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『はじめての社会調査』はじめに

 私たちが生きる現代社会には、実に多様な人びとが暮らしています。一人ひとりが異なった言語や文化、身体的特徴、セクシュアリティ、学歴や仕事を持ち、さまざまな考えや思いを持って生きています。各種メディアが発達し、空間を瞬時に飛び越える膨大な情報に触れられるようになったいま、私たちは共に生きる多様な人びとについて、以前よりもよく知れるようになったと感じているかもしれません。しかし、世の中を飛び交う情報には、事実ではないことや偏ったものがしばしば紛れ込んでいます。また、当然まだ見えていないこともあります。共に生きている人びとのことを正しく、よりよく知るためにはどうすればいいでしょうか。そのひとつの方法が、社会調査です。

 本書は、はじめて社会調査を学ぶ人のためのテキストです。この本が大事にしたのは、社会調査を「他者を知る営み」と考える視点です。ここで「他者」と呼ばれているのは、普段かかわりがない「他者」、あるいはかかわっているのに知らなかった「他者」、また同時に自分自身の中にある「他者」のことです(第1章より)。インタビューなどの質的調査にしろ、アンケートなどの量的調査にしろ、社会調査を実際に行うと、これまで知らなかった人びとの姿に出会うことができます。これまで見えていなかった人びとの思いや暮らしのリアリティを知ることができ、それがひるがえって自分の中にあった未知の側面にも触れることになるのです。そうした「他者」を正しく、よりよく知ることをとおして、私たちが生きる「社会」の本当の姿を発見していく──そのような社会調査像を執筆者たちが共有して、この本は編みだされました。

 本書の特徴は4つあります。ひとつ目は、はじめて社会調査を学ぶ人が、できるだけ理解しやすい内容になっていることです。世の中にはすでに定評のある社会調査のテキストがいくつもありますが、「入門」と冠していても、上級者向けの内容となっているものが少なくありません。そこで、発展的な内容を取り上げることをなるべく控え、はじめて社会調査を学ぶ人にとって読みやすいテキストになるように努めました。

 2つ目の特徴は、質的調査と量的調査の基礎的知識をバランスよく学べることです。はじめて社会調査を学ぶ人が両方の調査法について修得できるように、それぞれを専門とする執筆者が揃えられました。編者は、特に質的調査(第Ⅱ部)と量的調査(第Ⅲ部)の原稿を読み合わせ、おたがいに「はじめて」の視点に立って意見交換を繰り返し、内容を調整しました。加えて、多様な社会調査の形態である混合研究法やアクションリサーチ、公的統計調査についても取り上げています(第Ⅳ部)。

 3つ目の特徴は、社会調査のプロセスを体感できることです。事典のように項目ごとの詳細な記述に徹するのではなく、調査準備→データ収集→データ分析という調査プロセスを疑似体験してもらえるような記述の流れを作りました。社会調査の最終的な到達点をイメージできるように、実際の研究例(文献)も紹介しています(第7章と第12章)。

 4つ目の特徴は、15回の授業に対応した構成となっていることです。社会学や社会福祉学を学ぶ多くの学部・学科では、「社会調査入門」といった社会調査をはじめて学ぶ科目が設けられています。本書は、こうした入門授業向けのテキストとして使えるように、社会調査の歴史(第2 章)や調査倫理(第15章)を含めた、15の章から成り立っています。具体的には、社会調査士カリキュラムのA科目(社会調査の基本的事項に関する科目)と、B科目(調査設計と実施方法に関する科目)に対応しています。また、社会福祉士を目指し、「社会福祉調査の基礎」を学ぶ人にも役立つ内容になっています。

 本書は社会調査の入門テキストではありますが、社会調査に長年取り組んできた研究者たちの汗と涙、迷いと葛藤、しかしそれでもやめられない調査愛をあちらこちらで感じることができます。そんなものを編者同士でぶつけあって、共感したり、驚いたりしながら、この本はできあがりました。

 本書がみなさんにとって、「他者」を知ろうとすること、社会調査に一歩踏みだそうとすることの一助になるなら、私たちにとって大変うれしいことです。

 はじめまして! ようこそ社会調査の世界へ!

編者を代表して 三谷はるよ


目次

はじめに(三谷はるよ)

■第Ⅰ部 社会調査の目的
第1章 社会調査とは何か(三井さよ)
第2章 社会調査の歴史(西川知亨)

■第Ⅱ部 質的調査の方法
第3章 質的調査とは何か(三井さよ)
第4章 観察・参与観察(三井さよ)
第5章 インタビュー(伊藤智樹・三井さよ)
◎コラム ドキュメント分析(三井さよ)
第6章 質的調査の分析(伊藤智樹・三井さよ)
◎コラム 質的調査の失敗例(三井さよ)
第7章 質的調査の研究例(伊藤智樹・三井さよ)

■第Ⅲ部 量的調査の方法
第8章 量的調査とは何か(三谷はるよ)
第9章 調査票調査① ──設計と実査準備(三谷はるよ)
◎コラム Google フォーム(三谷はるよ)
第10章 調査票調査② ──実査と分析(赤枝尚樹)
◎コラム 量的調査の失敗例(三谷はるよ)
第11章 二次分析による研究方法(仲修平)
第12章 量的調査の研究例(三谷はるよ)

■第Ⅳ部 社会調査の展開
第13章 混合研究法とアクションリサーチ(西川知亨・工藤保則)
第14章 国勢調査等の公的統計(片岡佳美)
第15章 調査倫理と調査の終え方(工藤保則)

索 引 

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著者略歴

  1. 三井 さよ

    法政大学社会学部教授。博士(社会学)。著書に『ケアと支援と「社会」の発見』(生活書院、2021年)、『はじめてのケア論』(有斐閣、2018年)、『支援のてまえで』(共編著、生活書院、2020年)など。

  2. 三谷 はるよ

    龍谷大学社会学部准教授。博士(人間科学)。著書に『ボランティアを生みだすもの』(有斐閣、2016年)、論文に“Effects of maternal adverse child experiences on parental maltreatment of children”(Child & Family Social Work, 27(3), 2022年)など。

  3. 西川 知亨

    関西大学人間健康学部教授。博士(文学)。著書に『初期シカゴ学派の人間生態学の展開』(関西大学出版部、2021年)、『ポスト・ソーシャル時代の福祉実践』(共編著、関西大学出版部、2021年)、『〈オトコの育児〉の社会学』(共編著、ミネルヴァ書房、2016年)など。

  4. 工藤 保則

    龍谷大学社会学部教授。博士(社会学)。『46歳で父になった社会学者』(ミシマ社、2021年)、『カワイイ社会・学』(関西学院大学出版会、2015年)、『基礎ゼミ 社会学』(共編著、世界思想社、2017年)など。

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