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『国際協力を学ぶ人のために』ためし読み 第1章より抜粋

 20245月発売の内海成治・桑名恵・杉田映理編『国際協力を学ぶ人のために』より、内海成治さんによる「第1章 国際協力とは何か」の一部を公開します。
 本書は、「国際協力」と呼ばれる活動が、どのようなもので、どういう人たちが、何のために、そしてどんなふうに考え行動しているのかを学ぶことができる本です。
 気候変動といったグローバルな危機や続発する紛争の中で、世界に対して私たちは何ができるのでしょうか。理想とはほど遠い世界だからこそ、貢献してみたいと思う、そんな人に読んでいただきたい本です。


4 これからの国際協力

 国際協力は,人類の理想を実現するための努力の一つであるのは確かだが,同時に多くの課題を抱えている。国際協力は外交の行われる国際政治の場であり,また,多額の予算やものの動く世界である。さらに多くの人々が働いている職場でもある。そして21世紀に入って,国際協力の世界は激しく変化している。

(中略)

レジリエンス強化

 2023年には世界の難民や国内避難民の数は1億1000万人になると推定されている。ウクライナ戦争,スーダン内戦,ミャンマー紛争などの戦乱や頻発する自然災害が原因である。国際機関やNGOはその人道的対応に関わっている。その内容はかつての支援と比べて大きく変わっている。

 アフガニスタン復興支援において,よくみられた支援は,キャッシュ・フォー・ワーク(Cash for work)といわれるもので,緊急に必要な道路工事や学校建設等に人々を雇用し,現金を供与する手法である。仕事がない状況のなかで人々の生活を支えるために行われていた。また,現在でも難民や被災者への食料配布や生活物資(Non-food item:NFI)支援は重要である。

 しかし,近年はこうした緊急人道支援においてもその手法は大きく変わってきている。それがレジリエンスの強化である。レジリエンスとは回復力とか復元力あるいは強靭性の意で,困難な状況から立ち直り,日常を取り戻し,将来を見通す強さを獲得することではないかと考える。そのため支援は単なる物資の供与ではなく,人々の尊厳をまもり,将来への見通しを支援するものでなくてはならない。

 たとえば,食料配布や生活物資の支援であっても,モノではなくバウチャーや現金給付により,裨益者が自ら選択できることを重視するようになっている。また,人々の仕事への参加も一時的なものから恒久的な仕事への就業支援が重視されている。このような支援の変化をもたらすレジリエンス強化は,今後の国際協力のキーワードとなると考えられる。

市民に開かれたシステム

 NGOの特徴は,政府や国際機関とは異なり,多様性と緊急的な対応にある。同時に,いま一つのNGOの大きな特性は,市民の組織であり,さまざまな人の参加が可能なことである。この点は市民が参加する国際協力という観点から重要である。

 2004年4月に,イラクで,ボランティアとNGO活動家が一時人質となった事件は大きな話題となり,自己責任論が声高に叫ばれた。その際の政府関係者の発言やメディアの対応には,市民の国際協力やNGOへの無理解が露呈した感があった。

 また,同じ年の10月に,同じくイラクで拉致され殺害された香田証生さんの事件は衝撃的であった。これに関しては,残忍なテロの犠牲者として悼むのではなく,無謀な行動を非難し自己責任とする意見が多く報道された。しかし,そのとき,アメリカのパウエル国務長官(当時)は「日本はこうした若者がいることを誇るべきだ」と発言したと報じられた。このパウエル国務長官の言葉は,亡くなった香田さんに対する最大の慰めであると思う。何かしたいと思い,現地に入り,志半ばで命を奪われた日本の若者をアメリカの要人が称えてくれたのである。

 国際協力は誰のものか。私たち一人ひとりの思いを形にするものであるからには市民のものだという答えが返ってくる。多くの志のある若者や市民に開かれた国際協力であることが求められている。

 国際協力は世界の動き,日本の動きと一体となって語られねばならない。それは,世界がますます国際協力を必要としていることの表れであると同時に,多くの人が国際協力に携わるようになったことをも示している。その意味で,21世紀は「国際協力の世紀」と呼ばれうると思う。

 この世界は,人類の理想とはほど遠く,いまだに戦争と破壊が渦巻く世界である。だからこそ,国際協力はこうした現実を乗り越えていく方策として意味をもつのではないか。戦乱と破壊で傷つき,災害や貧困に苦しむ人々に何かをしたいという気持ちを具体化するのが国際協力である。それは確かに人道的という言葉を冠するに値する。破壊と貧困,悲しみの絶えない世界であるからこそ,国際協力はその現実を乗り越えて人類の理想を実現するための努力といいうるのである。


 

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目次

序章

Ⅰ 国際協力を考える

 第1章 国際協力とは何か (内海成治)
 第2章 国際協力政策の変遷と課題――部分と全体の矛盾をどうとらえるか (松原直輝・佐藤仁)
 第3章 平和構築の変化と展望 (片柳真理)
 第4章 現代世界と国際協力――地域研究から学ぶ視点 (湖中真哉)

Ⅱ 国際協力の分野と組織

 第5章 国際保健医療協力の世界――これまでの動向・現状・今後の課題 (明石秀親)
 第6章 開発とジェンダー――UNDPにおけるジェンダーと未来 (須崎彰子)
 第7章 食料危機への対応――世界食糧計画(WFP) (堀江正伸)
 第8章 紛争と災害への対応――NGOの挑戦 (山本理夏・桑名恵)
 第9章 貧困への対応――現地NGOとともに (米倉雪子)

Ⅲ 国際協力の新しい挑戦

 第10章 気候変動と国際協力の変革 (桑名恵) 
 第11章 水問題――気候変動で増長する問題と古くて新しい対応策 (杉田映理)
 第12章 国際教育協力の現在――危機と戦争を乗り越える (北村友人)

Ⅳ 国際協力と企業・市民社会

 第13章 市民社会はどう難民と向き合うのか (折居徳正)
 第14章 国際協力における企業の責任と対応 (小柴巌和)
 第15章 国際協力とファンドレイジング (鵜尾雅隆)

あとがき

資料編 国際協力を目指す人へ――国際協力ガイド (内海成治)

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著者略歴

  1. 内海 成治

    大阪大学名誉教授。編著に『緊急人道支援の世紀――紛争/災害・危機への新たな対応』(共編,ナカニシヤ出版,2022),「『〔新版〕国際協力論を学ぶ人のために』(世界思想社,2016),『新ボランティア学のすすめ――支援する/されるフィールドで何を学ぶか』(共編,昭和堂,2014),著書に『国際教育協力論』(世界思想社,2001)などがある。

  2. 桑名 恵

    近畿大学国際学部教授。編著に『緊急人道支援の世紀―紛争・災害・危機への新たな対応』(共編著,ナカニシヤ出版,2022年),共著に『「非伝統的安全保障」によるアジアの平和構築』(明石書店,2021年),『アフガニスタン――再建と復興への挑戦』(日本経済評論社,2004年)などがある。

  3. 杉田 映理

    大阪大学大学院人間科学研究科教授。編著に『月経の人類学――女子生徒の「生理」と開発支援』(共編著,世界思想社,2022年),共著に『緊急人道支援の世紀―紛争・災害・危機への新たな対応』(ナカニシヤ出版,2022年),『開発援助と人類学一一冷戦・蜜月・パートナーシップ』(明石書店,2011年)などがある。

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