として紹介されている一方、格差が縮まった仕事として薬剤師や獣医師などが紹介されています。どのように仕事が変わると男女間格差が縮まるのかといったことも分析されているので、興味を持った方はぜひ本を読んでください。

駒川:私は、安野モヨコさんの漫画『働きマン』を紹介しました。私自身、とても好きな作品です。この漫画の主人公は週刊誌の編集の仕事をしています。職場の中にはカメラマンやライターなどじつにいろいろな人たちがいます。主人公から見ると、なんだかイラっとする人たちもけっこういます。ところが、その人たちを主人公にした章を見ると、全然違う世界が見えてきます。最初の主人公も癖のある人であることが見えてきて、面白いです。

 きっと皆さんも職場でいろいろな人たちに出会うでしょう。その時に「嫌な人」と思ってしまう前に、こういうタイプの人だからこんな反応をするのだろうなと距離を置いて見ることができれば、接し方も変わってくるかもしれません。働く前に読んでおくといい漫画だと思います。

 もうひとつ、山崎豊子さんの『沈まぬ太陽』も挙げています。映画にもドラマにもなっています。航空会社に勤めている方をモデルにして書かれた小説です。非常に能力の高い人が労働組合活動を理由に企業からにらまれて、左遷をされてしまいます。能力というものも、評価そのものも、企業によってつくられていく、その怖さがしっかり人の人生として描かれています。かなり長い小説ですが、読み応えがあるのでお勧めしたいです。



川村:私が紹介したのは、『ガラパゴス』(NHK)というドラマです。私は今でもガラケーを使っているのですが(笑)、そのガラパゴスです。珍しい独自の進化を遂げたという意味ですね。番組の紹介文を少し読みます。「団地の一室で発見された、青年の遺体。自殺とされたその死は、大きな悪の構図によって仕組まれた殺害だった。刑事は、ある派遣労働会社の謎へと鋭く迫る!」。

 フリーター、ニートという言葉があります。今は若者の就職問題、雇用の悪化として論じられるようになりましたが、かつては若者たちが自発的に「自由な」フリーターや「楽な」ニートを選んでいる、と捉えられていた時代がありました。若者たちは実際にはどう働いて生きてきたのか。若者たちを全国ネットワークで搾取する派遣労働の仕組みもともに鋭くあぶり出したドラマです。登場人物が非正規で生きることのつらさを吐露するのですが、それが本当に重苦しく残ります。原作は相場英雄さんの小説です。 

◆働く人を不幸にする危ないポイント

川村:「この会社、ちょっとダメなんじゃない?」という、働く人を不幸にする危ないポイントについて、話していただきましょう。それを見分けるために読むといいお薦めの章も紹介いただけますか。

駒川:「この会社、ちょっとダメなんじゃない?」のポイントは、評価基準が曖昧なことです。評価基準が曖昧だということは、目に見えて分かりやすい働き方、つまり残業をいとわない、休日出勤できる、転勤ができる、といったことを評価してしまう会社です。成果や能力を見るのではなくて、「頑張っている」姿で評価してしまうんですね。このような会社は、男女のキャリア格差や賃金格差につながっていきます。このことをもっと知るためには、「第3章 賃金」を読んでください。

 また就職活動をする際には、厚生労働省の「女性の活躍推進企業データベース」にアクセスして、気になる企業の男女別の平均勤続年数や管理職に占める女性の割合、育児休業取得率などを調べるとよいでしょう。たとえば平均勤続年数でしたら、男性は長いのに、女性はかなり短いといった場合、仕事と家庭の両立が難しいことが推察されます。男女ともに短ければ、創業年数が短いとか新規採用を大量に行ったというのでなければ、そもそも働きづらくて離職率が高いと推察されます。 

金井:「この会社、ちょっとダメなんじゃない?」のポイントは、皆さんも感じていらっしゃると思うのですが、労働時間の問題だと思います。第5章が「労働時間」を扱っています。

 もちろん、残業規制を強くして、労働時間を短くしていくことは大事です。ただ、労働時間の問題とはすなわち要員配置の問題であって、その仕事量をどれだけの人数で回せるのかということの結果が労働時間に表れます。人数が少ない職場で、いくら「労働時間を短くしましょう」と掛け声をかけても短くはなりません。どれだけ仕事量があるのか、その仕事量に対してどれだけの人数が必要なのか、ということがしっかり透明化していることが大切なんですね。

 私が書いた「第11章 労働組合」とも関係するのですが、要員の問題について労働組合がきちんと口を出し、何人必要ですという交渉をすることで、労働時間を短くしていくことが可能になります。

◆女性の辛さ、男性のしんどさ

川村:働く男性と女性は、何がどうしてこんなに違うのか、という男女の格差についてはどうでしょうか。

駒川:とても分かりやすいのは、やはり労働時間でしょうか。「第5章 労働時間」では、有償労働時間と家事・育児・介護などの無償労働時間の国際データを男女別で挙げています。なんと、日本は女性の無償労働時間が男性のそれの5.46倍です! 日本の女性は働いているし、家事・育児・介護も全面的に引き受けているんですね。

 誰かをケアをすること、自分をケアをすること(パーソナル・ケア)は、生きていくために必要で大切なことのはずです。それなのに、日本の企業の雇用管理では、「ケアをする」営みはスポッと抜け落ちているのです。

 男性は誰かをケアする必要はないよね、という前提があるため、長時間労働になります。そして、どこへでも転勤できるよね、と見なされています。男性も困っているのです。将来のキャリアにつながる仕事をしているからと踏ん張っていると、ストレスがかかります。ストレスがたまると、ハラスメントが生まれやすくなります。この「ハラスメント」については第7章でくわしく書かれています。

 多くの女性が悩んでいるのが、「両立」問題です。「就労と妊娠・出産・育児」がどうしてこんなに難しいのかが、第6章で書かれています。これらはすべてつながっていて、日本では性別役割分業が、制度上でも、私たちの意識の上でも非常に強いという実態が根本にあります。

金井:もうひとつ注目したいのは、「第1章 大卒就職・大卒採用」という章です。ばりばり働きたいと思う人は、総合職を選びます。一方、「転勤したくないし、家族も欲しい」と思う人(女子学生に多い)は、一般職や地域限定総合職を選びます。企業は「どうぞ、好きなほうを選んでください」というスタンスで、自由で中立的に見えるかもしれません。しかし、ケアレスマン(ケアをしない人)を前提にしているのが総合職であるならば、そこに自由な選択があるとは言えないでしょう。

 就職の時には非正規を選ぶ学生は少ないですが、正社員として働けなくなることは誰にでもありえます。そういうときは、(とくに女性が)非正規雇用を「選ぶ」ことも少なくありません。企業拘束性による雇用管理区分という入口を分けて、入口が男女で違っていることが、結果的に男性と女性の格差につながっていると思います。

川村:私は「第6章 就労と妊娠・出産・育児」をぜひ男子学生に読んでほしいなと思います。家事・育児・介護は、われわれが生きていくうえで絶対に必要なものです。「自分の飯をどうするのだ?」という日々の問題であり、「子育てをどうするのか?」という再生産の話でもあります。日本の男性労働者は、誰かが(多くは女性)安く、あるいは無償でやってくれることを前提として、長時間労働をしてしまっています。

後編につづく


書籍の情報はこちらから

【目次】

序 章 なぜ雇用管理を学ぶのか〔駒川智子・金井郁〕

第1章 大卒就職・大卒採用――制度・構造を読みとく〔筒井美紀〕

第2章 配属・異動・転勤――キャリア形成の核となる職務〔駒川智子〕

第3章 賃 金――持続可能な賃金のあり方とは〔禿あや美〕

第4章 昇 進――自分のやりたいことを実現する立場〔大槻奈巳〕

第5章 労働時間――長時間労働の是正に向けて〔山縣宏寿〕

第6章 就労と妊娠・出産・育児――なぜ「両立」が問題となるのか〔杉浦浩美〕

第7章 ハラスメント――働く者の尊厳が保たれる仕事場を〔申琪榮〕

第8章 管理職――誰もが働きやすい職場づくりのキーパーソン〔金井郁〕

第9章 離職・転職――長期的キャリア形成の実現に向けて〔林亜美〕

第10章 非正規雇用――まっとうな雇用の実現のために〔川村雅則〕

第11章 労働組合――労働条件の向上を私たちの手で〔金井郁〕

第12章 新しい働き方――テレワーク、副業・兼業、フリーランス〔高見具広〕

第13章 いろいろな人と働く――SDGsによる企業の人権尊重とDE&Iの推進〔田瀬和夫・真崎宏美〕

終 章 労働の未来を考える〔金井郁・駒川智子〕

より深い学びのために

索 引

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著者略歴

  1. 駒川 智子

    北海道大学大学院教育学研究院准教授。 一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。修士(経済学)。 著書に『女性と労働〔労働再審③〕』(共著、大月書店、2011年)、論文に「ケアの視点から問う労働領域でのジェンダー平等」(『現代社会学研究(北海道社会学会誌)』37巻、2024年6月刊行予定)、「女性管理職の数値目標の達成に向けた取り組みと組織変化」(『大原社会問題研究所雑誌』703号、2017年)など。

  2. 金井 郁

    埼玉大学人文社会科学研究科教授。 東京大学大学院新領域創成科学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(国際協力学)。 著書に『フェミニスト経済学』(共編著、有斐閣、2023年)、論文に「人事制度改革と雇用管理区分の統合」(『社会政策』13巻2号、2021年)、「生存をめぐる保障の投資化」(『現代思想』2023年2月号)など。

  3. 川村 雅則

    北海学園大学経済学部教授。 北海道大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。博士(教育学)。 著書に『シリーズ子どもの貧困① 生まれ、育つ基盤』(共著、明石書店、2019 年)、論文に「なくそう!官製ワーキングプア」(『雇用構築学研究所News letter』67 号、2023年)など。労働情報の発信・交流サイト「北海道労働情報NAVI(https://roudou-navi.org/)」を管理・運営。

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