特別企画 北村紗衣「ウィキペディアとフェミニスト批評」後編
北村紗衣さん(武蔵大学准教授)のお話の後編をお届けします。
ウィキペディアが力を入れている科学者の記事においても、女性は取り上げられなかったり、取り上げられてもハラスメントを受けたりといった問題が生じています。一方で、そうしたジェンダーバイアスをなくすための取り組みも行われています。非対称な構造に気づくために、私たちが養うべき視点とは?
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女性科学者の記事の少なさ
科学は、ウィキペディアでは伝統的に大事だと考えられている領域で、科学者の記事は作ることが奨励されています。でも、女性科学者については問題があります。ここから『情報の科学と技術』という雑誌に書いた「ウィキペディアにおける女性科学者記事」(70巻3号、2020年)に沿って少しお話ししたいと思います。
まず、「マリー・キュリー」です。もう誰でも知っている有名人で、「キュリー夫人」ですね。この人は2回もノーベル賞を取っていますので、この人以上に特筆性のある科学者はそんなに多くないぐらい有名人なわけです。このキュリー夫人は、2001年10月28日に英語版ウィキペディア記事が立ったんですけれども、そのときの記事名が“Pierre and Marie Curie”だったんです。夫のピエール・キュリーと2人で1個の記事だったんです。マリー・キュリーが独立したのが2002年の2月25日です。
このころウィキペディアは黎明期だったので、特筆性のルールがはっきりしていなくて混乱していたんですけれども、マリー・キュリーの記事が最初に夫婦で立ったというのは、ウィキペディアとジェンダーを考える上での示唆的なことなんです。もし、マリー・キュリーが男性で2回ノーベル賞を受賞したということだったら、最初に立てられた記事は夫婦名義だろうか…と考えてしまいます。
こんなふうに、大きな業績のある女性でも夫など周りの男性とセットにされやすい傾向があって、夫婦で有名なのに妻のほうだけ記事が立っていない、というのもいろんな分野であります。
2つめの事例にいきます。2012年3月30日にワシントンD.C.のスミソニアンアーカイブで女性科学者のエディタソンがありました。スミソニアンが持っている資料を使って5本くらい新規記事ができました。そのうち3本が特筆性に問題があると言われて、削除依頼に掛けられました。古生物学者のヘレン・M・ダンカン、植物学者のクララ・H・ハッセ、昆虫学者のドリス・ホームズ・ブレイクの3人が特筆性に問題があると言われたんです。この3人とも研究分野がすごく専門的で、地味な研究をしている人たちだったのであまり知られていませんでした。科学者ではないウィキペディアンには、このあたりの学者の特筆性なんて、ほとんど分からないわけです。
ただ、考えなくてはいけないのは、これはスミソニアンが主催していたエディタソンだということです。スミソニアンで記事にできるだろうと考えたというのは、つまり、その分野には結構インパクトがあったはずの研究者なんですね。それでもみんなが特筆性に疑問をつけたことから、女性科学者の特筆性を低く見積もる傾向があるのではないかという疑いが、このエディタソンの後で結構言われたんです。
それから「ドナ・ストリックランド」です。この方はノーベル賞受賞者です。でも、受賞するまでは記事がありませんでした。それどころか英語版ウィキペディアでは一度、草稿段階の記事が特筆性を理由に却下されています。共に受賞したアーサー・アシュキンとジェラール・ムルは記事がありました。私の分析では、この問題はジェンダーバイアスよりもウィキペディアの官僚制が影響した事例だと思いますが、そもそも科学報道自体にジェンダーバイアスがあるからこういうことが起こるという可能性もあります。
ストリックランドはハーバードとかイエールではなくカナダの地方の大学にいて、女性です。女性の研究者であるとか、地方の大学にいるとか、地味な基礎的な研究をしてとかいうような人は、かなり業績があっても科学報道でカバーされていない可能性があります。そうなると当然、記事は作りにくくなります。
女性科学者へのハラスメント
「ケイテイ・バウマン」という科学者がいます。この人の主な業績は、イベントホライズンテレスコープのためのCGI技術研究です。イベントホライズンテレスコープというのは、2019年の4月にブラックホールの姿を初めて画像として浮かび上がらせたことで有名なプロジェクトです。画像を覚えている方も多いと思いますが、これは天文学における大きな成果として報道されました。これは200人以上の研究者が参加する巨大プロジェクトでした。マサチューセッツ工科大学が公開したいろいろな写真の中に、当時29歳だったバウマンが初めて浮かび上がってくるブラックホールの画像を見て感動している写真があり、報道で何度も使われました。
この数時間後に、ケイテイ・バウマンの記事が英語版ウィキペディアにできました。この初版を書いた人は女性のウィキペディアンで、科学者のジェス・ウェイドという人です。バウマンは、2016年にはすでに天文学関係のメディアに出ていたり、TEDxに出ていたりして、博士号を取得した若手にしては結構メディアに出ているほうだったんです。ジェス・ウェイドはベテランのウィキペディアンなので特筆性が分かるように書いていたんですけれども、その3日後ぐらいに特筆性がないということで削除依頼に出されました。
これが結構問題になりました。まず、根本的な問題として、そもそも科学報道がいけないという話が出ました。多数人が関わっている科学のプロジェクトというのは、一人の科学者だけをまつり上げて評価できるものではありません。それなのに特定分野の科学者ばかりに報道の焦点が当たることで、たった一人の天才が努力したおかげでブラックホールの写真ができたという誤ったイメージを一般大衆が持ってしまう、ということです。
それから、バウマンは、この写真の後にひどい嫌がらせを受けました。実際にはたいして研究に貢献しておらず、他の男性研究者のほうが貢献しているのに写真が出たせいで有名になっただけだというような悪口が大量にネットで浴びせられました。容姿差別発言をする人まで出て、バウマンの同僚の男性が怒ってウェブに声明を出すほどの事態になりました。若い女性の科学者だと、業績があるのに低く見られてしまい、その結果としてウィキペディアでも特筆性がないように思われてしまうということが問題になったんです。
これと対照的な話がありまして。2012年8月6日に「キュリオシティ」というNASAの火星探査機が火星に着陸したときに、喜んでいるNASAの職員の写真が報道されたんです。そのときに、モヒカンヘアーだったボバック・ファードーシという人が非常に目立って、やたらと報道されまして、その10日後ぐらいに「ボバック・ファードーシ」という記事が英語版ウィキペディアに立ったんです。この人はイラン系のシステムエンジニアで、キュリオシティの着陸に貢献したことは間違いありませんが、記事が立った理由というのはバウマンと同じく、「科学者にも人間味があります」みたいな報道写真が人目をひいたからなんです。
ほとんど同じような大規模プロジェクトに参加して、科学者の人間味というテーマで注目された人なのに、ファードーシの記事は削除依頼が出たことがなく、ノートも荒れてはいません。この違いは、バウマンが若い女性で、ファードーシが男性だというところにあると思います。
ジェンダーバイアスを是正する対策
ジェンダーバイアスをどうにかしようという対策は行われています。その一つが“WikiProject Women in Red” というものです(日本語版では未実施)。「Women in Red(赤い女)」の「赤い」というは何かといいますと、ウィキペディアでは内部リンクといって他の記事にリンクをする機能があるのですが、記事がないところにリンクをすると、それが赤文字のいわゆる「赤リンク」になるんです。つまり、赤リンクの女性を青リンク(記事がある)に変えるというプロジェクトで、これは英語版では結構成果を上げています。
それから、“Art + Feminism” という、女性の芸術家記事を作るというプロジェクトが2014年からありまして、これは世界各地でエディタソンが行われています。この“Art + Feminism”の日本語版は、立ち上げから私も手伝っています。
ロージー・スティーヴンソン=グッドナイトという有名なウィキペディアンがいるんですが、この人が2016年の「今年のウィキペディアン」に選ばれました。女性記事をたくさん作って、ウィキペディアのジェンダーバイアスを是正した活動が評価されました。こうしたジェンダーバイアス是正に関わる活動をウィキペディア内で顕彰する動きもあります。
「WikiGap」については最近、日本でもかなり報道されました。日本語版の立ち上げには私も協力者の一人として参加しました。これも女性の記事を作るイベントで、スウェーデン大使館が主催です。
ブラック・ライヴズ・マター運動が始まってからは、ブラック・ライヴズ・マターのオンラインエディタソンがありました。ウィキペディアも社会の状況を反映して白人中心的になってしまうことが多いので、黒人の方たちの人物記事を英語版に増やそうというプロジェクトですね。基本的に英語版のエディタソンだったのですが、他の言語からも参加してよいということで、私も日本語版から一人だけ参加しました。男性の記事ももちろん作るんですけれども、黒人女性の記事を作る動きもあり、私も日本語版に黒人女性の記事を作りました。
シェイクスピアの記事
最後に、私の専門分野のシェイクスピア記事はどうなんだろうというお話をしたいと思います。
シェイクスピアの戯曲の中でも一番性差別的だと悪名高い『じゃじゃ馬ならし』の記事があるんですが、これは数年前までは出典が一つもなかったんです。しかも、分析のところで、ペトルーキオという夫がじゃじゃ馬のカタリーナをならすために眠らせないとか、食べさせないとか、いろいろなことをして従順にさせることに関して、「カタリーナを社会に適合した一員にするためには、彼女のヒステリー的暴力に対してペトルーキオの厳しい手段が必要だったと見ることができる」みたいな評価が出典なしで書かれていました。これはひどい記事だなと私は思っていました。
ただ、この「じゃじゃ馬ならし」は英語版からの翻訳で、英語版がもともと変だったんですね。
私は『じゃじゃ馬ならし』に関して論文を書いたことがあるので、英語版を翻訳し、無出典の箇所などは書き直して、それを日本語版に加筆しました。今ではだいぶましになっています。こんなふうに、シェイクスピアの記事であっても、出典がなかったり、解釈がかなり古かったりということはあります。
そういうこともあり、2016年に「シェイクスピアの没後400周年記念」として、クラスで学生にシェイクスピアに関する記事を作ってもらおうというのをやりました。15本の記事を立てました。私は、その後も継続的にシェイクスピアの記事を作っています。
「何がないか」に気づくことの重要性
私は、「何でこれがないんだろう」と思って、記事を書くことが多いです。ウィキペディアでも批評でも、フェミニスト批評的な観念から見るには、「何があるか」ではなくて、「何がないのか」に気づくことのほうが重要なんです。
ハリー・スタイルズの記事はなかなか作らせてもらえなかったのに、なんでチャス・ニュービーの記事は削除されないんだろう? なんでこの女性の記事はないんだろう? なんでケイテイ・バウマンの記事はあんなに文句を付けられたのに、ボバック・ファードーシの記事に関しては削除しろという意見がないんだろう?などという疑問を持つのが大事です。ジェンダーでもいいですし、他のことでもいいんですけれども、何らかの非対称に気づくというときには、何があるかよりは、何がないかに気づくほうが大事になってくると思います。
「何がないか」に気づくことは出版においても大事なことです。今までに扱われてこなかったことに気づき、それをテーマに本を出していくことは、社会にバラエティをもたらし、不均衡を是正することにもつながるだろうと思います。
北村先生、たいへん興味深いお話をありがとうございました。