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0 社会学とジェンダー論の視点

「社会学」ってどんな学問?

 この本は、ジェンダー論と社会学について学ぼうとする人のための入門書である。

 ジェンダーについては、「社会や文化がつくりだした(つまり人間が生みだした)性別」を意味する言葉として、知っている人も多いだろう。

 では、「社会学」についてはどうだろう。みたとおり、「社会」についての学問だろうということは、すぐ理解できると思う。それなら、この「社会」とは何か。「社会」という言葉は何とはなしに理解できても、それでは、「社会とは具体的に何を意味しているか」とたずねられると、とまどう人も多いだろうと思う。

「社会」とは何だろう。わかっているつもりでも、この言葉にはっきりした定義を与えることはなかなか難しい。では、この「社会」を対象にしているという社会学はどんなことを問題にしているか。それなら、少し説明できるだろう。ごく簡単にいえば、人と人の相互関係のプロセス、その結果生まれる集団や組織のしくみ、また、それがどんなふうにできあがり維持されているか、さらにどんなかたちで変化してきたか、ということが、社会学のおもな研究テーマだ。

三つのパースペクティブ

 もちろん、現代社会では、社会学のテーマはきわめて多様である。法について考える法社会学もあれば、家族社会学や宗教社会学、さらに科学社会学などもある。特定の社会分野を対象とするいわゆる「連字符社会学」と呼ばれるものだ。他方で、「テレビの社会学」や「酒場の社会学」など、具体的な対象をテーマにした社会学もある。

 こうした多様性ゆえに、しばしば社会学は「学問としてのイメージ」がつかみにくいともいわれる。「社会学ってそもそも何なのだろう」という質問を聞くこともよくある。

 物事の本質について考えるとき、その起源をさかのぼるという方法がある。社会学についても、その誕生の時代における問題関心をみると、この学問が何を目指している(た)のかが、少しわかるだろう。

 社会学は、近代社会の成立とともに誕生したといっていい。この時代的転換は、それまでの共同体の絆の強い身分制の社会から、自由や平等を原理とした個人を軸にした社会への変容を生みだした。個人の自由や人間の平等が理念として社会的に承認されたことはきわめて意義のあることだ。しかしその一方で、多くの問題もまた生じることになった。個人の自由の強調は、ときにエゴイズムへと展開し、社会の秩序がゆらぐという問題が生じることになった。また、それまで存在していた共同体的な絆がゆるむことで、人と人の結びつきが弱まり、人間の孤立と不安が拡大するという問題も生まれた。社会学は一九世紀中期、このような近代社会の生みだした課題にこたえるために生まれたのだ。

 こうした近代社会の「プラス」面と、その一方での「マイナス」面に直面する中で、初期の社会学者たちは、「個人の個性の自由な発展と社会の安定した秩序を同時に実現するためには何が必要か」という課題に取り組むことになる。この「個人と社会の調和」というテーマが、社会学という学問の出発点だったことはおさえておく必要のあることだろう。

(中略)

ジェンダーという視点が生みだしたもの

 現代社会における性と人権という課題は、そのままジェンダーという発想と結びつく。「社会的・文化的に構築された性別」という意味でのジェンダーという言葉が広がったのは、一九七〇年前後のことだ。その背景には、女性解放運動や女性学の発展があった。女性であるということで、個人の能力や個性をひとくくりにされ、差別されたり社会的排除を受けてきた女性たちにとって、このジェンダーという考え方は、きわめて重要な意味をもっていた。というのも、性差別の多くは、このジェンダーに由来すると考えられるからだ。

 逆に、男性主導の社会の担い手である男性もまた、ジェンダーによって縛られることで、無理を強いられ、窮屈な状態におかれているという指摘も生まれている。「男だから」と、弱音を吐かず、感情を抑圧し、「仕事中心」の生き方の中で競争に追いまくられる状況は、男性にとっても非人間的な状況だといえるからだ。男性学・男性性研究の登場である。

 しかし、このジェンダーの縛りは、私たちをなかなか自由にしてくれない。なぜ、ジェンダーからの解放は難しいのだろうか。それは、人間社会は、それぞれの領域で「さまざまな要素が一定の関係のもとで配置された、恒常性をもったしくみ」(社会科学ではこうしたしくみを「構造」と呼ぶ)をもっているからだ。ジェンダーについても、それぞれの社会に固有なジェンダー構造、つまり「男はこうすべきだ」とか「女の役割はこうあるべきだ」といったしくみが存在している。

 もちろん、このジェンダー構造の多くは人間がつくりだしたものだ。逆にいえば、問題があれば意図的に変革することができるということだ。とはいっても、なかなかこの構造を変えることは難しい。なぜなら、この構造は「当たり前のこと」、まるで「自然」なことのようにあらわれるため、多くの人にとって「問題あり」とは気づかれないまま維持されているからだ。

(中略)

 これまでのジェンダー構造によって規定されてきた社会は、しばしば人間を二色刷りで把握しようとしてきた。つまり、男性と女性の二分法である。ジェンダー平等を目指す動きは、これを単色の社会にしようというのではない。むしろ、二色刷りから多色刷りへと転換していくことが求められているのだ。

 求められるべきなのは、ジェンダーを超えて、一人ひとりが、固有の能力を発揮できる社会だ。もちろん、それが弱肉強食の「能力中心社会」になるのも困る。だから、さまざまな理由で社会的にハンディキャップを背負った人への社会的支援がきちんと準備されることも必要だろう。

 もしそんな社会が実現すれば、それはまさに、社会学の創始者たちが求めた「個人の個性の自由な発展と社会との調和」という理念ときわめて近いものになるだろう。

 以上みてきたように、社会学やジェンダー論は、今まで私たちが「当たり前」だと考えていたことがらにメスを入れることで、「個々人の自由と平等の実現とともに、他者との深い絆によって結びついた新しい人間関係」を築くための学問としての意義をもっているのである。

 本書の初版は一九九八年に刊行された。以来、改訂のたびに社会の変化をふまえて内容を更新し、今回は三度めの改訂となる。四半世紀にわたって読み継がれてきた本書が、社会学を学ぶ人、ジェンダー論に関心をもつ人たちにとって何らかの役に立てば、編者の一人として、これにまさる喜びはない。

(編者 伊藤公雄)




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目次

0 社会学とジェンダー論の視点(伊藤公雄)
1 育 つ――子どもの社会化とジェンダー(藤田由美子)
2 学 ぶ――教育におけるジェンダー平等を考える(木村涼子)
3 語 る――ことばが変える社会(中村桃子)
4 愛する――恋愛からの脱出(牟田和恵)
5 シューカツする――「将来の自分」とジェンダー規範(妹尾麻美)
6 働 く――労働におけるジェンダー格差(大槻奈巳)
7 家族する――変わる現実と制度のはざま(藤田嘉代子)
8 シェアする――共同生活とジェンダー役割(久保田裕之)
9 楽しむ――「推し」とジェンダー(辻 泉)
10 困 る――生活困難に陥るリスク(丸山里美)
11 装 う――ファッションと社会(谷本奈穂)
12 つながる――友人関係とジェンダー(辻 大介)
13 闘 う――戦争・軍隊とフェミニズム(佐藤文香)
14 移動する――交差する関係の中で(髙谷 幸)
15 ケアする――ケアはジェンダーから自由になれるのか?(斎藤真緒)

■コラム
BOX1 男女という区分にうんざりする勧め(佐倉智美)
BOX2 性的同意はなぜ重要なのか?(高島菜芭)
BOX3 娘役からみる宝塚歌劇の魅力(東 園子)
BOX4 女子マンガが教えてくれること(トミヤマユキコ)
BOX5 メンズリブ(多賀 太)
BOX6 信じる―─宗教とジェンダー秩序(猪瀬優理)

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著者略歴

  1. 伊藤 公雄

    大阪大学・京都大学名誉教授 文化社会学、ジェンダー論専攻
    主著:『増補新版 〈男らしさ〉のゆくえ――男性文化の文化社会学』(近刊、新曜社)、『男性危機?――国際社会の男性政策に学ぶ』(共著、2022年、晃洋書房)、『「戦後」という意味空間』(2017年、インパクト出版会)

  2. 牟田 和恵

    大阪大学名誉教授 家族社会学、ジェンダー論
    主著:『架橋するフェミニズム――歴史・性・暴力』(編著、2018年、松香堂書店)、『フェミニズム・ジェンダー研究の挑戦――オルタナティブな社会の構想』(編著、2022年、松香堂書店)、『部長、その恋愛は、セクハラです!』(2013年、集英社新書)

  3. 丸山 里美

    京都大学大学院文学研究科准教授 貧困研究、ジェンダー論、福祉社会学専攻
    主著:『女性ホームレスとして生きる〔増補新装版〕――貧困と排除の社会学』(2021年、世界思想社)、『質的社会調査の方法――他者の合理性の理解社会学』(共著、2016年、有斐閣)

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