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『キャリアに活かす雇用関係論』 序章 なぜ雇用管理を学ぶのか

1 働くことの仕組みを学ぶ 

1)就職することが辛く思えるのはなぜ?

 みなさんは働くことに、どんなイメージをもっているだろうか。もしみなさんが「就職のことなんて考えたくない」と思っているなら、それは「働くこと」というよりは「就職すること」へのネガティブな感情からだろう。志望動機がもてない、他人と比較されるのが辛い、内定をもらえなくて焦る、就職先選びを「間違えたら」と不安……。こういったことは、就職活動をする人が一度はどこかで感じるだろう。あるいは就職した身近な人を見て、「たいへんそう」と感じているのかもしれない。帰りは遅いし、「給料が安い」「職場の人間関係がしんどい」「次は転勤かも」といった話を聞けば、どうして働かなければならないのか、と思ったとしても無理はない。
 でも、ちょっと立ち止まって考えてほしい。みなさんには、アルバイトで楽しかった経験はないだろうか。親しい仲間ができた、リーダーを任された、客に「ありがとう」と言ってもらった、初めて給料をもらってうれしい等々、働くこと自体には楽しさもある。さらに働くことには社会的意義もある。社会は人びとが分業することで成り立っていて、みなさんの労働はささやかでも確実に社会を支えているのである。それにもかかわらず就職が辛く思えるのだとしたら、それは働くことに関する制度や慣習、いわば働くことの仕組みを知らなくて、就職後になにが起きるのかわからないからだろう。そのため、漠然とした負のイメージが膨らみ、働くことの魅力に気づけずにいるのかもしれない。
 就職へのネガティブな感情が、働くことの仕組みを知らないことに由来するならば、働き始める前に学んでおけばいい。そうすれば不安は小さくなるし、困ったことが起きてもそのつど考えて対応することができる。働くことの仕組みを知れば、就職に感じる辛さはずいぶんと薄らぐだろう。これが、働くことの仕組みを学ぶ第一の意義である。
 働くことの仕組みを学ぶ意義は、これだけではない。第二の意義は、幸せな職業生活を自分の手でつかめるようになるということである。これはとても大事である。働く時間は1日の多くを占め、人生のうちのかなりの長さとなる。だからみなさんが働くのなら、楽しいことの多い時間であってほしいし、自分らしく、充実した働き方をしてほしい。本書はこうした願いのもとにつくられた。
 それでは、自分の望む働き方を手にするには、どうすればよいだろう。たとえ安定的な企業・組織に勤めていても、上司や組織に任せているだけではうまくいかない。なぜなら、自分が望むことは、自分にしかわからないからだ。色々な業務にチャレンジしたい、管理職になりたい、育児や介護と無理なく両立させたいなど、仕事に求めることは人それぞれである。だからこそ希望する働き方に向けて、自分の労働条件や職場環境を理解し、どうすればよいかを考えて行動することが重要となる。そのためには、働くことを自分でコントロールする知識と力が必要である。幸せな職業生活を自分の手でつかむためには、働くことの仕組みを学ぶことが大切なのである。このことは、自分だけのためではなく、社会で働く人皆のための行動にもなる。

2)変化の只中にある企業の雇用管理

 働くことの仕組みを設計することを、「人事労務管理」「雇用管理」「人的資源管理(HRM:Human Resource Management)」などと呼ぶ。日本の企業・組織の雇用管理は、経済社会の変化に合わせて変わり続けている。経済がグローバル化し、新技術が生みだされる現代は、仕事の中身や進め方が速いスピードで変化していて、それに合わせて新しい仕事をこなせる人を育てて評価することが求められる。現代の雇用管理は、みなさんの親世代から聞くものとは大きく変化しているので、制度や取り組みを貫く考え方を体系的に学ぶことが必要なのである。雇用に関するルールの体系を解明することが、本書のタイトルにも使われている雇用関係論の学問分野となる。
 それではどのような経済社会の動きが、雇用管理を変化させているのだろうか。例をあげてみよう。環境や人権に関する国内外の法規制が強まれば、扱う商品やサービスを見直し、取引先を含めた働く人への対応を適正にすることが求められる。今日ではSDGsの観点から、ゴミを減らすために素材の変更や物流の見直しが進められたり、働く人の属性(性別、人種・民族、障がいなど)で差別が生じないよう、評価方法の問題を検証して改善したりする企業・組織が増えている。
 新技術の導入も、仕事内容を大きく変えてゆく。商品の仕入れ担当者の場合で考えてみよう。仕入れ担当者の重要な仕事は発注数を決めることで、そのために各商品がどれぐらい売れそうかを予測することが求められる。これまでは、過去の実績などの複数の項目をもとに売上予測を計算してきた。しかしAIを導入して予測させれば、かかる時間は大幅に短縮される。そうなれば、仕入れ担当者は空いた時間を別の仕事、たとえば展示会に行って売れる商品を見つけること、に充てられるようになる。こうしてAIの導入によって、仕入れ担当者の重要な仕事は、売上を予測して発注数を決めることから、売れ筋商品を見つける仕事へと変化する。そうした新しく求められる仕事は、人間だからできる、感性や発想力などを必要とする。そのため現代の日本社会では、新しい技術を使いながら、高い専門性をもとに判断して対応できる人を、育てて評価する雇用管理へと変わってきているのである。
 人びとの価値観の多様化にも雇用管理は対応している。今日では男性も女性も、仕事で活躍しながら家族との時間や趣味の時間を大切にできる、ワーク・ライフ・バランス(WLB)を実現できる働き方を求める人が増えている。そこで引っ越しのある転勤を廃止したり、働く時間や日数が短い正社員制度を始めたり、自宅で仕事ができるテレワークの仕組みを入れたり、といった例が次々と報告されている。企業・組織は、働く人が自分のライフスタイルにあった働き方を選べるように制度を整えつつある。このように企業・組織が人びとの価値観の多様化に対応し始めている背景には、魅力ある企業・組織になることで優秀な人材に入ってもらいたいこと、さらに言えば少子化で人口が減りつつあるなか、働く人に選ばれる企業・組織にならなければ人材不足になってしまうことがあげられる。要するに、社会的意義のある労働をより人間的なものにする必要があるのである。
 このように現代の日本社会では、経済社会の変化と人びとの価値観の多様化に対応して、企業・組織の雇用管理は大きく変化している。現代の雇用管理を体系的に学ぶことで、就職に関する未知への不安を小さくし、幸せな職業生活を実現するための知識と力を手にすることができるだろう。

2 日本の雇用管理の変遷

 企業・組織は、それぞれ中長期的な経営目標を設定している。経営目標が異なれば、目標の達成に重要な人材を、どのように育てて評価するかという方針も異なり、それが雇用管理の違いとなって表れる。そのため新しい制度を入れる企業もあれば、かつての制度や慣習を残している企業もあり、企業・組織ごとにいろいろな雇用管理制度が存在する。日本ではどのような雇用管理が行われてきたのか、その変遷をみていこう。

1)性別役割分業に基づく男性中心の日本型雇用

 日本型雇用という言葉を聞いたことがある人も多いだろう。一般的には、年功賃金、終身雇用、企業別組合といった日本に特有の特徴を備えた雇用慣行としてよく紹介される。もしかしたら、みなさんは、年功賃金や終身雇用は古い悪しき習慣で、経済合理性がなく、日本企業の成長を阻害する要因と考えているかもしれない。しかし、この日本型雇用も、日本経済が好調であった1980年代は、企業の成長をうながす土台として世界的に注目を集め、学問の世界でも実務の世界でも称賛されていた。
 日本型雇用を学問的に捉えると、日本に特徴的な雇用諸制度(賃金制度、長期雇用を支える雇用調整制度、採用制度、退職制度)が頑健な相互補完関係のもとに成立している状態であり、1960年代後半に成立し、90年代以降変容していると考えられている[佐口 2018]。賃金制度は職能給と定期昇給がホワイトカラー、ブルーカラー双方の男性正社員に適用されることで、40代でも男性正社員の大多数の労働者が継続的な賃金上昇を享受する。ただし、日本の年功賃金制度は、年齢によって自動的に賃金が上がるものではなく、新卒一括採用の同期社員のなかでの小刻みな賃金上昇やポストをめぐる熾烈な競争をうながす仕組みをもち、40代以降も賃金が上がるように企業による能力開発が長期にわたって行われていた。日本の男性正社員の長期雇用を支えたのは、男性正社員の雇用調整のさいに希望退職制度や出向・配転など解雇以外のソフトな手法が取られたことであった。こうした長期雇用の見通しは、若い時点で低い賃金でも、長期勤続していれば賃金が上昇する年功賃金を若年者が受け入れることも補強した。
 採用制度としては新卒一括採用制度が成立し、学校から職場への移行期がきわめて短く、世界的にみても若年層の失業率が低いことに貢献している。未経験者を採用する採用慣行は、若年時は相対的に低賃金である年功賃金を補完しつつも、育成コストがかかること、キャリアのない応募者の能力をはかりづらいことなどから、企業負担が高いものであった。新卒一括採用制度は女性にも適用されたが、長らく女性は短期雇用が想定され、上述した年功賃金や長期雇用からは雇用慣行上、排除されてきた。
 職場からの引退については、年齢によって一律強制退職となる「定年制度」が存在し、年齢や勤続年数によって賃金が上昇していく年功賃金が成立するうえで不可分の制度である。また、頻繁なジョブ・ローテーションは、新卒一括採用で職務を定めてから採用するわけではないため、能力形成をうながしたり、ソフトな雇用調整手段としても機能した。その結果として、男性正社員にはブルーカラーも含めて妻や子どもを養って生活できる賃金と引き換えに、企業拘束性の高い働き方を求めることとなった。
 バブル崩壊以降、1990年代半ばから、コスト削減、特に人件費削減によって乗り切ろうとする企業の方針によって、日本型雇用は徐々に変容してきた。新卒一括採用での正社員採用を大幅に絞り、非正規雇用を大きく増加させた。このように若年層での採用方針を変えることで対応したため、40~50代男性の正社員比率は90年代ほとんど変化せず、従来から非正規比率の高かった中高年女性に加えて、これまで正規雇用で働くのが当然と考えられていた未婚女性や若年男女が非正規化し、さらに学歴では中卒・高卒に偏って非正規化が進んだ[三山 2011]。ただし、近年は労働力不足を背景に、とくに若年層での正社員比率が高まっている。

2)女性の就労と非正規雇用

 本節1項でみた日本型雇用は、女性を男性正社員とは異なる労働者として扱ってきた。男性正社員には生活できる賃金と引き換えに、企業拘束性の高い働き方が求められてきた一方で、女性はケア役割を求められ、若年時の短期間に正規雇用されるが、結婚や出産で退職するのが、特に民間企業では慣行となっていた。結婚や出産で退職した女性たちは、子育てが一段落すると、家事や育児、介護などと両立しながら、家計を維持するために、非正規雇用労働者(パートタイム労働者)として再就職するといったM字型カーブの労働力曲線を描いていた。ただし、日本のパートタイム労働は文字通りの短時間労働者だけではなく、特に1980年代まではフルタイムで働くパートタイム労働者が多く、時間が短くて家事や育児、介護と両立しやすいという見方は一面的であると疑わなければならない。とはいえ、長時間労働や土日出勤をいとわず、転居を伴う転勤や頻繁な配置転換を求められるといった企業拘束性の高い正社員よりは非正規労働者の企業拘束性は相対的には低く、転勤などは課せられてこなかった。こうした企業拘束性の相対的な低さと引き換えに、非正規雇用には生活できる賃金が保障されることはなく、非正規雇用への処遇を規制するはずの法政策も低処遇を形づくる一因となってきた。また、シングルマザーなど実際には一家の稼ぎ手であっても、非正規労働者は一律に、家計補助的な労働者として扱われてきた。
 1985年に成立した男女雇用機会均等法は、事業主は労働者の募集および採用について女性に対して男性と均等な機会を与えるよう努めなければならず、労働者の配置および昇進について女性労働者に対して男性労働者と均等な取り扱いをするよう努めなければならないとされた。だが、これは努力義務であったうえに、法律の狭間があった。配置や昇進は採用区分や職種の要素を加味して行われる。同一の採用区分や職種において、女性労働者が男性労働者と異なる取り扱いをされた場合は均等法に反することになる。しかし、そもそも採用区分や職種が異なる場合は、男女によって待遇に差があっても問題とされなかった。このように、同一の雇用管理区分内での均等しか求めない均等法指針は、従来の男女別コースを総合職と一般職からなるコース別人事制度に組みかえるという大企業の対応を引き出した[大森 2010]。
 さらに、女性が男女平等を求めるなら、男性と同じように働くべきであるとして、戦後の労働基準法で女性に対して労働時間を規制してきた女性保護規定の撤廃と男女雇用機会均等法の成立がセットで議論された。1985年の均等法成立時は女性保護規定の緩和にとどまったが、1997年の均等法改正時に撤廃されることとなった。男女雇用機会均等法の成立と女性保護規定の撤廃によって、典型的な(男性)正社員の長時間労働を許容し、その男性と平等の地位を得るには女性も男性と同じように長時間労働をして、転勤などを繰り返して働くことが「平等」だという考え方が貫徹されることになった。その結果、ケア役割を担ったり、担うことを想定する女性は企業拘束性が低く処遇も低い非正規雇用や一般職といった働き方を「自ら」「選択する」――実は「選択させられている」わけだが――ことになり、その問題がみえにくいものとなった。

3 誰もが仕事と生活を大切にできる社会へ

1)働くこととケアすること

 このような企業拘束性の高い働き方をする一家の稼ぎ手としての男性と、家族のケア役割を一手に引き受ける女性といった性別役割分業に基づく雇用慣行について、社会の持続可能性という観点から考えてみよう。フェミニスト哲学者のエヴァ・フェダー・キテイによる『愛の労働あるいは依存とケアの正義論』を援用する。キテイは、「私たちはみな誰かお母さんの子どもである」という言葉を用いながら、人は依存的な存在であることを前提に議論を進める。生まれたばかりの幼児は、誰かに依存しなければ生きていけないことを考えれば、人は誰もが人生のなかで必ず誰かに依存する存在である。幼児期だけでなく、高齢期でも生活に介助が必要な場合も出てくる。障がい者のなかには、他の人のサポートを受けることによって生活の基本的なニーズを満たしている人もいる。そして、どんな人でも一生のうちに障がいを抱える可能性がある。このように、すべての人が一時期であれ長期間であれ、誰かに依存する存在である。こうした人間の成長や病気、老いといった事実を考えれば、どのような文化においても依存の要求に逆らっては一世代以上存続することはできない[キテイ 2010: 29]。依存することができなければ、この社会は成り立たないということである。
 誰もが依存することを前提とすると、ケアが社会にとって必要であることがわかる。ケアの責任を負うのは誰なのか、また実際にケアを行うのは誰なのか、ケアがきちんと行われているのか、それを確認するのは誰なのかといった問題は、社会的で政治的な問題であるとキテイは指摘する。それにもかかわらず、依存者のケアは家族の義務であり私的な問題として、女性が引き受けることが当然視されてきた。さらに、政治的な議論や社会的正義の議論において、「人はみな依存する存在である」という事実が無視され、男性の公的生活、すなわち「自立した」男性像を基点に、誰かをケアするという依存労働の公平な分担についてほとんど考えられてこなかった[キテイ 2010: 30]。
 つまり、企業で働く人びとの公平性や平等を考えるとき、私たちは「能力」によってはかろうとする。しかし、その能力はどのようにはかられたり、身につくものと考えられているのか。企業が必要とするときに残業ができて、出張ができて、転勤ができること自体が能力に直結するのであれば、依存者のケアをする者(多くは女性)は、そうした時間を捻出できず、同じ能力をもつ者とはみなされない。道徳心だけに任せていては、依存者のケアを担う者は企業や社会での不利を被りたくないためにケアを放棄し、ケアがこの社会において枯渇してしまう可能性がある。持続可能な社会を考えるうえでは、企業も働く人たち全員にケアの時間を確保することが必要になるということがわかるだろう[金井 2019]。

2)ディーセント・ワークを実現する雇用管理

 現在、日本の性別役割分業に基づいた男性正社員を中核とする雇用管理に、限界が生じている。グローバル化が進展し、日本企業も海外に工場や支店を出すなど進出してさまざまな国籍や民族・人種の人を雇う機会は格段に増え、外国人が日本に来て日本の会社で働くことも増えている。社会的包摂という考え方も定着し、さまざまな障がいのある人が社会参加の場として企業で働くことの重要性も増している。また、ESG投資といった、投資から企業行動を変える動きもグローバルに進んでおり、企業は投資をうながすためにも、働く人たちの労働環境を整えていくことが求められている。
 こうしたビジネスの環境変化だけでなく、誰もが仕事と生活を大切にできる雇用管理が必要とされている。ILO(International Labour Organization:国際労働機関)は、1999年から、世界の平和のために、すべての働く人たちに、ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)を推進することを目標に掲げている。より具体的には、収入を確保するための仕事があることが基本であるが、その仕事は、権利、社会保障、社会対話が確保されていて、自由と平等が保障され、働く人びとの生活が安定する、すなわち、人間としての尊厳を保てる生産的な仕事のことを指している。1999年の第87回ILO総会事務局長報告と2008年の第97回総会で採択された「公正なグローバル化のための社会正義に関するILO宣言」のなかで、ディーセント・ワーク実現のための四つの戦略目標が掲げられた。第一に「仕事の創出」は、必要な技能を身につけ、働いて生計が立てられるように、国や企業が仕事をつくり出すことを支援し、第二に「社会的保護の拡充」は、安全で健康的に働ける職場を確保し、生産性も向上するような環境の整備をし、社会保障も充実することが求められている。第三に、「社会対話の推進」では、職場での問題や紛争を平和的に解決できるように、政・労・使の話し合いを促進する。第四に「仕事における権利の保障」では、不利な立場に置かれて働く人びとをなくすため、労働者の権利の保障、尊重をする。この四つの目標に、ジェンダー平等は横断的にかかわっている。
 ILO宣言は、性別や年齢、人種・民族、宗教、障がいなどの多様な属性をもつ人びとがともに働き、お互いの尊厳を保ちながら、それぞれの価値観を活かすことで、人間らしく働ける豊かな社会を志向している。採用、賃金、労働時間、配置転換、昇進、ハラスメントを受けないことなど、働くことにかかわって、すべての面から、ディーセント・ワークの実現を考える必要がある。ビジネスを円滑にするためだけではなく社会を安定的に発展させ、世界の平和を維持していくためにも、誰もが仕事と生活を大切にできる雇用管理の実践が必要である。具体的にどのようなことが雇用管理に求められ、どのような先進的な取り組みがあるのかなどについては、本書の各章を読んでほしい。

4 本書のねらいと特徴

1)就職から始まる成長物語

 働き始める前に知っておいてほしいことを丸ごと一冊に詰め込んでいるので、学生のみなさんには就職活動を始める前にぜひ読んでほしい。とはいえ、いわゆるキャリアアップのノウハウを示すハウツー本ではない。本書のねらいは、働くときに必要な知識や対応を学び、思考力を獲得することにある。それを実現するため、工夫した特徴が二つある。
 一点目は、読者を主人公とした、就職活動から始まる職場での成長物語として構成していることである。すなわちキャリアの形成過程にそくして、「配属・異動・転勤」「昇進」「妊娠・出産・育児」などの出来事を各章として配置している。そして働くなかで生じる疑問を読み解けるよう、「賃金」「労働時間」「ハラスメント」といった項目を章として組み込んでいる。それぞれの章は、1節で例示された問いや疑問に応える形で構成し、日本の雇用管理の全体像を理解できるように工夫した。
 そして、事例とデータを提示し、学術的な説明を行うことで、現状、問題、対応を論理的に理解できるようにしている。また、より学びを深めるために、各章の参考文献とは別に、広い意味で働くことにかかわる書籍や映像などを巻末で紹介している。

2)男女別のデータ

 二点目の特徴は、各章で男女別のデータを紹介し、ジェンダーの視点から働くことの仕組みを学べることである。日本は経済領域での男女格差が大きい。「男は仕事、女は家庭」という性別役割分業が強く、「男らしさ」「女らしさ」というジェンダーと重なりあって、賃金やキャリアの男女格差が生じている。男性と女性で働くことから得られるものが違うなら、まずその事実をデータで確認し、なぜ違いが生まれるのかを雇用管理の問題として考えることが必要である。
 国際的にみた日本社会の男女平等度を、世界経済フォーラムの「Global Gender Gap Report」で確認しよう。これは「経済」「教育」「健康」「政治」の四つの分野について、データをもとに男女平等度を指数にしてはかるもので、指数は0が完全不平等、1が完全平等を意味する。表で2023年の日本の指標と順位をみると、「政治」の指数が0.057とたいへん低く、「経済」の指数も0.561とかなり低い。指数が低い原因は、「政治」では国会議員に女性が少ないなど、「経済」では管理職に女性が少ない、女性の賃金が男性より低いなどである。このため日本の総合指数は0.647で、順位は125位(146か国中)である。日本は男女間の不平等が強いといえる。


 働くことに関して男女の不平等が強ければ、女性は賃金やキャリアなどで得られるものが少なくなる。一方で男性に課される期待は高く、長時間労働などの重い負担と激しい昇進競争が生じる。この状況を変えるためには、職場での男女の違いをデータで確認し、違いをもたらす雇用管理上の仕組みを明らかにする必要がある。そこからようやく、男性も女性も、誰もが自分らしく働くことができる職場づくりを考えることができるようになる。また男女だけでなく、性的マイノリティ(LGBTQ+)の状況をデータで確認することも雇用管理上の課題を検討するうえで重要であるが、日本の統計データが整備されていないため、本書では男女別データを示している。

3)章の構成

 最後に本書の構成を紹介しよう。
 第1章「大卒就職・大卒採用」は、「能力があるとはどいうことか」という問いから、能力形成と能力発揮の機会にさいして人びとを選抜する仕組み自体が能力観をつくっていくことを明らかにしていく。そのうえで、大卒就職の採用・雇用管理のあり方を検討する。
 第2章「配属・異動・転勤」は、誰がどの職務を担うかが、いかなる考えのもとに決められるのかを学ぶ。そして、これまでの職務異動のあり方が時代に合わなくなっている現状を指摘し、自律的なキャリア形成をうながす人材育成の方法を提言する。
 第3章「賃金」は、賃金制度の仕組みを概観するとともに、男女や雇用形態の違いによって実際の賃金がどれほど異なるのかを示す。私たち自身の生活や社会が急激に変化していくことを前提に、安定的に労働者が生活できる賃金制度のあり方を持続可能性という観点から考える。
 第4章「昇進」は、日本の昇進の仕組みを示し、その仕組みのなかで昇進意欲が男女でどのように異なるのか、その要因を探る。そのうえで、実際に昇進した4人の事例から、昇進してなにを得たのかを明らかにし、昇進することへの前向きなメッセージを読者に送る。
 第5章「労働時間」は、労働時間の決まり方、国際比較からみた日本の有償労働時間、無償労働時間の特徴を確認する。日本の長時間労働の原因のひとつとしてあげられる、労働時間規制の問題と是正の方向性を論じる。
 第6章「就労と妊娠・出産・育児」は、妊娠・出産・育児をしながら就労するために、法制度がどのように整備されているのか、それがどれだけ使えるものとなっているのかを確認する。マタニティ・ハラスメント/パタニティ・ハラスメントの実態から、妊娠・出産・育児をしながら就労するうえで、日本の職場のなにが問題なのかを検討する。
 第7章「ハラスメント」は、ハラスメントとはなにかを理解できるよう、国際条約と日本の法規制の違いを説明しながら、ハラスメントが起きる職場の構造的問題を指摘し、ハラスメントの複合的な性格や、多様な形態で重なって生じるハラスメントのありようについて論じる。
 第8章「管理職」は、管理職は誰を指し、組織のなかでどのような役割や機能をもつとされるのか、日本の管理職の労働時間や業務量などの点からみた特徴を確認する。組織変革の要としての管理職をいかに構想するのかを考える。
 第9章「離職・転職」は、離職・転職や失業、能力形成の実態を確認し、課題を明らかにする。雇用の流動性が高まり、誰もが離職・転職・失業を経験する可能性がある。何度でもやり直しができる社会に向けて、今後求められる能力形成や能力評価のあり方を検討する。
 第10章「非正規雇用」は、非正規雇用とはなにかを定義や職務や働き方から確認し、日本で非正規雇用が拡大した理由を企業の雇用管理や税・社会保障制度との関係から論じる。現在の日本の非正規雇用がもたらす問題を考え、非正規雇用の処遇改善に向けた対応を紹介する。
 第11章「労働組合」では、労働組合と私たちの暮らしがいかにかかわっているのか、どのように労働組合が職場や労働条件をよくするのかを検討する。いまの日本の組合が抱える課題を明らかにしたうえで、労働組合が幸せな職場づくりには必要であることをみていく。
 第12章「新しい働き方」では、企業拘束性の高くない、新しい働き方としてのテレワーク、副業・兼業、フリーランスに注目する。それぞれの動向をデータでみると、メリットがある一方、労働条件面の課題もあることがわかる。適正な条件で働けるようにするための方途をさぐる。
 第13章「いろいろな人と働く」は、SDGsが企業行動を変えていく原動力になっていくこと、同時に、サステナブル経営、ESG投資、人的資本の捉え直し、ビジネスと人権といった考え方が浸透してきたことで、企業自体が多様な人びとを包摂した持続可能な働き方を提供するようになってきたことを示す。さらにこれらを促進していくためにはどうしたらいいのか、課題はなにかを考える。

 本書は「雇用関係論」「人事労務管理論」「人的資源管理論」、もしくは「キャリア形成論」や「労働問題」「労働経済論(学)」「社会政策」といった科目名の授業テキストを想定して編まれている。とはいえ、本書は働くことに関する学びに幅広く適用できるもので、キャリア教育やワークルール教育の授業にも使用することができるだろう。雇用管理の基礎を体系的にわかりやすくまとめているので、職場で人事労務管理を扱う部署に配属されたさいにも、また働くことの仕組みに疑問や興味をもったすべての労働者にもぜひ手に取ってほしい。

【参考文献】

金井郁[2019]「ジェンダー視点から見た働き方改革――同一労働同一賃金の課題」『JP総研 research』48号。
キテイ、エヴァ・フェダー[2010]『愛の労働あるいは依存とケアの正義論』岡野八代・牟田和恵監訳、白澤社。(Kittay, Eva Feder[1999] Love’s Labor: Essays on Women, Equality and Dependency, Routledge.)
三山雅子[2011]「誰が正社員から排除され、誰が残ったのか――雇用・職業構造変動と学歴・ジェンダー」藤原千沙・山田和代編『女性と労働〔労働再審③〕』大月書店。
大森真紀[2010]「労働政策におけるジェンダー」木本喜美子・大森真紀・室住眞麻子編『社会政策のなかのジェンダー 〔講座 現代の社会政策 第4巻〕』明石書店。
佐口和郎[2018]『雇用システム論』有斐閣。
World Economic Forum [2023] Global Gender Gap Report 2023, https://www3.weforum.org/docs/WEF_GGGR_2023.pdf

〔駒川智子・金井郁〕

 

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目次

序 章 なぜ雇用管理を学ぶのか〔駒川智子・金井郁〕

第1章 大卒就職・大卒採用――制度・構造を読みとく〔筒井美紀〕

第2章 配属・異動・転勤――キャリア形成の核となる職務〔駒川智子〕

第3章 賃 金――持続可能な賃金のあり方とは〔禿あや美〕

第4章 昇 進――自分のやりたいことを実現する立場〔大槻奈巳〕

第5章 労働時間――長時間労働の是正に向けて〔山縣宏寿〕

第6章 就労と妊娠・出産・育児――なぜ「両立」が問題となるのか〔杉浦浩美〕

第7章 ハラスメント――働く者の尊厳が保たれる仕事場を〔申琪榮〕

第8章 管理職――誰もが働きやすい職場づくりのキーパーソン〔金井郁〕

第9章 離職・転職――長期的キャリア形成の実現に向けて〔林亜美〕

第10章 非正規雇用――まっとうな雇用の実現のために〔川村雅則〕

第11章 労働組合――労働条件の向上を私たちの手で〔金井郁〕

第12章 新しい働き方――テレワーク、副業・兼業、フリーランス〔高見具広〕

第13章 いろいろな人と働く――SDGsによる企業の人権尊重とDE&Iの推進〔田瀬和夫・真崎宏美〕

終 章 労働の未来を考える〔金井郁・駒川智子〕

より深い学びのために

索 引

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著者略歴

  1. 駒川 智子

    北海道大学大学院教育学研究院准教授。 一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。修士(経済学)。 著書に『女性と労働〔労働再審③〕』(共著、大月書店、2011年)、論文に「ケアの視点から問う労働領域でのジェンダー平等」(『現代社会学研究(北海道社会学会誌)』37巻、2024年6月刊行予定)、「女性管理職の数値目標の達成に向けた取り組みと組織変化」(『大原社会問題研究所雑誌』703号、2017年)など。

  2. 金井 郁

    埼玉大学人文社会科学研究科教授。 東京大学大学院新領域創成科学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(国際協力学)。 著書に『フェミニスト経済学』(共編著、有斐閣、2023年)、論文に「人事制度改革と雇用管理区分の統合」(『社会政策』13巻2号、2021年)、「生存をめぐる保障の投資化」(『現代思想』2023年2月号)など。

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